第147話 農民、洗濯をする
「おや、セージュや、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「おはようございます。はい、おかげさまで」
テスター五日目。
ようやく、ログインができるようになったので、向こうで朝食を済ませてから、そのまま『PUO』の世界へと戻ってきた。
まず、戻って来て早々に行なったのは、『お腹が膨れる水』を飲むことだった。
というか、やっぱり感覚としてはちょっと変な感じなんだよなあ。
向こうでは食事をして、お腹いっぱいなのに、ログインした直後のこっちの身体はものすごくお腹が空いているってのは。
何となく、一日のスケジュールの中で二倍ごはんを食べている感じがして、五日目になってもまだ慣れないのだ、これ。
あとは、いつものログインと少し違っていたのは、服装が泥だらけだったってことだよな。
そのまま、ベッドに倒れ込んでしまったらしく、ベッドのシーツみたいな布もちょっと泥まみれになっちゃってるし。
それについては反省だ。
なるべく、体力を残した状態で戻ってこないと、こういうことになるわけだ。
結局、買ってきたばかりの服に着替えて、泥だらけの服とベッドシーツに関しては洗濯することにした。
ちょうど、ルーガとなっちゃんの様子も心配だったので、ふたりが休んでいる部屋にも行ってみたところ、案の定、ふたりとも、夕食は取らずに眠ってしまったらしく、朝起きた時にはすごくお腹が空いてしまっていたとのこと。
ただ、俺が来るちょっと前に目が覚めていたらしく、そのことをサティ婆さんに伝えて、少し早めに朝ごはんのスープをもらって飲んだのだそうだ。
『なっちゃんは、そんなにお腹空いてなかったみたいだよ』
『きゅいきゅい!』
どうやら、なっちゃんはけっこうな量の『お腹の膨れる水』とルロンチッカ草を食べていたおかげで、それが夕食って形でカウントされたらしい。
ルーガと違って、目覚めも快適だったみたいだし。
ただ、それはそれとして、ルーガが着ていた服も泥だらけだったので、朝、俺と出会った時点では、もうすでに昨日買ったばかりの新しい服に着替えていた。
暖色を基調とした、ドレスっぽい感じの服な。
改めて、ルーガが身につけているのを見ると、ちょっとしたフランス人形っぽい感じの印象を受ける。
うん。
可愛いって言えば可愛いけど、これで、モンスターと戦ったりするとか畑仕事するのには絶対に不向きな服装ではあるよな。
さすがに、この服を汚したり破いたりしたら、作ったキャサリンさんにも怒られそうな気がするし。
なので、俺とルーガが元々着ていた服なんかを洗うために、家の脇にある洗い場へと行く途中で、サティ婆さんと遭遇したってわけだ。
「すみません、ベッドのシーツも汚してしまったので、今から洗いますから」
「洗濯してくれるんなら、あたしゃ全然構わないよ。それにしても、昨日は随分とお疲れだったみたいだねえ? そのまま、夕食も食べずに寝ちゃったようだしね。ふふ、それにね、さっき、ルーガたちがスープを飲んでる時に、色々と話は聞かせてもらったよ」
「うん、色々あって面白かったよ」
「きゅい――♪」
随分と大変だったねえ、とサティ婆さんが苦笑して、それにルーガとなっちゃんが頷く。
だから、シーツを汚したぐらいは気にしなくていい、って。
要は、俺たちがきちんと自分で使っている分を洗っておけばいいってことだな。
それはいいんだが。
ルーガとなっちゃん、どこまでサティ婆さんに話したんだ?
昨日の出来事って、ラルフリーダさん絡みのことが多かったから、どこまで話していいのか、けっこう微妙な内容だったと思うんだが。
「一応、セージュがギルドとかで話してたのを真似たよ? お婆ちゃん、大体の事情は知ってたみたい」
「ふふ、まあねえ。むしろセージュたちがそこまで知っていたことに驚いたよ? よっぽど、ラルさんたちに気に入られたようだねえ」
なるほど。
サティ婆さんはすでに『グリーンリーフ』に関する情報については、把握済みか。
なので、他の同居しているテスターさんたちもまだ寝ていたので、ルーガたちもそのまま、昨日の話をしたそうだ。
「ルーガの衣装もかわいくなってたしねえ、どうしたんだい、その服ってことから、後は色々とだね」
「お婆ちゃん、コッコさんたちについても知ってるって」
「あ、そうなんですか?」
あ、それはいいなあ。
今から畑に行って、鳥モンたちと合流することになってるけど、事前に情報を得られるのはありがたいよな。
なので、サティ婆さんに詳しい話を尋ねてみた。
「コッコさんって、どういう鳥モンなんですか?」
「ふふ、鳥モンって、鳥系モンスターのことかい? セージュも面白い呼び方をするねえ。まあ、それはそれとして、コッコ種ってのは、鳥系のモンスターの中でも世界中のあちこちに生息している鳥のことさ。その土地土地によって、種類とかはまちまちだけどね。この町の側だったら、『迷いの森』の奥とかに住んでいるオレストコッコと呼ばれる種が多いね」
「オレストコッコ、ですか」
あ、そういえば、チドリーさんもそんなことを言ってたか。
ただ、サティ婆さんによると、一口にコッコ種と言っても、本当に色々なタイプの鳥がいるのだそうだ。
「確か、種類によっては空を飛べるコッコもいるけどね。中央大陸で生息しているコッコの多くは、走るのが得意な種が多いようだねえ。北の『森』の中を勢いよく駆け抜けているコッコたちと遭遇するのはよくあることだよ」
「つまり、そのオレストコッコも、走るのが得意ってことですね?」
「そういうことさ。あと、コッコ種を語る上で、特殊な能力ってやつがあってね。コッコ種は種族スキルの中に、『相互召喚系』のスキルがあるんだよ」
「『相互召喚系』、ですか?」
あ、それは今まで聞いたことがない言葉だな。
ただ、昨日、ベニマルくんから、『家』の話も聞いていたから、召喚って言葉に関しては、何となくわかる気がする。
呼ぶとか、そういうことも言ってたしな。
「そうだよ。コッコ種は一羽でいる分には、穏やかで大人しい種族なんだよ。意外と人懐っこいところもあるしね。気に入った相手にはたまごを分けてくれたりもするしね」
「あっ! たまごですか!」
それはちょっと嬉しい情報かも。
というか、話を聞けば聞くほど、このコッコ種って、ニワトリのことだよな?
