第163話 農民、鍛冶について教わる
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ、何とか間に合ったか?」
ペルーラさんの『鍛冶』の実演が始まる直前に、息を切らせた十兵衛さんが工房までやってきた。
何とか、カオルさんとの素材採取を終わらせて、そのまま全力で戻ってきたらしい。
そんな、ちょっと汗だくな十兵衛さんの姿にペルーラさんも苦笑して。
「別に、一緒の時間に合わせる必要はなかったのよ? もちろん、私にとってはそっちの方が楽だけど、こっちの都合で予定を伝えるのが遅れたんだから、今日だったらいつでもいいから、そっちの予定を優先して、って言ったじゃないの」
そう、朝も連絡した、とペルーラさん。
もっとも、そう言ってる彼女にしても、実演とかを一度で済ませられるのは、無駄がなくて助かるとは思っているらしく、どこか呆れつつも笑顔を浮かべているけど。
十兵衛さんは十兵衛さんで、ジェイドさんから渡された防火鎧をいそいそと身につけつつ、口元には笑みを浮かべる。
「いや、それじゃあ、悪ぃじゃねえか。まあ、何にせよ、間に合って良かったぜ……おっ? この鎧、金属でできてるのか? 物々しい割には随分と軽いな?」
「ふふ、まあね。そっちは『ドワーフ鍛冶』でなければ、加工できない素材でできているもの。ミスリル系の合金に比べると応用は効かないけど、耐火性能については、それなりのものよ? 私たちの種族スキルと同程度の効果はあるしね」
「あ、やっぱり、凄いものなんですね?」
一応、アイテムの説明文には、ラピスラズリとか、ルチル鉱石とか書かれているものな。
魔鉱石ってことは、向こうでいう、宝石のラピスラズリとはちょっと違うのかな?
そもそも、ルチル鉱石なんて、あんまり聞き覚えがないし。
ペルーラさんの話によると、そもそも、このルチル鉱石ってやつが、それなりに耐火性能を持っているのだそうだ。それに加えて、腐食耐性というか、錆びにくいって性質もあるらしく、『鍛冶』の作業着としてはそれなりに向いている素材とのこと。
「ラピスラズリは水属性系統の魔鉱石ね。この前、セージュたちが採ってきた魔鉄とか、そっち系とおんなじで魔法金属の一種よ。もちろん、水属性だからと言っても、別に耐火性能が高いとも限らないけど、この石はそっちの効能が高いの。だから、ルチル鉱石と組み合わせると、面白い使い方もできるってわけ」
「こっちは、普通の『鍛冶』だと加工できないってことですか?」
「そうね。詳しくは、『ドワーフ鍛冶』持ちじゃないと教えられないけど、難しいって思った方がいいわ。ほら、手袋部分はかなり薄いでしょ? その辺の加工とかは、特に普通の『鍛冶』だけだと難しいでしょうね」
確かにな。
ペルーラさんに言われて、改めて、手の部分の覆いを見る。
全身鎧の手甲とか、そういうレベルじゃなくて、これははめている感触が本当に厚めの手袋といった感じになっているのだ。
これも、金属で作られているのか?
すごいな、ペルーラさん。
まるで、金属糸で縫った繊維素材の手袋のようだ。
ちなみにペルーラさんに言わせると、この手袋部分が一番重要なのだそうだ。
「当然でしょ? これがあれば、それなりに熱い金属でもつかんで作業ができるようになるのよ。それでようやく、私たちドワーフと条件が一緒になるわ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「………………」
「ん、『ドワーフは火の神に愛されている』って」
あ、後ろで見学していたリディアさんが、ジェイドさんの言葉を訳してくれた。
今はファン君もいないし、ありがたいな。
というか、ペルーラさんは、俺たちとは違って、特別な装備を身につけていないから不思議に思っていたんだけど、驚くべきことに、ドワーフってのは素手でも『鍛冶』の作業とかができてしまう種族なのだそうだ。
生まれながらにして、『耐熱』や『耐炎』のスキル持ち。
鍛冶などをする際は、その恩恵があるので問題ないのだそうだ。
「あ、そういえば、ファン君も『耐炎』のスキルはありましたね」
「え? そうなんですか、ヨシノさん?」
「ふふ、だから、ファンには装備を用意しなかったんじゃない。いくら未熟でも、私たちドワーフが『鍛冶』の作業中に火傷を負うことはほとんどないもの。まあ、超高熱の炉での作業の場合は別だけど、そっちはそもそもアルミナにしかないしね」
ここの工房程度の火力なら大丈夫、とペルーラさんが笑う。
へえ、何だかすごいな、ドワーフって。
こと、『鍛冶』に関しては特化している種族ってことで間違いないようだ。
というか、その辺はゲームならではの話だよな。
まあ、『身体強化』とかそっち系もあるから、それと似たようなもんかね?
