第175話 農民、精霊の森について聞く
「まあ、無難っちゃあ無難だよな。大陸の中でも、一番、精霊種と遭遇しやすいのが『精霊の森』だ。案外、セージュの場合だったら、遭遇してしまえば、面白い方向へと状況が転がっていく可能性もあるしな」
どこか楽しそうに、カミュがそう言って笑う。
どうやら、俺があたふたするのが面白くて仕方ないようだ。
「『精霊の森』に入るのって、やっぱり難しいのか?」
「まあな。最低でも、伝手がないとお話にならないだろうな」
「伝手?」
「ああ。『精霊の森』を取り囲んでいる結界は、ちょっと特殊でな。種族を識別して、それによって不適格なものを弾くようになってるんだ」
なるほどな。
カミュによると、『森』が見えてきた辺りで、いつの間にか飛ばされているのだそうだ。
音とか反応はほとんどないけど、その結界に踏み込んだと同時に、気付いた時には、『森』から大分離れたところへと弾かれてしまう、と。
遠くから見えることは見えるけど、一定以上の距離に近づくと結界が作動して、現在位置を狂わされてしまうらしいな。
その辺は、さっきクレハさんたちからも聞いた。
実は、モミジちゃんだけだったら、『精霊の森』へと近づくこともできたらしいのだ。
ただし、クレハさんとツクヨミさんは『森』へと近づこうとしても、結界に阻まれて、入ることができなかったということらしい。
モミジちゃんと同化した状態でもダメだったみたいで、そういう意味では、その種族の識別ってのは、かなり厳しくなっているようだな。
そうこうしているうちに、強力なモンスターが群れで襲い掛かって来て、そのまま、この町まで『死に戻った』というわけらしい。
あれ?
そういえば、さっきはうっかり聞き漏らしていたけど、ちょっと気になることがあるぞ?
「なあ、カミュ」
「なんだ?」
「『精霊の森』って、この町からどのぐらい離れているんだ?」
今は町の南側の道は崩落しているから通れないけど、もしそっちをたどっていけば、数日でアーガス王国の敷地へと入ることはできるんだよな?
一番近いはずの国の、その端っこでも数日かかるとしたら、『精霊の森』までの距離って、どのぐらいあるんだ?
というか、クレハさんたちが徒歩でたどり着いたとしたら、そもそもおかしいよな?
「そうだな……基準がそれぞれ違うから説明しにくいんだが、普通にあたしらが町中を歩くぐらいの速度で、って話なら、夜が明けている間、歩き通しで一週間ってとこか」
「えっ!? やっぱり、そんなに離れてるのか!?」
「いや、そうは言っても、この町から行ける場所だとかなり近い方だぞ?」
少し呆れたような表情で、カミュが言う。
「同じ国の中だって、町と町との間でそのぐらいかかるのは当たり前だぞ? 途中でモンスターに遭遇したりもするから、そう考えるともっとかかるだろうしな。だから、普通は、あたしらみたいな教会関係者でもなければ、遠距離を旅したりはしないのさ。行商人だって、土地によっては、隊商を組むのが当然だからな」
あー、そうなのか。
だから、こっちだと旅行とかそういう感覚があんまりないのか。
カミュも観光とかはあんまりピンと来てなかったみたいだしなあ。
「実際、自分たちが生まれた集落から、一生外に出ないのだって珍しくはないぞ? その辺は、種族によっても異なるが、エルフみたいにあっちこっちを放浪したり、ドワーフみたいに各地で工房を持ったりする方が珍しいんだよ」
「うん? あれ? 冒険者はどうなんだ?」
イメージとしては、冒険者の場合、あっちこっちの町を行き来する感じなんだが。
俺がそう尋ねると、カミュが首を横に振って。
「護衛目的で、クエストとして商隊と一緒に遠出することはあるだろうな。だが、実のところ、自分たちが根城としている町から離れる冒険者ってのはそれほど多くないのさ。そもそも、冒険者ギルドの目的は、根なし草の連中の把握とかだからな。後ろ盾となる代わりに、登録を促して、どこの土地にどういうやつがいるのかをつかんでおくのが重要なのさ」
「そうなのか?」
いや、それは初耳なんだが。
俺が驚いていると、カミュがシニカルな笑みを浮かべて。
「まあな。教会の裏事業のひとつだよ。それこそ、町や村で家とか土地を持ってる分には、生きて行くのにも困らないだろうがな。そっちは町や国である程度は把握してるだろ。問題はそれ以外の連中さ。そういうやつらを支援すると見せかけて、きっちり所在を把握するってのは、冒険者ギルドの役目だからな」
「じゃあ、わたしもそうなの?」
「ああ。そういうことだな、ルーガ。はは、冒険者ギルドが迷い人への補助を手厚くしてる理由がわかっただろ? ま、美味い話には裏があるってこった」
だから油断するなよ、とカミュが笑う。
いや、その教会の関係者が言うセリフじゃないよな。
言ってることは正しいけどさ。
もちろん、裏があるって言っても、要はクエストを通じて、それぞれの冒険者がどういう者かを調べることによって、色々と役に立つ情報も得られるって話らしい。
使えそうな者なら、優遇して取り込んだりとかそういうこともしている、と。
おい。
やっぱり、神聖教会って実は恐い組織だろ?
