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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第4章 畑始めました編
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第145話 農民、強制ログアウトされる

「ああ、それはゲーム内疲労による強制ログアウトの状態ですね」

「強制ログアウト、ですか?」


 本日のプレイはこれ以上できない、ということを聞かされて、俺は『PUO』専用の機械の中から外へと出た。

 そこで、バイタルチェックなどをしながら、一色さんから聞かされたのが、ゲーム内での疲労限界によるログアウトの話だった。


 要は、向こうの俺が身体が限界以上に疲れていたってことらしい。

 その場合は、ゲーム内で意識を失うのと同時に、ログアウト状態になってしまうのだそうだ。


「ですが、イツキ様の場合、きちんと安全な建物内のベッド上にて、気を失われておりますので、何とか、本当の意味での、強制的なログアウトは免れたようですね。通常のログアウトでの消耗だけで抑えられそうです」

「あ、そうですか。それは良かったです」


 ふぅ、危ない危ない。

 何とか、ベッドまでたどり着けて良かったよ。

 俗にいう、寝落ちというか、泥のように眠った状態らしい。

 こうなってしまうと、当日中に再ログインすることはできないので、今日のところはこれ以上のプレイは諦めてくれ、ってことらしいな。


 うん。

 こういうケースは初めてだったので、少し驚いたけど、ゲーム内の身体でも無理をすると意識を失ったりするんだな?

 いや、まあ、今日の行動はそれなりにハードだったし、あの鳥モンスターの襲撃に関しては、本当に生きて乗り切れたのが不思議なぐらいなので、そういうこともあるだろうな、とは思ったけどさ。

 気がかりな点がひとつ。


 ……俺が疲れ果ててるってことは、ルーガとなっちゃん、大丈夫だったのかね?

 結果的に、朝の自重はどこへやら、だ。

 今日も今日とて、全力でプレイしてしまったよなあ。


 うーん……いや、ルーガの方が俺よりも身体のレベルは高いから、案外、あのメンバーの中で一番ばてやすいのは俺なのかも知れないよな。

 とは言え、年下の女の子に無茶させるのはよくないから、今日の件については反省して、明日以降は本当に気を付けることにするぞ。


「こっちの肉体は疲れてないんですけどね」

「ええ、その辺りがVRMMOをプレイする上での注意点のひとつですね。イツキ様にとっては、どちらの身体も大切なものであることを意識してください。ゲーム内であるから、無茶をしてよい、というわけではないのです。『現実』と『ゲーム』、どちらの身体にも限界があることを、きちんと思い返すようにしてくださいね」


 長時間のプレイが危険だとされる理由のひとつです、と一色さんが忠告してくれた。

 どちらの身体も、まるで区別がつかないようなリアルさのため、ログインとログアウトを繰り返すことによって、錯覚を起こすことがあるのだそうだ。


『今の自分がいるのは、どっちの世界であるのか?』


 それが曖昧になるという錯覚だ。

 要するに、どちらの世界が本来自分のいた世界なのか、その区別についての問題だな。

 例えば、何度も『死に戻った』り、今の俺のような意識消失を繰り返すことで、記憶が途切れる時間が生じてしまう。

 それによって、最初に自分がどちらにいたのか、一瞬わからなくなってしまうことが起こったりもするらしい。

 ログインしたり、ログアウトしたりする時に生じる、まどろんでいるかのような感覚を伴った時間。

 あの、眠りについて、夢を見始めるような感覚までのわずかな『空白』。

 それこそが、記憶が途切れる瞬間だと、一色さんは語る。


 だからこそ、と。


「もちろん、イツキ様が今はっきりと理解されているように、こちら(・・・)が現実です。ですが、リアルすぎる仮想空間というものの、その作用については、未だ完全には解明されていないということを肝に銘じてください」


 そう警告したうえで、一色さんが、脅かして申し訳ありません、と謝って来た。

 万が一のトラブルがないように、私たちが二十四時間体勢でしっかりとサポートしておりますから、と俺を安心させるように微笑む。


「『自分』をしっかりと持つようにしてください。VRゲームである以上は、ゲームの中では別人のように振舞うのも大切でしょう。ですが、根底はこちらの、現実の『自分』がいるということを忘れないでください」

「わかりました」


 俺も、一色さんの言葉に頷く。

 やはり、一テスターにこれだけの良い環境を用意してくれるということは、だ。

 それなりには危険もあるってことだろうな。


 至れり尽くせりで、一か月ゲームだけやって、それでそれなりに高額の報酬がもらえるってことは、治験として、相応の『何か』があるということでもあるわけだ。

 前に一色さんから話を聞いたことで、このゲームの開発費用がどう捻出されているかについては、何となく想像できたけど。

 だからと言って、テスターひとりひとりに、そこまでお金を使う必要はないよな?


