第179話 農民、旅の準備をする
「よし、何とか、洗濯物も片付いたな」
「きゅいきゅい♪」
「わたしも、着替え終わったよ」
朝の洗濯物を取り込みながら、そんな会話をかわす俺たち。
あの後、例のふにふにした『球』をビーナスに渡して、ラルフリーダさんの家を後にした。
そして、畑の方に寄って、改めて、ケイゾウさんやベニマルくんに、『精霊の森』へと向かう鳥モンの協力をお願いしたりとか、俺たちが不在となる、数日だけ畑の方を頼んだりもしたのだ。
『コケッ!』
『任せてくださいっす。一度頼まれたことはきちんと守るっすよ』
ほんと、ありがたい話だよな。
それもこれも、きちんと『家』を建てるためだから、どうにかして、ノームの人の協力を得ないとなあ。
難易度高いって話だから、それなりには心配だけど、まあ、重要なスポットとして存在する以上は、俺たち迷い人も『精霊の森』に入ったりすることはできるってことでもあるだろうし。
なので、ケイゾウさんたち、畑の鳥モンさんたちにお礼を言って、その後で、肉屋さんとかキャサリンさんのやっている道具屋さんとかを巡って、明日の旅の準備を整えたりもした。
一応、カミュの話だと、羽織るためのマントとかも買った方がいい、ってことだったので、そっちはオーギュストさんの武器屋とキャサリンさんの道具屋を比較して、結局、道具屋さんで売っているものを購入した。
キサラさんの工房で作っているマントの中で、なかなか品質が良くて掘り出し物のやつを発見できたからな。
『マントは割と重要だぞ。今の季節なら、この辺の地方もそこまで寒くないがな。やっぱり、夜営とかの防寒対策は重要だからな。素材の良いマントなら、いざとなれば、そのまま包まって寝れば、寝具の代わりにもなるんだよ』
そんなことをカミュが言っていた。
もっとも、当の本人は、普段のシスター服のままで、マントとか身につけていなかったけどな。
それを指摘すると。
『教会でも位ごとのマントがあるけどな。あたしは面倒だからつけてないのさ』
いや、面倒だから、って。
そういう話を聞いていると、この不良シスター、本当に自由だなって思う。
一応、宗教系の組織って、上下関係とか厳しいようなイメージがあるんだけど、そういうのはこっちの神聖教会では関係ないのかね?
カミュ以外の他のシスターさんとかを見ていると、そうでもない気がするんだけどな。
相変わらず、謎だ。
少なくとも、カミュの場合、移動にそれほど時間がかからないので、各地の教会施設で寝泊まりできるから、そこまで防寒を意識する必要はないらしい。
それに、マントの場合、周辺環境への対策にもなるしな。
向こうだと、普段からマントを身につける感じじゃないから、俺としては、ちょっと照れくさいような、ゲームらしくてちょっとテンションがあがるような、複雑な感じではあるんだけど。
王道のファンタジーとしては、マントってお約束なのかね?
王様とか、偉い人が身につけているイメージもあるけど。
実は、けっこう実用的なものだったらしい。
後は、靴とかも含めた、装備品のメンテナンスとか、そっちを済ませたり、ベニマルくん情報で得られた、鳥モンへの食糧とかを買い込んだりもした。
今回、俺たちと一緒に旅してくれるのは、カールクンの三号と四号さんなのだそうだ。
いや、その番号は何かと思ったら、実は『一群』の鳥モンさんたちって、役付きでもなければ、一羽一羽が名前をしっかりと持っているわけじゃないのだそうだ。
多くは、番号風の呼び名で呼ばれたりしているのだとか。
それを聞いて少し驚いた。
へえ、ベニマルくんって、実はそれなりに偉かったんだ、って。
さておき。
「なるほどねえ、セージュたちは『精霊の森』に行くことにしたのかい」
「はい。ダメ元ですけど、ノームさんと出会うためには、それが一番可能性があるみたいですからね」
カミュたちも一緒ですし、と俺はサティ婆さんに説明する。
しばらく、この町から離れるのでお世話になっているサティ婆さんには事情を伝えておかないとまずかったしな。
さすがに、ハヤベルさんやダークネルさんたち同居人に関しては、ちょっと情報的にまずい部分があるので、伏せている部分もあるけど、サティ婆さんについては、精霊種に関しても詳しいし、物知りだから大丈夫だろうって、そんな感じで。
可能なら、助言とかももらいたかったしな。
サティ婆さんの知恵袋は侮れないのだ。
とは言え、俺たちもこっちの世界の素人だけで、一か八か突っ込むわけじゃないので、まったく勝算がないってわけじゃないしなあ。
クエストとして存在する以上は、必ず打開策もあるだろう?
