第166話 農民、鍛冶修行に苦戦する
「はい、失敗。もう一度、炉で柔らかくし直すわよ」
「一方からだけ叩き過ぎよ。もうちょっとまんべんなく力を加えないと、丸くは作れないわよ」
「それだと、重心が上過ぎるわ。はい、やり直しね」
「あっ、柄が折れちゃったわね。もう一回打ち直しよ」
うわ、この作業きついな!
辺りに響くのは、カンカンキンキンという金属同士が打ち合う音と、次から次へと飛んでくるペルーラさんからのダメ出しの声だ。
かれこれ、作業を始めてから一時間以上は経つのか?
今は、時計とか確認する余裕がないから、感覚だけだけど、延々と熱した鉄を手に持った金槌で打って、それを金槌の形に整える作業を続けるってのは大変だな。
いや、いきなり金槌って難易度が高いっての。
失敗するや否や、近づいてきたペルーラさんやジェイドさんが、ひょいという感じで素手のままつかんで、それを『炉』の中に突っ込んでは元の鉄の塊へと戻してしまうのだ。
いや、あれ、本当に熱くないんだな?
『耐炎』スキルとか、前もって聞いていたとはいえ、最初の頃はそのまま素手で『炉』の中へと手を突っ込むペルーラさんにはびっくりさせられたぞ?
でも、確かに、火傷ひとつ負ってないし。
普通なら、手が消し炭になるような火力だってのに、取り出した後も、一瞬だけ炎も一緒にやってくるんだけど、ペルーラさんが手を振ると、その炎だけが周囲へと消えてしまうのだ。
いや、すごいな、ドワーフって。
確か魔法は苦手だって言ってたのに、『耐炎』はあるんだな?
どういう理屈なのかさっぱりだよ。
ああいうスキルって、魔法的な作用だけじゃないってことなのか?
ほんと、謎なことがまだまだいっぱいある世界だよなあ。
さておき。
やっぱり、耐火鎧を着ているとはいえ、この手の作業を続けていると、じわじわと蒸されているような感じになって熱いのだ。
汗も出てくるし、時折、ペルーラさんに許可をもらって、持っている『お腹が膨れる水』を飲んだりしているけど、それでもかなりハードな作業ではあるな。
最初は『身体強化』を使っていたけど、それもペルーラさんからの忠告で、今は使うのを控えているし。
「『身体強化』は『鍛冶』のスキルを覚えるまでは使わない方がいいわ。そうしないと、基準となる感覚が狂うし、何より経験が積みにくくなるの」
だから、辛くても大変でも、ひたすら作業を繰り返すしかないってことらしい。
実際、ペルーラさんたちドワーフも『鍛冶』作業の時は、あんまり『身体強化』を使ったりはしないのだそうだ。
「使うと金属の声が聞こえにくくなるのよね。慣れてくれば、『身体強化』を使ったままでも聞き取れるでしょうけど、私もまだまだ未熟だから、もうちょっと経験を積まないと難しいの」
そういうことらしい。
その『金属の声』というのがどういうものか、イメージしにくいけど、ドワーフ特有の能力の一種でもあるらしいな。
ただ、熟練してくると、ドワーフ以外の種族でも少しずつ感じ取れるようになるし、それができれば、難しい金属の加工も可能になるので、頑張った方がいいって。
そもそも、一緒にやっているルーガは『身体強化』を持ってないしな。
それを思い出して、反省しつつ、俺も自分の身体ひとつで頑張ることにしたのだ。
「あ、十兵衛、おしいわね。もうちょっとで合格点をあげられるかしら? でも、それだと品質1に届かないから、やり直しね」
「ああ! 面白ぇじゃねえか! 次を頼むぜ!」
というか、散々ダメ出しされているのに、十兵衛さん楽しそうだな。
意外とあの人って、きついこととか辛いこととか好きなのかも知れないな。
延々と身体を虐めて戦い続けるってのも、そういう側面もあるし。
ただ、今、十兵衛さんが言われていたのが俺たちの現実なのだ。
ペルーラさんが『短縮加工』で作りだした金槌の品質が3。
にも関わらず、簡易式ではなく、本来の手順で俺たちが作っている金槌はというと、その多くが品質ゼロのものでしかないのだ。
『調合』で品質が低いなりにも傷薬を作れていたのとは、まったく違う難易度。
スキルなしでの『鍛冶』の作業が、ここまで難しいとは思わなかった。
「さっきも言ったけど、『鍛冶』の場合、作業を繰り返すことでスキルを習得するのはそこまで難しくないの。その辺は他の生産系のスキルと違うところね。ただし、その最初の壁の次を超えるのは容易じゃないわ」
ペルーラさんの言葉を思い出す。
ひたすら失敗するだけでも『鍛冶』スキルは習得できる。
ただし、それでは『短縮加工』も失敗しかしないのだそうだ。
