第162話 農民、鍛冶修行の準備をする
「まずは簡単な方、というか、手っ取り早い方から行くわね」
「はい、よろしくお願いします」
「何だか、ドキドキするね」
ファン君が奥の部屋、というか、工房の横から伸びている通路の方へと連れていかれてしまった後、残った俺たちはと言えば、ペルーラさんの指示で作業ができる場所へと案内された。
工房の中にある炉の近くの区画だな。
俺もこの手の仕事に関しては、完全に素人なので、いかにも工房って雰囲気の感じがするってこと以外は、どれがどういう設備なのかもわからないんだけど、天井部分を突き抜けるような感じで伸びている炉のようなもの、高炉って言うのか?
あれ?
でも、製鉄所とかのイメージとは少し違うけど。
こっちの世界での特殊技術とかもあるのかね?
その辺はよくわからないけど。
さておき。
側で『きゅいきゅい』言いながら飛んでいたなっちゃんは、ちょっと危ないから、ってジェイドさんの頭の上に止まって、おとなしくしているな。
案外、なっちゃんの操る『土魔法』の手とかは、火の側でも役に立ちそうなので、作業に加わってもらうこともあると思うけど、最初の説明の時に、飛び回って、焼けたりしても困るので、念のため、って感じらしい。
後は、弟子となる俺たちも、ジェイドさんが用意してくれた薄手の全身鎧みたいなのを装備させられた。
それが、不慣れなものが鍛冶を行なう時の安全対策なのだそうだ。
【装備アイテム:全身鎧】ルリルチルの耐火鎧
ペルーラとジェイドの共作として作られた耐火効果の高い全身鎧。
耐火効果の高い水属性の魔鉱石であるラピスラズリと、軽さと強度を兼ね備えたルチル鉱石の合金で作られているため、全身鎧としては軽く、非力なものでも身につけることができる。
顔を覆う、脱着可能な半透明な面は、ペルーラの自信作。
一応、アイテムの説明も見てみたけど、何か、すごい鎧っぽいぞ?
これをわざわざ、俺たちの分、用意してくれていたのか?
というか、よくサイズが合うものがあったよなあ。
俺が感心したように言うと、ペルーラさんが少し呆れたように苦笑して。
「何言ってるの。弟子入りを許可してから作ったに決まってるでしょ? 本当はね、私みたいなドワーフとか、旦那さんみたいな鉱物種の場合、一定レベル以上の『耐熱』とか『耐炎』の種族スキルを持ってるから、こういうのは使わないのよ」
「えっ!? ペルーラさん、わざわざ作ったんですか!?」
「本当ですか!?」
マジで!?
この『鍛冶』修行のためにわざわざ新しく作ったってのか?
いや、今のペルーラさんの言葉には本気で驚いたぞ?
「ほら、セージュが連れてきたルーガ、ね? そっちは体格的に私たちドワーフに近いから、うちにあった在庫から何とか用意できたけど、セージュとヨシノの分は本当に一から作る羽目になったわよ。ね? 旦那さま?」
「………………」
「ふふ、だから、基本弟子は取りたくないって言ってるの。かなり私の好き嫌いでばっさりやるのも、師匠である以上は、弟子の装備もきちんと用意しないといけないからなの。さっき、材料のチェックをする時に、それぞれから、ミスリルをもらったじゃない? それも、多少はこっちの装備代に化けてるから」
良かったわね、ミスリルがあって、とペルーラさんが笑う。
ちなみに、ルーガの分は新たに作る必要がなかったのと、簡単な整備だけで済んだので、この前に俺が工具の弁償代として渡した分で勘弁してくれるとのこと。
あ、それであっさりルーガの同行が許可されたんだな?
