第143話 農民、冒険者ギルドに相談する
「あー、なるほどー。そういうお話になっていたんですねー」
所変わって、冒険者ギルドの応接室。
しばらく、ラートゲルタさんの受付対応が落ち着くのを待ってから、ようやく相談に乗ってもらうことができた。
やっぱり、早朝とお昼過ぎのこの時間帯って、冒険者ギルドもそれなりにいそがしいらしくて、他のテスターさんの姿とかもちらほら見られた。
一応、クラウドさんとも会うことができたので、大っぴらに話せる範囲については、簡単に説明しておいたし。
俺が『畑の管理』をやってることも、一応はラルフリーダさんからの情報制限には含まれなくはなったみたいだしな。
まあ、それはそうか。
別に隠したところで、遠目で見れば、畑で野菜を育てているってことは一目瞭然だものな。
中まで自由に入ってこられるかどうかは別にして、俺が畑作業をしていることは正直、隠しようがないし。
だから、その辺については特に問題がないのだ。
相変わらず、どこまで話していいかは、禁則事項にいつ抵触するのかわからないので、下手なことは言えないんだけどな。
チドリーさんたち、『森の護り』に関することとか。
だからこそ、家を作るって話もざっくりとしか説明できなかった。
さっきのカガチさんみたいに、『森』に関する情報をしっかりと把握しているのであれば問題なけど、どうやらクラウドさんもまだそこまでは、ラルフリーダさん関係の情報へはたどり着いていないみたいだしな。
なので、『けいじばん』でのお礼と、現状どこまで話が進んだかのことについてだけ説明しておいた。
今さっき購入したばかりの家の建築の『手順表』についても、だ。
さすがにそれを聞いて、クラウドさんも少し驚いていた。
もちろん、家を建てるためには町長からの許可が必要なんだけど、そっちの条件を満たせば、迷い人でも、家を持つことができるかもしれない、って。
いや、あの、今作ろうとしているのって、俺の家じゃなくて、鳥モンスターのための家なんですけどね。
とは言え、アイテムとして『手順表』が存在する以上は、当然、そっちの可能性も高いってことだし、それこそ、クラウドさんたちが持家までたどり着いてくれると嬉しいよな。
少なくとも、俺、今やることが多すぎて手一杯です。
正直、ノーム探しもどうするか悩んでるし。
畑作業とか、後は話が進展したらペルーラさんから『鍛冶』修行も受けることになるだろうし、冷静に考えると、身体があとふたつみっつないとしんどいんだよな。
まあ、今は、ひとつひとつ頑張っていくしかないけどな。
さておき。
ラートゲルタさんもラルフリーダさんたちについては、ある程度は把握していたので、応接室に入った後は、ある程度の情報は伝えることができた。
例によって、ビーナスたち関係のことは伏せてあるけど、冒険者ギルドの場合、ルーガの登録の際に、ルーガに関しては多少は把握しているだろうから、そっちとの関連とかはどうなんだろうな?
案外、ラルフリーダさん側から説明とかあったりしているのかもな。
「そうですかそうですか。鳥モンスターさんのためのおうちですねー?」
「はい。一応、クエスト内容によりますと、少し大きめに作った方がいいとはなっているんですが」
「ですねー。『森の護り』の一群でしたら、わたしたちとおんなじぐらいとか、それ以上の大きさの方もおりますしねー。最初に大きめに作っておいた方がいいかもしれません。セージュさんはクエストについてはどうなさいますかー?」
「えっ? クエストですか?」
いや、その相談に来ているんだけど、と俺が疑問に思っていると、そうではなくて、とラートゲルタさんから言葉が付け加えられて。
「セージュさんが発注する形でのクエストについて、ですー。人手が足りないということでしたら、冒険者ギルドとしてお手伝いできるのは、人を集めることについてですから。どういう作業が必要で、どのような家を作るのかが決まりましたら、改めて、クエストの方を発注して頂ければ、ギルドとして、それを募集することができますからねー」
「あ、なるほど」
そっちのクエストの話か。
ラートゲルタさんによると、商業ギルドとは異なり、冒険者ギルドでは直接では技術者というか、職人さんたちの斡旋とかはやっていないのだそうだ。
基本は募集に対して、手をあげる人がいて、初めて斡旋が成立するという感じになるのだそうだ。
「もちろん、状況によっては、個人のクエストに組み込まれたりもしますけどねー」
なるほど。
要するに、俺たちが最初に受けたチュートリアルクエストもその個人のクエストへの割り振りに含まれるのだそうだ。
確かに、俺宛てのクエストとして、サティ婆さんからの物も含まれていたしな。
