第157話 農民、領主さんに相談する
「精霊種、ですか?」
「はい。何かご存知でしたら、教えてもらえないでしょうか?」
所変わって、ラルフリーダさんの家だ。
今日はめずらしくノーヴェルさんの姿が見えないな。
代わりに、家の中だというのに、クリシュナさんがラルフリーダさんの側にくっついて護衛しているようだ。
というか、クリシュナさん、その大きな身体でどうやって、家の中に入ったんだろうな?
どう見ても、扉の方が小さいんだけど。
と、そんなことを考えていると、クリシュナさんが通る時だけ、扉の部分が、むにょんという擬音と共に大きくなるのが見えた。
あー、そういえば、この家って、ラルフリーダさんの本体でもあったんだっけ。
何となく、イメージとしては、ふてぶてしい猫の顔をしたバスのドアみたいな感じだったけど、そもそも、実態もそれに近いのかも知れないなあ。
そう考えると、この『木のおうち』って、ラルフリーダさんの体内って感じなのかもな。
いや、もちろん、うろの中って考えれば、立派に外側だけどさ。
そう考えると、この家って、妖精とか精霊が住んでいてもおかしくはないよな。
いっつも眠そうにしていて、優しくするとどんぐりをくれる感じの。
さておき。
俺の質問に対して、ラルフリーダさんが不思議そうに小首を傾げて。
「セージュさん、別に家を建てるのに、精霊の方々の協力は必要ないとは思いますよ? どこからそういうお話になったのでしょうか?」
あ、そういえば、細かい部分の説明がまだだったよな。
改めて、ここまでの流れをラルフリーダさんに伝える。
その俺の言葉に、得心したようにラルフリーダさんが頷く。
「ああ、なるほど、そうでしたか。確かに、今のこの町の皆さんですと、少しばかりお仕事が立て込んでいるかもしれませんね」
それは困りましたね、とラルフリーダさん。
少し悩ましげな表情を浮かべたかと思うと、それでは、と言葉を続けて。
「やはり、私が『家』を用意した方がよろしいでしょうか?」
「いえ、それはできれば、待ってもらえませんか? 俺たちとしても、何とかして自分たちで、コッコさんたちの『家』を作りたいんですよ」
ラルフリーダさんの言葉はありがたいけど、それは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段だろう。
結局、このクエストも失敗扱いになるだろうし。
今は、狭い選択肢の中でも、精一杯全力を尽くしている最中だからな。
ちなみに、ラルフリーダさんの力で家を建てるのは容易いのだそうだ。
この町の町長としての人脈を使うとか、そういう以前の話で、ラルフリーダさんの力なら、それほどの時間もかけることなく、木造の家屋を作ることができる、と。
それなりに疲れるらしいけど、そのぐらいは、昨日の俺への報酬として与える分と考えても、あまり問題ないそうだ。
いや、だから、ドリアードってどこまですごいんだよ。
事実、オレストの町の一部は、ラルフリーダさんの作った家なのだとか。
確かに、この『家』のクエストも、コッコさんとの信頼関係がかかっていなければ、そっちでお任せした方が確実だろうな。
でも、それだとゲームとして面白くないだろ?
せっかく、異世界に浸かっている状態で、メタな発言で申し訳ないけど、俺たちってやっぱり雇われテスターだから、それなりに色々と試していかないといけないのだ。
もちろん、それには俺の個人的な事情も含むけど。
「はい、わかりました。セージュさんがそのようにおっしゃるのでしたら、私も陰ながら応援させて頂きますね。ふふ、それで、精霊種について、ですね?」
「はい。何かご存じありませんか?」
「まず、セージュさんたちに最初に断っておきますが、私が知っている情報が今の『グリーンリーフ』の状況に即しているかどうかはわかりません、とだけお伝えしておきますね。それでよろしければお話しします」
いかがですか? というラルフリーダさんの視線が刺さる。
うん。
まあ、この場合は選択の余地はないよな。
正しいか間違っているかよりも、とにかく、色々な情報が欲しい。
真実はひとつ、って言っても、その真実にたどり着くまでには、様々な情報に触れる必要があるのは間違いないからな。
だからこそ、ここで『やっぱりいいです』ということはあり得ないので、俺はそのまま、ラルフリーダさんの目を見て頷く。
「わかりました。ではお答えしますね。はい、『グリーンリーフ』にも精霊種はいますよ」
「あっ!? やっぱりそうなんですね?」
「はい。ただし、今のセージュさんには所在をお教えすることができません。残念ながら、資格が足りないと思ってください」
「あ……資格、ですか」
思わぬ情報に喜んだのも束の間、結局、ラルフリーダさんにぴしゃりとやられてしまったな。
資格が足りない、か。
つまり、『グリーンリーフ』には精霊種がいる。
ただし、それは俺が入ることを許された区画よりも中枢に近い、ということだろう。
俺ががっかりしていると、少し慰めるようにラルフリーダさんが補足してくれた。
「そもそも、『グリーンリーフ』で暮らしております精霊種の方々は、この『森』まで逃げ延びて来られた方々なのです。ですから、私たち『グリーンリーフ』の眷属たる者にとっては、その方々は護るべき存在になるわけです。少なくとも、私たちやお婆様……『千年樹』へと頼って来られた方々を保護するのは、『グリーンリーフ』が『グリーンリーフ』たるゆえんです」
そう、はっきりと断言するラルフリーダさん。
その姿勢にはかっこよさを感じるな。
『来るものは拒まず』。
されど、『森への悪意は許さず』。
このふたつの項目が、『グリーンリーフ』が掲げる不文律なのだそうだ。
「放浪の民であるエルフの方々が多く属しているのも、そのためなのですよ。この大陸のどちらへ行かれても、『大樹海』の側にあるエルフの街と、ここ『グリーンリーフ』以外では、これほど多くのエルフの方々が暮らしている土地はありません」
「あ、そうだったんですか?」
それは知らなかったな。
この『PUO』では、エルフという種族は『流浪の民』なのだそうだ。
そのため、普通の国や町、集落などで、そもそもエルフの魔法屋が存在する場所はほとんどない、とのこと。
例外は、『無限迷宮』である『大樹海』に護られたエルフの街と、そして『千年樹』によって保護がなされている、ここ『グリーンリーフ』のみ、と。
だからこそ、この『森』でドリアードに仕えるエルフが多いのだそうだ。
それにしても、ドワーフも大変な種族だと思ったけど、エルフはエルフでそれなりの背景があったんだな?
