第149話 農民、湯沸し魔道具を試す
この『湯沸かしのタリスマン』を試してみた結論としては、だ。
魔力が補充されている状態なら、それなりの量の水をお湯へと変化させることができることがわかった。
まず、ヴェルフェンさんから分けてもらった『湧水』の入ったバケツで試してみたところ、その中があっという間にお湯へと変化したのだ。
「けっこう、火力が強いのにゃ? 一瞬で熱湯になるのは、お風呂屋さんで使うなら、ちょっと工夫が必要かもしれないにゃ」
「そうですね。今度はぬるめのお湯にすることができるか試してみますね」
一応、アイテムの説明文はこんな感じだしな。
【魔道具アイテム:日用品】湯沸かしのタリスマン
火属性の魔石で作られたタリスマンに、水属性の魔粉を定着させて、水を温める機能を特化させた魔道具。通常の火の魔石を使うよりも、温度調節がしやすくなっている。
ただし、火力はほどほど。
温めたい水に触れて使うことで、お湯を沸かすことができる。
完全に魔石の中の魔力がなくなってしまうと、石自体が砕けてしまうことがあるので、補充をお忘れなく。
これでも火力はほどほどなのか?
まあ、火の魔石の場合、サティ婆さんの家にあったものでも、そのまま火が出る発火装置だったから、炎を発生させるのに比べれば、火力が低いのかもしれないけど。
ともあれ。
今度は汲んできた井戸水を使って、お風呂としてちょうどいいぐらいの温度のお湯を目指して使ってみた。
「これならどうでしょうかね?」
「うーん……あっ! ちょっと熱いくらいだにゃ。たぶん、これで四十二、三度ぐらいだにゃ。なるほどにゃ、使い手が意識すると、弱めにも使うことができるみたいだにゃ」
「なんだい? セージュにルーガにヴェルフェンになっちゃんも。洗濯物も置きっぱなしで何をやってるんだい?」
「あ、サティ婆さん」
俺たちがお湯を沸かす魔道具を色々試していると、サティ婆さんもやってきた。
確かに、傍から見たら謎の行為だものな。
なので、サティ婆さんにも、今までの話を説明する。
「ふうん? お風呂ねえ? そんなに温かいお湯に浸かるのがいいのかい?」
「ええ。俺たちがいたところの文化ですね」
「そうだにゃ。お湯にゆっくり浸かれるお風呂。これは譲れないのにゃ!」
「そういうものかねえ?」
どうやら、サティ婆さんにとってはお風呂の習慣はあんまりピンと来ないらしい。
冷水でも身体を清められるんだから、それでいいんじゃないかい?
そういう感じらしい。
確かに、ここまで風呂釜にこだわるのって、俺たち日本人ぐらいだろうけどな。
でも……だ!
ここがゲームの世界だとしても、可能性があるのならチャレンジするってのは当然だと思うのだ。
火山大国ニッポン。
その、温泉や風呂に対する情熱は、並みじゃないってな。
そう考えると、料理もそうだけど、お風呂文化も日本人って、異常なくらいにそっちへの執着があるよなあ。
たぶん、その辺もDNAに刻まれているんだろう。
あ、そうだ。
サティ婆さんがいるならちょうどいいや。
ひとつ聞いておきたいことがあったのだ。
「あの、サティ婆さん。この魔道具について、ちょっと聞いても良いですか?」
「いいよ。あたしに答えられることだったらね」
「ありがとうございます。あの、この魔道具って、使いすぎると壊れるかも、って説明があるんですけど、壊れるか壊れないかの限界って、どうすればわかりますか?」
魔道具に関しては、サティ婆さんの家にいくつかあるものな。
このタリスマンの残魔力とかについても、知っているんじゃないか、って。
そんな俺の質問に対して、サティ婆さんが頷いて。
「そうだねえ、このタリスマンみたいに、魔石が軸となった魔道具の場合はちょっと横から中の方を見てみるといいんだよ――――ほら、この辺りだね」
「ここですか?」
「あっ、ちょっと色が濃くなってるのにゃ」
サティ婆さんが指差したところを見ると、確かにヴェルフェンさんが言っているように、赤い魔石の色がグラデーションのように濃く、黒くなってきているのが確認できた。
「魔石の場合、魔力が行き届いていればいるほど、鮮やかな純色になるんだよ。火の魔石の場合は、きれいな真紅だね。それが、魔力を消費するにつれて、段々とくすんだ黒へと変化していくってわけさ」
「あ、黒くなるとダメなんですね?」
「そういうことだね。完全に真っ黒になってしまうと、後はそのまま砕けるだけだよ。だから、色がくすんできたら、要注意ってわけさ」
なるほど。
要するに、魔素がしっかりと充填された状態だと、魔石に色がきれいで輝いているってわけか。
そう、俺たちが納得していると、サティ婆さんが苦笑を浮かべて。
「ただし、魔素の充填しすぎもあんまり良くないから、そっちも気を付けるようにね。魔石が白く輝きだしたら、それは魔素が容量を超えそうになってるってことだから、その場合も石が砕けるからね」
「なるほどにゃ。加減が必要ってことなのにゃ」
ふうん。
けっこう、取り扱いが難しいんだな、魔石って。
ただ、サティ婆さんの説明から判断すると、このお湯を沸かす魔道具って、そこまで大量のお湯を沸かすことはできないようだな。
バケツ数杯分で、早くも色が変わって来てるってことは、本気でお風呂屋さんを経営するにはちょっと心もとないものな。
「これだと何人か入ったら、それで終わりかあ……ちょっと厳しいかな」
「となると、もっと数が必要になるってことだにゃ? うーん、先が長そうだにゃ……」
「ふふ、まあ、魔道具は貴重だからねえ。だから、その、お風呂屋さんかい? そういうのはこの辺じゃ存在しないんだろうし。せめて、もうちょっと大きめの魔石なり魔晶石があれば別だろうけどね?」
「……えっ!?」
いや、ちょっと待って、サティ婆さん。
たぶん、難しいって意味で言ったんだろうけど。
俺、今、魔晶石なら持ってますよ?
