第148話 農民、魔猫さんと話をする
「あ、セージュにゃんにルーガにゃん、朝から頑張ってるのにゃ」
「あ、ヴェルフェンさん、おはようございます」
「おはよう」
「きゅい――――♪」
「にゃはは、おはようなのにゃ。それにしても、朝から洗濯なのかにゃ?」
「ええ。昨日は、疲労限界でベッドについたところで、そのままログアウトしてしまいましたからね。おかげで、ベッドシーツが泥だらけですよ」
俺たちが洗濯していると、ヴェルフェンさんが大きな伸びをしながらやってきた。
ちょうど、今しがたログインしたそうだ。
お腹が空いたから、食堂でスープを飲むって笑ってるし。
「ふふ、セージュにゃんも、疲労限界かにゃ? そういう話は何人かから聞いていたのにゃ」
「あ、そうなんですか?」
あ、どうやら、ヴェルフェンさんにとっては、当たり前の情報だったらしい。
俺が疲労限界で強制ログアウトされたことを伝えると、他の迷い人さんの中でも何人かが、そのような状態に陥ったのだとか。
「まあ、『けいじばん』でも触れられていたしにゃ」
「あれ? そうだったんですか?」
ありゃ。
それは俺も迂闊だったなあ。
でも、一応、雑談スレッドに関しては、一通り目を通していたつもりだったんだけどな。
どこかでそれを見落としたらしい。
「あ、そういえば、雑談スレッドには移してなかったかにゃ? 戦闘修行系のスレッドで、ビリーにゃんがそう言ってたのにゃ。セージュにゃんは、戦闘関連のスレッドは見てないのかにゃ?」
「あー、俺、あんまりそっちは見てなかったですね。どちらかと言えば、生産系のスレッドとかが多かったですし」
「そうなのかにゃ。まあ、セージュにゃんは今、畑の方を頑張ってるしにゃあ」
それも仕方ないのにゃ、とヴェルフェンさんが頷く。
一応、他の人の眼にも届くように、雑談スレッドに情報をまとめておく、って。
確かに、この疲労限界に関しては、かなり重要な情報だしな。
下手をすれば、あっさり死に戻るだろうし。
「でも、さすがに戦闘メインでないと、疲労限界でログアウトしたって話はあんまり聞かないのにゃ。セージュにゃんがそうだってことは、殊の外、畑のクエストって身体を使うってことじゃないのかにゃ?」
あんまり、無理しないように、とヴェルフェンさんが苦笑を浮かべる。
工房で半日、生産作業に従事していても、さすがにそれだけで体力の限界に到達したって話は聞かないのだそうだ。
そもそも、工房で雇われた場合、雇い主が見ているから、疲れてないかぐらいの判断はできるので、そこで作業終了ってことになるのだとか。
へえ、生産職の見習いって、そんな感じになってるんだな?
たぶん、俺とかもペルーラさんのところで修行することになったら、そういうこともあるのだろう。
サティ婆さんの場合、『とりあえず、あんたたちでやってみな』的な部分が大きいから、その辺は放任主義って感じだけど。
薬師の場合、それぞれが技術を秘匿するのが当たり前だから、それも仕方ないのかも知れないけどな。
さておき。
俺が意識を失ったのも、畑作業と戦闘連打のコンボが原因だろうな。
正直、ここ数日では一番、土魔法に関しては無茶な使い方をしたのが昨日だし。
さすがに、そのことについては、ヴェルフェンさんにも言うわけにはいかないので、畑仕事が大変だったということでぼかす。
結果として、ヴェルフェンさんからも『あんまり大変だったら、声をかけてくれたら、にゃあも手伝うのにゃ』と言われたのが少し申し訳ない。
それはそれとして、戦闘に関するスレッドとかも目を通した方が良さそうだな。