 今、一色さんが語ってくれたことは、その注意点のひとつなのだろう。

 だからこそ、忠告はありがたく受け取る必要がある。


 確かに、この『PUO(ゲーム)』は面白い。

 だけれども、だ。

 俺が返って来るべき場所は、こっちの『現実』だ、と。

 改めて、認識する。


 まあ、向こうでルーガやなっちゃんと一緒にいるのも楽しいんだけどな。

 モンスターがいっぱいいて怖い、だけじゃなくて、やっぱりどこかわくわくする感覚もあるのだ。

 本当に、異世界ってものが存在したとしたら、あんな感じなんだろうな、って。


 あ、そうだ。

 どうでもいいことかもしれないけど、ちょっと気になったので、聞いてみた。


「一色さんは、このゲームをやったことがあるんですか?」


 最初に会った時は、あくまでもこの施設の人間だって言っていたけど、今の話を聞いている限りだと、少なくとも、多少はこのゲームについて知っているように感じたのだ。

 すると、一色さんがかすかに苦笑を浮かべて。


「テスターとしては参加しておりませんよ? ですが、関係者のひとりが私の先輩にあたる方でしてね。今の私の言葉も、その方が言っていた言葉をわかりやすくしたものです」

「先輩さん、ですか?」


 あ、少し驚きだ。

 たぶん、適当に話を逸らされると思って、ダメ元で聞いてみたんだけどな。

 俺が予想した以上に、きちんとした答えが返って来たな。


「はい、そうです」

「その方が、こちらの運営などもされているんですか?」

「関係者のひとり、だそうです。私も詳しくは知らされておりませんよ? ですから、何らかの関わりはあるでしょうが、どうでしょうね……? 少なくとも、ゲーム作りなどはあまり詳しい方ではないはずです」

「ちなみに、その方のお名前って、お聞きしてもよろしいですか?」

涼風(すずかぜ)先輩です。フルネームは涼風(すずかぜ)雪乃(ゆきの)先輩ですね」


 私も先輩から頼まれて、こちらのゲームのテスター様たちのお世話をするお仕事に従事することになったのですよ、と一色さんが微笑む。

 ただ、その後もいくつか、その涼風さんって人のことを聞いたのだけど、一色さん自身も、昔の付き合いから声をかけられただけみたいで、今のお仕事については詳しいことはわからない、と謝られてしまった。


 なるほどな。

 それにしても、だ。


「あの、どうして、俺にそのことを教えてくれるんですか?」

「さあ……どうしてでしょうね? たぶん、私も先輩のことについて知りたいから、でしょうか? ふふ、私自身もよくわかりません。ですが、イツキ様でしたら、もしかしたら、という想いがあったのも事実です」


 えっ? どういう意味だ?

 一色さん自身も少し困ったような表情を浮かべているな。

 ではあるけれど、口元は微笑のままなので、本心が読めない。

 うーん。

 ちょっと、看護婦さん特有の営業スマイルというか。


 その後も、少し突っ込んで色々聞いてみたけど、結局のところ、その涼風さんって人がテスター関係の人事とかに関わっている、ぐらいの情報しか得られなかったな。

 もしかして、俺をアルバイトで採用してくれたのも、その人かもしれないけど。


「ちなみに、一色さんは(エヌ)さんって方はご存知ですか?」

「おそらく、ゲームマスターの方ですね。その方のイニシャルだとうかがっております」


 あ、そうなんだ?

 ゲームがらみのメールなどが、その『N』という名義で届いたりするそうだ。

 ということは、Nさんに関しては、こっちの実在の人物ってことで問題なさそうだな。

 その人がゲームマスターだってことがわかっただけでもありがたい。


「イツキ様のご報告には興味深いものがあるようですね。ですから、これからもテスターのお仕事を頑張ってください、とのご伝言もございましたよ」

「あ、そのNさんからですか?」

「はい。『期待している』そうです」


 あー、なるほど。

 そっちに関しては、俺が聞かなくても、伝言は伝えてくれるつもりだったそうだ。

 ただなあ、期待に応えられるかどうか。

 俺、今日は疲れ過ぎで途中リタイアですよ、Nさん。

 明日からは頑張りますので長い目で見てください、とだけ心の中で謝る。


 少なくとも、俺の仕事に対して、運営サイドが興味を持ってくれているってことだものな。

 この調子で頑張れば、就職の方も夢じゃないかもしれないし。


 よし!

 今日のところはゆっくり休んで、また明日頑張ろう!

 一色さんとの話で、そう俺は心に誓うだった。

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