第159話 農民、鍛冶工房へと向かう
「ん、それなら、後で畑の方に取りに行く」
「はい、ではそれでお願いしますね、リディアさん」
毎度あり、というわけで、俺はリディアさんににっこりと微笑む。
昼食を食べ終わった後、俺たちはリディアさんが食べ終わるのを待って、ペルーラさんの鍛冶工房へと向かうことになったのだ。
今はちょうど、その途中だな。
そこで、リディアさんから、俺たちが畑で栽培している野菜を売ってくれという話になったのだ。
『前に、メールした』
リディアさんがそう言ったことで、この前、俺が受け取った『食べ物』というだけの謎メールの意味がようやく判明したというか。
要するに、俺が畑で野菜を作るかも、って話になったので、『もし畑で食べ物がたくさん採れたなら、それを売ってほしい』というのが行間にあったのだそうだ。
いや、行間って。
そもそも、単語だけでそこまで読み取るのは無理だっての。
俺は超能力者じゃないし。
待てよ?
もしかして、『読心術』とか『精神感応』とか、そっち系のスキルとかを持ってる人もいたりするのか?
何となく、この『PUO』の中だったら、ありそうで怖いんだよな。
そもそも、『鑑定眼』のスキル自体が少しばかり、人の内側を読むみたいな感じの能力のようにも思えるし。
まあ、『鑑定眼』の場合、世界に埋め込まれたステータスというか、情報を読み取るって感じのスキルなんだっけな?
かなり脳に負担をかける使い方なので、使いすぎると頭が痛くなってしまうってのは、俺も経験済みだし。
まあ、それはそれとして。
販売分のアルガス芋は、もうすでに冒険者ギルドに卸してしまったけど、俺たちが食べる用に確保しておいた分は、畑の方に残してあるので、それでよければ譲っても構わないという話に落ち着いたのだ。
今、手元にないのは、アイテム袋に入れる時間を減らすため、だな。
素材や食材に関しては、劣化が生じることがあるので、あまりアイテム袋を使わない方がいい、ってのは商人としての鉄則なのだそうだ。
それについては、商業ギルドでカガチさんから、念を押されたしな。
前々から、カミュとかグリゴレさんからも同様の話を聞かされてはいたし、サティ婆さんの家でも、薬師の素材関係については、一応、保管庫とか、乾燥室などに置かせてもらっているし。
便利だけど不便なアイテム袋、って感じの扱いだそうだ。
原理はどうなっているんだろうな?
まあ、魔法技術による不思議袋って感じでしかないけど、アイテム袋も万能ではないってことは間違いないらしい。
なので、採れた芋に関しては、畑に置いてあるってわけだ。
そっちの方も、ケイゾウさんやベニマルくんたちが盗まれないように見張っていてくれるってことなのでお任せしてある。
そういう意味では、かなり鳥モンさんたちも義理堅いよなあ。
本当、感謝感謝だよ。
あと、値段については、最初のうちは商業ギルドの基準に合わせることにした。
最初に俺が冒険者ギルドで買ったのと同じぐらいの量で、500Nだな。
何で、冒険者ギルドの価格かというと、それに合わせることで、商業ギルドに支払う分の手数料の換算もしやすいからだ。
まあ、手数料というか、この町で商売をするための『みかじめ料』というか。
公共の税金とはちょっと違うけど、商業ギルドが商業の基盤を維持するために使うお金になる、というイメージだろうか。
ちなみに、町の南側の道の修復工事の費用なども、そういう予算からまかなっているのだそうだ。
そういう意味では、ラルフリーダさんが町長として、ほとんど町の運営に関与していないことを考えると、このオレストの町の場合、冒険者ギルドと商業ギルドを足して、ちょうど、向こうで言うところのお役所みたいな感じになっているようだな。
「ん、いっぱい買えると嬉しい」
「それにしても、リディアさん、随分とお金を持ってるんですね?」
ファン君たちの護衛を引き受けてから、ずっと一緒にいるって話だったけど、それにしては、かなり手持ちのお金が多そうなんだよな、この人。
もちろん、ミスリルゴーレムの討伐料とかで懐は温かいだろうけど、さっき、『大地の恵み亭』でリディアさんが支払った金額を聞いたら、かなり驚きだったぞ?
普通のお客さんがお腹いっぱい食べて、大体1,000Nから多くても2,000Nぐらいだろ?
