第156話 農民、ビーナスから話を聞く
「ふーん、精霊種ねえ……」
「ああ、何か知ってることはないか?」
しばらくビーナスの背中をなでた後で、『ひとまず、今日のところはこのぐらいで良いわ』と言われたので、そのまま、実験は終了した。
まあ、実験というか、ビーナス的には『緑の手』の副作用に対して、抵抗力をつけるためのテストみたいなものだったらしい。
少しずつ慣らしていく、というか。
いや、俺の手はアレルギー物質かよ。
何となく、医師付き添いのもとで、ちょっとずつたまごとか小麦とか摂っていきましょうね、とかそういう感じの治療のイメージだよな。
まあ、副作用が小さくなれば、メリットも大きいみたいなので、これからも定期的にこの『実験』は続けて行くことになりそうだ。
何だか、ビーナスのやつ、変に乗り気だし。
さておき。
少し落ち着いたので、ビーナスたちも含めて、周囲にたたずんでいた鳥モンたちにも精霊種に関する話を聞いてみた。
一応、ビーナスの『モンスター言語』のスキルで鳥言語も読み取れるみたいだし。
あの、『コケッ』とか『KUAっ』とかそういうのって、前にビーナスが言っていたように、短い言葉の音に意味を乗せる使い方に近いのだそうだ。
そもそも、ここにいる鳥たちもれっきとしたモンスターだしな。
そういう意味では、『モンスター言語』と鳥言語も一応は近しい使い方らしい。
うん?
あれ? そういえば、カミュの話だと俺たちみたいな人型の種族も、一応はモンスターに分類されるって言ってなかったか?
でも俺たちの言葉と『モンスター言語』は違うみたいだし。
うーん、その辺はどういう理屈なのかよくわからないよな。
たぶん、なっちゃんの『きゅいきゅい』言っているのも、どっちかと言えば、『モンスター言語』寄りの使い方のようだし。
もっとも、ビーナスにしても、なっちゃんの言っていることは、細かいニュアンスまでは読み取れないそうだ。
おそらく、細かい部分での言語化の能力が不足しているんじゃないか、ってことらしいけど。
あ、また話が逸れそうになったので、元に戻そう。
精霊種に関する話について、だな。
鳥モンたちも、この『グリーンリーフ』に精霊種がいるかどうかはわからないそうだ。
ここにいる鳥モンの多くは、『森』の中心部から南側寄りのエリアを護っているらしくて、自分たちの暮らしていた場所以外へは行ったことがないとのこと。
鳥だから、てっきり、気分で飛んで行けるのかと思ったんだけど、彼らの場合、しっかりとした縄張り意識があるらしくて、たとえ同じ『森』の仲間であっても、無断で他のエリアへと足を踏み入れるのは、あまりよろしくなかったのだそうだ。
森の中央部と南側の間を護るのが、彼ら鳥モンの『群』だな。
ヒッチコックリーダーと呼ばれる代表がいて、そのリーダーの指揮のもと、『森』を護る存在ということらしい。
ちなみに、昨日の戦闘などでけっこうな数の鳥モンさんが再起不能になったように思えたのだけど、たとえ瀕死の状態であっても、いずれかの領域持ちのドリアードの麾下につけば、例のラルフリーダさんが使っていた能力などによって、『回収』されて、『体力分配』などによって、ギリギリで死なずに済むケースが多いのだそうだ。
だからこそ、昨日みたいに、神風特攻的な攻撃も辞さないのだとか。
まあ、昨日に関しては、そういう後ろ盾がいない状態でも、そういう攻撃スタンスを変えなかった辺り、『森』を護ることへの覚悟を感じないでもないな。
幸いと言うか、昨日ケガした鳥モンの多くは、ラルフリーダさんの能力で治療中らしい。
ふうん?
やっぱり、条件付きとはいえ、回復魔法みたいなものはあるんだな?
教会の『聖女』の治癒とか、鉱物種の鉱物食べて再生とか、そういうのの一種って感じらしいな。
ドリアードの配下というか、眷属となれば、治癒の範囲に入って来られるってことか?
真面目な話、この『PUO』の中で戦闘中に重傷を負った場合、回復手段がほとんどないからなあ。
少しでも可能性がありそうな情報は集めておいた方がいいだろう。
で、結局のところ、ここにいる鳥モンは精霊種に関しては、『よくわからない』とのこと。
それでも、『いない』という答えが返ってこない辺り、『魔境』の底しれなさを感じるけどな。
まだまだ色々と秘密がありそうな『森』だし。
そうして、ダメ元でビーナスにも聞いてみたんだが。
「わたしは精霊種と会ったことがあるわよ」
「えっ!? そうなのか!?」
ちょっと予想外な答えが返って来て驚いた。
ビーナスって、精霊種のことを知ってるのか?
「と言っても、『山』にいた頃の話よ? 確か闇属性の精霊だったかしら? わたしの『苔』が欲しいからって、『元気』が出る水を持ってきてくれたわ」
へえ、そうなのか?
