第172話 農民、謎のメールの相手に会いに行く
「えーと……メールに示されていた場所って、この辺りか?」
「きゅいきゅい♪」
「あ、なっちゃんはそのまま隠れてて」
「きゅい――!」
ペルーラさんたちの工房を出た後、俺が向かったのは町の外の、とあるポイントだ。
朝受け取った、差出人不明のメールに描かれていた場所だな。
一応、誰も連れてこないように書かれてもいたので、ルーガとはサティ婆さんの家で別れて、そっちの方で待ってもらっている。
ただ、なっちゃんは頑固に一緒に来ることにこだわったので、結局、俺の鎧の中に隠れてもらうことにした。
まあ、その辺はテイムモンスターだからってことで。
そもそも、誰からのメールかわからない以上は、こっちはこっちで対策を練ってもいいだろうしな。
何らかの罠である可能性も否定できないしな。
まあ、罠なら罠で、それに怯えていても仕方ないので、とりあえず踏み込んでみるってのが俺流だ。
いや、これもユウからの受け売りなんだけど。
ゲームである以上は、必要以上に安全策を取っていると、好機を逃すことになりかねないから、その辺は迷わず進めってだけの話なんだよな。
さすがに、失敗して命まで取られるわけでもないし。
何で、俺宛てで、こんなメールを送って来たのか。
本当に精霊種に関する情報を持っているのか。
少なくとも、差出人がどんな人なのか、興味はあるし。
「それにしても、指定の場所が町の外か……」
ということは、仮にテスターだったとして、今のオレストの町から自由に外に行けるだけの力量があるってことだよな?
俺の場合、たまたまだけど、『狂化』モンスターのクエストをいくつかクリアしてるせいで、条件を満たしているけど、その手の条件をクリアしている人って、迷い人の中でも、そんなには多くないはずなのだ。
その辺は、『けいじばん』でテツロウさんも言っていたし。
今のところ、単独で町の外に行ける人って、リクオウさんとか、十兵衛さんとか、そのぐらいしか知らないし。
後は、俺と個別で情報をやり取りしている人の中で、条件を満たしている人はまだいないみたいなのだ。
ファン君やヨシノさんもまだだって言ってたし。
まあ、あのふたりの場合、リディアさんが一緒だから、そっちで問題なくなるんけどな。
何にせよ、この『PUO』の場合、βテスターばかりなので、ソロで動いている人も少なくはないので、そっちの可能性が高いか。
廃人プレイじゃないけど、町にあんまり戻ってきていない人とかもいるのかも知れないし。
後は、このメールが俺たちのような迷い人以外から送られてきた可能性だな。
俺もうっかりしてたけど、別にメール自体は、迷い人でなくても送れるんだものな。
カミュとか、リディアさんからのメールもあったし。
となると、ラルフリーダさんの関係者から、とかの情報かも知れないし。
あ、待てよ?
この場所に着いたら、ノーヴェルさんとかが待ち構えていたらどうしよう。
今日は、ラルフリーダさんの護衛をしてなかったし、その可能性もあるか。
やばい。
クエストを口実にボコボコにされたりしてな。
「……やっぱり、行くのやめようかな」
「きゅい――?」
「いや、冗談だよ、なっちゃん」
さすがに、今から止めるのは俺もどうかと思うしな。
というか、そろそろこの辺か?
一応、指定された場所は、町から少し離れたところにある、森へと差し掛かった辺りのポイントだ。
この辺はあんまり来たことがないなあ。
『採掘所』に行く道からも離れているし、カミュと一緒に動いていた時は、北の方角へまっすぐ、って感じだったから、あんまり横道に逸れなかったし。
――――おっ!
「あ、パクレト草、発見!」
ちょうど良かったというか、この辺はパクレト草が多く生えているのな。
そういえば、今、そっちの素材は底をつきそうだったから、折角だから、ついでに採取もしていくとしよう。
他に、ミュゲの実もないかね?
そんなことを考えながら、俺は素材の採取へと取りかかった。
「あの、セージュさん、ですわね?」
「――――えっ? あ、はい。そうですそうです」
うわ、うっかりしてた。
いや、この辺りって、パクレト草がいっぱい生えているから、ついつい素材集めに夢中になっちゃったよ。
というか、待ち合わせの場所だったんだよな?
