第155話 農民、ビーナス畑に顔を出す
「マスター、見て見て! すごいでしょ!」
「あっ、ほんとだな。畑が随分と広がったんだな、ビーナス?」
「ええ。ここまで広げてもいい、ってラル様がね」
言ってくれたの、と満面の笑みで誇らしげに笑うビーナス。
俺たちがやってきたのは、今日も今日とて、ビーナスが自分用に借り受けている畑のところだ。
そこへ行って、まず驚いたのが、今ビーナスも言った通り、畑の広さだな。
昨日に比べると縦と横の長さが倍以上に広がっていたのだ。
それも、ビーナスの話だと、昨日の鳥モンさんたちとの戦闘に関する、ビーナスへの報酬みたいな扱いらしいのだ。
まあ、報酬と言っても、魔法攻撃とかで荒れてしまった地面は、自分たちで修復してくれって言われたみたいだけどな。
ビーナス式大地リフォーム術は、ちょっとラルフリーダさんたちにとっても、興味深いものだったらしくて、そっちは任せるってことになったらしいのだ。
実際、今改めて、畑の方を見てみても、昨日ここで大規模な戦闘があったとは思えないほどに、きれいな地面になっていたし。
というか、一面にビーナスの苔が生えてきていたので、そっちのおかげでちょっとした緑って感じになってるしな。
あと、周囲の樹とかにはそのリフォームを手伝ってくれた鳥モンたちもいて、昨日みたいなことがないように、ビーナスの畑を護ってくれているそうだ。
いや、そもそも、昨日の原因って、あんたらだろうがって話だけどな。
『狂化』モンスターが発生した場合に備えての対応って側面もあるみたいだけど。
それ以外に目についたのは、ビーナスに貸したカンテラ型の魔道具から、サーチライトみたいな光が畑に向かって、ぐるぐると内側から外側へ向かって、円を描くように当てられていることか。
内側から外側へ。
それが終わると外側から内側へ。
レーザーとまでは行かないけど、まっすぐになった光がビーナスのいる畑へと注がれているのがわかる。
「ビーナス、あのカンテラって、あんなにまっすぐな光も出せたんだな?」
「そうよ。色々と試してみたら、そういうこともできちゃったの。鳥さんの中に、光魔法が得意な子もいたから、そのおかげかしら」
「クエッ!」
へえ、さすが魔道具。
というか、今のビーナスの言葉に、カンテラを足の爪でつかんで上空で持ち上げていた鳥モンさんが嬉しそうな表情を浮かべたのがわかる。
というか、いきなりその姿が現れたんだが。
どうやら、その白い羽根がきれいな白鳥っぽい鳥モンさんは光魔法で自分の姿をぼかすことができるようなのだ。
今も、俺たちの方に、一声かけた後で、徐々に姿が薄くなっていったかと思うと、ほとんど見えなくなってしまったし。
あれって、光学迷彩みたいなもんなのかね?
最初、畑にやって来た時、魔道具のカンテラだけがやや上の方をふわふわと飛んで、地表へと光線を照らしているので、随分とエキセントリックな印象を受けたんだが。
てっきり、リディアさんに似た能力でも、ビーナスが使えるようになったのかと思ったよ。
むしろ、白い鳥モンが持っていたってことで納得だな。
ああ、そうそう。
昨日の戦闘の経験値が気になったので、ビーナスのステータスも見せてもらったのだ。
名前:ビーナス
年齢:5
種族:魔樹種(ウィメン・マンドラゴラ)
職業:セージュの従僕
レベル:24
スキル:『叫び』『直死の咆哮』『株分け』『マーキング』『音魔法』『土魔法』『つるの鞭』『自己治癒』『モンスター言語』『自動翻訳』『眷属成長』
やっぱり、身体のレベルの上がり幅がすごいよな。
結局、俺よりもちょっと上だし。
まあ、昨日はビーナスの方が大活躍だったから、それも当然だろうけどさ。
このままだと、いつまで経っても、マスターの方が弱いって感じになりそうだ。
何となく、あだ名が『マスター』って感じで。
それはそれで別にいいんだけど。
とりあえず、『叫び』と『音魔法』のスキルの封印は解除されたみたいだな。
そっちは昨日の時点でラルフリーダさんから使えるようにしてもらってたし。
ただ、さすがに即死系の『直死の咆哮』と呪術系の『マーキング』は、このオレストの町にいる限りは封印解除できない、って話らしい。
まあ、それは仕方ないよな。
町長として、それは許可できないだろうし。
昨日も思ったけど、ビーナスって親しくなった相手には優しいけど、それ以外に対しては命のやり取りをすることに、何ら抵抗を覚えていないみたいなんだよなあ。
割と好戦的というか。
その辺は、弱肉強食の中で揉まれたモンスターって感じを受ける。
いや、その点ではなっちゃんとは正反対なんだけど。
うーん。
別にモンスターだから、ってわけじゃないのか?