案外、昨日のガーネットクロウが放ってきた火魔法とかも、ファン君には通じなかったのかも知れないな。
色々と複雑な背景を持っているだけに、ドワーフって有用な能力を持ってるのな。
ともあれ。
俺たちも、この耐火鎧のおかげで、ドワーフと同じような作業が可能になった、ってことらしい。
「まあ、同程度とまではいかないでしょうけどね。だから、作業中に炉の中にそのまま手を突っ込んだりしちゃダメよ? そこは真似したら火傷するから」
「おいおい、素手で燃えてる炉の中に手を突っ込めるのかよ?」
そいつはすげえな、と十兵衛さんが苦笑する。
いや、俺も同意見だぞ?
可愛い顔して、とんでもない種族だよな、ドワーフって。
「もちろん、今日教える内容では、そういうことはしないけどね。でも、私も無意識にいつもやってる感じで動いちゃうかもしれないから、そこは気を付けてね」
決して真似しないように、って。
下手をすると、火傷どころか、手が炭化して、そのまま欠損するから、って。
いや、恐いわ!?
あー、やっぱり、『鍛冶』って一筋縄じゃいかないんだな。
まあ、そりゃあそうだよな。
金属を加工するって、かなり高温での作業になるから、危険に決まってるものな。
「それじゃあ、始めるわよ? まず、簡単に『鍛冶』について説明するわね。『鍛冶』をするのに必要なのは、『材料』と『設備』ね」
ペルーラさんが『鍛冶』について、基本的なことを教えてくれた。
まず、『鍛冶』をするためには、『材料』と『設備』が必要なのだそうだ。
まあ、これは当たり前の話だよな。
『材料』……つまり、この場合は加工するための金属だな。
『設備』……金属を高温に熱するための『炉』、そして金床などの作業のためのものや金槌などの『工具』だな。
これらが必要になる、とのこと。
「ただし、ここでいう『材料』ってのは、素材そのもののことじゃないの」
「えっ? どういうことですか?」
「まあ、簡単に言うとインゴットのことよ。鉱石をそのままの状態で、武器とか道具に加工することはできないのはわかる? まず、『鍛冶』を行なうための最初の行程は、この『材料』を生み出すことなの。要するに、鉱石などの素材からインゴットを精製する、ってことね」
ペルーラさんによると、『鍛冶』スキルでできることにはいくつかあるのだそうだ。
そのひとつめが、鉱石などからインゴットを精製すること、と。
「ひとつめ、ってことは、その先もあるってことですよね?」
「ええ。インゴットができたら、それを『鍛造』するの。そうすれば、武器や道具などができあがるってわけね」
ふたつめの『鍛冶』スキルを使ってできることが、その『鍛造』だそうだ。
そっちは、何となくイメージできるよな。
熱した鉄を金槌でカンカン叩いて、それで形を作っていくって工程だな。
たぶん、鍛冶屋さんと聞いて、大体の人が思い浮かべるのは、これだろう。
ペルーラさんの話だと、以上のふたつの行程は『鍛冶』スキルを持っていれば、簡易式のやり方で加工ができるとのこと。
たぶん、『解体』とか『調合』と同じような感じだろうな。
そう、俺が思っていると、そのままペルーラさんがひとつの大きめな鉄鉱石を手に取って。
「まあ、見た方が早いから、まずはやってみるわね。見ての通り、これが採掘所で採れた鉄鉱石ね。これに対して、スキルを使うの――――『鍛冶』!」
「あっ!? すごい! 本当にインゴットみたいになってますね?」
「へえ、今のが『鍛冶』?」
「いや、それも魔法か? なんつーか、何でもありだな?」
ペルーラさんが手に持っていた鉄鉱石が一瞬光ったかと思うと、鉄のインゴットへと変化した。
そのまま、ペルーラさんが鑑定もしてくれたので、そのまま手に取って見せてもらう。
【素材アイテム:素材】鉄のインゴット 品質:3
良質の鉄鉱石から精製された鉄の塊。短縮精製を用いたため、元の鉄鉱石の品質の割には、あまり質は良くない。
あ、こっちも傷薬の時と同様に品質の項目が出るんだな?