何気に『けいじばん』巡りって、時間泥棒だから、それなりで終わらせてしまうんだけど、一応、向こうに帰った後も見れるから、重要そうなところは一通り見ておいた方がいいかもしれない。
「でも、この洗濯って手洗いなんですね。ある意味新鮮ですよ、洗濯板使うのって」
「うん? これが普通だよ?」
ルーガは洗濯板を使った洗濯に慣れているらしく、これに関しては逆に俺が使い方を教わっている状態だ。
洗濯板はサティ婆さんから借りて、あと、石鹸らしいものは見当たらなかったので、結局水洗いしているだけなんだけど。
それを見た、ヴェルフェンさんが首を傾げて。
「セージュにゃん。これ、普通の水じゃないのかにゃ?」
「えっ? いや、それはそうですよ。井戸水ですよ」
「違うのにゃ。あれ? お婆ちゃんからやり方を聞かなかったのかにゃ? 洗濯する場合、この町だと、お店で売っている『湧水』を使うのにゃ。あれだったら、身体を清める時にも使えるし、洗濯物もあっという間にきれいになるのにゃ」
「えっ!? そうなんですか!?」
あ、そうか。
そう言えば、『湧水』の話は聞いたことがあったよな。
このオレストの町の場合、北の『森』の泉で汲むことができる『湧水』が石鹸の代わりのようになっているのだそうだ。
布を濡らして、それで身体を拭けば、きれいになるし、モンスターとの戦いで汚れた衣類なんかもその『湧水』で洗濯すれば、あら不思議。あっという間にきれいに。
という感じらしい。
たぶん、それも『魔境』の特殊効果がある水なんだろうな。
今となっては、そんな感じがするし。
『ヴィーネの泉』の『湧水』。
それが冒険者ギルドなどで売っているらしい。
「たぶん、セージュにゃんも、にゃあと一緒でステータスの『数値化』をしてないんじゃないかにゃ? あれを『数値化』する設定だと、身体や装備品なんかの清潔度とかも数値で現れるようになるのにゃ。だから、そっちの要素もあるから注意しないと、って話だったのにゃ」
ヴェルフェンさんが詳しく教えてくれた。
あと、自分のアイテム袋から、その『湧水』を分けてくれた。
あ、水を汲んだバケツみたいなのもアイテム袋に入れられるんだな?
水と言えば、ジェムニーさん印の『お腹の膨れる水』だったから、その手のペットボトルみたいな容器じゃないと入れられないと思ってたよ。
「ありがとうございます、ヴェルフェンさん」
「にゃふふ♪ こういうのは助け合いなのにゃ。というか、セージュにゃんたちの場合、もう濡らしちゃってるから、今から『湧水』を買いに行ったら大変なのにゃ」
だから気にするにゃ、ってヴェルフェンさんが笑う。
やっぱり、女性の迷い人さんたちにとっては、この『湧水』ってかなり重要な要素らしいのだ。
この町には温泉がないし、外で水浴びするのも抵抗があるから、これを使って身体を拭いたりするのが関の山なのだとか。
あ、温泉か。
そういえば、すっかり忘れてた。
俺、今これを持ってたんだっけ。
「うにゃ? セージュにゃん、その綺麗な石細工みたいなのは何かにゃ?」
「あ、これ魔道具です。『湯沸かしのタリスマン』って言いまして、火属性の魔石でできているそうなんです。これを使うと、お湯を沸かすことができるみたいですよ?」
「――――にゃにゃにゃ!? ちょっと待って!? それ大ニュースだよ!? お湯を沸かす魔道具なんてあるの!?」
あっ、ヴェルフェンさんってば、キャラ付けのにゃん語尾が消えちゃったぞ。
どうやら、それどころじゃないぐらいにびっくりしたらしい。
いや、あの、俺の両腕をつかんでいる力が強いですよ?
というか、痛い。
ヴェルフェンさんって、魔猫種って種族だったから、そっちの力とかも強いのかね?