ビーナスによると、ごくたまに物々交換みたいなことをしにやってきたそうだ。
名前とかはお互い名乗らなかったけど、それほど敵対行動とかはお互いとらなかったので、ある意味で、ビーナスの友達みたいな存在だったらしいな。
「だって、その精霊、『叫び』とか『音魔法』を突き抜けちゃうんだもの。わたしとしても、向こうが仲良くしたいんだったら、あんまり逆らわない方が良さそう、って思ったのね」
「おい、ちょっと待て」
どうやら、すでに攻撃をかました後だったらしい。
ただ、その闇の精霊にはビーナスの攻撃がまったく通じなかったらしくて、それで『苔』との物々交換に応じることになったのだとか。
どうやら、初対面の相手には、一発かますのがビーナス流らしい。
うん。
はた迷惑な性格だよな。
ただ、魔法が通じない精霊、か。
そういえば、サティ婆さんが『精霊は現象に近い生き物だ』とか言ってたよな?
闇の精霊の場合は、闇の現象が本体ってことか?
いや、闇の現象って何だ、って話になるけどさ。
テツロウさんが『けいじばん』で言ってたけど、この町の人情報でも、『精霊の森』には興味本位で近づかない方がいいって話もあったみたいだし。
魔法や物理攻撃が効きづらい存在ってことか?
やっぱり、精霊って一筋縄ではいかない相手ではあるようだ。
「ビーナス、他にその精霊さんについて、何か知っていることはあるか? どういうところに住んでるとか」
「わからないわ。あんまり、そういうの興味がなかったし」
苔と交換で美味しい水を持ってきてくれる存在、ぐらいにしか考えていなかったとビーナスがぼやく。
「そもそも、わたしも生まれてからそんなに経ってなかったんだから、どうでもいいことはどうでもいいとしか思ってなかったもの。大体ね、マスター。わたしが知ってるのって、わたしがいた『山』に関することだけよ? ここからどのくらい『山』が離れてるかもわからないし、ここがどの辺なのかもさっぱりだもの」
幸いと言うか、ラルさまに保護してもらったから、少し落ち着いたけど、そうじゃなかったら、普通に臨戦態勢のままよ? とビーナスが真顔で言う。
まあ、言われてみたらその通りだよな。
いきなり、見知らぬ土地に飛ばされました。
元いた場所へ戻る方法はわかりません、ってなったら、普通はどこまでも警戒するよな。
俺たちの場合、迷い人って扱いだったし、ここに来る前にもチュートリアルというか、簡単な説明があったから、そういうものだって納得して落ち着いているけど、ビーナスやルーガのことを考えれば、心細くなっても当然だよな。
ルーガもビーナスの言葉に何となく共感できるのか、頷いているし。
うん?
というか、ルーガも『山』の出身なんだろ?
精霊種の話が出た時に、何か気付いたことはなかったのか?
そう、俺が尋ねてみると。
「もしかすると、お爺ちゃんの知り合いの誰かがそうだったのかも。でも、わたしと会う時は、わたしと同じような姿をしてたから、誰が精霊さんだったのかはわからないよ?」
ルーガによると、ルーガのお爺さんもそれぞれの素性まではルーガに教えてくれなかったのだそうだ。
たまに、家にやってくるお客さんの中に、そういう人がいたとしてもおかしくはないけれど、具体的に精霊さんと名乗る人には会ったことがない、って。
「わたしがひとりで『山』を歩いてる時にも、そういう相手に遭遇したことはないかな。ビーナスみたいなマンドラゴラとは会ったことはあるけど」
そもそも、精霊種がどういう姿なのかが想像できない、と。
そういえば、俺も『PUO』での精霊がどんな感じなのかは知らないなあ。
「ビーナスは会ったことがあるんだろ? どういう感じの精霊だった?」
「そうね……闇を纏った人型の時もあったし、空中をふわふわ浮いている煙のような時もあったわね。でも、『モンスター言語』を聞くと、その相手だってことはすぐにわかったわ。何となく、特徴があったもの」
「要するに、固定の姿を持っていない、ってことか?」
サティ婆さんに話でも、『人化』ってスキルの話があったものな。
たぶん、その煙状の姿が、その精霊の本体で、人型の時が『人化』を使っている状態ってことか?
いや、俺が知っている情報だけだと、そういう推測ぐらいしかできないな。
残念ながら、ビーナスとルーガもそれ以上のことは知らないらしい。
いや、それだけでもかなり重要な情報があったよな。
精霊は不定形の可能性がある。
人型をとるものもいる。
交渉を持ちかけてくる場合もある。
ルーガとビーナスがいた『山』には精霊種が住んでいた。
ビーナスは精霊種と会ったことがある。
精霊には、魔法などが効きにくい?
まあ、こんなところだろうか。
大切なのは『精霊の森』以外にも、精霊種が存在することがあるってことだ。
この辺にも変わり者の精霊さんが住んでいないのかね?
「精霊種を探すっていうなら、本当はビーナスに一緒に来てもらった方がいいんだろうけどなあ」
この中では、唯一精霊とはっきり遭遇したことがあるわけだし。
「それなら、もうちょっと待って、マスター。まだわたし本調子じゃないの。せっかく、きちんと治癒しようと思ったら、昨日の面倒事なんだもの。もう少し元気にならないと、移動できないわよ」
「わかった。そういうことなら気長に待つよ」
ビーナスの言葉に頷く。
早く『家』を用意する必要があるのも事実だけど、そもそも家なんて一朝一夕で建てられるような代物じゃない。
正直、テスター期間内で何とかなるかも心配だし。
だから、今はやれることをやるだけだ。
そんなこんなでリフォームを続けるビーナスに別れを告げて。
俺たちはラルフリーダさんの家へと向かった。