必ず、一度、アイテム作成を成功するところまでたどり着かないと、このスキルを意味を成さないのだそうだ。
そして、その基準となる『品質1』はスキルなしの者にとっては、とにかくハードルが高い、と。
「とにかく、必死で食らいついて繰り返すの。その中で、『何か』をつかんで。これだけは私が説明したのを聞いただけじゃ絶対に理解できないことだから」
それでも、俺たちは恵まれているようだ。
今、ペルーラさんがやってくれている修行も、かなり促成栽培的に圧縮された内容なのだそうだ。
本当は、簡単なものから作っていく。
そして、小さな小物とか、部品などの成功例を積み重ねて、それで自分の『鍛冶』を鍛えて行くのが基本のやり方らしいのだ。
ただし、だ。
その修行はドワーフなら絶対にやらない、とペルーラさんは言う。
「それだと、『短縮加工』の性能が落ちたままになるのに気付かないの。最初に説明したけど、『鍛冶』で一番大切なのは『材料』の品質よ。ゆっくりした成長だと、『鍛造』の能力は向上しても、『精製』の能力は低いままなの。こっちをいかにして、引きあげるか。そのために私たちドワーフは様々な修行内容を考えたの。もちろん、今やっているのが、アルミナでの一番良い修行じゃないけど、それでもドワーフの種族スキルを使わない方法だったら、これが比較的短時間で、実用可能なところまで引き上げる修行なのよ」
まあ、結局のところ、今俺たちがやっているのもベストじゃないってことらしい。
ただ、同族以外に教えられる内容の中では一番マシでもあるのだそうだ。
『鍛冶』の難易度としては、中級から上級へとかかる、『工具』の作成。
しかも、素人には成形困難な金槌。
これで、品質1へと到達させることで、スキルの基準値を一気に引き上げる、と。
もちろん、自らの手を使って行なう作業については、一気にレベルアップするものではないけど、少なくとも、それによって『精製』に関する部分が大幅に向上するわけで。
まともに『精製』の行程を一から覚えるとなると、それこそ数か月はかかるとのことなので、だからこそ、無茶であろうとも、この修行でひたすら失敗を繰り替えすことを求められているのだそうだ。
いや、やっぱり『鍛冶』ってすごいんだな?
合格点が『品質1』っていうのも、ちょっと泣けてくるし。
さっきもペルーラさんが言ったけど、この品質だとすぐ壊れるので商品にはならないって。
あくまでも駆け出しの鍛冶職人が自分用に使う程度の代物だそうだ。
ただ、そう思いながらもひたすら作業に没頭する。
それでも、だ。
下手をすれば、たった一日で『鍛冶』スキルへと到達できるというのだから。
それに挑戦しない手はないよな?
「はい、セージュやり直し。柄の太さは均等にね」
『炉』の炎で最初の状態へと戻されたインゴットと再び相対する。
いや、このインゴットにも悪いよな、と思う。
何度も何度も作り直しでさ。
だけど、もうちょっとだけ付き合ってくれよな。
そう、心の中で俺が何ともなしに話しかけた。
その時だった。
一瞬だけ、その鉄の塊がキラッと輝いたように見えて。
それで、あれっ? と思う。
何だ、今の?
――――と、俺の脳裏にあるひとつの考えがよぎった。
「ペルーラさん、ちょっといいですか?」
「なに? また水分補給の休憩?」
「いえ、そうではなくてですね。この鉄のインゴットって、俺が素手で触ることって無理ですかね?」
「えっ!? 間違いなく手が焼けるわよ? それとも、セージュは『耐熱』とか『耐炎』のスキルでも持ってるの?」
「いえ、持ってないです」
俺がそう答えると、ペルーラさんが少し呆れたような表情を浮かべて。
「馬鹿なこと言わないで。確かに、直接触るのって、私たちドワーフでも重要だけど、確実に火傷するってわかってることをやるのは、ただの無茶よ?」
「ですよね……」
やっぱりダメか?
あ、待てよ。
そうだ、あんまり使ってなかったけど、もうひとつの手があるじゃないか。
「ちょっと!? セージュ! 手袋外してどうする気なの――!? って!? え? それって、爪、なの?」
「はい。こっちは俺の種族スキルみたいです。爪の長さをある程度はコントロールできるんですよ」
あんまり戦闘でも使ってなかったから忘れてたな、この『爪技』のスキル。
素手で直接触れるのは無理でも、これならいけるんじゃないか?
「……でも、爪で触ってどうするの?」
「それを今から試してみます」
戸惑っているような、ちょっと興味深そうな表情で見つめるペルーラさんの前で、俺を五本の爪を使って、高温に熱せられた鉄の塊をつまんでみるのだった。




