第145話 農民、強制ログアウトされる
「ああ、それはゲーム内疲労による強制ログアウトの状態ですね」
「強制ログアウト、ですか?」
本日のプレイはこれ以上できない、ということを聞かされて、俺は『PUO』専用の機械の中から外へと出た。
そこで、バイタルチェックなどをしながら、一色さんから聞かされたのが、ゲーム内での疲労限界によるログアウトの話だった。
要は、向こうの俺が身体が限界以上に疲れていたってことらしい。
その場合は、ゲーム内で意識を失うのと同時に、ログアウト状態になってしまうのだそうだ。
「ですが、イツキ様の場合、きちんと安全な建物内のベッド上にて、気を失われておりますので、何とか、本当の意味での、強制的なログアウトは免れたようですね。通常のログアウトでの消耗だけで抑えられそうです」
「あ、そうですか。それは良かったです」
ふぅ、危ない危ない。
何とか、ベッドまでたどり着けて良かったよ。
俗にいう、寝落ちというか、泥のように眠った状態らしい。
こうなってしまうと、当日中に再ログインすることはできないので、今日のところはこれ以上のプレイは諦めてくれ、ってことらしいな。
うん。
こういうケースは初めてだったので、少し驚いたけど、ゲーム内の身体でも無理をすると意識を失ったりするんだな?
いや、まあ、今日の行動はそれなりにハードだったし、あの鳥モンスターの襲撃に関しては、本当に生きて乗り切れたのが不思議なぐらいなので、そういうこともあるだろうな、とは思ったけどさ。
気がかりな点がひとつ。
……俺が疲れ果ててるってことは、ルーガとなっちゃん、大丈夫だったのかね?
結果的に、朝の自重はどこへやら、だ。
今日も今日とて、全力でプレイしてしまったよなあ。
うーん……いや、ルーガの方が俺よりも身体のレベルは高いから、案外、あのメンバーの中で一番ばてやすいのは俺なのかも知れないよな。
とは言え、年下の女の子に無茶させるのはよくないから、今日の件については反省して、明日以降は本当に気を付けることにするぞ。
「こっちの肉体は疲れてないんですけどね」
「ええ、その辺りがVRMMOをプレイする上での注意点のひとつですね。イツキ様にとっては、どちらの身体も大切なものであることを意識してください。ゲーム内であるから、無茶をしてよい、というわけではないのです。『現実』と『ゲーム』、どちらの身体にも限界があることを、きちんと思い返すようにしてくださいね」
長時間のプレイが危険だとされる理由のひとつです、と一色さんが忠告してくれた。
どちらの身体も、まるで区別がつかないようなリアルさのため、ログインとログアウトを繰り返すことによって、錯覚を起こすことがあるのだそうだ。
『今の自分がいるのは、どっちの世界であるのか?』
それが曖昧になるという錯覚だ。
要するに、どちらの世界が本来自分のいた世界なのか、その区別についての問題だな。
例えば、何度も『死に戻った』り、今の俺のような意識消失を繰り返すことで、記憶が途切れる時間が生じてしまう。
それによって、最初に自分がどちらにいたのか、一瞬わからなくなってしまうことが起こったりもするらしい。
ログインしたり、ログアウトしたりする時に生じる、まどろんでいるかのような感覚を伴った時間。
あの、眠りについて、夢を見始めるような感覚までのわずかな『空白』。
それこそが、記憶が途切れる瞬間だと、一色さんは語る。
だからこそ、と。
「もちろん、イツキ様が今はっきりと理解されているように、こちらが現実です。ですが、リアルすぎる仮想空間というものの、その作用については、未だ完全には解明されていないということを肝に銘じてください」
そう警告したうえで、一色さんが、脅かして申し訳ありません、と謝って来た。
万が一のトラブルがないように、私たちが二十四時間体勢でしっかりとサポートしておりますから、と俺を安心させるように微笑む。
「『自分』をしっかりと持つようにしてください。VRゲームである以上は、ゲームの中では別人のように振舞うのも大切でしょう。ですが、根底はこちらの、現実の『自分』がいるということを忘れないでください」
「わかりました」
俺も、一色さんの言葉に頷く。
やはり、一テスターにこれだけの良い環境を用意してくれるということは、だ。
それなりには危険もあるってことだろうな。
至れり尽くせりで、一か月ゲームだけやって、それでそれなりに高額の報酬がもらえるってことは、治験として、相応の『何か』があるということでもあるわけだ。
前に一色さんから話を聞いたことで、このゲームの開発費用がどう捻出されているかについては、何となく想像できたけど。
だからと言って、テスターひとりひとりに、そこまでお金を使う必要はないよな?
