第181話 農民、傷薬を作る
「あれ……? そういえば、この水って、使ってもいいのかな?」
傷薬の『調合』を始めて、しばらく経ったところで、俺はふとそんなことを考えた。
今、いくつも作った傷薬に関しては、相変わらず、品質がイマイチのままなので、何となく、別の何か良い方法はないかと思っていたんだが。
今のところ、油に関しての進展はないので、それ以外の部分で見直すところがないかを考えていた時に、先程、サティ婆さんと交わした会話を思い出した。
『調合』にとっては、『水』って重要なんだよな?
ということは、この水はどうなるのだろうか。
いや、さっきサティ婆さんからもらった『深淵の水』ではなくて、この町の中でも、食事処である『大地の恵み亭』で買うことができる、でも、ちょっと、いや普通の水とはかなり毛色が違う水。
「きゅい――――?」
「そういえば、空腹度を回復するためのアイテムって聞いていたから、普通の水とは別に考えていたんだけど、この『お腹の膨れる水』も一応は水、だよな?」
「きゅい♪」
興味深そうに、俺の方を見ていたなっちゃんに話しかけると、どこか嬉しそうな感じで頷かれた。
いや、俺の言っていることが完全にわかってるわけじゃないだろうけどさ。
ただ、この水って、元々の区分は『魔素料理』だったよな?
ということは、魔素を直接変換して作られた水ってことだろう。
まあ、魔法屋さんが留守のままなので、結局のところ、魔素って何? っていう根本的な疑問は残ったままなんだが、それはそれとして、魔法に関連した物質か何かであることは間違いないだろう。
うん。
となると、この『お腹が膨れる水』って、薬師としては面白い素材じゃないのか?
別に、これを売っているジェムニーさんも、これを『調合』で使っちゃいけないとも言ってなかったしなあ。
今までの『調合』の結果、それに『けいじばん』なので触れられていたハヤベルさんなどの研究結果によると、サティ婆さんに教わった傷薬の作り方だと、普通の水を入れれば入れるほど、品質は低品質のままで安定するのだそうだ。
もちろん、入れ過ぎると丸薬にならないけどな。
成分の溶けた『薬水』みたいなものはできたって、ハヤベルさんも言っていた。
ただ、その『薬水』に関しては、品質がゼロか1しか作れなくて、いわゆる、他のゲームで言うところのポーションのような使い方はできないのだそうだ。
飲んでも、ほとんど傷が治らない、と。
単なる健康食品みたいな効果になるらしいのだ。
いや、ゲームの中の世界で健康食品って。
ただ、そんな感じなので、ラルフリーダさんの家で飲ませてもらったドリンクに関しても謎のままだ。
あれって、たぶん、傷薬よりも即効性が高いと思うんだけど、どうやって作ったのか、材料が何なのか、さっぱりなのだ。
たぶん、『グリーンリーフ』でないと採れない素材とかも使われているんだろうけど。
まあ、分からないことを気にしても仕方ないので、話を戻すと、この丸薬を作り出す際の水として、『お腹の膨れる水』を使ったらどうなるのかな、って。
それに関しては、ハヤベルさんとかもまだチェックしてなかったみたいだし。
あれ?
もしかして、ハヤベルさん、この『水』を飲んだことがないのか?
よくよく考えたら、あんまり町の外に出ない場合、空腹度を意識することってないだろうしなあ。
今だと、それこそ『大地の恵み亭』でそれなりの料理が食べられるだろうし。
「これって、もしかして、盲点か?」
よし、悩んでも仕方ないから、とりあえずやってみよう。
今までと同じ手順で、材料だけ、この『お腹の膨れる水』をボトル一本分使って……と。
「あっ! 何かできた!」
【薬アイテム:丸薬】微空腹軽減傷薬 品質:6
魔法水で作られた傷薬。傷を癒す効果のある丸薬。
わずかに空腹軽減効果もある。
味に関しては、一切保証しない。
「えーと……? 品質は6か。それはそれで嬉しいけど、できあがった傷薬って、普通の傷薬とはちょっと違うのか?」
最初に思ったのは、名前がわかりにくい、という点だ。
効果はわかりやすいけど、微妙な名前だよな。
空腹軽減の効果が付くのは、さすがはそっち系のアイテムというだけはある。
ただ、それだけじゃないのが、『魔法』という部分だ。
「これって、『魔法水』だったのか」
もうすでにペットボトルの容器ごと消えてなくなってしまっている、『お腹の膨れる水』のことを考える。
確かに、魔素を直接変換しているってことは、そういうものなんだろうけどさ。
今まで、『魔法水』なんて、まったく聞いたことがなかっただけにびっくりだよ。
水魔法で出した水も、普通の水だったよな?
