第165話 農民、『鍛造』の工程を目の当たりにする
「うわ、また一瞬で金槌ができた!?」
「だがよ、さっき嬢ちゃんが持ってた鉄と比べると、随分と小せぇよな? この金槌はよ」
「簡単に作れる分、デメリットも大きい、ということでしょうか?」
「でもすごいね! こんなに簡単に道具って作れるんだね!?」
例によって、ペルーラさんが『鍛冶』スキルを使うと、手に持っていた『鉄のインゴット』が光って、次の瞬間には鉄でできた金槌へと姿を変えていた。
いや、ほんとに一瞬だな?
想像していた以上に、このスキルの『短縮加工』ってずるいよなあ。
もちろん、『解体』スキルを見た時から突っ込みどころ満載だったんだけど、『調合』と『鍛冶』に関しては、ひどいとしか言いようがないもんな。
いや、もちろん、便利ではあるんだが。
ただ、この『PUO』の世界に触れれば触れるほど、このゲームの中にもひとつの世界というか、社会みたいなものがしっかりと根付いていると感じられるだけに、この手のゲーム的な反応に関しては、ちょっと違和感を覚えてしまうんだよな。
もちろん、今の俺の意見の方が少数派なのかもしれないけどさ。
ゲームとして楽しんでいるか、この世界は別の世界です、って感じで楽しんでいるか、その違いもあるのかもしれないし。
徹頭徹尾、ゲームだと思っていると、こういうスキルについてもあんまり違和感とか感じないだろうな。
ただ、俺の場合、NPCというか、こっちの住人との距離が近かったからなあ。
その分だけ、『あ、やっぱり、これってゲームの世界なんだな』と感じてしまう自分がいるというか。
没入感を考慮するなら、テスターとしての意見として進言した方がいいのかな?
ただ、リアリティよりリアルをとると、ゲームとしてのバランスも悪くなったりするかもしれないし……。
これ、難しい問題だな。
まあ、いいや。
別に今考えることでもないよな。
それよりもペルーラさんが簡易式の方法で作り上げた、その金槌を見てみる。
【武器/工具アイテム:槌】鉄の金槌 品質:2(+1)
それなりの品質のインゴットから作られた鉄の金槌。短縮鍛造を用いたため、元のインゴットの質よりも低下している。少し壊れやすいかも。ただし、作り手が熟練職人であるため、わずかに品質向上。
おっ!?
品質の項目に、『+1』ってのが加わっているな?
これって、ペルーラさんが作ったから、ってやつか?
あれ?
ということは、もしかしてサティ婆さんの作った傷薬にも、こういう作用とかもあるのかも知れないな?
熟練職人ってのがどういう条件なのかまではわからないけど、作り手の腕前によっては、『短縮加工』を行なっても、品質劣化をある程度は抑えることができるってことか。
「あ、やっぱり、こんなものね。だから簡易式の方法って嫌なのよね。どんなに頑張っても、どんどん質が落ちるから」
正直、ドワーフとしては屈辱だわ、とペルーラさんが苦笑する。
さすがに、こんなのは売り物にならないって。
「でも、ペルーラの嬢ちゃんよ。嬢ちゃんたちのようなドワーフ以外は、こっちのやり方で鍛冶師を名乗ってるやつも多いんだろ?」
「そうね。というか、そっちの方が多いでしょうね。だからこそ、私たちもある意味、特別扱いされるわけだしね」
共通の貨幣を作っている件でも、ドワーフの技術力が他の国とは大分違うから、という現状もあるらしい。
偽造不可能で、質と量が安定しているってだけでも、他の国がこの貨幣を共通で使うことを認めざるを得ない程度には、だ。
というか、ドワーフたちがいるアルミナって、けっこう危険じゃないか?
裏を返せば、その技術を誰もが欲しがっているってことで。
「あ、その辺は大丈夫よ。神聖教会とか冒険者ギルドとも提携してるし。アルミナの周辺国で、そのふたつの組織に目を付けられて、ただで済む国ってないもの」
なるほど。
きちんと後ろ盾があるってことか。
というか、教会と冒険者ギルドって、そういう意味ではしっかり機能してるんだな?