単純にそれぞれの気性ってだけのような気もしてきたぞ?
それはそれとして。
あの光を発する魔道具へと話を戻すと、あれって、光魔法の使用法も応用できるらしくて、ビーナスの『音魔法』みたいに圧縮というか、収斂させることもできるのだそうだ。
今も、ビーナスが望む形で、淡い光をまんべんなく畑へと浴びせる使い方と、サーチライトのように少し束ねた強い光をぐるぐるとひと筆で円状に塗りつぶしていくような使い方、それぞれを使い分けて、それで畑を育てているらしい。
ちなみに、魔力の補充に関しても、鳥モンさんたちが手伝ってくれているらしくて、今のところは壊れる前に、きちんと魔石に魔力を補充してくれているようだな。
「強い光は『治癒』と相性が良いわ。淡い光はこの子たちをゆっくりと定着させる時に効果的かしら」
「へえ、随分と魔道具を使いこなしているんだな?」
「ふふ、これでも色々と試しているんだから。あ、マスターに言われた通り、あんまり無茶な使い方はやってないわよ? 本当は限界まで一点に光を集中させるとどうなるか、とか見たかったんだけど」
下手をすると壊れるって、ノーヴェルさんから忠告があったの、とビーナスが苦笑する。
あ、もしかして、レーザー光線みたいな使い方か?
というか、そんな使い方もできるかも、なんだな?
見た目は普通のカンテラっぽいけど、随分と応用が利く魔道具のようだ。
もっとも、ノーヴェルさんの忠告によれば、このカンテラに使われている魔石の質がそこそこのレベルだそうで、あんまりその手の使い方を試すと、そのまま壊れてしまいかねないのだそうだ。
本当は、ビーナスがこっそりと強行しようとしたところ、ラルフリーダさんとノーヴェルさんに止められたとか何とか。
おい。
全然、自重できてないじゃないか。
改めて、ふたりの忠告に心の中で感謝する。
結局のところ、ビーナスって、自分との上下関係がしっかりしている人の話しか聞かないんだよなあ。
ほんと、俺の『マスター』って、ただのあだ名だよな。
やれやれ、だ。
「あ、そうだ、マスター。ちょっとだけ、新しく生まれたこの子たちもなでて」
「ああ、わかった」
そういうわけで、またビーナスの苔の表面を触れていく。
ちょっと昨日よりも生えている範囲が広くなっていたので、大変になってきたけど、これだけでも成長にちょっと影響するとなると、やらないわけにもいかないよな。
というか、見た目は苔だけど、これもビーナス同様に植物系のモンスターに近い性質なんだよな?
なので、実家の牛とかをなでているように、リラックスできるように意識してそっとなでていく。
少なくとも、スキルの一種である以上は、意識的に使って見るのも大事だと思うのだ、この『緑の手』ってやつは。
もっとも、相変わらず、使っている実感はないけどな。
そんなことを考えていると、少しだけ真剣な表情でビーナスこっちを見ていたのに気付く。
と、すぅ、と一瞬だけ息を飲んだようにして。
「ねえ、マスター、ちょっと実験よ。気を確かに持つから、わたしの身体の方もなでてみて。あ、まだちょっと頭はこわいから、背中の方で」
「うん? 俺は別にいいけど……大丈夫か?」
「大丈夫……ええ、たぶん、大丈夫…………。それにこれはただの実験よ。物は試しだから、ちゃんとやってみて、マスター………………………」
最後にボソッと言った言葉は聞き取れなかったけど、まあ、ビーナスも真剣そうだから、断る理由はないよな。
変な状態異常とか出ないといいんだけど。
そう思いながら、俺はビーナスの背中をゆっくりとなでた。
その際に、ビクッとしたような緊張感が伝わって来たので、少し落ち着かせる意味も込めて、俺の方から言葉を伝える。
「ありがとうな、ビーナス」
「…………? 何のこと?」
「昨日はビーナスがいたから切り抜けられたからな。それに対する感謝だよ」
「――――っ!? ふふっ! ええ、そうよ! まったく、わたしがいないとだめなんだから。そう思ったなら、もっと心を込めてなでなさい」
「はいはい」
微かに紅潮して、一瞬だけ困ったような表情を浮かべた後、ややあって、嬉しそうに破顔するビーナス。
うん。
少なくとも、緊張は解けたようだな。
てか、背中をなでるだけで緊張されると、こっちも緊張するっての。
少しだけ照れたような表情で、ぶつぶつと軽い毒を吐くビーナスに苦笑しつつ。
その『実験』は少しの間続くのだった。




