第164話 農民、『精製』の実演を見る
「簡易式の方法だと、違いがわかりにくいけど、鉄鉱石から『材料』である『鉄』を精製するのにも、色々と方法があるの。そっちが本来の『鍛冶』の作業ね」
一口に『鉄のインゴット』と言っても、その質は用いた方法によって、全然違ってくるの、とペルーラさん。
「ただ、この『精製』の行程こそが、『鍛冶』製品の質を左右すると言っても過言じゃないわ。一番最初ではあるけど、一番大事な工程ね。もちろん、元となる鉄鉱石自体の質も良くないとダメだけど」
ドワーフの場合、さっき見せてくれた『ドワーフ炭』と呼ばれる材料を加えることで、精製させる鉄の品質を一気に向上させることができるそうだ。
もちろん、それをするためには、使用する『炉』も『ドワーフ炭』を使うのに適したものでないと、そもそも作業が成功しないとのこと。
そのため、この工程に関しては、一部の国などをのぞいて、ドワーフの専売特許のような感じになっているらしい。
「普通の国とかでは難しいですか?」
「そうね。この作業の時って、ものすごい火力が必要になるの。アルミナとか、ドワーフの工房以外だと、ほとんどが木材とか木炭を使った『炉』しかないから、そこまで『炉』の温度を高温にはできないし。卓越した火魔法の使い手でもいれば、もしかしたら不可能じゃないかもしれないけど、まず無理ね。火魔法って継続して使うのには向いてないの。ものすごく魔力を消費しなくちゃいけないから」
なるほど。
要するに、こっちの世界の『鍛冶』工房って、普通だと木材とかを使って、それを燃やした火力で金属を加工するのがほとんどなのか。
そして、ドワーフさんたちはそれよりもずっと先の技術を持っていて、その『ドワーフ炭』を使って、かなりの高火力で作業できる、と。
「はあ、そういうことかよ。成程成程。てことは、一般的な鍛冶屋だと、軟い鋼しか作れねえってことか」
ペルーラさんの言葉に納得したように頷く十兵衛さん。
おっ?
もしかして、十兵衛さん、それなりにそっち関係のことは詳しいのかな?
俺がそう尋ねると、十兵衛さんが口元に笑みを浮かべて。
「まあ、それなりにな。俺も自分の刀を作る時、作ってるそいつんとこに立ち会ったりもしたんだぜ? で、その刀匠――――俺の愛刀も打ってくれた奴とは、長ぇ付き合いなんだが、そいつがこと刀に関しては、俺よりも変態でな。会うたびにご高説を賜ってくれたもんで、俺も多少は覚えちまったんだよ」
門前の小僧習わぬ経を、ってな、と十兵衛さんが苦笑する。
へえ、そんな人がいるのか。
「あら、十兵衛ったら、エルフなのにそんな知り合いがいるの? じゃあ、質問ね。鉄鉱石から鉄のインゴットを『精製』するのに必要なものは何?」
「鉄を含む原石と炭だろ? さっき、嬢ちゃんも言ってたろうが。まあ、鉄も鉱石である必要はねえな、俺らのいたとこじゃあ砂鉄から刀を作ることもあったからな」
「そのほかに作業に必要なものがあるんだけど、わかる?」
「風だろ? 炭を燃やして高ぇ温度にするには空気がいる。嬢ちゃんの後ろにある高炉も、燃やすための反応を強める工夫のひとつなんだろ? はは、そのぐらいで勘弁してくれや。俺ぁ別に刀匠の専門でもねえんだぜ?」
「あら、そう? ふふ、それにしては、きちんと正解を出したわね?」
ちょっと見直したわ、とペルーラさんが笑う。
何でも、こっちのドワーフ以外の職人さんって、経験則から手順を伝えられている人が多くて、この手の理屈を把握している人はあまり多くないのだそうだ。
というか、俺も知らなかったぞ?