どう考えても、そのイメージしか浮かばないぞ?
「ふふ、コッコのたまごも薬師にとっては貴重な素材になったりするんだよ? もちろん、他の鳥系モンスターからもたまごを得られたりもするけど、コッコのたまごってのは特別製でね。殻自体に保護の効果があるから、割れない限りはかなり長期間にわたって、中身は新鮮なままで維持されるのさ」
もっとも、長すぎたりすると雛がかえったりもするけどね、とサティ婆さん。
一応、雛が生まれないたまごもあるみたいだから、その辺は、有精卵と無精卵があるのかも知れないな。
他の鳥モンたちのたまごと比べても、コッコ種のたまごってのは品質が高いのだそうだ。
「それだけに、色んな種族から狙われたこともあってね。それで怒ったコッコ種たちは、特殊な種族スキルに目覚めたって聞いてるよ。それが『相互召喚術』だね。同族が何か命の危機に陥ったり、何者かに襲われて助けを求めた時、世界中のあっちこっちにいるコッコ種たちが、その助けを呼ぶ叫びに応じて、召喚されるんだよ」
へえ、なるほどな。
そういう感じの能力があるのか。
だから、コッコ種に遭遇した時の不文律として、『コッコを虐めてはいけません』というのがあるらしい。
サティ婆さんの話だと、オレストコッコは、大きくても両手で抱えられるぐらいの大きさだけど、他のコッコ種の場合、その全長が大きな樹ぐらいの個体もいたりするそうだ。
たぶん、数メートルから数十メートルぐらいのコッコかあ。
うん?
ちょっと待てよ?
そんなのを召喚できるコッコを町の中で飼うのって、かなり危なくないか?
俺がそう尋ねると。
「ふふ、だからこそ、コッコの場合、『家』が必要になるのさ。基本、『家』がある近くにある場合、そこのポイントを使って、他の場所へと飛んで逃げることができるからねえ。万が一何かがあった場合でも、まず、最初にそういう手段を使うのがわかっているから、だからこそ、コッコには『家』が必要なんだよ」
「あ、そうだったんですか。要するに、追い詰めないように、ってことですか?」
「そうそう。あくまでも、無差別に召喚しまくるのは最後の手段だからねえ。そこまで追い込んだり、虐めたりしないのが大事ってわけさ」
ふむふむ。
窮鼠猫を噛むというか。
あんまり、コッコを追い込まないことが重要、と。
それと、町の中でコッコ種と一緒に暮らす場合は、必ず『家』を作らないといけない、ってのが条件化しているのがよくわかったよ。
うーん。
となると、これ、家を建てるのを先送りにするのはまずいよなあ。
ちょっと、今日もビーナスの畑に顔を出したついでに、ラルフリーダさんたちからも話を聞いておく必要があるな。
もし、畑にニワトリがいるのを見つけたら、俺たち迷い人だったら、普通に近づいてみたりするだろうしなあ。
コッコに関しての情報を『けいじばん』で流してもいいかは確認しておかないとまずいことになるかもしれない。
あ、そうだ。
「サティ婆さんは、家を建てたりしたことって経験あります?」
「ふふ、あたしゃ、そういうのはあんまりやらないねえ。得意な人に任せるのが無難だからねえ。ただ、基礎とか土台とか、あとは建物の強度をあげたりするのに、薬師の作った薬品なんかを使ったりもするから、そっちを手伝うことはできるよ」
「あ、そうなんですか?」
それは良いことを聞いたかもしれない。
薬師の作る薬品には、家を建てるのに関係するものもあるんだな?
ふむふむ、それはしっかりと覚えておこう。
まあ、それはそれとして、今からやるのは洗濯だけどな。
さすがになっちゃんに土魔法で手伝ってもらうわけにもいかないもんな。
なので、サティ婆さんと別れた後、俺とルーガは洗い場の方でせっせと自分の汚れ物の洗濯に勤しむのだった。




