第170話 農民、火の雨の中でほのぼのする
「旦那さまは、なっちゃんを連れて、少し距離をとってね。他は特に問題はないわ。あ、セージュ! 耐火鎧の手の部分を装備し直しなさい!」
「………………」
「はいっ!」
そっちは急いで! というペルーラさんの言葉で、今まで外していた部分を付け直す。
俺たちの目の前に現れたのは、モンスター化した『炉』の炎だな。
リディアさんがエレメンタルモンスターと呼んでいたものだ。
名前:グレンリザード(狂化状態)
年齢:0
種族:はぐれエレメント(モンスター)
職業:
レベル:◆◆
スキル:『◆◆』『◆◆』『◆◆』『火魔法』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆◆』『◆◆◆』
鑑定してみたところ、やっぱり、また『狂化』モンスターか。
というか、これって、どういう条件で発生するんだろ?
年齢が0歳ってことは、生まれたてということではあるのだろうけど。
「ふうん、これが例のモンスターね? まあ、もっとも、耐火対策済みの今の状態だったら、そこまで恐いものじゃないけどね」
「…………」
「どうする? 倒す?」
「あ、リディアさん、もうちょっと待ってもらえる? いい機会だから、ファンの服のお披露目にちょうどいいから」
おや?
モンスターが現れたにしては、随分と余裕があるな?
「ペルーラさん、あの、すぐに倒さなくてもいいんですか?」
「そうね。一応、警戒はしておくけど、なっちゃんを避難させた後だったら、そこまで慌てる必要はないわ。あのモンスターの大きさを見ても、炎の質を感じても、それほど強力ってわけじゃないから、今の装備なら十分に防げるレベルよ」
だから、少し落ち着きなさい、ってことらしい。
うーん。
今までの『狂化』モンスターを相手にした時とは大分違うなあ。
それに、とペルーラさんが付け加えて。
「今なら、リディアさんもアビーさんもいるしね。倒すだけならそれほど難しい話じゃないわ」
「ん、今、お腹の状態それなり。力充分」
「そうそう。この手のモンスターは武器による直接攻撃は効果が薄いけど、それならそれで対処の仕方ってのがあるからね。あたしも、そっち系の対処は割と得意分野だし」
なるほど。
見た目は火の玉のような、太ったトカゲっぽい炎のようなモンスターだもんな。
要は、物理攻撃のたぐいは効きにくいってことか。
とはいえ、リディアさんやアビットさんなら、特に苦も無く倒せるとのこと。
ただ、それを聞いた十兵衛さんはといえば。
「てことは、あれは剣じゃ斬れねえってことか?」
「普通にやっても、ダメージを与えられないと思うわ。炎と重なっている命の部分を削るか、後は『剣術』を使いこなすぐらいじゃないとね」
「あん? 『剣術』だと?」
「ええ。私も魔法は苦手だから、そっちの方面はあんまり詳しくないけど、魔法を武器に乗せる使い方が『剣術』でしょ? それなら、魔法で直接斬りつけるようなものだから、たぶん、ダメージが通るんじゃないかしら」
それなら、エレメンタル系のモンスターも攻撃できる、とペルーラさん。
というか、こんな話をしている間も、目の前の宙に浮いている火蜥蜴から、炎による攻撃が飛んできているんだけど、さっきペルーラさんが言った通り、耐火鎧に妨げられて、当たっても、まったく痛くないのだ。
手のところで、火の玉を払うと、そのままかき消したりもできるので、これはこれで面白かったりするし。
いや、火の玉を打ちおとすのって、初めての感触だから、何となく楽しい。
状況だけ見ていると、周囲が火の雨って感じなんだけど、あんまり危機的な状態には感じられないというか。
「SYAA――――!」
「わわっ!?」
「はいはい、ファン、それを避けないの。ミスリルの『声』に意識を合わせなさい。そうすれば、その服があなたの想いを汲んでくれるわ」
「えっと……こう、ですか?」
ファン君が飛んでくる火の玉に対して防御姿勢をとった。
すると、ファン君が着ていた服の、装飾の部分がきらきらと輝きだして、それぞれの装飾同士を結ぶように、光の膜のようなものが現れたのだ。
そのまま、光の膜が火の玉を弾いてしまった。
「うわわっ!? すごいですね! これがこの服の効果ですか?」
「ふふ、ミスリルの共鳴を利用した障壁展開よ。そもそも、この程度の火魔法だったら、今のファンでも弾けるでしょうけど、普通の武器による攻撃も、あなたの防ぎたいって想いと重なれば、そのミスリルがあなたを護ってくれるわ」
「その『踊り子の服』なら、踊りを踊ることで障壁が強くなるように調節しておいたよ。あんたが舞を舞うことで、より効果的になるようにさ」
へえ、そういうこともできるのか?
