第160話 農民、花魁風の女性と出会う
「ごめんください。ペルーラさんいます……か? って、えっ!?」
「うわ、随分ときれいな人がいるよ?」
「これって、お着物ですよね? こちらの世界にもお着物があるんですか?」
「ん? アビー? 来てたの?」
ペルーラさんの鍛冶工房の門をくぐると、そこには初めて会う女の人が立っていた。
ルーガがきれいって言ったけど、それは俺も同感だった。
一言で言うと、妖艶な。
どこか色を感じさせる艶やかな衣装を、着崩した感じの女性。
いや、衣装は衣装なんだが、これって、ファン君が驚いた通り、どこからどう見ても、向こうの日本の着物だったのだ。
あれっ?
ファン君が最初に着物姿だったのって、俺が履いている靴とおんなじで、オーパーツ的な扱いじゃなかったのか?
もしかしたら、この女性も俺たち同様迷い人かと思ったんだけど、だとすれば、リディアさんが知っているのも少し変だし。
というか、髪の毛にもかんざしのようなものを刺しているし、ちょっと見は時代劇に出てくる花魁のような雰囲気をしているのだ。
もっとも、ちょっと俺が思っている着物と違うのは、下の方の丈が短めで、足が露出してしまっていたりとか、上半身も着崩した感じで首元とかも傾いている風だし、どちらかと言えば、アイドルのミュージックビデオとかで見かける、なんちゃって和装に近い気がする。
だが、それがきちんとした形になっている、というか。
口にくわえているのは、パイプ……いや、煙管か?
その先端から、かすかに煙をくゆらせているのが、すごく自然体で粋な感じだし。
一体、この女性は何者だ?
どう見ても、大人の女性って感じだし、ペルーラさんやファン君と比べると、この人ももしかして、ドワーフの人? ともあんまり思えないし。
いや、ドワーフって、成長ゆっくりな種族じゃないのか?
それとも、この人はかなりの高齢とか?
見た目からだとまったく、年齢とかわからないんだけど。
俺たちがそれぞれ戸惑っていると、その女性が意味ありげな微笑を浮かべている、その奥側から、ペルーラさんとジェイドさんがやってきた。
「あら、紹介する前に先に会ったのね?」
「…………………」
「そうね。この人、そういう人だものね、ふふ」
仕方ないわね、という風にペルーラさんが苦笑する。
ただ、今のペルーラさんの言葉から推測するに、目の前の着物姿の女性がファン君に技術を教えるためにやってきた人で間違いないようだ。
「えっ? 『君の姉弟子だから仕方ない』?」
ファン君が驚きの声をあげる。
どうやら、それがさっきのジェイドさんが言った台詞らしいな。
姉弟子ってことか、この人がペルーラさんの、ってことか?
