第168話 農民、鍛冶を覚える
「ふふ、どうやら、合格の一番手はセージュのようね。どう、何かつかんだ?」
「はい。さっきペルーラさんが言っていたことが何となくわかった気がしますよ」
「それは何よりよ。まあ、セージュの場合、文字通り、本当に鉄をつかんでたけどね」
そう言って、俺の方を労いつつも、ペルーラさんが苦笑する。
まさか、ドワーフ以外でそういう手段を用いてくるとは思わなかった、って。
「爪の方は大丈夫? ――――ああ、特に問題はないようね。さっきまでちょっと燃えてた部分は削り落ちちゃったみたいだし。ふうん? セージュのその爪も、一部のモンスターみたいにどんどん伸びてくるタイプのものみたいね」
「みたいですね。一応、手の倍ぐらいの長さまでは自在に伸ばせるみたいです。ただ、限界がどこまでなのかは試したことはないですけど」
そもそも、穴を掘ってると自然に削れてくるから、長さって意味だと測りようがないんだよなあ、これ。
ちょっと検証が難しいかもしれない。
「はは、凄ぇじゃねえかよ、セージュの坊主」
「ふぅ……そうですよね。この作業、かなり骨が折れますね。ペルーラさんは失敗しても、っておっしゃりますけど、次第に集中力を維持するのが難しくなってしまいますし……。セージュさん、何かコツみたいなものはありませんか?」
「あ、できた」
「えっ!? ルーガさんもですか?」
なんと、ルーガも金槌が完成したようだ。
中々作業がうまく行かないからって、十兵衛さんとヨシノさんも、こっちの様子を見に来たんだけど、その横で黙々とやっていたルーガの金槌が『品質1』をたたき出していたのだ。
「あっ、そうね。うん、『品質1』に到達してるから、これで合格よ。おめでとう、ルーガ」
「うん、ありがとう、ペルーラ……さん」
ペルーラさんの言葉に笑顔を浮かべるルーガ。
というか、やっぱりルーガって敬語表現が苦手みたいだな。
いや、そもそも『自動翻訳』を通しているので、こっちの世界の敬語があっちのと同じなのかまでは謎だけどな。
前にラルフリーダさんもその手のことには触れていたから、共通言語にも丁寧な言葉遣いってのはあるので間違いないだろうけど。
あ、そうだ。
クエストの合格点に達したってことは、だ。
「ルーガ、ちなみに『鍛冶』スキルは覚えられたのか?」
「だめだよ、セージュ。やっぱり、わたし、スキルが生えるって感覚がよくわからないみたいだよ?」
「あー、これでもダメだったのか……」
今もクエスト達成のぽーんは流れたらしいけど、スキル取得のぽーんは流れなかったらしいのだ。
うーん。
結局、ルーガの『スキルなし』って何なんだろうな?
ペルーラさんの話だと、別にこっちの世界の人間種であっても、手順を踏めば、『鍛冶』に関しては取得はできるってことらしいし、そう考えると、ルーガのケースが特殊だとしか思えないんだよな。
というか。
十兵衛さんやヨシノさんも苦戦している中、ルーガが早い段階で『品質1』へとたどり着いた方がすごいんだが。
たぶん、俺の場合、種族スキルの恩恵があるし。
ひとつが『爪技』で、もうひとつが『緑の手』。
もぐら族の便利が爪があって、それに加えて、土属性に対して何らかの影響を与えるであろう、謎スキルの手。
一応、石とか金属も土属性に含まれるんだったよな?
だから、偶然にせよ、俺が『品質4』をたたき出したのは、そっちの要因が強いはずなのだ。
十兵衛さんたちのコツについて聞かれたものの、俺に答えられるのは、前にペルーラさんが言っていたのと同じこと、感覚をつかむ、ってことだけだろう。
しいて言えば、目の前の金属の『声』を聴くことに集中するべきだ、ってぐらいだろうか。
比喩ではなく、文字通り、『声』みたいなのものがあるってことを意識すれば、これがそういうゲームなんだってことで、認識を切り替えることもしやすくなるはずだ。
さておき。
そう考えると、ルーガって、本来の才能はすごいと思うんだよな。
適応能力が高いというか。
弓とかも得意だし、索敵感覚もモンスター並みにあるだろ?