なるほどな。
ペルーラさんが弟子入りを嫌がる理由がよくわかったよ。
確かに、海のものとも山の物ともわからない、初対面の相手にそこまでする義理はないだろうしな。
普通は、もっと信頼関係を結ばないと難しいだろう。
そもそも、ドワーフの場合、他の種族相手に『鍛冶』を教えるってのは滅多にしないのだそうだ。
大体、技術を教えたところで、それを行なうための設備を作るのも大変だし、その他にも必要な素材などは、ドワーフから融通してもらわないと、作業を続けられない物も多いので、結局のところ、だったらお金なりを払って、ドワーフに武器なり道具なりを作ってもらった方が早いって結論になる、と。
「一応、その辺は当たり前の常識のはずなのよね。ふふ、だから、迷い人は面倒なのよ。その辺の事情とか知らずに、好き勝手なことを言って来たりとか、いくら説明しても納得しないとか」
「え? では、私たちはどうして許してくださったのですか?」
「そりゃあ、ファンがいるからよ。身内? 知り合い? 詳しくは私も聞いてなかったけど、親しい間柄のドワーフがいれば、今後も必要な素材とかを集めるのは不可能じゃないしね」
あ、そういうことだったのか。
最初会った時、ペルーラさんが不機嫌そうな感じで邪険にしてたのも、きちんとした理由があったらしい。
俺たちの場合、手解きぐらいはしてもらえるけど、その後のケアとかはするつもりはないから、それでもいいの? って覚悟を問う意味もあったのだそうだ。
ただ、ファン君の存在のおかげで、ちょっとだけハードルが下がっていたのも事実らしい。
ドワーフが一緒にいること。
そして、素材の鉱石を自分たちで用意できること。
そのうえで、今着ている防火鎧の分を負担できればなお良し、と。
そういうことだったらしい。
うわ。
けっこう、危ない綱渡りではあったんだな。
偶然、ミスリルゴーレムを倒すことができなかったら、もっと大変だったかも知れないってことか。
もっとも、それはあくまで、ペルーラさんから『鍛冶』を習う場合に限る、ってことらしいけどな。
「普通は、というか、ヨシノやルーガみたいな人間種とか、まあ、セージュも『土の民』だから、半分ぐらいは人間と変わらないわよね。そういう場合、武器屋もやってるオーギュストの方に弟子入りするものなの。そっちの方が、普通の人間種がやるのには無難な方法でしょうから」
「あ、そうだったんですか?」
「ええ。旦那さんの話だと、ここで断ったうちの何人かは、結局そっちの仕事を手伝ったりして、それで技術を学んでいるって聞いたわよ?」
「………………」
ペルーラさんの言葉にジェイドさんも頷く。
へえ、それは知らなかった。
もしかして、『鍛冶』関連のクエストって、秘密系にあたるのかも知れないな。
少なくとも、ペルーラさんの方はそれっぽいし、『けいじばん』でも『鍛冶』にまつわる情報は出てきていないから、案外、秘密系を抱えている人の中で、今も挑戦している人がいるのかもしれない。
一応、それぞれの棲み分けとしては、基本的な『鍛冶』技術はオーギュストさんが教えてくれる。
それよりもずっと高度な部分まで踏み込むけど、教わった後の実践のハードルが少し高い技術については、ペルーラさんとジェイドさんの工房で、とそういう感じだったみたいだな。
加えて、ファン君みたいなドワーフの場合、まず、ペルーラさんから『この相手なら、わざわざアルミナに相談してでも、弟子にとってもいい』という風に思わせることができれば、弟子入りが可能となるってわけか。
もちろん、ここで無理でも、ドワーフの場合、アルミナに到達できれば、そこでの弟子入りはそれほど難しくないらしい。
何にせよ、俺たちって、けっこうきわどいところで合格をもらったらしい。
今更ながら、ほっとするよ、本当に。
それはさておき。
話を戻そう。
「ところで、ペルーラさん、手っ取り早い方法って、どういうことですか?」
「そうね。簡単に言えば、『鍛冶』スキルを持っていれば、特に問題なくできるようになる加工方法について、ね。まあ、私たちドワーフはまず使わない方法だけど」
うん?
あれ? この話の流れは前にも聞いたことがあるような……?
「あの、もしかして、スキルを使った『短縮加工』とか、そういうものですか?」
「あ、そうそう、それよ。よくわかったわね、セージュ」
「前に、サティ婆さんから『調合』について教わった時も、同じような話の流れになりましたからね。ひょっとしたら、と思っただけですよ」
「あー、なるほどね。薬師の『調合』ね。へえ、セージュたちって、『調合』も学んでるのね? サティお婆ちゃんのところだったら、もしかして、私の作ったものも見た?」
「はい、『調合鍋』ですよね?」
「ふふ、そうそう。そういうことなら、セージュにとっては、ここでの修業はちょうどよかったかもしれないわね。薬師の道具とかも、今後必要になるかも知れないし」
運が良かったわね、とペルーラさんが微笑む。
実は、サティ婆さんの家になる道具類の多くは、ペルーラさんが絡んでいたらしい。
なるほどな。
薬師として独り立ちするのにも、『鍛冶』が重要になってくるんだな。
腕の良い職人と契約するか、自分で作るか。
俺の場合、自分で作るって選択肢も出てくるから、それは悪くないって話らしい。
もちろん、この町の場合、設備らしい設備を持っている人が限られるので、俺の場合、作業する時は、ペルーラさんの工房を借りたりする必要はあるけど、その辺は、一応弟子なので、お金を払えば使わせてくれるとのこと。
今、装備している耐火鎧も含めて、だな。
やっぱり、『耐火』系統のスキルを持っていないと、この手の作業ってかなり危険なことらしいし。
火傷したり、眼を焼かれたりするリスクとかは、向こうの職人さんたちとそう変わらないってことのようだ。
「だからこそ、簡易式のやり方に逃げる鍛冶職人も少なくないの。その鎧にしても、『ドワーフ鍛冶』で鍛えないと相当に作るのが難しいしね」
なるほど。
これだけ軽いまま、『耐火』効果を与える装備を作るのは、相応の技術と素材が必要らしい。もちろん、火力も、だ。
そうなると、本当に本末転倒な話だものな。
諦める人が増えても仕方ない気がする。
「でもまあ、簡易式のやり方なら工具のあるなしを問わずに加工できるから、手軽と言えば手軽よね。質がいまいちだから、私たちも普段は使わないけど、覚えていて損はないわよ? もっとも、使えるようになるのは、『鍛冶』を覚えてからだけどね」
そう言って、ペルーラさんが含み笑いをして。
「それじゃあ、早速お手本を見せるわよ?」
そのまま、簡易式の『鍛冶』の実演が始まった。




