第161話 農民、ドワーフの話を聞く
「そういえば、アビットさんはおひとりなんですか?」
確かペルーラさんが前に、ドワーフって夫婦じゃないとアルミナの外に行けないとか言っていたから、その辺はちょっと不思議だったんだが。
だから、ファン君にも注意してたんだよな?
でも、この目の前の艶やかな女性は、他に誰も連れていないし。
そもそも、北の『帝国』に行っていたって話にしても、そっちはそっちでドワーフにとっては危険なんじゃなかったっけか?
技術目当てで身柄をどうこうされるとか、そんな感じで。
そう、俺が尋ねると、アビットさんとペルーラさん、それに表情の変化のわかりにくい鉱物種のジェイドさんまでもが、どこか苦笑を浮かべたような雰囲気になって。
「あたしの旦那かい? ふふ、今はちょっと離れた場所で待ってるよ。ま、離れた、と言ってもすぐに会えるところにはいるけどね」
「アビーさん、ドワーフの中でも変わってるから。普通は、ドワーフがひょいひょいとひとりであっち行ったりこっち行ったりなんてしないの。だけど、この人、アルミナにいた頃から、こっそりと峡谷を抜け出したりしてたから」
「…………………」
「そうね、そんな感じね」
旦那さんが言うように常習犯よね、とペルーラさんが肩をすくめる。
なるほど。
変わっているのは、見た目だけじゃないってことか。
俺もてっきり、ドワーフってのはみんな小っちゃい女の子っぽいのかと思ってたけど、そうじゃなかったしな。
まあ、よくよく考えると、俺が会ったドワーフって、ファン君とペルーラさんのふたりだけだから、勝手にそう思い込んでただけだけど。
そう、俺が納得して頷いていると。
「そりゃあ、『帝国』に普通にドワーフです、って感じで入れるわけがないだろ? だから旅芸人の一座にくっ付いて行ったりとかしてたのさ。まあ、錬金術を使えば、酒の席を盛り上げる小技みたいなこともできるからね。こう見えても、『帝国』の兵士とか、傭兵連中からはそれなりに人気だったんだよ?」
話し方も、もうちょっとお淑やかにしてたしね、とアビットさんが微笑を浮かべる。
へえ、そうなのか?
この、見た目はちょっと派手めな衣装にしても、そっちの思惑とかもあったらしいな。さすがに夜のお相手とかは、旦那さんがいるから、って断っていたらしいけど。
うん。
やっぱり、そっちのアダルトな話もあるんだな?
旅芸人って気楽に言っても、色々と大変なんだろうし。
ただ、話の流れからして、やっぱり、ドワーフって種族は小人族だけあって、普通はペルーラさんみたいな感じになるのが基本なのだそうだ。
えーと?
それじゃあ、アビットさんが妖艶な感じに育っているのは何でなんだ?
「もしかして、錬金術って、身体を成長させることとかもできるんですか?」
「まあね、そんなもんさ。詳しくは秘密だけど、今のあたしは外見をちょっとだけ弄っている状態だからね。もっとも、こっちは錬金術の技術じゃないけど。もしかすると、錬金術でもそういうことはできるようになるかもしれないけど、さっき、ペルーラも言ってただろ? 普通の錬金術には魔法が必須、って。あたしの場合、錬金術にしても邪道もいいとこだから、他の錬金術師とかとは毛色が大分違うしねえ」
「あ、そうだったんですか?」
なるほど。
色々と驚きだな。
アビットさん的には、自分はドワーフとしても、錬金術師としても、正道を歩いているわけじゃないのだそうだ。
もっとも、そのことをむしろ楽しんでいる節があるけどな。
何事も普通じゃつまらない、って。
ただ、外見を弄っているってのは少し驚いた。
もしかしてできるのかな? とは思ったけど、まさか本当にそういうことができるとは驚きだよな。
あれ?
でも、リディアさんが会うなり、アビットさんのことに気付いたってことは、基本はこっちの姿をしているってことなのか?
「ふふん、まあ、そうだね。むしろあたしの本体はこっちってことになってるねえ、今はさ。というか、そんなにちょくちょくと身体なんて弄れないのさ。魔女の薬ってのは便利だけど不便なもんだからね」
一度変わると当分はそのままなんだよ、とアビットさんが苦笑する。
うん?
魔女の薬ってことは魔法薬か?
確か、魔道具関係とかも魔女が絡んでいるんだよな?
まだ、俺は魔女の人とは会ったことがないけど、テスターさんにも『魔女見習い』の職業を持っている人がいたし。
魔女って、色々とやってるんだな。
「旦那も、元のままの方がいいって言ってるけどねえ。まあ、仕方ないさ。とは言え、『帝国』巡りも頃合いだったからね。しばらく、ペルーラのとこに転がり込んでから、また別のところに行くことにするさ。それなら、そのうち元に戻っても問題ないだろうし」
「ふふ、鉱物種って、自分より小さくて護りたい感じの子を好きになるのよね。今のアビーさんの姿だと、あんまりそうでもないんじゃないの?」
「……………………」
「お気遣いありがと、ジェイド。でもね、そういう言葉はペルーラに言ってやるもんだよ」
「あら、別に私は気にしないわよ? 旦那さんのそういう優しいところがいいんだし」
「ふん、惚気るのは他に人がいないとこでやるんだね」
「言い出したのは、アビーさんじゃないの」
やれやれ、という感じで苦笑するペルーラさん。
というか、ドワーフと鉱物種さんって夫婦の仲が良いんだな?