今、一色さんが語ってくれたことは、その注意点のひとつなのだろう。
だからこそ、忠告はありがたく受け取る必要がある。
確かに、この『PUO』は面白い。
だけれども、だ。
俺が返って来るべき場所は、こっちの『現実』だ、と。
改めて、認識する。
まあ、向こうでルーガやなっちゃんと一緒にいるのも楽しいんだけどな。
モンスターがいっぱいいて怖い、だけじゃなくて、やっぱりどこかわくわくする感覚もあるのだ。
本当に、異世界ってものが存在したとしたら、あんな感じなんだろうな、って。
あ、そうだ。
どうでもいいことかもしれないけど、ちょっと気になったので、聞いてみた。
「一色さんは、このゲームをやったことがあるんですか?」
最初に会った時は、あくまでもこの施設の人間だって言っていたけど、今の話を聞いている限りだと、少なくとも、多少はこのゲームについて知っているように感じたのだ。
すると、一色さんがかすかに苦笑を浮かべて。
「テスターとしては参加しておりませんよ? ですが、関係者のひとりが私の先輩にあたる方でしてね。今の私の言葉も、その方が言っていた言葉をわかりやすくしたものです」
「先輩さん、ですか?」
あ、少し驚きだ。
たぶん、適当に話を逸らされると思って、ダメ元で聞いてみたんだけどな。
俺が予想した以上に、きちんとした答えが返って来たな。
「はい、そうです」
「その方が、こちらの運営などもされているんですか?」
「関係者のひとり、だそうです。私も詳しくは知らされておりませんよ? ですから、何らかの関わりはあるでしょうが、どうでしょうね……? 少なくとも、ゲーム作りなどはあまり詳しい方ではないはずです」
「ちなみに、その方のお名前って、お聞きしてもよろしいですか?」
「涼風先輩です。フルネームは涼風雪乃先輩ですね」
私も先輩から頼まれて、こちらのゲームのテスター様たちのお世話をするお仕事に従事することになったのですよ、と一色さんが微笑む。
ただ、その後もいくつか、その涼風さんって人のことを聞いたのだけど、一色さん自身も、昔の付き合いから声をかけられただけみたいで、今のお仕事については詳しいことはわからない、と謝られてしまった。
なるほどな。
それにしても、だ。
「あの、どうして、俺にそのことを教えてくれるんですか?」
「さあ……どうしてでしょうね? たぶん、私も先輩のことについて知りたいから、でしょうか? ふふ、私自身もよくわかりません。ですが、イツキ様でしたら、もしかしたら、という想いがあったのも事実です」
えっ? どういう意味だ?
一色さん自身も少し困ったような表情を浮かべているな。
ではあるけれど、口元は微笑のままなので、本心が読めない。
うーん。
ちょっと、看護婦さん特有の営業スマイルというか。
その後も、少し突っ込んで色々聞いてみたけど、結局のところ、その涼風さんって人がテスター関係の人事とかに関わっている、ぐらいの情報しか得られなかったな。
もしかして、俺をアルバイトで採用してくれたのも、その人かもしれないけど。
「ちなみに、一色さんはNさんって方はご存知ですか?」
「おそらく、ゲームマスターの方ですね。その方のイニシャルだとうかがっております」
あ、そうなんだ?
ゲームがらみのメールなどが、その『N』という名義で届いたりするそうだ。
ということは、Nさんに関しては、こっちの実在の人物ってことで問題なさそうだな。
その人がゲームマスターだってことがわかっただけでもありがたい。
「イツキ様のご報告には興味深いものがあるようですね。ですから、これからもテスターのお仕事を頑張ってください、とのご伝言もございましたよ」
「あ、そのNさんからですか?」
「はい。『期待している』そうです」
あー、なるほど。
そっちに関しては、俺が聞かなくても、伝言は伝えてくれるつもりだったそうだ。
ただなあ、期待に応えられるかどうか。
俺、今日は疲れ過ぎで途中リタイアですよ、Nさん。
明日からは頑張りますので長い目で見てください、とだけ心の中で謝る。
少なくとも、俺の仕事に対して、運営サイドが興味を持ってくれているってことだものな。
この調子で頑張れば、就職の方も夢じゃないかもしれないし。
よし!
今日のところはゆっくり休んで、また明日頑張ろう!
一色さんとの話で、そう俺は心に誓うだった。




