第187話 農民、精霊憑きの背景などを聞く
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「ただな、セージュはそう言うがな、その手の花畑って重要なんだぞ。前にセージュがハチミツの件で相談してきたことがあったろ?」
「あ、もしかして、花を咲かすモンスターから、蜜が採れるのか?」
「まあ、エリの協力があれば、だな。それプラス、花畑があれば、条件が揃うって感じだな。さっき通って来たとこは、ハチミツを採るにはある意味狙い目なんだよ」
ごはんを食べながら、さっきの花畑のことについてカミュと話す。
ふうん?
危険な場所ではあるけど、そういう視点で見ることもできるんだな。
ハチミツに関しては、そのエリさんに話を通す必要があるみたいだけど。
というか、だ。
「ちなみに、そのエリさんってのはどういう人なんだよ?」
「教会のハチミツ作りの実質的な責任者だよ。今なら教会本部にいるはずだ。興味があるなら、そっちまでついてきてもいいぞ」
「いや、ラルフリーダさんにすぐ戻るって伝えてあるから、ちょっとなあ」
カミュの話だと、教会本部までさっきのペースで進んだ場合、夜きちんと休んだりするのなら、それでも四日はかかるって話らしいのだ。
一応、『白虎隊』の二頭に関しては、それ以上の強行軍にも対応できるので、それほど休憩を挟む必要はないけど。
そもそも、今はコッコさんたちの『家』の件も絡んでるからこそ、鳥モンさんたちの協力が得られているのであって、ハチミツのための俺が勝手に暴走するのは、その範疇の外側の話だと思うのだ。
まずは『家』。
そのための『精霊の森』行き、だからな。
ちょっと残念だけど、ハチミツに関してはその後だな。
「まあ、それはそれでいいか。ノリで本部に行ったら、けっこう面倒なことになりそうだもんな」
セージュの場合は特に、とカミュが苦笑する。
「下手をすると上層部の連中から目を付けられるかもしれないし。てか、あたしもうんざりなんだが、『三賢人』のやつらに興味を持たれると、ほんと、面倒くさいんだ。訳のわかんねえ命令を、もっともらしく嘘で塗り固められたご神託で包み込んだあげく、適当にこっちに放って来るしな…………………………………………………」
うーん。
俺としてもカミュの認識には突っ込みを入れておこうと思ったんだけど、途中から表情が一気に曇って、疲れ果てた社会人みたいな顔になってしまったので、何も言えなくなってしまった。
どうやら、この不良シスターにも色々悩みがあるようだ。
ちなみに、カミュによると、その『三賢人』ってのは、神聖教会の知恵袋的な存在らしい。
知恵袋というか、頭脳か?
教会の運営方針とか、そっちの方向性を決めたりするのにも絡んでいるらしい。
「まあ、『三賢人』って言っても、人間じゃないけどな」
「えっ? そうなのか?」
「ああ。長命種の一種で、『宝石種』ってやつだ。長い年月を経た魔宝石に命が宿ったって感じの連中でな。どっちかって言えば、妖怪種の付喪神に近いか? まあ、その例えでセージュたちの通じるかどうかは知らんが」
「いや、それでわかるぞ。へえ、宝石に命が宿ったって感じの種族なのか」
「こちらの世界にも付喪神という概念がありますのね? 妖怪もそうですけど、少し驚きですわ」
そう言って、話を聞いていたクレハさんも感心したように頷く。
その言葉に、おやっ? と俺は思う。
「あれ? クレハさん、それってそこまでおかしなことですか? 一応、このゲームって作られたものですから、別にそんなに変な話じゃないと思うんですけど」
向こうの日本のメーカーが作っているんだから、妖怪とかいてもおかしくないだろ?
いや、ファンタジー風味の世界観で妖怪とかを取り入れるのは、確かにちょっとめずらしいかも知れないけど、侍とか忍者とかは、和風のゲームでなくても、普通にジョブとして存在してるしなあ。
その辺は、海外のメーカーも日本の市場を意識してるからだろうけど。
だが、そんな俺の言葉に、クレハさんが首を横に振って。
「そうかも知れませんが、わたくしが疑問に思ったのは別の部分ですわ……詳しくは上手にお答えできませんけど」
「うん? ちょっと待て……クレハ、あんたもしかして、このゲームについて、少し事情を知っているのか?」
「……カミュさんには通じますのね? ええ、あくまでも間接的にですが。わたくしの婚約者の方が、こちらのゲームの開発に関わっておりますの」
「ええっ!?」
マジで!?
てか、実際に婚約者なんてこと口にする人と初めて会ったぞ?
さすがは、名家のお嬢様というか。
いや、そっちは重要じゃないよな。
そうじゃなくて、やっぱり、クレハさん、このゲームの開発者と関係があるのか。
というか、カミュも、だけどな。
うーん、やっぱり、カミュって中の人がいるんじゃないのか?