というか、生産系の作業だと、この品質は必須なのかもしれないな。
ただ、慣れているペルーラさんがやったにも関わらず、品質は3ということは、これもやっぱり、簡易式のやり方だと高品質にはならないってことのようだ。
「ふふ、やっぱり、質は悪いわね。この程度だったら、私たちの場合、完全に失敗作の出来ね。でも、この低品質でも、こと『鍛冶』に関しては、この簡易式を用いる職人も多いのよ?」
「えっ? そうなんですか?」
えーと。
俺たちみたいな素人じゃなくて、本職の鍛冶職人さんでも、か?
俺が不思議に思っていると、ペルーラさんが苦笑して。
「だって、そもそも、高温の炎を生み出す設備も、その炎の元となる燃料も、高品質のインゴットを生み出す技術も、その多くはドワーフの秘匿技術だもの。そう簡単に真似できるようなものじゃないわ。そうね……この程度なら、まだ基本だから見せてもいいかしら? 例えば、この『ドワーフ炭』ね。通常の木炭では到達できないような高温を出せるようになるの。これの他にも複数の技術を組み合わせているのが、今のアルミナの金属加工技術よ」
そう言って、ペルーラさんがちょっとだけ見せてくれたのは、表面に小さな穴がぽつぽつと開いていた黒っぽい石のようなものだった。
えーと?
これが炭、か?
俺が不思議そうにそれを眺めていると、横から十兵衛さんが感嘆の声をあげた。
「おっ、これは石炭……いや、ただの石炭じゃねえな? コークスか?」
「えっ? 十兵衛さんわかるんですか?」
言われた初めて、これが石炭らしいものだと気付く。
へえ、これがコークスか?
というか、俺、石炭自体も初めて見るので、細かい違いとかわからないんだが。
ただ、黒い石というより、ちょっと灰色っぽい感じでもあるから、普通の石炭のイメージとはちょっと違う気がした。
変な小さい穴も開いてるしな。
ただ、それを聞かれたペルーラさんは、少し驚きつつも笑みを浮かべて。
「ふうん? その『コークス』が『ドワーフ炭』のことを指しているのかはわからないけど、あなたたちのいたところにも似たような技術はあるのね? ふふ、なるほどね。だから、迷い人には慎重に、ってことね」
納得したようにそう頷くペルーラさん。
どうやら、俺たちが知っている可能性も考慮した上で、その『ドワーフ炭』を見せてくれたらしい。
もしかしたら、反応が見たかったのか?
そこまではわからないけど。
「あん? それを俺らに見せて良かったのか?」
「まあ、『ドワーフ炭』なら問題はないわ。たぶん、『帝国』でもこのぐらいの技術にはたどり着いていると思うし。もちろん、本当にまずいものに関しては見せるつもりはないわよ?」
ミスリルの加工法とかね、とペルーラさんが含み笑いをする。
なるほど。
ドワーフさんたちって、他にもかなり色々な技術を隠し持ってるってことか。
まあ、ある意味、師匠としては頼もしいよな。
そんなことを俺は思いつつ。
そのまま、『鍛冶』修行は続いていくのだった。




