第173話 農民、精霊がらみの相談をする
「最初に断わっておきますが、わたくしの種族は人間種です。精霊種ではありませんわ」
「あ、そうなんですね」
どうやら、クレハさん自体が、精霊さんというわけではないらしい。
でも、人間種だとごく普通の種族だよな?
ということは、それだけじゃないってことか?
俺がそう尋ねると、クレハさんが頷いて。
「はい。まずは、見て頂いた方がわかりやすいですわね…………モミジ、モミジ、姿を現してください」
「――――――!」
「えっ!? これって、さっきの!?」
クレハさんが、誰かへと呼びかけるのと同時に、彼女が髪が一瞬、燃え盛るように波を打ったかと思うと、次の瞬間には、すぐ横の空中に別の生き物が現れたのだ。
というか、だ。
その生き物ってのが。
「さっき、ペルーラさんの工房にいきなり入り込んできた、炎の鹿?」
「ええ。先程は本当に失礼をいたしました。その点につきましては、わたくしの方からもお詫び申し上げます」
「こちらのモミジはお嬢様に憑いている精霊なのですよ。ですが、ひとつの生き物として意志を持っているため、お嬢様でもたまに制御できないことがあるのでございます」
「――――――!」
「あっ! そうなんですね?」
へえ、精霊種が憑いているってことか?
そういうケースもあるんだな?
つまり、クレハさんはいわゆる『精霊憑き』という状態らしい。
たぶん、これもテイムモンスターの一種なんだろうけどな。
なるほど、それで精霊種について、多少は知っているってことになるわけか。
「クレハさん自体は人間種なので、この町スタートになったってことですね?」
「おそらく、そうだと思います。ですが、この子――――モミジですね。この子が今のままですと、日に日に弱ってしまいまして……それで少し困っていたのですわ」
何でも、クレハさんの話だと、この炎の鹿のモミジちゃんが食べられそうなものがこの町にはほとんどなかったのだそうだ。
さっき、鍛冶工房まで侵入して、例の『狂化』モンスターを食べてしまったのも、そういう意味で空腹に耐えられなかったから、なのだとか。
ということは、精霊種には、精霊種に合った食べ物がいるってことか?
「今は大分元気が戻ってきているようですわ。今日の午前中までは、この姿を維持するのも辛そうで、わたくしの身体と同化しておりましたし」
「同化すると髪が赤くなるんですか?」
さっきまで紅くて綺麗だったクレハさんの髪の色が、そのモミジちゃんが現れてからは普通の黒髪へと変化していたのだ。
つまり、さっきの赤髪は、精霊が憑いている状態だったってことらしいな。
「ええ、そうですわ。わたくしも、モミジには色々と助けられたのですが、先日の巨大なうさぎとの戦いで、モミジも無理をしてしまったらしく、それで、次第に弱ってきてしまったのです」
「その、モミジちゃんは火の精霊なんですか?」
「だと思います、種族が『焔小鹿』となってましたから」
「おそらく、サラマンダーの変種ではないかというのが、さる筋からの情報です」
なるほどな。
俺の『鑑定眼』だと、このモミジちゃんのステータスは読めなかったので聞いてみたんだが、やっぱり、火の精霊ってことで間違いないらしい。
というか、ツクヨミさんが言う、さる筋ってのはどこだって話だが。
「――――――――!」
「うーん、やっぱり、何を言っているのかわかりませんね」
「クレハお嬢様に憑かれている時は、会話のようなことも可能だそうです」
「ええ。ツクヨミの言う通りです。頭の中で会話が成立しますわね。外にいる時も、わたくしでしたら、何を言っているのかぐらいは何となくわかりますわよ」
あ、そうなんだ?
まあ、俺も、なっちゃんの言っていることがちょっとずつわかるようになってきたので、それに近いのかもな。
「きゅい――!」
「――って、なっちゃん、ちょっと!?」
不意に、ずっと静かにしていたなっちゃんが、鎧の外へと飛び出してしまった。
やっぱり、ちょっと窮屈だったかな?
――――じゃなくて。
「あら? セージュさん、そちらは?」
「あー、すみません。俺のテイムモンスターのなっちゃんです。ナルシスビートルって言うんですけど、人懐っこい友達ってところですね。ごめんなさい、他に誰も連れてこないって話ではあったんですけど、さすがに差出人の名前がないメールですと、ちょっと不安もありましたので」
クレハさんとツクヨミさんに謝りつつも、念のため、保険を打たせてもらったとだけ説明する。
それを聞いて、クレハさんも苦笑して。
「いえ、わたくしもモミジを連れてますし、それでしたら問題ありませんわ。噂として『けいじばん』などで広まるのがまずいわけですしね」
他の人を同行させないで、というのもそういうことですから、と。
それに、俺が警戒するのも当然の感情なので、そのぐらいの方が安心できるとのこと。
もちろん、約束をすっぽかされることも考慮していたそうだ。
「今の状況で、町の外へ単独で出られる方は限られますから。念のため、モミジの能力で、この周りは認識しづらくしていますので、他のテスターさんから気付かれることもないでしょうし」
「あ、そういうこともできるんですね?」
へえ、認識阻害のスキルも持っているのか?
