第182話 農民、六日目の朝を迎える
「何だって? 『精霊の森』の西側に小さな村?」
「あれ? カミュは知らないのか?」
明けてテスター六日目。
教会の前の待ち合わせの場所で待っていたカミュとアスカさんと、俺たち……俺とルーガとなっちゃんは、今日からの旅のために合流したわけだが、その時に俺が昨日サティ婆さんから聞いた話をしたところ、カミュに怪訝そうな表情をされたのだ。
そんな村聞いたことないぞ、って。
え? カミュも『精霊の森』には近づいたりはしないにしても、教会本部とこの町を行き来しているんだから、自然と『森』の西側については通ることになるんじゃないのか?
そもそも、教会本部と『精霊の森』から見れば、このオレストの町って、ちょうど西の方角になるって話だしな。
「巡礼路だったか? その側に村はないのか?」
「ないな。というか、セージュ、その話は誰から聞いた?」
「サティ婆さんだよ」
「あ、そうなのか……うーん、となると案外それが事実かも知れないな。ちなみに、詳しい場所とかは聞いてるか?」
「うん? ああ、一応、手書きのメモみたいなのはもらってるけど」
そう言いながら、俺はサティ婆さんから預かった、その村と『精霊の森』の配置をざっくりと記されたメモ書きをカミュへと渡した。
というか、このメモ、渡されたのはありがたいけど、オレストの町とメモとして描かれた場所の間が大分省略されているらしく、俺が見ただけだと、どの辺りの地方なのかがさっぱりなんだよなあ。
サティ婆さんの話だと、カミュに見せれば何とかなるって話だったけど。
「……え? ここに村……か? だが、ここは確かすでに……いや、だがサティ婆さんの話ってことはあながち嘘ってわけでもないだろうし」
カミュにしてはめずらしく、何やらぶつぶつと言いながら考え事へと移ってしまったぞ?
どうやら、カミュにとって、この情報は随分と釈然としないものがあるらしい。
「そんなにおかしなことがあるのか、カミュ?」
「うーん……まあ、ここで考えていても仕方ないな。行ってみればわかることだろ」
「ちなみに、その手書きのメモ書きだけで、場所はわかったか?」
「ああ、それは何となくはな。あたしも、あんまりこの辺りは移動の際にも通らなかったから、ちょっとびっくりはしたがな。正直、いつの間に村を作った? って感じだし」
「元々は村がなかったの?」
「いや、ルーガ、あたしもほとんど足を運ばないから、単に気付かなかったってだけかも知れないんだけどさ」
巡礼シスターって言っても、別に世界の端から端まで把握してるわけじゃない、とカミュが苦笑を浮かべる。
まあ、それはそうだろうな。
特に『精霊の森』って、普通は近づかない方が無難な場所なんだろ?
そういうこともあるのかもしれない。
逆に言えば、そこの情報を持っているサティ婆さんの情報網は何なんだって話になるんだが。
ほんと、薬師恐るべし、だ。
「だとすれば、その村は新しくできた村なのかも知れないわね。そういうところに足を運んでみるのも面白いんじゃないかしら」
「まあ、それもそうだな、アスカ。うん、あたしらのやることは変わらないしな」
「すみません、アスカさん、何だかせっかくの旅が変な方向になってしまいまして」
「え? セージュくんが謝る必要はないわよ? ふふ、それに『精霊の森』って、ちょっと独特な風景もあるんですって? だとすれば、観光スポットとしても興味が沸いてくるわね」
そう言いながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべるアスカさん。
仕事柄、程よい感じの秘境を見つけたりするのが楽しいのだそうだ。
旅行慣れした人って、普通の観光地なんかを嫌ったりする人もいるらしく、今はそういう意味で、マニアックなスポットなども流行ったりしているのだそうだ。
「いや、さすがに観光の目玉に『精霊の森』を据えるのはやめとけよな。余計な揉め事が増えて、教会の負担になりそうだぞ」
「ええ。その辺りは弁えているわ。バランスが大切なのよね」
カミュの言葉に苦笑しつつ頷くアスカさん。
何でも、某社で企画した蛍の鑑賞ツアーが流行り過ぎて、その場所が観光地化したことがあったのだそうだ。
その結果、どこかしなびた雰囲気で、ちょっと不便で、でも蛍に出会えた時の感動があったはずのその場所は、単に蛍が見やすいように整備されたありふれた観光地へと成り下がってしまったのだとか。
アスカさんの話だと、そういうことにも注意しないといけないらしい。
あれかな?
世界遺産に認定されたことで、土地そのものは立派になったけど、その結果、残念な観光地になってしまった場所とか、そういう感じかもな。
いや、旅行業ってそういうところにも気を遣うのか?
色々と大変なんだな。
「『精霊の森』に関しては、私が見たいってだけだしね。普通は立ち入ることができない場所という話だし、だったら、こういう機会を大切にしたいのよ」
「俺たちが入れるかどうかはわかりませんけどね」
「セージュの言う通りだ。それに関しては、どう転ぶかあたしにもわからないぞ。特に、その村の話を聞いた後だとな。まったく、出だしから不安要素を抱えてるみたいじゃないか。セージュと行動を一緒にするとこういうことになるからなあ」
「ちょっと待て、これ俺のせいじゃないだろ?」
「いや、あたしの中では間違いなくあんたのせいだと思ってるぞ?」
「横暴だ!」
面倒なことは全部俺のせいなのかよ?
