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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第5章 鍛冶と畑とドワーフと精霊と、編
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第169話 農民、合流する

「どうだい? こっちの方は少しは形になったかい?」


 俺たちがお風呂屋の話で盛り上がっていると、奥の部屋からアビットさんがファン君を連れて戻ってきた。

 あれっ? と思ったのは、ファン君が着ている衣装だな。

 修行中に着替えたのか、さっきまで着ていた子供用の古着ではなくて、どこかきらびやかな、言うなれば、踊り子さんの衣装のようなものになっていたのだ。


「そうね、アビーさん。セージュとルーガは合格ラインに到達したわ。十兵衛とヨシノに関しては、あともうちょっと、ってところかしら」


 アビットさんの問いにペルーラさんが頷きながら答える。

 ちなみに、十兵衛さんについては、『失敗しても構わねえんだったら、ちょっと刀を打ってみてもいいか、ペルーラの嬢ちゃん?』とか言って、それに関して、ペルーラさんもゴーサインを出したので、刀造りへと方向修正がなされていた。

 やっぱり、金槌と刀だと、やる気が全然違うのだそうだ、十兵衛さんってば。


『刀に関しては、打ってるのを見たことがあるからな』

『別に、金槌でなければダメってわけでもないしね。金槌や金床みたいに、作業で使うものから取りかかった方が効率がいいってだけよ? 少し習得まで時間がかかるかも知れないけど、何となくでも自分が感じた直感を大事にするのは悪いことじゃないわ』


 そういうことらしい。

 その話を聞いたうえで、ヨシノさんは地道に金槌を作ることを選んだようだし、その辺は人それぞれで構わない、って。

 一方の俺とルーガに関しては、引き続き、他の『工具』製作へとシフトするという感じらしいな。

 まあ、金槌だけあっても『鍛冶』作業はできないから、その辺は『見習い』を続けるのであれば、別の『工具』も作って、それで経験を積んでいくことになるようだ。


 さておき。

 ファン君がやっていた秘密の修行もひと段落となったらしい。


「へえ、やるもんだね。この短時間で『鍛冶』を取得したとなれば、それなりに資質があったってことだろうさ。まあ、これで調子に乗らずに、これからも精進するんだね」

「はい!」


 まだ入り口に立てただけだから、というアビットさんの忠告に素直に頷く。

 とは言え、ドワーフならいざ知らず、それ以外の種族で、ここまであっさりと修行を終わらせるのはめずらしいらしく、その点では改めて感心された。

 うーん。

 案外、『土の民』も鍛冶職人向きの種族だったのかもな。

 今の俺だと、金属関連の『土魔法』は使えないけど、一応、そっちも土属性に含まれるみたいだしな。


「それでアビーさん、ファンの方はうまくいったの?」

「ふふん、当然だろ? きちんと例のやつも刻んでおいたさ。まあ、この年じゃあ、この手の感覚にはあまり縁がないだろうけどねえ。どうせ、遅かれ早かれ、慣れないといけないんだから、その辺はあんまり気にしないことさ」

「まあ、そうなんだけどね……大丈夫、ファン?」


 ちょっと手を触るわね、とペルーラさんがファン君の両手へと触れる。

 その瞬間、ファン君の身体がわずかに痙攣して、顔が真っ赤になった。


「――――っ!?」

「あー、やっぱり、まだ感度が高いわね。でも、危ない状態からは脱してはいるのかしら?」

「当たり前だろ? その辺はあたしがちゃんと確かめていることだよ」


 えーと?

 いや、ちょっと待て、何だこれ?

 ファン君の表情を見る限り、どこからどう見ても、アブノーマルな雰囲気しか感じられないぞ?

 ドワーフに伝わる秘密の修行って何をやってたんだよ?

 俺だけではなく、それを見ていたヨシノさんも心配そうにしているし。


「ファン君、本当に大丈夫? ちょっと……かなり顔が赤いわよ?」

「あ、ヨシノ姉さん、大丈夫と言えば大丈夫ですけど……今のぼくって、もの凄く、感覚が敏感になっているらしいんです」

「その辺は仕方ないわね。詳しい内容は言えないけど、ドワーフが『鍛冶』をする際に重要視しているのは、『金属の声』を聴きとることなの。だから、それをしやすくするための修行ってことなのよね」

「特にミスリルが相手の場合はそうさ。ミスリルってば、自分の声を聴こうとしない職人に対しては、ひどく頑固だからねえ。それでも力技でねじ伏せる方法もないわけじゃあないんだけど、そっちはおすすめできないからね。てっとり早く『ドワーフ鍛冶(ドゥワルヴ)』を覚えて、かつ身体に『制約』を刻むのには、今さっきファンに対して行なったやり方が一番だからさ」


 保護者であるヨシノさんに対して、ペルーラさんとアビットさんのふたりがあんまり心配し過ぎないように説明をしてくれた。

 もっとも、詳細は極秘なので教えられないみたいだけどな。


 とりあえず、今のファン君は修行を無事に終えて、自分の着ている服の金属部分に関しては、自力で加工を終えることができたらしい。

 種族スキルを使って、『金属の声』も聞き取れて。

 その上で、ミスリルとの対話にも成功して、アビットさんが持っていた『踊り子の服』への武装加工もうまく行ったのだそうだ。


 へえ、武装加工、か?