カミュとかの態度を見ていると、けっこう大雑把なイメージがあるんだが、締めるところは締めるというか。
ある意味、世界の警察みたいな感じでもあるんだな。
さておき。
だからこそ、普通の人間の鍛冶職人が作ったアイテムなどは、きちんと手入れをしないと壊れやすいのだそうだ。
「この町にいるとわかりにくいけど、普通の武器や防具って、もうちょっと壊れやすいのよ? このオレストの町だと、私と旦那さんが作った装備も売られているし、革製品とか木製のものとかも、それなりの職人さんが作ってるから、比較的壊れにくいものが多いと思うわ」
もっとも、値段もそれなりだけど、とボソッとペルーラさんが付け加える。
あれ?
もしかして、この町で売っている装備品って随分高いと思ってたけど、それって、そういうところが原因なのか?
オーギュストさんの武器屋とかで売ってる全身鎧って、今の俺の所持金でもかなり厳しい額だったりするし、そもそも、俺が持っている鉄の鎌だって……うん?
ちょっと待てよ?
ふと気付いて、自分のアイテム袋から、鉄の鎌を取り出す。
「あの、ペルーラさん。もしかして、この鎌って」
「あー、それ? それも私の作よ? ふふ、ちょっと柄が長めになってるでしょ? 鎌を作る時のとあるモチーフがあって、それを参考にしたの」
セージュが買っていたなんて驚きだわ、とペルーラさんが笑う。
あー、やっぱりそうか。
農具っぽい武器がこれしかなかったから、買ってみたけど、普通の剣とかより多少は値が張ったので、随分高いな、と思ったんだよな?
これ、ペルーラさんが作ったのか。
確かに、品は良いとは思ったけど。
何せ、鳥モンたちの襲撃の時にもけっこう斬りつけたりしたけど、そこまで切れ味が鈍ったりはしなかったものな。
というか、とあるモチーフって何だよ?
こっちの世界にも死神の鎌みたいな元ネタがあるのか?
結局、ペルーラさんが教えてくれなかったので謎だけど。
「でも、良かったですよ、この鎌。色々と役に立ちましたし、これもしっかりと農具としても使えそうですし」
「あら、そうなの? ふうん? これも農具になるのね。アルミナだと外から入って来るものも多いから、農業とかとは縁が薄いのよね」
知らなかったわ、とペルーラさんが苦笑する。
金属製のアイテムとの売買で、行商人から食料を買ったりしているので、それで十分安定しているらしい。
そもそも、峡谷のある周辺でも野生の食材は手に入るとのこと。
ジェイドさんたち鉱物種も、ドワーフさんたちが食べられる食材を集めてくれるので、そっちと貿易だけで十分やっていけるってことなのだろう。
「ふふ、一応武器として作ったんだけどね。まあ、そういうことなら、手入れが必要になったら、お金さえ払ってくれれば、私がやってもいいわよ? 一応、自分の作品だしね」
「あ、ありがとうございます」
「でも、まあ、自分でできるようになってもいいわよね?」
そう言いつつ、不敵な笑みを浮かべるペルーラさん。
あ、そういえば、今は『鍛冶』修行の途中だったものな。
「それじゃあ、そろそろ続きを始めましょうかね。ここからはいよいよ、『鍛造』の行程を一緒にやってもらうわよ?」
「いよいよですね?」
「こういう作業は初めてです。ちょっと緊張しますね」
「はは、俺もやってみるのは初めてだな。面白ぇな」
「どうやるの?」
「ふふ、まずは私が手順を見せるから、それと同じようにやってくれればいいわ。もっとも、いきなりだと、きれいに成形するのは難しいと思うけど。でも、失敗しても、作業を繰り返して経験を積むことに意味があるの。心配しなくても、『材料』はいっぱい用意してあるから、とにかくやり続けることね」
ペルーラさんの言葉に、全員が頷いて。
そのまま、ペルーラさんが実演し、後に続く形で、俺たちは『鍛造』の行程へと取り掛かるのだった。




