第167話 農民、金槌を作る
「…………大丈夫?」
「はい、何とか。やっぱり、伸ばした分の爪って、ちょっと特殊な感じになるみたいですね」
今までは工具を使っていた、熱した鉄の塊をつかむ動作を『爪技』で伸ばした爪を使ってやってみた。
もちろん、ただでは済まないわけで、つかんでいる爪の接している部分はジリジリと焼けるようになっていっているが、痛覚があるわけではないようだ。
前々から『爪技』での攻撃って、何だろう? 自分の爪で攻撃しているって感じじゃなくて、身体に触れた状態の武器を使っての攻撃というか、伸ばした分の爪部分は感覚が共有されていないんじゃないか、って思ったけど、熱に関してもそういう感じらしい。
見た目は明らかにやばい状態になってるんだけどな。
ちょっと、いや、かなり焼けてるし。
でも、熱が俺の指の方まで伝わって来る様子はなさそうだ。
これって、熱伝導とかないってことか?
前々から、伸ばした爪で穴を掘ったりもしてたけど、その際も爪が削れていく時のダメージとかはなかったもんな。
削れた分だけ、更に伸ばして使うって感じだったし。
消耗はするけど、また伸ばせるというか。
もちろん、強度はそれなりだけどな。
採掘所の時も、あっさりと地盤から弾かれる程度には脆いし。
今のところ、伸ばす長さには限界があって、それ以上は伸ばせないけど、その範囲内だったら消耗しても更に伸ばすことが可能、って感じか。
うん?
これって、手から武器を出してるのと変わらないよな?
あ、『爪技』のスキルって、もしかしたら面白いのかもしれないな。
まだ弱いから使い勝手はいまひとつだけど、これって、能力を伸ばしていったら化けるスキルかもしれないぞ。
まあ、そっちの検証はひとまず棚上げして、だ。
爪でつかんだ状態で、しっかりと鉄の塊を凝視する。
――――やっぱりだ。
さっきまで耐熱の手袋を使って作業をしていた時とは、少し感覚が違う。
そのことを実感して、俺は自分で感じたままに、鉄に対して金槌を振り下ろす。
連続して響くのは、打鉄による金属音。
そして、さっきまでは、あたふたしながら何となく勘に頼っていただけの作業が、明確な道筋となって、俺の身体を突き動かした。
「――――あっ!」
俺の方を見ていたペルーラさんが何かに気付いたように、声をあげた。
やっぱりな。
ペルーラさんも、これが見えているんだな。
作業に集中するために、そっちの方へと振り向くことはできないが、今の一言をもって、確信が持てた。
これが『金属の声』、か。
正直なところ、無機物である鉄が声を発する、って意味がよくわからなかったんだよな。
たぶん、職人さんの熟練によってとか、積み重ねられた経験によって、どこを叩けばいいのかが判別できるようになって。
そのことが『金属の声』がする、って表現だとばかり思っていたのだ。
金属との対話ってのは、そのまま、真剣に素材と向き合うことへの比喩表現なんだと、俺は勘違いしていたのだ。
まさか、本当に『声』のようなものがあるとは思わなかった。
そう思いながら、俺は目の前の鉄の塊を『声』に合わせて、叩いていく。
つかんでいる爪から、リンクするような感覚。
どこを次に叩けば、俺が望む形へと形成できるのか、それを鉄自身が導いてくれるような感覚だな。
次に打つべき場所が、かすかに光っているような錯覚だ。
別に、実際には光っているわけじゃないけど、そうとしか思えないような感覚が、ほんのわずかではあるが、確かに感じられるのだ。
いや、どういう理屈なのかはさっぱりなのだけど。
そのことに気付いたのは、さっき俺が鉄の塊に対して、語りかけた時だ。
わずかに、ほんのわずかに、反応のようなものが示されて。
それで初めて、もしかして、この世界の場合、無機物にも感情のようなものがあるんじゃないか、って発想にたどり着いたのだ。
冷静に考えれば、ゲーム的な処置とも取れなくもない。
『鍛冶』に関して、まったくの素人が作業するにあたって、挫折しないようにこっそりと道しるべを仕込んでいる、と。
ただ、それって、随分と味気ない考え方だよな。
やっぱり、この世界だと、鉄にも意志があるって考える方が面白いんじゃないかね?