表向きは冒険者ギルドしか動いていないように見えるから、タチが悪い感じだよな。
「というか、カミュ、その話って、俺たちにしても大丈夫なのか?」
「うん? まあ、気付いているやつは気付いてるぞ? それにセージュたちの場合、迷い人だからな。この手の話はあらかじめ話しておいた方が信用されるだろ? 教会って言っても、組織である以上はそれなりにな、色々とあるんだよ」
さもなけりゃあ、ここまで大きくはならないさ、とカミュが苦笑する。
はあ、なるほどな。
「きゅい――!」
「ああ。なっちゃんみたいなモンスターを登録するのも、そっちの理由だ。あんたらが持ってるギルドカードもな、そっちは教会のくそ爺の発明なんだが、偶然の産物にしては使い勝手が良いのは事実でな。生きた情報が集まる。平時ではそれほど日の目を見ることはないが、魔族の襲撃とかがあったら、有効活用させてもらうってところだな」
一応、教会の上層部には潔癖なやつも多いから、悪用されないように手は打っているがな、とのこと。
要は、ビッグデータみたいなもんか?
だからこそ、教会を信用していない国だと、冒険者登録がほとんどなされないところもあるのだとか。
というか、随分と話が逸れたな。
元に戻すと、普通の冒険者ってのは、あくまでも冒険者という身分を持っただけの一般人って感じらしい。
本当の意味で、各地を渡り歩くタイプの職業『冒険者』は、それこそ、リディアさんのような人のことを指すのだそうだ。
「なあ、カミュ。カミュもあちこちに出かけたりしているんだろ? それも移動手段は歩きなのか?」
確か、ちょっと前には砂の国まで行ってたんだよな?
デザートデザートって言ったっけ。
そっちも、ドワーフたちがいるアルミナと同じぐらいは離れてるって話だったし。
「あたしの移動手段か……そっちは内緒だな。でもまあ、前にセージュに同行してもらった時に『身体強化』を使って、倍速で動いただろ? 近距離だったら、あの手のこともやったりするな」
詳しくは内緒だと言われてしまった。
ふうん?
やっぱり、カミュの移動に関しても秘密みたいなものがあるのか?
えっ? ちょっと待てよ?
「秘密なのはいいとして、だったら、明日からのアスカさんとの旅行はどうするんだ?」
さすがに同行者がいるなら、秘密にならないよな?
そう、俺が尋ねると。
「ああ。そのために、足になってくれるモンスターを準備した。ほら、さっきセージュたちも見ただろ? 畜舎にいた真っ白い虎のモンスターだよ」
「あー、あれが移動用の手段なのか?」
「ああ。教会の関係者限定、『白虎隊』の精鋭だよ」
そう言って、どこか楽しそうにカミュが笑う。
一応、その白虎たちの住む集落も、教会本部の側にはあるのだそうだ。
そういえば、アニマルヴィレッジとか言ってたもんなあ。
獣人の町とか、モンスターの集落とか、そういうのがいっぱい連なっているのが、教会本部の側の国ってことらしい。
「もっとも、教会本部との行き来でしか使えない手段だがな。だから、あたしが預かりに行く羽目になったんだが」
へっ!?
どうやら、女ふたり旅が決まってから、その合間でカミュが教会本部まで行って、この真っ白な虎モンを連れてきたらしい。
おい、ちょっと待て!
そっちの移動はどうやったんだよ!?
やっぱり、この目の前のシスターは只者ではないよなあ。
……見た目は小学生ぐらいにしか見えないんだけどな。
「うん? おい、セージュ。何か変なことを考えたか?」
「え? そんなことはないぞ、うん」
とりあえず、半眼になったカミュからの追及をかわしつつ。
精霊種に関する相談は、もうちょっと続く。