不意に声をかけられたので、慌ててそっちの方を向くと、そこに立っていたのは真っ赤な髪をした女性と、その横に付き添う形でたたずむ、初老の男性の二人組だった。
それにしてもすごいな。
女の人の見た目のインパクトが、だ。
燃えるような色をした紅い髪だけではなく、瞳も赤いのだ。
もちろん、ゲームである以上は、この手の色彩でキャラクターを作る人も少なくないとは思うけど、それにしても目立つというか。
いや、さすがにこんな人と町の中ですれ違ったら、気付いたと思うぞ?
特に、今いる場所が森の中だけに、より、紅い色が目立つのだ。
これ、牛とかのモンスターがもしいたら、突っ込んでくるんじゃないのかね?
まあ、服装自体はそこまで派手じゃないか。
そっちは冒険者ギルドとかでもよく見かける感じの、冒険者の服ってところだし。
一方の男の人の方は、白髪交じりの髪をビシッとオールバックで整えた、初老の紳士という感じの風貌をしていた。
あ、眼鏡を付けているんだな?
そういえば、こっちに来てから、眼鏡の人って初めて会ったような気がするぞ。
それにしても、服装は全身鎧なのに違和感がないというか。
細身ではあるんだけど、たたずまいに迫力がある人なのだ。
女の人が俺よりも少し年上くらいに見えるけど、男の人の方は、けっこうな年月を感じさせる風格だよな。
このゲームの場合、あんまり年は弄れないってことらしいから、ふたりとも見た目相応なのかね?
だとすると、謎な組み合わせではあるんだが。
それはそれとして。
「俺がセージュですけど、あなた方がメールをくださった方ですか?」
「ええ、そうですわ。不躾なお話で申し訳ありませんでした。ですが、わたくしどもと致しましても、事情がございましたので、このような形を取らせて頂きましたの」
そう言って、女の人がゆっくりと頭を下げた。
精霊種がらみの情報については、漏らすことを最小限にしないといけないという決まりがあるのだそうだ。
ふうん?
ということは、この女性が精霊種、なのか?
「申し遅れました。わたくしの名はクレハと申します。こちらは向こうでの名と変わりありませんわ。朱雀院紅葉です。京都の朱雀院家の本家直系のひとりです」
「そう、なんですか。すみません、俺、向こうですと、北海道のしがない農家の出身でして、あんまりそういう家とか詳しくないんですよ」
とりあえず、自己紹介ついでに先に謝っておくことにした。
一応、うちも農園としては、それなりだけど、そういう旧家とかそっちの話とはあんまり縁がないからなあ。
少なくとも、この前の女性……クレハさんか。
この人は、それなりの家柄の人ってことでいいのか?
俺が少し困っていると、横にいた眼鏡の紳士が事情を簡単に教えてくれた。
ちなみに、この男の人はツクヨミさん、というらしい。
あくまでも、プレイヤーネームがってことらしくて、本名についてはご勘弁くださいと言われてしまったけど。
ただ、立場上は、このクレハさんの執事さんというか、お目付け役という感じの人らしい。
ふうん?
確かに、色々と事情がありそうな感じではあるな。
あんまり踏み込まない方が良さそうだ、と俺が考えていると。
「表家業の方々には縁が薄いでしょうね。今となりましては、京都でも『朱雀院』の家の意味を知る方は少なくなってしまっておりますから。お嬢様を始め、朱雀院家の血族のお役目は、眼に見えない怪異を退治することですから」
「えっ!? そうなんですか!?」
さすがにびっくりしたぞ?
早い話が妖怪バスターみたいな家ってことか?
そんなの、今の時代に実在するのかよ?
一瞬、冗談かとも思ったけど、ふたりの表情を見る限り、俺のことを騙そうとしている感じでもないようだしな。
真剣そのものというか。
「ええ。世の中にはわたくしたちが思っている以上に、不思議なことが満ちているという証左ですわ。それはこのゲームも無縁ではありませんしね」
「えっ!?」
「ですが、今はそのお話はあまり重要ではありませんわ。セージュさん、あなたは精霊種と知り合いたいとお考えなのですよね?」
「あ、はい、そうです。ノームの人の力を借りたいんです」
俺が驚いたのも束の間、話題を戻されてしまったな。
というか、クレハさんとツクヨミさん、このゲームについても何か知っているのか?
俺の家のことを表家業って呼ぶあたり、何というか、恐いというか、胡散臭い感じがしないでもないんだが、まあ、そっちはひとまず棚上げだな。
俺としても、精霊種に関して、何か情報を持っているのであれば、そっちの方が今は大事ではあるし。
「それでしたら、わたくしたちのお願いを聞いて頂けますか? おそらく、わたくしたちの望みと、あなたの望みは近しいものであるはずですから」
そう言って、クレハさんはそのまま話を本題へと移していった。