ペルーラさんの話だと、他の種族との結婚とかはほとんどありえないらしいし、その辺はお互いが好きあったりする雰囲気とかもあるのかね?
何にせよ、仲良きことは美しきかな、だ。
ちょっと空気が甘めになっていて、一緒にいるのが微妙な感じなってるし。
ふと、ファン君の方を見ると、さっきから顔が真っ赤になってるぞ?
どうやら、ジェイドさんがかなり照れ臭いことを言ったらしい。
俺が聞いても、そこは訳してくれなかったし。
「まあ、そろそろ本題に入ろうかい。あたしがそっちのファンの面倒を見るから、その間にペルーラが他の弟子の相手をするってことでいいね?」
「ええ。『ドワーフ鍛冶』の伝授については、それ以外の目に触れさせるわけにもいかないしね。別に見るだけならいいとも思うんだけどね、私は。どうせ、種族スキルがないと再現できないんだし。それでも、念のため、ね。その辺はアルミナの方でも厳しく管理されてるの」
「甘いね、ペルーラ。手段の代用や転用ってのはいくらでも融通が利くもんだよ。だからこそ、アルミナは峡谷の外に出るあたしたちみたいな存在に、漏洩を防ぐ意味で、色々と手を施してくるんだよ」
あたしがわざわざこの町まで来たのもそのためじゃないかい、とアビットさん。
ふうん?
ドワーフさんたちって、けっこう厳しい縛りとかがあるのか?
確かに、ペルーラさんも最初は頑なに、アルミナに行けアルミナに行け、って言ってたものな。
ファン君の泣き落としとかも全然効かない程度には、な。
でも、そのことにもきちんとした理由があったらしい。
「ふふ、そうね。ごめんなさい、アビーさん、失言だったわ。ちょっと、この辺りの空気にあてられたみたい。ここって、種族間でのやり取りの自由がある程度は当たり前になってるから」
「………………」
「まあね。何せ、『グリーンリーフ』だしね。それが悪いとは言わないさ。ただ、だからあんたはまだまだ未熟だって言うのさ。大方、そっちの迷い人の子に、制約を施すことをあんまりよく思ってないんだろ?」
「ええ。あれ、ちょっと刺激が強いから」
もうちょっと大きくなってからの方がいいのよね、とペルーラさんが嘆息する。
え? そんなのあるのか?
どうやら、ファン君って、ただ技術を教わるだけではないようだ。
それを聞いて、ファン君もちょっと不安そうにしてるし。
「あの……もしかして、痛いんですか?」
「ふふ、別に苦痛ってわけじゃないさ。ただ、ドワーフの技術ってのは門外不出だからね。万が一にも情報が漏洩しないように、身体に制約を刻ませてもらうことになるのさ」
「一応、アルミナ出身のドワーフはみんなやってるわよ? だから、危険なものじゃないけど、言葉を縛るってことは変わらないから。ファンの場合、迷い人じゃない? そこまでの覚悟があるのかどうか、少し心配だったのよね」
何だか、よくわからないけど、その『制約』を受けないと、技術を得ることができないのは間違いないようだ。
だからこそ、それができるアビットさんの到着を待っていたみたいだしな。
一応、後はファン君の気持ち次第ってことらしい。
「まあ、不安だったら、辞めるのも手かもよ、ファン君?」
「……いえ、セージュさん、大丈夫です。ぼくもこう見えても『壱川』の人間です。伝統を継ぐことの重みと、そのための覚悟は心得ているつもりです」
おお、すごいなファン君。
そういうところは小学生とは思えないよな。
下手をすると、俺よりもずっと大人っぽいし。
まあ、本人がやる気なら、それもいいか。
ちょっと、ここの運営については少し心配で余計なことを言ってしまったけど、さすがに小学生に危険なことは、エヌさんからもストップがかかるだろうし。
今、例のぽーんがない以上は、問題ないと考えてもいいか。
「お願いします、ペルーラ師匠、アビットさん」
「ふふん、その意気やよしってね。そういうことなら、始めようかい。ペルーラ、ちょっと奥の部屋借りるよ?」
「はい、どうぞ」
それじゃあ、頑張ってきてね、とペルーラさんがファン君たちを送り出す。
俺の横では、ヨシノさんがちょっと心配そうに見送っているな。
「……大丈夫でしょうか?」
「まあ、そんな危険なことじゃないわよ? ただ、私もヨシノがするのならそこまで心配しなかったんだけどね」
「え? どういうことですか、ペルーラさん?」
「これ以上は詳しく言えないの。私にも制約はあるしね。まあ、本人がやる気になってる以上は、信頼して待つのが残された者の務めよ?」
それを一方的に留めることは、当の本人の誇りを汚すことになるから、と。
その言葉を聞いて、ヨシノさんもややあって、真剣に頷く。
「わかりました。ファン君なら乗り越えてくれるものと信じます」
「ふふ、その意気その意気。それじゃあ、こっちも始めましょうかね」
そう言って、俺たちの方へと向き直るペルーラさん。
そのまま、どこか緊張した雰囲気で、『鍛冶』修行が始まった。