あ! だから、『鑑定眼』も効きにくかったのか。
なるほどなあ。
とりあえず、なっちゃんのことも認めてもらった上で、話を元に戻すと、だ。
「つまり、クレハさんたちは『精霊の森』へと行きたいってことですか?」
「はい。モミジが食事できる環境が必要ですから。それに、わたくしとしましても、他のテスターさんたちから離れたいということもありましたし」
「そうなんですか?」
おや?
それはちょっと予想外な話だな?
というか、だったら、俺に話を持ち掛けた理由は何なんだ?
別に、ふたりで『精霊の森』へと向かった方が無難だと思うんだが。
俺がそう尋ねると。
「いえ、すでに一度失敗しておりますの。わたくしとツクヨミだけでは、『精霊の森』の中までは踏み込むことができませんでした」
あ、一度試してはみたのか。
実際、場所や方角とかについては、すでにこの町でも情報があるもんな。
問題は精霊種以外の立ち入りが困難ってことだろう。
「ですから、『けいじばん』でセージュさんのお話を見た際に、ご助力願えないか、こういう不躾な形ではありますが、ご相談させて頂いたわけですわ」
「セージュさんは、面白いアイデアを考えるのが得意だと、そううかがっております」
「いや、それ、誰からですか?」
ちょっと待て。
何か、妙な話になってないか?
その噂の出所がすごく気になるんだが。
テツロウさんとかが面白おかしく流している可能性もあるし、ラルフリーダさんの見立てが他の町の人経由で変な話になってる気もするし。
というか、少し頭痛がするぞ?
別に俺、自分からそういうことを言ったことがないんだが。
「何か良いお考えはございませんか?」
クレハさんがまっすぐな目でこっちを見つめてきた。
いや、そう言われてもなあ。
『精霊の森』に関しては、あんまり俺も詳しい情報とか持ってないし……あ、待てよ?
そういうことは知っている相手に聞くのが一番だよな?
確か、家を建てるクエストについてだったら、相談に乗ってくれるって言ってたし。
「ダメもとで聞ける相手がいるんですけど、そっちを確認してもいいですか? 一応、この世界のことならかなり詳しいと思いますし、俺たちみたいな迷い人じゃないので、情報漏洩とかも注意してくれると思いますけど」
「そんな方がおられるのですか?」
「はい。教会でシスターをやってるカミュです。チュートリアルの時に俺の監督をやってくれた縁で、それなりに親しいんですよ」
確か、明日にはカミュもアスカさんと一緒に旅に出るって話だったから、今日中なら何とか相談できるだろ。
というか、ふたりが教会本部に行くってことは、その途中に『精霊の森』の側も通るだろうから、途中まで一緒に行くってのもありだろうし。
そう、ふたりに話す。
「えっ!? こちらの世界の人と一緒に旅行とかできるんですのね?」
「『けいじばん』ではそちらの情報は触れられておりませんでしたね?」
「はい。その辺は直接聞いた話ですから」
アスカさんが『けいじばん』で話していないってことは、これもシスターの職業クエスト関連ってことかも知れないしな。
あれっ?
ということは、ついていくとかは難しいか?
ただ、カミュも息抜きとか言ってたから、そこまで厳しいことでもない気がするよな。
何にせよ、この後、ちょっと教会に行ってみることにしよう。
「少し話が進んだら、こちらからも連絡しますね」
「ええ、お願いできますか? わたくしたちも『精霊の森』に関する情報を集めておきますので」
よろしくお願いします、とクレハさんが微笑む。
うん。
とりあえず、『精霊の森』へ向かうってことで、俺たちの目的が一致したな。
一応、クレハさんも『精霊憑き』ってことだし、普通の人間種よりは森へと入るための条件とかも緩いかもしれないし。
もちろん、一度失敗しているってことは、そんな甘い話じゃないだろうけど、まあ、使える手札が増えるってのは大事だろうし。
俺も、ノームの人と出会うという意味では、チャンスではあるよな。
ひょんなことから、話が大きくなってる気もするけどな。
そんなことを苦笑しつつ。
細かい部分についてのことも含めて、俺たちは話を続けるのだった。