それで考えると、軽く百人前はオーバーしている額だからなあ。
いや、一回の食事でそれだけ使うとなると、俺たちがもらった、例の討伐料の大金でも、あっという間になくなるっての。
普通に、一食食べる分で魔道具が買えるんじゃないか?
前に会った時は、こっちのお金があんまり持ってないとか言ってたのに、その辺はちょっと不思議だったので聞いてみたのだ。
「ん、道具屋で素材を売った分。それに、ファンやヨシノも夜は止まってるから、その間は自由」
「あ、そうなんですか?」
そっかそっか。
そういえば、リディアさん自分で持っていた素材を売ったりしてたっけ。
それに、護衛任務にしても、夜中は俺たち迷い人の場合、あっちの世界へと帰還してるから、その時は割と好きに動けるから心配ないってことらしい。
うん?
リディアさんって、そんなに寝なくても大丈夫なのか?
「そういえば、僕らも眠っているリディアさんの姿を見たことはありませんね」
「ん、眠ろうと思えば眠れる。眠らなければ眠らない」
それで大丈夫、とリディアさん。
ふうん?
もしかして、脳とかの一部が交互に寝てる、って感じの人か?
どちらかと言えば、キリンとかに近い気がするな。
相変わらず、きれいだけど謎の多い人だなあ。
案外、どこぞの昼寝の天才みたいに、一瞬で眠れるってだけかも知れないけど。
ともあれ、食費に関しては自分で稼いでいるから心配ないってことらしい。
今回の俺から芋を買うのも、素材があれば色々と料理をしてくれるファン君のために、食材を集めているからのようだ。
「あ、そういえば、ファン君も料理するんだよね?」
「はい。うち、お母さんが料理好きですからね。ぼくたちも『男たるもの、料理ぐらいできないとダメ』という教育方針があるんです。だからですね」
「ふふ、ファン君のお母様はそういう方ですから。たまに雑誌などで評論家みたいなこともされてますよ」
「へえ、すごいですね」
ファン君に言わせると、『壱川』の男たるもの料理ぐらいはできないと、って話らしいけど、いや、それって、歌舞伎の家系では普通のことなの?
何となく、イメージと大分違うんだけど。
役者さんの奥さんが家のことは一手に引き受けるような、古風なイメージがあるぞ?
あー、でも、料理が得意な役者さんとかも多いか。
案外、そういうものなのかも知れないなあ。
それにしても、俺の人生で芸能人とかとは一生縁がないかと思ったけど、こういう出会いとかがあるから、人生ってわかんないよなあ。
これもこのゲームのおかげではあるんだけど。
それはそれとして、だ。
「それなら、ユミナさんとかと情報交換をすればいいのにね」
「え、でも、ぼくの料理なんて、そこまですごくないですよ? ユミナさん、本職の料理人さんですよね? やっぱり、恥ずかしいですよ」
「私はファン君の料理は好きだけどね。家庭的な味だもの」
「ん、美味しい」
「いえ、でも、大っぴらにするのはちょっと……」
勘弁してください、と照れくさそうにはにかむファン君。
話を聞いている感じだと、料理自体は好きみたいだけどな。
「家庭的かあ、いいなあ、わたしもファンの料理食べてみたいよ」
「あ、そうだな。俺もちょっと興味があるな」
横で話を聞いていたルーガが興味津々な態度を示したので、俺もそれに乗っかってみた。
というか、ファン君の手料理って、ちょっと気になるし。
「ええっ!? いや、あの、ちょっと……でも、セージュさんたちにはお世話になってますし……もうちょっと、こちらでの料理に慣れてきたらでいいですか?」
「うん、それでいいよ」
「ああ。別に急かすつもりもないしな。こっちも食べられたら、ぐらいの感じで言ってみただけだしさ」
「……わかりました。ご期待に沿えるかどうか自信はありませんけど、ぼくも少し頑張ってみます」
おっ、言ってみるもんだな。
ファン君からオーケーがもらえたぞ。
日時が決まったら、後でメールで連絡してくれるそうだ。
うん。
そういうことなら、俺も手伝えることがあったら、協力できるように頑張ろう。
とりあえずの目標は、もっと畑で作れる食材を増やすことだな。
そんなこんなで、近い未来の食事会のことで盛り上がる俺たちなのだった。




