第174話 農民、巡礼シスターに相談する
「ふーん、なるほどな。セージュ、つまりあんたは『精霊の森』を目指すことになったってわけか」
「ああ。そうなんだよ、カミュ」
所変わって、教会の中の畜舎の側にある、とある一室だ。
結局、あの後でクレハさんたちとは、お互いの立場についての情報交換などを済ませた後で別れた。
何でも、クレハさんとモミジちゃんって、同化というか憑依している状態だと、同時に実体化している時よりも消耗が少ないらしい。
だから、それもモミジちゃんへの配慮ってことらしいな。
その分、クレハさんの空腹度の上昇も大きくなるみたいだけど、幸いと言うべきか、ちょっと前に倒した『狂化』モンスターの報酬が良かったみたいで、それのおかげで食料についてはかなりの量を確保できたらしい。
ちょうど、『大地の恵み亭』でもテイクアウト可能な新メニューがお披露目されたばかりだったこともあって、そっちも購入できたのだとか。
『いももち、ですか? こちらはわたくしも初めて口にしましたが美味しかったです。お餅とは少し違いましたけど、このゲームの中で食べられる食事の中では、好みと合うお味でしたわ』
そんなことをクレハさんも言っていた。
まあ、この町だと俺たちにとっての主食になる食べ物がほとんどないからなあ。
米の飯で慣れているものにとっては、それなりに辛くなってくるんだよな。
最初の数日は、珍しさもあって、そこまで気にならないかもしれなけど、そろそろ、この『PUO』の世界にも慣れて来て、細かい部分で不満に感じるところが出てきているようにも思えるぞ。
あ? そういえば、京都って、パン食の比率も高いんだっけ?
まあ、パンにしても小麦がないから、ちょっと厳しい感じだろうな。
一応、カミュの話だと、小麦を栽培している地方もあるってことだから、他の国に行けば、パンが食べられるところもあるのかもしれないけど。
今のところは、オレストの町だと、ユミナさんがジェムニーさんの協力を得て開発した、いももちが主食の最有力って感じだし。
個人的には、醤油を使った甘辛いたれとかも好みなんだけどなあ。さすがに、醤油は難しいか。
何せ、調味料に関しては、塩ぐらいしかないって状態だし。
さておき。
クレハさんは憑依状態のままだと、ものすごく目立つので、なるべく人目を避けるのが基本となっているらしいのだ。
ちなみにクレハさんとツクヨミさんは、町の外にいたままで大丈夫なのだとか。
俺も初めて知ったんだけど、町の外では場所によって、モンスターとの遭遇率にも差があるらしく、安全地帯とまではいかないけど、ちょっとした隠れ家として使えるような場所もあるのだそうだ。
なので、ふたりとそれプラス、モミジちゃんは夜が明けるまではその場所に隠れているのだとか。
一応、クレハさんも、モミジちゃんが憑依している状態だと、例の『認識阻害』みたいな能力を使えるらしく、その『隠れ家』でスキルを使えば、まず周囲のモンスターからも気付かれなくなるんだってさ。
ほんと、俺の知らないところで、他の迷い人さんたちも色々とやってるんだな。
この手の話を聞いていると俺も勉強になるし。
そんなこんなで、ふたりと一匹と別れて、オレストの町へと戻ってきたわけだ。
後は、サティ婆さんの家でルーガと合流して、そのまま、ちょっと畑の方に顔を出したりしてみた。
そうしたら、いつの間にか、ヴォークス草が収穫可能なところまで育っていたらしく、そっちの方もベニマルくんたちが作業をしてくれていたのだ。
どうやら、鳥モンたちの中でも、草食系の鳥もいたらしく、このヴォークス草が欲しいって思った子もいたそうなのだ。
草の中でも栄養価が高いって意見もあったし。
一応、今後は野菜とかの収穫も手伝ってくれることになっていたけど、まさかこんな早くから動いてくれているとは思わなかったな。
もちろん、ここでの収穫の一部は報酬になる。
なので、取り分に関しては、手伝ってくれた鳥モンたちにも分配しておいた。
とりあえずはヴォークス草についてもアルガス芋同様、畑のルーティーンに含めることで問題はなさそうだなあ。
報酬として価値があるのなら、鳥モンさんたちも手伝ってくれるだろうし。
それにしても、だ。
ちょうどカミュに会いに教会へと向かうところだったから、好都合な結果になった。
本当は、成長度合いについての確認だけして、カミュと会った時にその報告を済ませるだけに留めるつもりが、しっかりと収穫できているという有り様だ。