日常的な洗濯とかの作業もこなせてるし、俺と一緒に行動するようになってから始めた、畑作業とか、今日の『調合』の作業とかも、どんどん慣れてきているし。
まあ、言葉遣いに関しては、あんまりみたいだけどな。
でも、それは『山』で暮らしていて、その、お爺ちゃん以外とはほとんど話す機会がなかったからだろうし、周りに人がいる状態だと大分変わって来るだろう。
にも関わらず、スキルを覚えない、と。
ただ、ルーガのおかげで俺の中でのスキルに対する認識が変わって来たのも事実だ。
元から、スキルがないと作業に多少は悪影響はあるものの、作業自体は必ずしもできないわけではない、ぐらいに思っていたんだよな。
でも、ルーガの場合、『弓』に関しては間違いなく、かなりの腕前だ。
もしかすると、俺もスキルって認識にとらわれ過ぎているのかもな。
『PUO』がゲームの中ってのもその理由のひとつだったけど。
本来、個々の力ってもっと自由なものなのかもしれない。
……いやいや、さすがにドワーフさんたちと同じことができるようになるには、どういう修行をすればいいのかはわからないけどさ。
「でも、そうね。ルーガもこのまま研鑽を積んでいけば、もっと良いものが作れるようになるわ。実のところ、スキルがあってもなくてもやることはあんまり変わらないし。石との対話によって、感覚を繋いで、あとはただ、虚心のまま目の前のものを打つ。言ってしまえば、ただそれだけよ」
そうすれば、自分で納得できるものが作れるようになるわ、とペルーラさんが微笑む。
大事なのは、そういうことだ、と。
「うん、わかったよ。頑張るね」
「なるほどなぁ、石との対話か。よし、俺ももうちょっと頑張ってみるか」
「大切なことは、ひとつのことに集中する、ってことなのですね」
お、どうやら、十兵衛さんとヨシノさんもやる気になったようだ。
ヨシノさんが納得したように頷いているし。
どこの世界でも大切なことは同じなのですね、って。
「ふふ、ふたりとも頑張って無理してね。でも、あんまり自分を追い詰めないようにね。別に今日必ず開眼しないとダメってわけでもないから、疲れ果てたら、そこでやめるのも勇気よ?」
こういうのって、人それぞれにペースがあるから、とペルーラさん。
いや、その割には煽ったりもしてるんだけど、そこは仕方ないのかもしれないな。
別に、楽をしろとか、手を抜いていいって話じゃないし。
「え? そりゃそうよ。新しいことを覚えたいのなら、無理はしないと。ただ、物事には限度ってものがあるって話じゃないの。十兵衛も、セージュとおんなじ真似しちゃダメよ? 左手を失ってまで『鍛冶』を覚えても意味がないんだから」
「はは、わかったって。ちょっと試してみようか、って思っただけだぜ」
いや、思ったんかい、十兵衛さん。
勝算がないんだったら、本気でおすすめしないぞ。
あ、でも、十兵衛さんって、エルフで魔法が得意な種族なんだよな?
もしかして、俺が知らない勝算とかあったのか?
「十兵衛さん、魔法の修行ってどうなってます?」
「ああ、魔法な。今んとこは、感覚をつかんでるとこだな。まだ、実戦で使えるレベルじゃねえよ。今の俺なら、剣を振り回してる方が早いからな」
あ、一応はそれでも、魔法に関してもチャレンジはしてるんだな?
まあ、そうだよな。
十兵衛さんって、基本の六属性すべてに適性があるんだものな。
それを活かさないのはもったいなさすぎるし。
「ま、俺にとっては魔法ってのも、きっちりした斬り合いへと持ち込むための小技に過ぎねぇがな。やっぱり、俺が斬り合うのが好きだからなあ」
「もったいないわねえ。せっかくエルフなんだから、種族の特性を応用しなさいよ。もしかしたら、『鍛冶』でも魔法付与とかも夢じゃないんだから」
俺たちの話を聞いていたペルーラさんが呆れたようにぼやく。
ドワーフさん的には、作業中に『魔法付与』ができるのって、ちょっと憧れるのだそうだ。
それこそ、ドワーフとエルフの両方のスキルがあれば、魔道具を自力で作ったりするのも夢じゃないから、って。
あれ?
あ、そういえば、ちょっと忘れてたな。
例のお風呂屋さんの話。
それで、魔道具の改造について、ペルーラさんに相談しようってことになってたんだものな。
今の話を聞くまで、完全に忘れてたよ。
「え? 魔道具の改造?」
「はい。サティ婆さんから、ペルーラさんはそういうことも得意だと聞きまして」
「と言っても、既にある機構とかを組み替えたりするのが得意ってだけよ? 今も言ったけど、私たちドワーフって、魔法が苦手だから、魔道具の機能そのものを改良することはできないの」
「えっ? そうなんですか?」
でも確か、サティ婆さんの『調合鍋』とかは作ってなかったか?
「それは、魔石を使ったからよ。『魔法付与』とかが必要な作業はできないわ。ちなみに、セージュがやってほしい改造って、どういうものなの?」
ペルーラさんに詳細を聞かれたので、詳しい流れを説明する。
新しく作っている宿屋にお風呂屋を作りたいので、それに必要なだけの魔道具の威力向上が必要だ、と。
「ふうん? お湯を沸かす魔道具の出力をあげるってことね? ふんふん、それに、今セージュが持ってる、例のミスリルゴーレムの魔晶石を使うのね?」
「はい、そういう感じです」
「それだったらできるわよ。物がもうあるわけだし。だから、後は先立つものを払ってもらえれば、やってもいいわよ?」
「本当ですか!?」
おー、良かった良かった。
お金を払って、きっちりとクエスト化すれば引き受けてくれるそうだ。
言ってみるもんだなあ。
「へえ、風呂屋かあ、そいつはいいな。なら、俺の分もやるよ。良い風呂屋を作ってくれよな」
「えっ!? この中でお風呂屋さんですか!? それでしたら、私もお手伝いしますよ」
足りないようでしたら、ファン君にも聞いてみます! とヨシノさん。
というか、十兵衛さんもそうだけど、ヨシノさんってば十兵衛さん以上に、お風呂に関してはやる気だなあ。
それはちょっとびっくりした。
やっぱり、俺たち日本人にとっては、お風呂は大切なんだなあ。
「ちょっとちょっと、あれだけの品質の魔晶石を、これだけのために使うのはもったいないわよ。とりあえず、ふたつぐらいで試してみるから、少し落ち着きなさい」
苦笑しながら、ペルーラさんがストップをかける。
まずは俺と十兵衛さんの分だけで十分だって。
というか、ひとつの魔道具にあんまり高品質の魔晶石を組み込むのってあんまり良くないのだそうだ。
ある意味、魔改造って感じで。
元々の機構が、今ある分の魔石のみで機能する機構になっているので、その辺はバランスに注意する必要があるそうだ。
ともあれ。
作業については、ペルーラさんにお任せすることにして。
お風呂屋の話にちょっとだけ進展がありそうなことを喜ぶ俺なのだった。