そんな俺の楽観的な態度に、サティ婆さんも苦笑して。
「ふふ、セージュらしいねえ。まあ、あそこの排他的なところも相変わらずだろうけどね。それでも、昔に比べると大分マシかもしれないねえ。カミュちゃんって、巡礼シスターをやっているカミュちゃんだろう? だったら、もしかするかもね」
うん?
あれ? 昔よりは状況が好転しているのか?
それは初めて聞く話だな。
一応、冒険者ギルドでも、商業ギルドでも『精霊の森』に関しては、対応が難しい場所ってことで意見が一致していたみたいなんだけど。
「昔はもっとひどかったんですか?」
「まあね。『森』に近づこうとしただけで、攻撃されるようなこともあったから、それよりは、ってことさ」
へえ、そうなんだ?
今も、変なところへ飛ばされたりはするみたいだけど、それでも大分穏やかな感じにはなっているってことのようだ。
「ちなみに、サティ婆さんは、『精霊の森』に入る方法を知ってたりします?」
「ふふ、あたしかい? そうだね、あたしが試したことはないけど、話として、ちょいと小耳にはさんだことぐらいはあるよ」
「えっ!? ほんとですか!?」
それはすごいな。
というか、本当にサティ婆さんの情報網って何なんだ?
それとも、実は薬師って、その手の情報とかに精通しているのが普通とか?
確か、薬師ギルドって、どこか秘密結社っぽいって話だったしなあ。
ともあれ、その話について詳しく聞いてみると。
「『森』の西側に小さな村があるそうだよ? まずはそこに行ってみて、話を聞いてみるといいんじゃないかねえ。今もそうかは知らないけど、その村だったら、精霊と話ができるものもいるって噂さ」
ほぅほぅ、なるほどなあ。
『精霊の森』の側には村があるのか?
そして、そこの村人の誰かが、精霊種と繋がりを持っていたりする、と。
今もそうかは知らないけどね、とサティ婆さんが苦笑しているけど、これって、大事な情報だよな。
少なくとも、買い出しをしつつ、それとなく話を聞いてはみたけど、ここまではっきりとした情報を得られたのって、これが初めてだし。
「精霊さんがその村にやってくる、ってことですか?」
「ふふ、どうだろうねえ? その辺は精霊の気まぐれだろうから、あたしからも何とも言えないしね。まあ、やってきてもおかしくはないかもね」
「お婆ちゃん、わたしも精霊さんに会える?」
「きゅいきゅい?」
「ふふ、そうだね。ルーガやなっちゃんが良い子にしてると姿を現してくれるかもしれないよ? そういう感情に対して、精霊ってのは敏感らしいからね」
「うん、わかった。そうする」
「きゅい――――♪」
ふうん?
他者の感情に対して敏感なのが、精霊ってことか?
となると、なるべく打算とかは捨てた方が良さそうだな。
というか、『家』の件を置いておいても、この手のファンタジーっぽいことと出会うのって、テンションがあがるから、純粋にそれだけでも楽しみではあるんだけどな。
カミュの話だと、『精霊の森』って、かなり不思議な場所みたいだし。
いや、この町から見える『千年樹』も大概だとは思うんだが、そんなカミュが言うぐらいだから、それなりにすごい場所なんだろうな。
うん。
ちょっと楽しみだよ。
そんなことを考えつつ、引き続き旅の準備などを進める俺たちなのだった。




