第184話 農民、精霊憑きの話に驚く
「この辺りだな、セージュ?」
「そうですね、『イーストリーフ平原』の一角で待ち合わせです」
カミュが確認するのに頷く俺。
クレハさんとツクヨミさん、それにモミジちゃんもか。
その三人が待っているのが、俺も前に行ったことがある『イーストリーフ平原』だったのだ。
今なら、この『イーストリーフ』って響きの意味がわかる。
ここも『魔境』の内側だったってことだろう。
それにしては、モンスターの多くが穏やかにしているし、こちらに対して襲って来る気配もないけどな。
いや、俺たちを乗せているカールクンや、白い虎モンたちを恐れているだけなのかも知れないけどな。
「いや、セージュ、それは違うぞ。ここの平原はな、別名『くつろぎの平原』って言ってな。そもそも、モンスターが自然と穏やかな気性になってしまう場所なんだよ」
「あ、そうなのか、カミュ?」
「そういう場所もあるんですね?」
カミュの説明に驚く俺とアスカさん。
というか、カミュがその土地に関する解説をしてくれるのも、アスカさんのため、ってことらしい。
今、アスカさんは、この『PUO』の中での観光ルートを探しているらしく、どの辺りにどういう場所があるのか、という情報にもの凄く興味を持っているのだ。
アスカさんとしては、中央大陸に関しては、一通り巡って、町や村などの集落から、景観の良さそうな名所、それにちょっと危険なダンジョンなどの情報も網羅しておきたいとのこと。
なので、そういう意味では、あちこちを行き来しているカミュが打ってつけなのだとか。
ちなみに、ここ『イーストリーフ平原』が穏やかなのも、管理している主がそういう気性だから、らしいな。
その辺もこっそりとカミュが教えてくれた。
いや、こっそりでも良いのかよ、その情報は。
さておき。
俺とかも、まだこっちの世界の詳細な地図は見たことがないので、細かい地理関係はさっぱりだしな。
そう、カミュに言うと、少し呆れたような表情を浮かべられてしまった。
「あのな、セージュ。詳細な地図なんて、その辺の店で売ってるわけがないだろ? それに関しては、冒険者ギルドとかでも販売は禁止だよ、禁止」
「えっ!? そうなのか?」
「当たり前だろ。一応、教会が独自に測量した地図とかはあるにはあるが、そんなもん、売り出してみろ。本気で各国を敵に回すことになるぞ? 大っぴらに教会に直接文句を言ってくることはないがな、それでも隣国に地図情報なんて流されでもしたら大変なことになるからな」
そうなったら、教会を巻き込む形で戦争になる、とカミュ。
うわ、思った以上に物騒なんだな、地図の取り扱いって。
「意外と教会の立場って、微妙なんだな」
「まあな。一応は完全な中立ってことになってるが、問題が発覚する前に、教会内で気付いて、処分を下しているケースもあるな。どうしても、国によっては教会の支部の力が弱いところもあるから、そっちだと、土地の権力者とそこそこ上手に付き合わないと厳しいからなあ。ある程度の便宜を図るぐらいはしょうがない、ってことにはなってる。もっとも、やり過ぎた場合は、あたしみたいな巡礼シスターとかが処罰することになってるが」
なるほどな。
というか、巡礼シスターってそういう仕事もあるのか。
確かに、カミュって強いもんな。
教会内部の監査役みたいな役職でもあるんだな、巡礼シスターって。
国によっては、さっきもカミュが言っていたように、綺麗ごとが通じないこともあるので、その辺はケースバイケースって感じらしい。
「アスカも、迷い人限定ってことなら、自分で描いた分の地図情報を添えてもいいがな、もし教会内で精密な地図を目にした場合、それを写したりはするなよ? シスターと言えども、あんたの目的みたいな形で使えば重罪だからな」
「ええ、わかったわ。罪にならないように気を付けるわね」
あ、そっか。
アスカさん、旅の情報誌みたいなものも考えていたのか。
食、名所、宿、お店。
そういった情報を各地ごとにまとめて旅行の手引きみたいなものを作りたい、って。
でも、カミュから言わせると、もしその情報を全部まとめたら、立派な間諜だってことになるらしい。
まあ、それもそうだよなあ。
戦争状態、あるいはそこまで行かなくても仲があまりよくない国同士だと、お互いの細かな情報を並べられたら困ることも出てくるだろう。
何となく、向こうでの独裁国家とかを思い出すな。
やっぱり、自由に旅行ができる世界って、ある程度は恵まれているんだな。
「まあ、その辺は行商人も同じだよな。新規の商人なんか、どこの国に行っても最初は怪しまれるのが普通だよ。せめて、伝手とかでもあれば別だが」
「だから、教会のシスターの方が旅しやすいってことだな?」
「そういうことだ。冒険者の身分でもそれなりの保証にはなるが、各町々でその情報を探ったりしたら、そんなの怪しんでくれって言ってるようなもんだろ?」
「……何だか、不安になってきたわ。教会の迷惑にならないかしら?」
「だから、あたしがついてるんだよ。なんで、あんまりその辺は心配しなくていいぞ。ま、あんまり単独行動はさせられないが、な」
そこは勘弁してくれ、とカミュが苦笑する。
それなりに顔が知れたカミュならいざ知らず、見覚えのない者がシスター姿でうろうろしていると、それだけでも目立つのだそうだ。
確かに、それもそうか。
「ただ、観光ってのは面白そうだからな。それなりの強さを持った冒険者の間で流行らせれば、護衛を受けつつ一般人もそういうことができるような時代になるかも知れないしな。ま、何事も試しにやってみるのは大事だよ」
今は生活が苦しい地方とかも潤うかも知れないしな、とカミュが笑う。
へえ、カミュってこう見えて、色々と考えているんだな?