その言葉に、ペルーラさんも頷いて、ようやく、この女性について教えてくれた。
アルミナにいた頃、同じ師匠の下で、一緒に修行した先輩さん、だそうだ。
今は、アルミナからは離れて、あちこちを旅しているらしく、それでたまたま、この町の近くにいたため、今回の話で白羽の矢が立ったのだとか。
「折角、旅芸人として、『帝国』でも受け入れられてきたってのにさ。やれやれだよ。まあ、今のアルミナで他に動けるのがいないってんだから、しょうがないねえ。どれどれ……? あたしが会いに来た理由ってのは、あんただね?」
「は、はい。よろしくお願いします。ぼく、ファン・ファーストリバーって言います」
「さっきも説明した通り、ファンは迷い人のドワーフだって。だから、あんまり脅さないでね? アビーさん」
「わかってるさ。ふふん、迷い人で、家名持ちかい? だったら、あたしも名乗らないとね。アビット・エリクシル。一応、種族はドワーフだよ。もっとも、アルミナを離れてから、ちょっと『錬金術』にかぶれちゃってねえ。エリクシルは錬金術師としての名さ。だから、あんたの場合、アビットか、アビーって呼んでおくれ」
「はい! アビット師匠、ですね!」
そう、ファン君がハキハキと答えると、そのアビットさんがかなり嫌そうな表情を浮かべて、ゆっくりと紫煙を吐いた。
そして、また苦笑して、ファン君の眼を見て。
「ああ、そうそう、言い忘れてたけど、あたしのことは師匠とか呼ばないように。そっちを許すのは錬金術の弟子だけさ。ドワーフの技術に関しては、あたしは大分、道を外れてるからねえ」
「そう……なんですか?」
予想外の言葉に、ファン君がきょとんとする。
いや、それはそうだろう。
ドワーフの種族スキルを使った技術を学ぶって話だったのに、そのための先生みたいな人が、道を外れたとか言ったら、それこそどういうこと? って話だし。
と、ペルーラさんが首を横に振って。
「大丈夫よ、ファン。この人、腕は確かだから。というか、その才能だけなら、アルミナの中でもかなりのものだし。ほんと、どうして、錬金術の方へとずれちゃったのかしらねえ」
「むっ? 錬金術を馬鹿にするんじゃないよ、ペルーラ」
「別に馬鹿にしてないわよ。でも、私たちドワーフって、ほとんど魔法が使えないじゃないの。どうして、わざわざ、難しい道に行っちゃうのかしらね?」
そもそも、錬金術って魔法が必須じゃないの、とペルーラさんが苦笑する。
へえ、そうなのか?
それは初めて聞いた話だな。
というか、だからこそ、ペルーラさんも呆れているのだそうだ。
魔法が軸となる職業とドワーフでは相性が悪い、って
いや、そもそも、ドワーフが魔法を不得手としていることも知らなかったぞ?
まあ、確かにエルフとかの共作では、魔法付与の分野のことはそっちに任せているとは聞いてはいたけど。
それとなく、ファン君の方を見てみると、『実は魔法は苦手なんです』という風にこっそりと教えてくれた。
「ふふん、そこに道があるからだよ。でないと面白くないよ」
「もちろん、私もアルミナのみんなも、アビーさんには感謝してるけどね? 新しいお酒の仕込み方とか、色々開発してくれたし」
「……………………」
「へえ、お酒ですか?」
このアビットさんは、お酒作りとかもしているのだそうだ。
ちょっと驚いたので、思わず口を挟んでしまったけど、そのことを聞いて、そういえば、俺もこっちの世界のお酒についてはあんまり気にしていなかったことに気付いた。
いや、酒場があるのは知ってたんだが。
そもそも、まだ向こうだと酒とか飲めないしなあ。
正月とかに日本酒をちょっとなめたことぐらいはあるけど、正直、味とかに関してはよくわからなかったし。
でも、そう考えると、お酒って重要だよな?
あれも料理をする上では、調味料のひとつに数えられるわけだし。
ちなみに、アルミナではお酒というのは無くてはならないものなのだそうだ。
理由は単純で、ドワーフと鉱物種が同じものを味わうことができる数少ない食材だから、って。
あ、そうか、
ゴーレムさんたちって、食事とかどうしてるのかと思ったけど、お酒はしっかりと嗜むことができるんだな?
