第154話 農民、色々と振り返る
「あ、そうだ。すっかり忘れていたぞ」
収穫で浮かれていて、肝心の話がおろそかになっていることを思い出した。
ケイゾウさんたち、コッコ種の『家』に関する問題だ。
『どうしたんすか?』
「コケッ?」
「えーと、ベニマルくん、ちょっといい? ケイゾウさんたちの『家』について、もう少し待ってもらえないか、聞いてもらってもいいかな?」
『あー、いいっすよ』
そう言って、ベニマルくんを通訳にして、ケイゾウさんたちにオレストの町の現状について話を聞いてもらった。
正攻法で建てようとすると、専門職の人の手が離せないので難しい。
今、俺が探っている、ノームさんに協力を仰いで、自分たちで手順通り家を建てるっていうのも、まだ情報が不足している、と。
そういう話だ。
ただ、今日の夕方、精霊関係について、人と会う約束はしているので、そのことはぼかした上で、可能性を探っている、とだけは付け加えておいた。
そもそも、その謎の相手と会える保証もないし、それが本当に精霊がらみかもわからないしな。
確証がない上に、相手からも秘密にしてほしいと頼まれた以上は、ここで話してどうにかなりそうもないし。
正直、わらにもすがる思いというのが本音だ。
「コケッ!」
『わかった――――って、ケイゾウさんが言ってるっす。それまではこの畑で、わしが外敵を退ける、って。いよいよって問題が発生したら、ラルさまの家まで逃げ込めばいいってわけっすね』
「ピヨコ!」
『あー、そうっすね。空からのルートを使わない場合、あんまり何度もラルさまの結界を出入りするのはよくないっすね。となると、畑を拠点にした方がいいっすかね? 僕らは、今のところ、ラルさまのとこに居候っすけど、僕らも一緒にいた方がいいっすか?』
「ピヨコ!」
『了解っす、ヒナコさん。じゃあ、それで。一応、ここもラルさまの護りが微力で働いてるっすから、侵入者とかそんなにいないっすから』
あ、どうやら、鳥さん会議が終わったらしい。
というか、やっぱり、畑にも何か力が作用してたのか。
例の外敵が不快感を覚える、ってやつだな。
それはそれとして。
とりあえず、当面は『家』なしで待っていてくれる、とのこと。
おまけに、夜もずっとこの畑で寝泊まりするってことらしくて、ケイゾウさんたち、その間も交代で、畑を見ていてくれるそうだ。
『まあ、思った以上に、セージュさんからの報酬が良かったっすからね。みんなそのぐらいはやる気が出ているっすよ』
「コケッ!」
だから、気にするな、ってことらしい。
いや、本当にありがたいよな。
少なくとも、ここまでの流れだけで、ある程度、畑作業での人手不足が解消されちゃったしな。
おまけに、俺やルーガが一日中、畑に張り付かなくても良くなったし。
その分、できた猶予で『家』を建てる方については頑張ってくれ、ってことらしい。
ケイゾウさんたちからのエールだな。
というわけで、今日のこれからの予定について改めて考える。
アイテム袋にずっと芋などを入れておくと劣化するので、冒険者ギルドなどに売りに行く。
ビーナスに会いに行く。
その時に、ラルフリーダさんたちとも話をしておく。
ペルーラさんの工房に行く。
その際に、コッコさんたちの『家』についても相談してみる。
あ、それプラス、『湯沸かしのタリスマン』の改良についても聞いてみる。
夕方、指定された場所でメールの相手と会う。
その際、同行させられないので、ルーガたちはサティ婆さんに家で待ってもらう。
とりあえず、そんなところか。
後は、可能ならやっておきたいことは、だ。
町の外で薬師関係の素材集め。
魔法屋ことアリエッタさんを探せ。
商業ギルドで、お風呂屋さんの件について話をする。
教会に行って、『家』についてカミュの話を聞く。
町で捨てられるゴミについての調査。
装備品についてのチェック。
迷い人メイドの作品はどこまで進んでいるのか?
薬師の調合の修行。
うさぎと蛇の油の件はどうなった?