そこだけ見れば、教会のシスターって感じがするし。
もっとも、自称も含めて、不良シスターって言ってるから、その辺はちょっと微妙ではあるんだが。
「……ん? あれか?」
「えっ?」
カミュが見ている方向に目をやると、そこ方向から炎の鹿に乗ったクレハさんとツクヨミさんの姿が見えた。
というか、あの炎の鹿ってモミジちゃんだよな?
あれ、ふたりとも普通に乗ってるけど熱くないのかね?
こちらに気付いて駆けてくるのを見ていると、色々と突っ込みたくなるんだが。
「お待たせ致しました」
どうぞよろしくお願いいたします、と鹿の背から降りつつ、お辞儀をするクレハさんとツクヨミさん。
もうすでに、ここにいる皆にはお互い説明は済ませてあるので、そのまま、簡単に挨拶という流れになったんだけど。
「へえ、この鹿は迷い人の精霊か? こういうケースは珍しいな」
「ええ。向こうでは、モミジの姿はわたくしにしか見えませんでしたわ。こちらですと、皆様に見て頂けますので、とても嬉しく思います」
えーと……?
カミュとクレハさんの会話の中でかなり気になることがあったぞ?
「あの、こっちのモミジちゃんも迷い人なんですか?」
「――――――――!」
「ええ、そうですわ。この子もわたくしと一緒に向こうから来ておりますの」
「お嬢様のお側を離れようとしませんからね、モミジは」
うん?
どういうことだ?
改めて、説明を受けてもちょっと意味がわからないんだが。
だが、俺がそのまま困っていると、横から、何かに気付いたようにアスカさんが頷いて。
「もしかして、憑き物筋の家系、ですか?」
「ええ、そうですわ。朱雀院家には稀にわたくしのような性質持ちが生まれるそうですの」
アスカさんの問いに、どこか憂いを含んだ表情でクレハさんが頷く。
どうやら、この話はあまりクレハさんにとっては楽しい話ではないようだ。
「『朱雀院』、ですか? 『朱雀院』……『霞御門』……つまり、クレハさんは阿倍家の……?」
「あら、良くご存知ですね。そうですわ、阿倍の末に当たりますの」
「やはりそうでしたか。それは驚きです」
本当に心底驚いた表情を浮かべるアスカさん。
えーと?
もしかして、けっこう有名なのか?
阿倍……?
「セージュ君は聞いたことがない? 阿倍家と言えば、陰陽師の血統よ?」
「本家は途絶えておりますわね。傍流の『霞御門』の末が、わたくしども、『朱雀院』の家となりますの」
「あっ! 他のゲームとかでも出てきますよね!」
あー、そうだ。
名字だけだと割とありふれた名前だったから、気付くのが遅れたけど、そうだよな。
陰陽師だ、陰陽師。
式神とか護符とか使って戦うタイプの。
それだったら、ゲームとかでも見たことがあるな。
ただ、俺の興奮はいまひとつ伝わらなかったらしく、アスカさんにもクレハさんにも苦笑されてはしまったが。
「ゲーム……ですか。ふふ、確かにそのような題材として用いられることはあるようですわね」
「旅行業界でも、ゆかりのあるスポットを巡るのが流行りですからね。しかも、長く続いている流行でもありますし。私もお仕事柄、色々と調べたことがありますよ」
現在も実在していたんですね、としみじみと感心するアスカさん。
あ、よく見るとアスカさんも少し興奮しているみたいだな。
そういえば、クレハさんの向こうの名前については、今初めて伝えた気がするし。
そんなこんなで、こっちの世界の人たちは置いてけぼりのまま。
クレハさんたちの素性にテンションがあがる俺とアスカさんなのだった。