どうやら、ミスリルってのは俺が思っていた以上に面白い金属らしい。
「ミスリルには意志があるんですか?」
「ええ。思考というほど細かいものじゃないけどね。相性の問題はあるわ」
「悪いけど、あんまり詳しくは教えられないのさ。まあ、心酔させるか、屈服させるかしないといけないってのが、鍛えるのが難しい理由だね。まったく、気難しい金属だよ」
ふうん?
てことは、ファン君もミスリルを従えるのに成功したってことだよな?
今、着ている服はファン君の手によるものだって話だし。
「はい。でも、セージュさん、ぼくもどうしてうまく行ったのかはわからないんです。アビーさんも教えてくれませんでしたし」
「えっ? そうなの?」
「まあね。そこからは自分で気付かないといけないことなのさ。それも含めて、ドワーフとして『鍛冶』を学ぶということなんだよ」
普通の『鍛冶』とはちょっと毛色が違うんだよ、とアビットさんが苦笑する。
「SYAA――――!」
というか、さ。
こんなのんきに話を続けてもいいもんかね?
目の前の『狂化』モンスターがそっちのけにされて、かなり怒っているみたいなんだけど。
何だろ、この、戦闘中にも関わらず、ほんわかした雰囲気は。
「いいんですか? 大分怒ってますけど」
「大丈夫大丈夫、ドワーフの使う『炉』の性質上、たまにこの手の暴走事故はあるの。もちろん、『狂化』なんて、変なモンスターが現れるのはめずらしいけどね」
「そうなんですか?」
あれ?
こういうのって、よく起こることなのか?
結局、その辺は『炉』の仕組みとも関わってくるそうで、詳しくは教えてもらえなかったけど、こういう感じでエレメンタルモンスターが発生することは、たまにあるのだそうだ。
それが『炉の暴走』とか『事故』って呼んでいるらしい。
「でもまあ、大抵は今みたいに火属性のモンスターが生まれるから、それほど大事にはならないのよね」
ドワーフや鉱物種が相手だと、ほとんど攻撃が効かないから、と。
うーん。
何というか、慣れたもんだよな。
ふと、横を見れば、リディアさんは火が降って来る中でぷちラビットの串焼きを食べてるし、十兵衛さんは十兵衛さんで、何とか手持ちの剣で斬りつけられないか、色々と試しているし。
「十兵衛、あんまり無理すると、その剣溶けるわよ?」
「ははっ、程ほどにしとくぜ。散らすことはできるみてぇだが、すぐ元通りになっちまうんだな? 確かに、生きている炎を相手にしてるようだな」
こういうのも面白ぇ、と十兵衛さんが笑う。
今も斬りつけた瞬間、火蜥蜴の形状が散り散りになるんだけど、少し経つと、すぐに元通りになってしまうのだ。
確かに、これは物理攻撃が効いている感じじゃないな。
「まあ、そろそろいいかしらね。ファンの作った装備のチェックもできたし。リディアさん、対処をお願いしてもいい?」
「ん。……ん? 別のが近づいている?」
「えっ?」
そうつぶやいて、リディアさんが窓の方へと目をやったのと同時に。
工房全体に、甲高い嬌声が響いた。
「――――――――!」
「な、何だ!?」
「炎の鹿……?」
「いや、どこから来たんだい、こいつ?」
「こっちはうちの『炉』とは関係ないよね? ねえ、旦那さま?」
「…………」
「うわっ、この鹿さん、どんどん火の玉を食べてますよ?」
「目当てはごはん?」
窓の柵と柵の間を突き抜けるような感じで、工房の中へと現れたのは火を全身にまとった鹿のような存在だった。
これもモンスターなのか?
というか、何で現れたんだ?
その場にいた、ほぼ全員が呆気にとられている中、その炎の鹿は素知らぬ顔で、辺りを漂っていた火の玉を次々と食べていくのだった。