十兵衛さんと近接戦闘の修行――――は、体力的に却下。
そんなところか。
あ、そうだ。洗濯物もどこかのタイミングで取り込んでおかないとな。
なんか、下手をすると、干しっぱなしでそのまま忘れそうだし。
あとは、俺も冒険者ギルドで『湧水』を買っておいた方がいいだろうな。
あれをお湯にして身体を拭くだけでも、割と気持ちいいだろうし。
お風呂ができるまでの代替案だ。
……うーん。
これでも、大分やりたいことをしぼったんだが、全然時間が足りないよな?
まあ、また昨日みたいなことになってもまずいから、できる範囲で頑張るしかないけどな。
一応、今日は夜明け前から活動していたわけじゃないから、そこまで体力の消耗はないはずだ。
まあ、イレギュラーな戦闘とかなければ、だけど。
…………ないよな?
いいかげん、平穏に一日が終わるのって大事だと思うんだよ、うん。
冷静に振り返ってみると、ほぼ毎日面倒事というか、変な戦闘に巻き込まれているし。
というか、昨日は町の外には出ていないんだぞ?
何でこんなことになってるんだろうな?
振り返って、そっと心の中でため息をつく俺。
そんな胸のうちはさておき。
ここから先の予定を進めるべく、ケイゾウさんたちに畑の見張りに関しては任せて、俺とルーガとなっちゃんはその場を後にするのだった。
というわけで、冒険者ギルドでアルガス芋を引き取ってもらって。
代わりに『湧水』を一定量購入した。
一応、『湧水』に関しては、みんなに行きわたるように、一人当たりの購入量は上限が決められているのだとか。
まあ、洗濯とか身体を洗うのに必需品だからな。
とりあえず、なっちゃんもひとり分に換算して、三人分を購入した。
これも、ルーガとなっちゃんも分については、畑仕事の手伝いの報酬の一部になっていたりする。
「はは、随分とたくさん芋を作ったな、セージュ。まったく大したもんだ」
一日休んだだけで、状況が大分変わったじゃないか、とグリゴレさんが笑う。
どうやら、俺に関することはラートゲルタさんから一部引き継ぎがあったらしく、昨日の大雑把な情報については、グリゴレさんも把握していたのだ。
もちろん、秘密系に関する部分は内緒だけど。
ちなみに、グリゴレさん、昨日は奥さんと子供さんと一緒だったそうだ。
まだお子さんが小さいらしくて、例の町の外への遠征には行っていなかったのだとか。
「あ、そういえば、その『遠征』ってどうなったんですか?」
確か、ラルフリーダさんたちも、早急に町に戻ってもらうように頼むとか言ってなかったか?
そう、グリゴレさんに尋ねると。
「ああ。何でも、今伝達を送っているらしいぞ。連絡が着き次第、ギルマス達も町へと戻って来るだろうな」
「そうなんですね」
「はは、これでようやく俺もお役御免かと思ったら、担当が一気に増えすぎて、正規の職員がひぃひぃ言ってるんでな。しばらくは受付をやってくれって言われたぞ」
いっその事、俺も冒険者ギルドの正職員を目指してみるか、とグリゴレさんが笑う。
少なくとも、食いっぱぐれる心配はなさそうだよな。
ただ、冒険者ギルドの場合、正規の職員になるのに、けっこう難しい試験とかもあるのだそうだ。
ふーん?
その辺は、すんなり所属できる教会とは違うんだな?
「まあな。俺も詳しくは知らないが、システム上の問題だそうだぞ? そもそも、そういう取り決めをしたのも、元はと言えば、教会の教皇さまだそうだしな」
「へえ、そうなんですか?」
そういえば、冒険者ギルドも元は教会の下、だもんな。
というか、教皇さまって、教会で一番偉い人のことか?
その手の話は初めて聞いたような気がするな。
「教皇さまって、教会本部にいるんですか?」
「らしいな。あんまり人前には姿を見せない、って話だけどな。ま、その辺は色々とあるんだろ? 俺みたいな一介の冒険者が気にしても仕方ないことさ」
結局のところ、グリゴレさんも教会に関して詳しいことは知らないのだそうだ。
そもそも、この辺に住んでいると、あんまり教会本部の方とは縁がないみたいだし。
「そっちはカミュとかに聞いた方がいいぞ」
「そうですね、次に会った時にでも聞いてみます」
その時に俺が覚えていたら、だけどな。
そんなこんなで、少しばかりグリゴレさんと世間話をした後、俺たちは冒険者ギルドから、次の目的地へと向かった。