まあ、カミュの表情を見る限り、からかっているだけみたいだから、半分以上は冗談なんだろうけどさ。
残りの半分ぐらいは本気でそう考えている節があるから困る。
平穏を愛する俺みたいなものを捕まえて失礼な話だよ、まったく。
「まあ、そんなことはいいや。えーと、確かセージュたちが乗る、騎乗用のモンスターはもう町の外で待ってるんだよな?」
「ああ、そうらしいぞ」
ベニマルくんの話だと、そういう感じらしい。
さっき、朝、畑の方へと顔を出して、一緒に同行してくれるカールクンたちの方も準備は整えておいたのだ。
その際、ベニマルくんから言われたのが。
『僕たちは町の外に行くのに、別ルートで出る必要があるっすから、荷造りが整ったら、三号と四号にはそっちを通って外に行ってもらうっすね』
そんな感じで説明を受けたのだ。
やっぱり、鳥モンさんたちって、町の門を通過する方法では移動しない方がいいらしい。
なので、ラルフリーダさんの家のところを経由してくる、って。
そのついでに、畑のところにいるビーナスも連れてきてくれることになっているのだ。
というか、その時に気付いたんだが、ビーナスの存在って、あんまり広げない方が良かったんだよな?
もっとも、当の本人がすっかり乗り気なので、今更やめるとか言えないんだが。
一応、改めて、ラルフリーダさんにベニマルくんが確認してきてくれて、それで結局、ビーナスの存在を知る人が『あまり増えすぎなければ問題ないですよ』という話に収まったのだ。
カミュとアスカさんは教会所属なので、そういう意味で信頼がおけるから大丈夫って判断となった。
クレハさんやツクヨミさんについても、他の町に行くのであれば問題ない、って。
要は、このオレストの町にしても、『狂化』モンスターの一件が落ち着いてきたら、情報を解禁する予定なので、そこまで深刻に考える必要はないそうだ。
『最終的には、ラルさまが許可したって話にすれば、別に文句は出ないっすよ。そういう意味ではラルさまってすごいっすから』
『コケッ!』
ベニマルくんやケイゾウさんの話だとそういうことらしい。
そもそも、『グリーンリーフ』でドリアードさんたちが許可したら、それに異を唱える人もいないそうだしな。
この町にしても、町長としての信頼があるので、それなりに危険物扱いのビーナスが飼われていても、町長さんがきちんと制御してくれるんだろう、って感じの安心感はあるようだしな。
そう考えると、ラルフリーダさんって、昼行燈みたいな領主さまだよな。
基本は運営とかにも口を出さず、何か困ったことがあれば、きちんとフォローして支えてくれる感じの人というか。
いや、もちろん、性格というか感覚にはちょっと問題もあるんだけど、少なくとも、その存在を知っている町の人からの信頼度は半端ないよな。
それだけ力があるってことだろうけど。
さておき。
「セージュが言っていた『同行者』も町の外で待ってるんだろ?」
「ああ、さっきメールで確認したから間違いないぞ」
クレハさんとツクヨミさんも、オレストの町を出て、ちょっと先に行ったところにある場所で待っているって話だ。
例の『イーストリーフ平原』の一角な。
あそこ、モンスターたちが穏やかだから、待ち合わせにちょうどいいのだ。
「クレハさんって、あのクレハさんよね? テツロウ君に『お嬢』って呼ばれている」
「はい。たぶん、そのクレハさんだと思いますよ」
たまに『けいじばん』でも吹き込みがあったりするので、アスカさんも直接会ったことはないけど、その存在は知っていたのだそうだ。
テツロウさんが何で『お嬢』って呼んでいるかまでは知らないみたいだったけど。
「あ、京都の方の出身らしいですよ、クレハさん。俺、家柄とか詳しいことは知りませんけど、そういう話を聞きましたし」
「えっ? あら、そう……なの? もしかして、私と『施設』で一緒だったのかしら? え、でも、まだ向こうでは出会ったことはないわよ?」
あ、そういえば、アスカさんも京都の『施設』からログインしているんだものな?
もしかすると、同じ場所からってことか?
「まあ、遭遇に関しては、タイミングが合ってないだけじゃないですか? 俺も札幌の『施設』にいますけど、他の迷い人さん全員と会えたわけじゃないと思いますし」
「それもそうよね……でも、ちょっと不思議かしら」
やや納得しつつも、どこか違和感があるようで、首を傾げるアスカさん。
「なら、会った時に聞いてみればいいだろ? それよりも、あんまりゆっくりもしていられないから、そろそろ出発するぞ。あんまり人目につかないように、早めの時間に集まってもらったんだからな」
「それもそうね」
「ああ、わかったよ、カミュ」
そんなこんなで、町の外へと向かう俺たちなのだった。