へえ、って思いながら、横で聞いていたし。
十兵衛さんが言うには、俺たちが鉄製品として使っているものって、実は鉄鉱石から取り出した鉄単体ではなくて、炭素とか、他の金属との合金が基本なのだそうだ。
「セージュの坊主も鋼って言葉を聞いたことがあるだろ? あれが鉄と炭が混じったもんだな」
そうでない鉄だけだと弱すぎて使えないのだそうだ。
いや、知らなかったな。
だから、木材とか木炭、石炭とかそれを加工したコークスか? そういう炭素を含んだ燃料を一緒に燃やす必要があるのだそうだ。
要は、『精製』の際に化学反応を起こして、より強い『鋼鉄』を生み出すための工夫ってことらしい。
俺とか、横で一緒に聞いていたルーガやヨシノさんたちが感心していると、一方のペルーラさんも笑顔で十兵衛さんの言葉に頷く。
「そうね。ふふ、私が思っていた以上に『鍛冶』のことをわかってるようね? だから、強い鉄を生み出すためには、火力が必要なの。そして、その火力の限界に挑み続けているのが私たちドワーフってわけ。まあ、そっちの話も面白いけど、まずは『鍛冶』に関して、最後まで工程を進めてみましょうか」
そう言って、先程作り出した『鉄のインゴット』を手に持つペルーラさん。
このまま、簡易式のやり方でアイテムを完成させるらしい。
「この後で、あなたたちにもやってもらうけど、今日作るのは『工具』よ。要するに、鍛冶作業用の金槌ね」
「あ、金槌を作るんですか?」
「そうよ。自分用の工具を作るの。そうすれば、今後はそれを使って、作業ができるようになるでしょ? ふふ、最初はここの工具を貸すから、それを使って金槌を作ってみればいいわ」
なるほど。
確かにそれだとわかりやすいよな。
いや、そもそも金槌って簡単に作れるものなのか知らないけど、ペルーラさんが自信を持って言ってるってことは、俺たち初心者でも不可能じゃないってことか。
「と言っても、最初は失敗とか多いでしょうけど。でも、ここで重要なのは、あなたたちがまだ『鍛冶』スキルを持っていないってことだから。良いことを教えてあげるけど、こと『鍛冶』に関しては、『精製』と『鍛造』、そのどちらかの一方の行程だけ繰り返しても、スキルを習得することができるの」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ。もちろん、やってない工程の方は制限もあるから、後でもっと頑張る必要はあるけどね。でも、『鍛冶』の素人に技術を教える場合、『鍛造』から入るのが基本ね。ドワーフ以外の場合は、だけど」
そうすれば、『精製』のインゴット化は簡易式で作れるようになるし、そのまま『鍛造』も行えるので、完成したアイテムの質はさておき、『鍛冶』としての経験を積むのには最適なのだそうだ。
なるほどな。
その辺はちょっとゲームっぽいよな。
もっとも、『精製』の行程を真面目にやるには、設備やら時間やらがそれなりに必要になるので、そっちはもっと真剣に『鍛冶』を極めたい人用のやり方ってことらしい。
「セージュにしても、ヨシノにしても、十兵衛にしても、別に本職の鍛冶職人になりたいってわけじゃないんでしょ? 片手間で極められるほど甘くないから、まずはこの方法で試してみて、自分に合っていたら、更に深いところへと進んでみるといいわ」
今は簡単な手ほどきだけだしね、とペルーラさん。
ふむふむ。
その辺は考えてくれているんだな?
というか、職業がそっち系にならないと、後ろの高炉を使った作業とかはおすすめしない、ってことか。
ファン君は種族がドワーフだから、『ドワーフ鍛冶』を覚える途中で、否応なく、そっちの行程もやらされるって話だけど。
「ファン君大丈夫でしょうかね……?」
それを聞いて、ヨシノさんが少し心配そうにしてるし。
というか、いつの間にかファン君ってば、どっぷりと深いところまで踏み込んでたんだな?
思わず、合掌する。
この手の流れって、一回乗ってしまうと降りられなくなるので、覚悟しつつ頑張って、と似たような目にあっている俺としても祈るばかりだ。
ともあれ。
俺たちは手ほどきだけだから、最初の入り口としてはそれで十分だよな。
というか、十分すぎるというか。
最初の先生がドワーフさんってだけでも恵まれているんだろうな。
こんな耐火鎧まで用意してくれたわけだし。
ちなみに、この耐火鎧は、一応『精製』の行程にも対応できる性能にはなっているそうだ。
もし、本気で頑張るなら、そっちの道も閉ざしてはいけないから、って。
うん。
やっぱり、そういうところはペルーラさんは優しいよな。
初対面の時のピリピリした雰囲気とは大分違う気がする。
案外、この人も人見知りなのかもしれないな。
「それじゃあ、続きをやってみせるわね」
そう言って、ペルーラさんが『鍛造』の行程の実演へと移った。