キンキンと響く金槌を打ち付ける音。
そして、ゆっくりと手に持っているそれと同じような形へと整えられていく鉄の塊。
ただの鉄であったはずのものが、金槌へと成形されていく。
先程までとは違って、歪さがほとんどないそれを見ながら、どこか昂揚感のようなものを感じて。
そこで初めて、この、『鍛冶』の作業が辛く大変なだけではなく、楽しいものであると感じて。
そのまま、最後まで作業を続ける。
「――――できた」
俺の目の前に残ったのは、一本の金槌だった。
まだ熱に帯びているため、素手で触れることはできないが、爪の部分でつまみあげる。
重い。
いや、もちろん、さっきまで持っていた塊の時と同じ重さなのだろうけど、その、完成された金槌では、それまでとは重みが違った。
【武器/工具アイテム:槌】鉄の金槌 品質:4
それなりの品質のインゴットから作られた鉄の金槌。品質はまあまあだが、作り手の想いが込められたそれは、かすかに土属性の魔素を宿した。
「えっ――――!?」
俺が、金槌の予想外の品質に驚いた、その時だった。
例のぽーんという音が頭の中を鳴り響いて。
『新しいスキルを取得しました』
『クエスト【職業系クエスト:ペルーラの弟子修行】を達成しました』
『新しい職業を獲得しました』
『以上により、選択肢が発生します』
『選択肢1:引き続き【職業系クエスト】を続ける。この場合、職業は【鍛冶職人見習い】のままとなります』
『選択肢2:【職業系クエスト】を終了する。この場合、職人として独り立ちしたとみなして、【見習い】が解除されます』
『選択肢3:スキルの放棄。今の作業での成功を取り消すことで、スキル取得をなかったことにします。その場合、再度、スキル取得の条件を満たす必要があります』
おい、ちょっと待て!?
なんだか、いっぺんに色々とアナウンスが来たな!?
えーと?
まず、取得したスキルってのは『鍛冶』だな。
どうやら、今作った金槌の品質が1以上だったことで、そのまま、ペルーラさんの修行クエストを達成して、『鍛冶』を習得したらしい。
いや、そこまでは嬉しいんだが。
その後に現れた選択肢ってのは何なんだよ?
今までも、『はい/いいえ』ぐらいはあったけど、今回の選択肢はちょっとそれとは毛色が違うみたいだぞ?
どうやら、このままペルーラさんの弟子クエストを続けるか、鍛冶職人として独り立ちするか、そもそも今の達成をなかったことにするか。
どれかを選ぶことができるらしい。
というか、三番目の『スキルの放棄』ってのは何だよ?
放棄することで何かメリットがあるっていうのか?
あ! そうか!
そういえば、ペルーラさんが修行を始める前に言ってたもんな。
今、俺たちがやっている修行って、『鍛冶』スキルの質を高めるための修行でもあるって。
もしかすると、取得時に完成したアイテムの品質で、スキルの質が変化するってことなのかもしれない。
だから、今の品質に満足できなければ、やり直すことができるってことか?
『注意:やり直した場合、次回以降の達成難度も上昇しますので気を付けてください』
おい。
追加で、ぽーんが来たぞ。
やり直しの場合、高品質にするのも難しくなるってことか?
まあ、そうそう都合のいいことばかりじゃないってことだろうけどさ。
となると、どうしようか?
そもそも、俺としては、今の金槌の品質で十分満足なんだよな。
偶然かもしれないけど、ようやく、品質4をたたき出したし。
合格の基準が『品質1』だったことを考えると、これはかなりの高品質だ。
それに、何となく、今初めて作った、この金槌にも愛着みたいなものがあるんだよな。
うーん。
そう考えると、無理にやり直す必要もない気もするな。
別に俺、『鍛冶』を極めたいとか、そこまでの執着はないし。
一応、まだペルーラさんにも教わっていたいから、ここは無難に『選択肢1』を選んでおくことにしよう。
これで、職業が『農民/鍛冶職人見習い』となった。
へえ、職業が複数になることもあるんだな?
あ、そういえば、アスカさんもそうだって言ってたかも。
あの人、確か今、魔術師と添乗員とシスター、三つの職業を持ってるんだっけ?
まあ、兼業農家なんて、あっちでもよくあることだものな。
そう思って、そのまま受け入れる俺なのだった。