ただのNPCにしては、事情に通じすぎてるもんな。
「ということはエヌか?」
「いえ、そのお名前はお聞きしたことがありますが、直接は存じ上げませんわ。わたくしの婚約者は、自身のことを『お守』とか『共犯者』と言っておりましたけど」
どちらかと言えば、ゲーム作りではなく、周辺の折衝担当ということでしたわね、とクレハさんが続ける。
その言葉にカミュも真剣な表情になって。
「そういえば、前にあたしが遭遇した迷い人で、多少、事情に通じていたやつがいたんだが……『浸食率』がどうこうって。そっちについては?」
「一応は。そもそも、わたくしの目的もそちらですのよ」
「……どういうことなの、クレハさん? 私も、それにたぶん、セージュ君たちもよね? その辺りの事情については、テスターのお仕事を受けるにあたって、何も聞かされていないのだけど。さっき、セージュ君から聞いたけど、あなた、京都の『施設』からログインしているんでしょ? でも、京都の『施設』では初日にお披露目会があったから、もしそうだとしたら、私たちも既に知り合っているはずなんだけど」
ゲームの事情、という話になって、アスカさんもクレハさんに対して思っていた疑問を口にする。
このゲームでテスターをしている人の多くが思っている疑問も、だな。
何より、事前情報が少なすぎるのだ、この『PUO』は。
俺とかは、まあ、就職も絡んでいるとはいえ、まだ高校生の単なるゲーム好きに過ぎないから、その辺の製作者の意図とかは、そこまで無理に知る必要はないんだけど、アスカさんたちの場合、きちんと『仕事』として契約を結んでいるんだものな。
それが突然、知らない話が飛び出して来たら、気にもなるだろう。
というか。
俺とアスカさん、それにカミュやクレハさんにツクヨミさんに関しては、何とか話に乗っかって来れているけど、それ以外のルーガとかビーナスたちにとっては、完全に置いてきぼりを食らっている状態だよな。
「ねえ、マスター……それ、何の話?」
「俺たちの世界の話というか……まあ、俺もよくわからないから上手く説明できないんだけど」
「ああ、そういえば、マスターって、元いたところと行ったり来たりできるんだものね?」
「うん、寝てる時は戻ってるよ、セージュ」
「きゅい――――♪」
えっ?
今、横からちょんちょんと肩を叩かれて、ビーナスたちとひそひそ話をしていたんだけど、その話自体もちょっと驚きではあったんだが。
いや、ゲームの中の人たちが、俺たちのことについて、どういう認識を持っているのかってのは、ちょっと気になってはいたんだが、今のビーナスやルーガの言葉だと、俺たちがゲームの『外』に行っていることもわかってるってことだよな?
――――え?
冷静に考えると、それってすごいことだよな?
ゲームの中ではどうやって辻褄を合わせているのは不明だけど、要するに、俺たち迷い人が外側の世界から来ているってことを普通に受け止めているってことだものな。
ルーガとビーナスだけが特別なのか?
そもそも、このふたりって、自分たちも『外側』から飛ばされてきたって話だから、そういう感覚も持ってるってことかもしれないけど。
こっちがこそこそと話していると、目の前でも少し話が進んでいるらしく、クレハさんの代わりに、横にいたツクヨミさんがアスカさんに対して、頭をさげているのが目に入った。
「申し訳ございません、アスカ様。クレハお嬢様と私につきましても、少々他のテスターも皆様とは異なる事情を抱えておりまして。詳しくはお答えできないこともございます。そもそも、私どもも聞かされていないことも多いのです」
「お二人は、ゲームの関係者ではない、と?」
「はい。『関係者の知り合い』でございますね。加えまして、お答えできる内容としまして、先程のご質問に触れさせて頂きますと、私どもは『施設』の方からやって来ておりません。京都の別の場所からのログインとなります」
「えっ!? 『施設』以外から参加されているテスターの方もいるんですか!?」
それはちょっとびっくりした。
なので、思わず口を挟んでしまったんだけど。
いや、まあ、このゲームの開発にお金を出してくれているって人たちの話から推測するに、そういう特別なケースもあるかも知れないけどさ。
あれ?
でも、一色さんの説明だと、全国各地の『施設』からのみ参加って話だったけどなあ。
一応、例外もあり、ってことか?
「ええ。特別扱いで恐縮ですけど、わたくしの場合、家から……いえ、部屋から外に出ることが許されておりませんの」
「クレハお嬢様は、そのお力ゆえに自由とは無縁の生活を送られていらっしゃいます。私がお嬢様に付き添って、こちらのゲームの中にいるのも『お目付け役』としての業務の一環です」
「そう……だったんですか?」
「はい。それ以上は詳しくお答えできませんが」
どうやら、クレハさんって、その『朱雀院』の家に幽閉されている状態らしい。
少しだけツクヨミさんが補足してくれた話によると、その原因が、クレハさんの紅い髪の理由でもある、モミジちゃんの存在なのだそうだ。
憑き物の暴走。
向こうの世界では強すぎる超常の能力。
その発現をさせてしまう、クレハさんの存在が危険視されてしまったのだとか。
「ふうん、そっちでもそういうことってあるんだな? まあ、その手の話はこっちでも決して少なくないぞ? 教会でもその手の孤児とか保護したりとかしてるしな。いっそ、あんたたちも教会に来るか? そういうことに関しては慣れてるからな」
「ふふ、ありがとうございます、カミュさん。ですが、大丈夫ですわ。こちらに来てからというもの、モミジも皆様にわかってもらえるようになりましたし、こちらの世界でしたら、異端扱いされることもありませんの」
それがわたくしにとって一番うれしいことですの、とクレハさんが微笑む。
なるほどな。
名家のお嬢様って言っても、色々大変だったんだな。
普通に学校とかに通った経験もないらしいし。
ただ、その話を聞いていたアスカさんが少し何かを考えるような表情を浮かべているな。
いや、俺もその気持ちはよくわかる。
この『PUO』って、俺とかは単なるゲームだと思っていたんだけど。
一体、俺たちは何に巻き込まれているんだ?
さすがに、ちょっと、ゲームの中でトラブル続きなのとは少し温度が違う、その疑問を抱えたまま。
もうちょっとだけ、この話は続く。