ということは、この『魔法水』ってのは、種類としてはまったく別の水ということになる。
さすがは、ナビさんが作ったいかさまアイテムだよな。
俺が思っていた以上に、変な効果とかもありそうだ。
とりあえず、ひとりで考えているよりも、よく知っていそうな人に相談した方が良いと思い、サティ婆さんのところに、できあがった傷薬を持っていくと。
「おやおや、どこから手に入れたのか知らないけど、もう『魔法水』を使った傷薬を作れたのかい?」
大したもんだね、とサティ婆さんが笑顔で褒めてくれた。
そして、改めて、薬師の『鑑定眼』で、詳細を鑑定してくれたのだ。
【薬アイテム:丸薬】微魔法傷薬(黒ノ丸薬/植物+魔法水/レシピ4) 品質:6
セージュによって作られた傷薬。傷を癒す効果のある丸薬で、基本は飲み薬だが、適量の水などに溶かすことで、塗り薬として使うことも可能。
オレストの町周辺で採取しやすい植物に魔法水を混ぜて作ったレシピナンバー4番の丸薬。魔法薬としての効果も少しあり。わずかに空腹軽減効果もある。
ミュゲの実の味が残っているため、そのまま飲むとひどい味がする。可能なら、水と一緒に飲むことをおすすめする。
「あっ!? 魔法傷薬、ですか?」
「あくまで、微々たるものだけどね。まだ、魔法薬というにはちょっと弱いけど、それにしたって、第一歩ではあるから、それはそれで喜んでいいとは思うよ?」
魔法薬としての効果はあまりないけど、確実に新しいレシピによる『調合』だと、サティ婆さんが微笑む。
「『魔法水』ってのはどういう素材なんですか?」
「魔素が溶け込んだ水のことだね。と言うのは簡単だけど、普通の水に魔素を染み渡す必要があるから、それを精製するのは、それなりに技術が必要なんだよ」
「簡単ではない、と?」
「そうだね。『魔法水』を作るのに適した素材も必要になるだろうし、機材とかももう少し専門的なものが必要になってくるだろうね。ふふ、前にセージュたちに見せた『本』には『魔法水』に関することも載っているからね。興味があるのなら、もうちょっと頑張って読んでみるといいかもね」
あ! あの『本』にも書いてあるのか。
そうなると、サティ婆さんとの文字の勉強とかも重要になってくるかも、だな。
ちょっと、今の俺だと薬師としての修行は後回しになりそうだけど、何とか、時間を作って教わっていくのは重要だろうなあ。
…………とりあえず、『精霊の森』に行ってからの話だな、うん。
「ふふ。それにしても、あたしのレシピだと、『微魔法傷薬』の完成品には空腹軽減の効果はないんだけどね。一体、何を加えたんだい?」
「え? 『魔法水』に、ってことですか? いや、加えたも何も、そういう『水』を使っただけですけど」
「そういう水?」
あれ?
サティ婆さんも『お腹の膨れる水』については知らないのか?
念のため、ドランさんの店でジェムニーさんが売っていることを話すと。
「ドランの店で……? へえ、なるほどねえ。ちょっと、あたしも見に行ってみるとしようかね。確か、あの店で新しい料理も食べられるんだろう?」
「はい、ユミナさんがせっせと新メニューを作ってますね」
サティ婆さんの問いに俺も頷く。
あの調子だと、今日も今日とて新しいメニューが完成してもおかしくないもんな。
ただ、サティ婆さんが『水』について知らないってことに違和感はあるな。
ジェムニーさんがナビだからか?
システム周りのことに関しては、不自然な点に気付かない住人も多いみたいだし、そういう風に設定されているってことなのかも知れないな。
そんなこんなで、サティ婆さんと話をして。
後からやってきたルーガと一緒に『調合』を再開して。
テスター五日目の夜は更けて行くのだった。