ほんと、植物の生長異常さまさまだよ。
こっちが想定している以上に、栽培期間が短くて済むのは本当にありがたい。
後は、変な副作用とかがないことを祈るだけだな。
で、サティ婆さんの家、畑、そして、ようやく教会へとやって来たわけだ。
俺たちが顔を出した時は、まだカミュも礼拝所で他のシスターと一緒に仕事をしていたので、それがひと段落するのを待って、やっとのことで相談に乗ってくれる状態になった。
ただ、収穫したばかりのヴォークス草の件もあったので、まずはそっちを先に済ませるということで、先に教会の敷地内に併設されている畜舎へと案内されたというわけだ。
「いや、随分と早いな。あたしも農業に関しては門外漢だから、詳しいことは知らなかったんだが、大したもんだよ」
畜舎で持ってきたヴォークス草をカミュに手渡すと、もの凄く感謝された。
早速、そこにいたホルスンに与えてみると、喜んで食べてくれたので、こちらとしても嬉しい。
ただ、まだ今日だけではクエスト達成にはならないようだな。
引き続き、納め続ければいいのか?
まあ、これに関しては、バターの購入とかにも絡んでくるから、教会への貢献度をあげていくのが大事なんだろうな。
さておき。
一口に畜舎と言っても、大きさの割にはそんなにモンスターが飼われているって感じではなかった。
嬉しそうに黙々とヴォークス草を食べている、牛型モンスターのホルスンが数頭と、俺も初めて目にした、真っ白い身体をした虎のようなモンスターが二頭だな。
今、オレストの町の教会で飼っているモンスターはそれだけのようだった。
虎の方は、別に草食ではないらしく、あまり興味なさげにヴォークス草を見ているだけだったけど。
というか、だ。
この数のホルスンだけで、この町の乳製品をまかなっているのか?
それに関しては少し驚いた。
道理で、バターやチーズが貴重品になるわけだ。
ちなみに、ホルスンは向こうの牛と見た目はそれほど変わらない感じのモンスターだった。
まあ、大きさは向こうの成牛よりも一回りか二回りぐらいは大きいけど、足は白くて、身体は銀毛という感じの、思っていた以上に綺麗な牛だった。
一応、神聖教会では神さまの使いって扱いらしい。
そういう意味では、見た目は穏やかそうだけど、どこか神聖な雰囲気がないでもないよな。
確かに、この牛の肉を食べるとなると、ちょっと畏れ多い感じもする。
「まあ、『神さまの使い』ってのはもっともらしい嘘だ、嘘。ホルスンの乳は教会の大事な収入源だからな。不殺でも食料を確保できるって意味じゃあ、かなり重要だから、それで変なことをするんじゃないぞ、って脅しも込めてそういう風な呼び方になったってわけさ」
俺が少し感心した後で、カミュが皮肉っぽくそんなことを教えてくれた。
別に、それ、わざわざ言わなくてもいいんじゃないか? とは思った。
どうも、カミュって、教会のシスターの割には神さまとかそういうものを嫌っている節があるんだよな。
まあ、それはそれとして。
そんなことを聞きながらも、話は冒頭のところへと戻るというわけだ。
正直なところ、クレハさんたちについて、どこまで話をしてもいいのか少し悩んだのだが、そんな俺の態度から察してくれたのか、カミュが俺たちのことを他の人間がやって来ない場所へと案内してくれたのだ。
畜舎の横にある、懺悔室だ。
いや、懺悔室ってのは俺がそう感じたってだけだけど。
要は、冒険者ギルドの応接室とおんなじ感じで、教会の関係者とその信者か? その人たちが秘密の話をするために入る部屋なのだそうだ。
一応、部屋には『隠蔽』の魔法もかけられているので、部屋の中に入っている者以外には、話の内容が聞かれる心配がないらしい。
「まあ、上位権限を持っている相手なら別だがな。ただ、そんなことができるのは教会の中でも一握りだけだ。それこそ、本部になら数人いるって程度だな。だから、地方の教会なら、一度、中に入って鍵を閉めてしまえば、この通り、外からの聞き耳とかは一切遮断できるってわけさ」
その辺は、冒険者ギルドの応接室とも違う、とカミュが笑う。
何でも、冒険者ギルドの応接室も、完全な密室ってわけじゃないので、他の冒険者に対しては効果的でも、ギルド内でその手の機構があれば、話している内容がどこかに流れている可能性もゼロではないとのこと。
だから、念のため、本当にまずい話については気を付けろ、って。
いや、知らなかったぞ。
まあ、当然と言えば当然の措置か?