だからこそ、その関係でお酒好きのドワーフの人も多いのだとか。
いや、見た目だけ見ると、ペルーラさんの姿でお酒をぐびぐび飲んでいるのって、向こうだとかなりグレーゾーンの絵面になるんだが。
いや、グレーじゃなくて、完全にアウトというか。
「そうだよ。そもそも、酒造りと錬金術ってのは相性がいいのさ。ふふん、もっともあたしもそれを知ったのは錬金術にかぶれた後だけどねえ」
「今となっては、アビーさんの真似をして、お酒を造りたいがために、錬金術に挑戦する若手も増えたしね。もっとも、魔法が壁になって、途中で挫折するのがほとんどだけど。あ、そうそう、紹介が遅れたけど、こっちの男がセージュね、アビーさん。一応、本弟子とまでは行かないけど、私が『鍛冶』に関する簡単な手ほどきするひとりね」
そう言って、改めて、ペルーラさんが俺たちのことを紹介する。
ルーガやなっちゃん、それにヨシノさんも初対面だったので、お互い自己紹介みたいなこともして、だな。
それでようやく、話をしやすくなったというか。
リディアさんとアビットさんは、お互い面識があったようで、そっちはそっちで顔なじみみたいな対応になってたけどな。
ほんと、リディアさんって、誰でも知ってるよな。
さすがは凄腕の冒険者さんだ。
「リディアさんとアビットさんって、親しい間柄なんですか?」
「ん、お酒分けてもらったこともある」
「ふふん、知り合ったのはずっと前だけどね。リディアってば、普段からこのお姫様みたいな身なりだろ? だからあっちこっちの土地でトラブルばっかり起こしてるのさ。あたしと会ったのもその手の騒動の真っ最中だったし」
「ん? トラブル? 騒動?」
「はは、当の本人はそうは思ってないみたいだけどねえ。まあ、ちょっとやそっとの諍い程度じゃ、このお嬢、あっさり跳ね除けちまうから、自分では気づいてないのかもね」
きょとんとしているリディアさんに対して、どこか面白がっているような表情を浮かべて、アビットさんが笑う。
何でも、リディアさんってば、北の『帝国』とかでも、拘束しようとした連中を蹴散らして、町ひとつ分の軍勢を叩きのめしたこともあるのだそうだ。
結局、今は相手側が謝って、手打ちになってるみたいだけど。
いや、強い強いとは思っていたけど、そこまで強いのか、リディアさんって。
というか、それを言っているアビットさんも色々と突っ込みどころ満載なんだが。
その着ている着物みたいな服装とか、『帝国』で旅芸人がどうとか。
「うん? ああ、この服かい? どうだい、格好いいだろ? これはコトノハで職人に作ってもらったんだよ。あたしのお気に入りの衣装だねえ。あたしの場合、性格がこの通りがさつなもんでね、少しでもお淑やかに見えるように、って」
そういう意味も込めて、この手の衣装を着てるのさ、とアビットさんが笑う。
その言葉に俺も少し驚く。
「えっ!? アビットさん、コトノハですか? 確か、妖怪の国、でしたよね?」
たまに『けいじばん』でも話題があがる、妖怪種がたくさん住んでいる国がコトノハって言うんだよな?
今のところ、地理的な情報がほとんどないので、このオレストの町から見て、どの辺にあるのか謎だったんだけど。
アビットさん、そっちの国にも行ったことがあるのか?
そもそも、コトノハの服装って、やっぱり着物が主体なのか?
「ああ、そうだよ。もっとも、ここからだと、物凄く遠いからねえ。歩きだけだと何か月もかかるはずさ」
「あ、やっぱり、かなり遠いんですね?」
「まあね。何せ、この大陸の東の外れの方にあるからね」
なるほど。
アビットさんによると、教会本部から、更にずっと北東の方へと向かうとたどり着けるところにコトノハがあるのだそうだ。
北の『帝国』とは山脈を挟んで南東にあるそうで、アビットさんのここまでの移動ルートも、その、コトノハから『帝国』に入って、『帝国』の東側の属領から、各属国の領地を転々として、『グリーンリーフ』の北側あたりまでやってきていたのだとか。
あ、『帝国』って、やっぱり、複数の元国家で構成されているんだな?
大陸の北部の大半は、その『帝国』領と、属国の領土で構成されていて、それをまとめて、『帝国』と呼んでいるらしい。
要するに、たくさんの小国を併合して大きくなった国ってことか。
というか、アビットさんの移動範囲って、普通にすごいな。
そもそも、ドワーフの人って、『帝国』と相性が悪いんじゃなかったのか?
本当に変わってる人だよ。
思わず感心してしまう俺なのだった。