何となく、現実逃避ぎみにそんなことを考える。
「えっと……でも、お湯を沸かすなら、サティ婆さんの家の台所でもできるじゃないですか。便利は便利かもしれないですけど、俺もまだ買ってから使ったことがないですし、どういう風な効果があるのがわからないんですよ、まだ」
とりあえず、興奮気味のヴェルフェンさんにそう説明して、少し落ち着いてもらう。
本当は、昨日の夜、帰って来た後で試すつもりだったんだよな。
これが、本当に触れた水をお湯にできるのなら、五右衛門風呂みたいなことは簡単にできちゃうからなあ。
でも、その前の俺の体力が尽きてしまったわけで。
だから、まだこの魔道具を試す機会がなかった、とそう伝える。
「ああ、そうよね……じゃなかった。別にセージュにゃんが隠したくて隠してた、ってわけじゃないってことにゃ?」
「はい。俺もこっちでもお風呂に入れたらいいな、って思ってましたから。うまく行ったら、『けいじばん』で報告するつもりでしたよ?」
魔道具自体は、キャサリンさんのお店で売ってるし、そこは別に秘密系のクエストがらみじゃないものな。
ただ、それなりにクエストを達成した上で、所持金が一定以上じゃないと、販売してもらえないってだけで。
とりあえず、少しヴェルフェンさんも冷静になってくれたので、改めて、この魔道具についても説明しておいた。
俺の場合は、秘密系のクエスト絡みで販売許可を得たので、普通のクエストの場合、どのぐらいこなせばいいのかはわからない、とは付け加えておいたけど。
「ちなみにこれひとつで、五十万Nになりました」
「にゃにゃ!? 噂には聞いてたけど、魔道具って随分高いのにゃ。というか、セージュにゃんはそんなに稼いでるのかにゃ?」
「ええ、まあ」
色々ありまして、とだけ言っておく。
ただ、俺と同じ稼ぎかたはできないと思うけどな。
あ、待てよ?
今って、鳥モンたちとラルフリーダさんが連携をとってるんだよな?
もしかすると、他の『狂化』モンスターの討伐クエストとかが冒険者ギルドでも発布されるかもしれないよな。
リスクは大きいけど、そっちを狙う方がお金が稼げるか。
……あっ!?
そこで俺はまずいことを思い出した。
「でも五十万かにゃあ……確かに大金だけど、迷い人同士でお金を出し合えば、不可能じゃないかも……」
「あの、ヴェルフェンさん」
「何かにゃ?」
「大変言いにくいのですが、これ、俺が買った後で品切れになってます」
「……本当かにゃ?」
「ええ。補充がされてなければ、です」
言いながら、多分、補充されてないだろうな、とも思う。
何せ、この手の魔道具って、アリエッタさん経由で売買されてるんだろ?
そのことに関しては、商業ギルドでカガチさんからも聞いたから、たぶん間違いないはずだ。
それを聞いて、一気に落胆するヴェルフェンさん。
うーん。
さて、困ったな。
こうなってくると、俺が独り占めしている状態になりかねないよな?
たぶん、それはよろしくないし。
さっき、ヴェルフェンさんも言ってたけど、こういうのって助け合いが大事だしな。他の迷い人さんにとってもプラスになって、俺にとってもプラスになることって何だろうか。
少し、考えた後、俺はこう切り出した。
「ヴェルフェンさん、俺の魔道具を使って、風呂屋みたいなものは作れないですかね?」
「えっと……風呂屋かにゃ?」
「はい。これを使って、お湯を沸かす、共同浴場みたいなものはできないものかと思いまして。ほら、確か、今って、迷い人向けの新しい宿屋を建設中なんですよね? それに合わせて、中にお風呂場とか組み込めませんかね?」
あれ?
思い付きで言ってみたけど、この案は悪くないよな?
その時に、入湯料みたいなものを俺が受け取れば、魔道具を共同で使う風にしても、損はしないだろうし。
商業ギルドとかで相談すれば、きちんとした商売になるんじゃないか?
「それは面白いのにゃ。というか、セージュにゃんにお金が入るようにすれば、みんなが気兼ねなく利用できるようになるはずにゃ」
「ちなみに、宿屋を建てるクエストに参加している人っていました?」
「ビリーにゃんが参加するって言ってたにゃ。他にも何人か、生産系で興味を持ってる人がいたはずにゃ。にゃにゃ、セージュにゃん。この話を『けいじばん』に流してもいいかにゃ?」
「はい、いいですよ。俺もちょっと、この魔道具がどこまで使えるか試してみますから」
「ありがとうにゃ! ふふ、もし効果がそこそこでも、お風呂がかかってるなら、全力で魔法屋さんを探すことにするのにゃ!」
あー、そっか。
効果がそれなりでも、数を揃えれば、十分にお風呂屋として使えるものな。
何か、この調子だとアリエッタさん捜索隊が結成されそうな勢いだよなあ。
そんなことを思いながら。
『けいじばん』へとヴェルフェンさんが吹き込んでいる横で、俺は魔道具のチェックを試みるのだった。