イメージとしては、警察の取り調べ室に監視カメラが設置されているような感じかね?
一応、カミュの話だと、この町みたいな田舎だとそこまで厳しい感じじゃないらしいけど、一部の国などに所属している集落の場合、情報が筒抜けになっていることもあるので気を付けろってことらしい。
「『帝国』とか、アーガスとかな」
「えっ? 『帝国』はわかるけど、アーガス王国もなのか?」
「ああ。前に言わなかったか? アーガスは王族や貴族の権限が強い国なんだよ。それこそ、平民が暮らしにくい程度にはな。まあ、そういう意味じゃあ、あたしもあの国は嫌いだよ。ただ、それなりに歴史と伝統はあるからな。ないがしろにできるような国でもないし、色々と面倒なんだ」
そう言って、カミュがため息をついたのが印象的だった。
というか、けっこう、アーガスってやばい国なのか?
今、ラウラがアーガス王国で頑張ってるみたいだけど、それなりに過酷な環境ではあるようだ。
「てか、セージュ、あんたもそんな話をしにきたんじゃないだろ? 『精霊の森』に行きたいって話じゃなかったのか?」
「ああ、そうそう、そっちが本題だよ」
カミュに突っ込まれて、ようやく話を進める。
一応、クレハさんたちの直接の名前とかは触れずに、そういう人たちがいるってことだけ伝えて、その上で、今の俺たちの状況についても話をする。
ケイゾウさんたち、コッコさんはもう少し待っててくれる。
とは言え、畑の側に鳥モンたちのための『家』を建てるのは必須で。
このオレストの町だと、専門職の人に頼むのには、早くても一週間以上はかかる、と。
だから、『家』を建てるには、自力でどうにかする方がいい。
一応、俺の手元には家を建てるための『手順表』はある。
ただし、精霊種のノームの協力が必要なので、そっちのあてがないと、そもそも作業に入ることもできない。
ここまでは、『けいじばん』でカミュも見ているだろうから、ここから先が追加の部分だな。
この『グリーンリーフ』にも精霊種は住んでいる。
ただし、その住人と会うためには、ラルフリーダさんの許可が必要。
許可を得るための条件は、俺が一対一でクリシュナさんや、ノーヴェルさんのような、ラルフリーダさんの護衛のうち、ひとりを倒すこと。
これは、さすがに、現時点では難しい。
というか、そこまで強くなるまでどのぐらいかかるんだ、って話だよな。
それなら、専門職の人の手が空くのを待つのが無難だろう。
そして、もうひとつの可能性が『精霊の森』だな。
今はまだ情報不足だけど、この町で聞いた話をまとめるなら、精霊種以外であれば、そもそも立ち入ることすら困難な場所である、と。
なので、今、カミュに相談に来た、と。
そこまで伝えた上で、俺はカミュの反応を待った。