俺にとっては、十兵衛さんが大暴れしているのが、一番身近なエルフのイメージだったんだが。
あと、ずっと行方不明のままのアリエッタさんとか。
いや、フィルさんは常識的な感じのエルフだったけどな。
「精霊種の方々は未だに一部の種族については、信用をしておられません。そのため、『森』の中でも限定された場所で暮らしているのです。…………本来でしたら、セージュさんが資格を得られた場合、情報をお教えするのもやぶさかではなかったのですが、現状ですと、『グリーンリーフ』全域の機能が異常を来たしておりますので、そもそも資格が認められるかわかりません。となりますと、相応のリスクを想定しなければなりません。今のままのセージュさんたちでは、『いる』以上の情報をお教えすることはできませんね」
こちらは貴方がたの安全も考慮した上での判断です、とラルフリーダさん。
ああ、なるほどな。
要するに、その場所を目指すには俺たちのレベルが低すぎる、ってことらしいな。
「少なくとも、一対一でノーヴェルかクリシュナ、いずれかに勝てるぐらいの力がなければ、お話になりません」
そのラルフリーダさんの言葉に、無言のまま、横にいたクリシュナさんも頷く。
最低でも、今のふたりと同格。
そのうえで、複数で一緒に行くのなら、何とか、というレベルらしい。
うわ、ちょっと条件が厳しいな。
というか、まだふたりのレベルは見たことがないけど、昨日の戦闘だけでもその強さの片鱗は感じることができた。
少なくとも、昨日ぐらいの敵相手なら、軽くいなせる程度の力はあるだろう。
何となく、近くて遠い、という言葉が頭に浮かんだ。
ここ『グリーンリーフ』には精霊種がいる。
ただし、その人たちがいる場所にたどり着くためには、大きな立ちはだかる壁を越えないといけない。
そういうことらしい。
と、俺の頭の中に、例のぽーんという音が響いた。
『クエスト【試練系クエスト:領主の護衛を倒せ】が発生しました』
『注意:こちらは期限無制限のクエストとなります。条件は一対一。ターゲットは領主が認めた護衛のうち、いずれかです。尚、倒すというのは、相手を死に至らしめるという意味ではありません。その点はご注意ください』
うわっ!?
『試練系』のクエストなんてあるのか!?
というか、今の俺だとノーヴェルさんやクリシュナさん相手に勝つのってかなり厳しいよなあ。
だからこそ、期限が無制限なんだろうけど。
少なくとも、相手が許す限りは何度でも挑戦していいようではあるらしい。
「………………」
「ふふ、セージュさん、クリシュナはやる気ですよ? 私の主たる護衛が別にいる場合は、いつでも挑戦して構わないそうです」
いつもの優しそうな表情とは打って変わって、狼としての真剣な表情でこちらを見つめたまま、クリシュナさんが頷いて。
その横で、どこか楽しそうにしているのがラルフリーダさんだ。
というか、真剣なクリシュナさんって怖いぞ?
威圧のような雰囲気もビシビシと感じるし、何といっても、真顔の狼さんの顔って、それだけでも大迫力なのだ。
「あ、セージュさん、ご心配には及びませんよ? 今のクリシュナは私の護衛が主ですから、他の誰かが戻るまでは、挑戦を受けられませんから」
「……あー、それは何よりです」
だから安心って話にはならないけどな。
というか、今まで優しく接してくれた狼さんから、その手の視線ばかりを浴びせられるのはちょっと俺も悲しい。
ともあれ、新たな選択肢が生まれたのも事実だ。
…………かなり、無理筋だけどな。
そう、心の中でつぶやいて、ため息をつく俺なのだった。