 そういうこともできるんだな?


「『鍛冶』って、鎧を作ったりとかだけじゃないんですね?」

「そりゃあそうさ。もっと応用が利くのが、あたしたちドワーフの鍛冶だ。もっとも、この手の細工ができるのも、ミスリルだからってのもあるけどね。さすがに普通の鉄だと同じようなことをやるのは難しいさ」


 そう言って、アビットさんが苦笑を浮かべる。

 今、ファン君が着ている衣装って、見た目はただの洋服だものな。

 あちこちに金属の装飾はなされているけど、見た目だけだとどう見ても武装って感じじゃないし。

 でも、アビットさんによれば、その金属の装飾こそがミスリルで作られていて、それが戦闘時には、もう一枚鎧を着用するのと同じような効果をもたらすのだそうだ。


「いわゆる、ミスリルを使った平服の武装化さ。さすがに四六時中、全身鎧を身につけておくわけにはいかないだろ? この手の技術ってのは意外と重宝するんだよ」

「ちょっと派手で恥ずかしいですけどね」

「何言ってるの、ファン。普通は新米鍛冶師にミスリルを扱わせたりはしないわよ? せっかくアビーさんが教えてくれたんだからいいじゃない。ふふ、恰好いいわよ」

「いえ、ペルーラ師匠、そういう意味で言ったんじゃないんです。ただ、この服、ちょっとぼくには派手すぎると言いますか」

「うん? ファンは『踊り子』じゃなかったのかい? あたしみたいに変装のためのなんちゃって旅芸人じゃなくって、筋金入りの本職だろう?」

「そうですけど、ぼく、肌をさらす感じの踊り子じゃないんですよ」


 だから、『踊り子の服』をベースにした、とアビットさん。

 その言葉に困り顔を浮かべるファン君。

 確かに、普通の衣装というには少し露出が多いかもな。

 今のファン君って、女の子の身体だけど、いわゆる幼児体型だから、そこまでいやらしくは感じないけど、それでも、肩のところが出ていたり、おへそ周りが露出していたり、ってのは何となく微妙な感じがするし。


 さすがにビキニアーマーってほどじゃないけど、武装って言うにはちょっと露出度が高めの衣装だよな。

 ちょっと戦闘向けの服とは思えないぞ?


「だから、そのミスリルの装飾同士が作用する形で保護効果があるの。見た目は装甲が薄いように見えるけど、その『見た目』を活かすのが平服の武装化よ? とある国のお姫様が着ているドレスとかも注文があったから作ったことがあるし」

「あ、ドレスもですか?」

「そうよ。それでも、普通の鉄でできた全身鎧とは遜色がないぐらいの保護の効果はあるわね。むしろ、魔法攻撃とかの場合、こっちの方が上だったりするわ」


 へえ、それはすごいな。

 やっぱり、王族とかになると、戦乙女みたいな鎧で固めるより、雅やかな印象とかを大事にするのかもな。

 あれ?

 もしかして、リディアさんの服もそっち系なのか?

 俺がそう尋ねると。


「違う。これは普通の服」

「リディアさんの真っ白なドレスって、武装化されてないわよ。というか、その格好で冒険者をしてること自体が、公然の謎みたいなものだもの」

「あたしも長い付き合いだけど、汚れているのを見たことがないよ」


 どうやら、ペルーラさんたちドワーフにとっても、よくわからないらしい。

 リディアさんも自分の能力に関しては、詳しく語ってくれないので、その辺は不明なままだけど、おそらく障壁系の能力で護っているんじゃないか、ってのがアビットさんの見立てらしい。

 もっとも、それを聞いても、当の本人は知らんぷりだけど。


 それはそれとして、だ。


「ファン君が着ている服は、全身鎧と同じような効果があるってことですか?」

「そうだよ。初めてにしては、まずまずの出来だね。とは言え、何か攻撃でも受けないと真価については目にすることはできないけどさ。ふふん、いっそのこと、この場にモンスターでも現れればわかりやすんだけどねえ」

「ん、だったら、ちょうどいい」

「……へっ?」


 今、リディアさんが変なことを言ったぞ?

 それはどういう意味だ?


「リディア、あんた、何を言ってるん――――あー、なるほどね」

「…………!」

「旦那さま? あ、もしかして、『炉』に現れたの?」

「ん、生命反応あり。たぶん、エレメンタルモンスター」


 リディアさんの言葉で、その場にいた全員が『炉』の中へと目をやると、突如として、中で燃えていた炎が大きくなって、その形を変えた。


 直前までのほんわかした雰囲気はどこへやら。

 そのまま、俺たちは戦闘状態へと突入した――――。

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