「ああ、そういえば、セージュは例のやつを倒したんだったねえ。でも、それだったらなおさら、他の魔道具を作るのに使った方がいいよ? それなりに高品質の魔晶石なら、もっといい魔道具の材料にもできるはずだよ」
だからもったいない、ってことらしい。
ミスリルゴーレムの核となると、普通にお金を出して買えるような代物じゃないってことらしいな。
ただ、逆に言えば、それを使えば、お風呂屋さんも夢じゃないってことで。
「サティ婆さん、どうすれば、この魔晶石を使えるようになります?」
「えっ!? 本気で、お湯を沸かす魔道具に使うつもりかい? ……うーん、そうだねえ、セージュにその気があるのなら、まあ、止めはしないけど……この町だったら、ペルーラちゃんに相談してみるといいよ。あの子は本職の魔道具技師じゃないけどね、それでも、ドワーフの中なら、そっち系の資質が高い子だからね」
なるほど。
ペルーラさんに聞いてみるといいのか。
普通だったら門前払いだろうけど、セージュなら大丈夫だしねえ、とサティ婆さんが笑みを浮かべる。
「にゃにゃ!? ドワーフって、町外れの鍛冶工房かにゃ!? まさか、セージュにゃん、あそこにも入れるのかにゃ?」
「ええ、色々とありまして、まあ」
そっちも秘密系のクエストに絡んでいますが、と謝る。
まあ、あれに関しては、結果的に秘密系になっただけで、本当のところはペルーラさんが『鍛冶修行』に関することを広められるのが嫌なだけだけどな。
あ、どっちにしても、秘密系か?
「何人かがちっちゃなドワーフの女の子に叩き出されたってのは聞いてたのにゃ。まさか、あの工房に入れる迷い人がいたなんて驚きだにゃ」
「一応、俺以外にも数人はいますからね」
十兵衛さんとファン君とヨシノさんは許可を得ているし。
たぶん、許可のための条件は、俺たちがやった以外にも転がっているような気がするのだ。
情報を広めたのがばれると嫌われそうだから、詳しくは話せないってだけで。
「……やっぱり、セージュにゃんは恐ろしい子なのにゃ」
そもそも、お婆ちゃんを紹介してくれたのもセージュにゃんだし、と少しだけ呆れ顔のような表情を浮かべるヴェルフェンさん。
でもなあ、言い訳させてもらえれば、俺も知らないクエストなんていっぱいあるわけだし、この町でもヤマゾエさんとかは、隠しクエストを複数抱えてるって話だし。
他のスタート地点に目をやれば、レジーナ王国で騎士団に所属してるユウとか、アーガス王国で秘密系のクエストをこなしてるラウラとか、俺以外にも我が道を行っている迷い人って多い気がするんだよな。
ヴェルフェンさんだって、川の中とか、水中をすいすい進めるわけだし、そっちに関しては、俺とかじゃ太刀打ちできないから、結局のところ、自由度が高いってだけで、個別のイベントとかはあちこちに転がってるんだよな、このゲームって。
だからこそ、新しいことを見つけるのが楽しいのだ。
たぶん、攻略組がWikiとかに情報を網羅してしまって、それを見ながらプレイするのとは真逆の楽しさだよな。
そもそも、『PUO』の場合、運営がどんどん微調整をかけてくるみたいだし、ちょっと変わったことをすれば、それがそのままクエスト化されるみたいだし。
だから、ヴェルフェンさんも自由に行動すれば、面白いことになりますよ、とだけは答えておく。
その言葉にヴェルフェンさんも笑顔を浮かべて。
「うん! にゃあも自分だけのクエストに出会えるように頑張るのにゃ! とまあ、それはそれとしてにゃ。お風呂屋さんの件については、色々と動いてみるのにゃ」
やっぱり、お風呂については捨てがたいから、と。
だから、その件について進展があったら、お互い連絡することで合意した。
俺は、ペルーラさんの工房に行った時に、この魔道具を改造できるかどうか、そっちの確認作業などをして。
ヴェルフェンさんは、宿屋を建てるクエストの方へと働きかけしてみる、とそういう感じで。
そんな俺たちのやり取りを、横でサティ婆さんがニコニコしながら見つめて。
ルーガとなっちゃんは、どこまでわかっているのかいないのか、のほほんとして。
そんな感じのまま、テスター五日目の朝は始まるのだった。