そのくらいの便宜を図ることはできる、と。
ただし、便宜は図れても、相手がそれを受けてくれるかどうか、あるいはいつクエストに携わってくれるかは、受けた相手に一任されるので、短期的な締切とかがない、長い目で見るようなクエストの場合でしか、成立しないらしいけど。
「緊急性の高いものでしたら、強制クエストにもできますけど、さすがに今のセージュさんの相談内容でしたら、ちょっと難しいですねー。うーん、一応、町長さんから、ってことにすれば、まあ、建前は通りますけど、あんまりお勧めはしませんよー?」
「いえ、俺も無理を通すつもりはないですよ?」
さすがに『鳥モンスターの家作り』のクエストで緊急とかできないだろ。
ラルフリーダさんもそうだけど、各方面に迷惑をかけたあげく、俺が結局怒られるような話になるだろうし。
まあ、何にせよ、まずはクエストの内容が確定してからの話だよな。
コッコさんたちを始め、やってくる一群の鳥モンたちに会ってみないと、規模とかも相談しようがないし。
あ、そうだ。
「ラートゲルタさん、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「はいー、何でしょうか?」
「この辺りで、ノームの人が住んでいる場所とかってご存知ですか?」
さっき買った手順表だが、内容を確認したところ、一部が読めなくなっていたのだ。
たぶん、ノームさん関連の手順のところだろうな。
せめて、魔法なり何なり、手段だけでも情報として得られれば、ノームさんが見つけられなくても、手順通りチャレンジしてみようと思ったんだけど、そこまで甘くなかったらしい。
これも、文字が違うのか?
スキルの『自動翻訳』が通用しないのか、それとも最初から、条件を満たしていないと読めないようになっているのか。
その辺の仕様はよくわからないけど。
少なくとも、ノームさんを見つけて、その協力が得られないうちは『手順表』が使えないってことだけは確かのようだ。
「ノーム……ですかー? うーん……精霊種の方でしたら、この町から東へ向かったところにあります『精霊の森』でしたら住まれているとは思いますよー? ですが……」
「ですが?」
「まず、その『精霊の森』ですが、基本は精霊種以外は立入禁止です。過去に色々あった経緯で、とにかく精霊種は他種族との交流をほとんど拒絶している状態ですね」
えっ?
そこまでひどいことになっていたのか?
いや、確かにカミュからも立入禁止の話は聞いていたけど、そこまで排他的な種族だったとは知らなかったな。
俺がそう驚いていると、ラートゲルタさんが続ける。
「セージュさんは精霊金属ってご存知ですかー?」
「いえ、知らないです」
「そうですか。いわゆる、魔晶石や魔石などの魔晶系アイテムと対になる形で語られることが多い金属ですねー。魔道具などを作る際には使用されることがあるようですね。過去に作られたアーティファクトの類には、この精霊金属が使われたものの存在も確認されておりますー」
「そうなんですか」
えーと?
その、精霊金属か?
どうやら、魔晶石――――俺もミスリルゴーレムの魔核だったそれは持っているけど、それらと同様に、いやそれ以上に貴重な素材が、その精霊金属と呼ばれるものだそうだ。
そして、ラートゲルタさんによれば、その金属が原因で、精霊種が他種族に対して心を閉ざしてしまったのだとか。
「魔晶石が、一部のモンスターの核であるのと同様に、精霊金属もとある種族の身体の一部が変化したものなのですよー。つまりは『人化』した精霊種の『骨』ですね。ですから、精霊種はそもそも、他の種族……特に人間種からですね。そちらから狙われていた経緯があります」
ですからー、とラートゲルタさんが笑顔を消して、真剣な表情を浮かべて。
「普通の方法では『精霊の森』へは足を踏み入れることすらできません。『グリーンリーフ』もそれに近いですが、『精霊の森』と比べますと、随分とオープンなところではあるでしょうねー」
なるほど。
つまり、結論としては。
「要するに、ノームさんから協力を得るのは難しいってことですね?」
「はいー。たぶん、迷い人のセージュさんたちが思っている以上に、この問題は難しいんですよー。神聖教会ですら、『精霊の森』に関しては、腫れ物を触るような扱いをしていますしねー」
「……それでは仕方ないですね」
商業ギルドで、カガチさんが苦笑していた理由がわかった気がする。
本当は、ファンタジーっぽい世界なんだから、俺もぜひ精霊さんとは会ってみたかったんだが、それって、実はかなり難易度が高いことだったらしいな。
あれ?
待てよ?
最初にハイネとあった時、精霊種の話もあったよな?
あ、そうだ。
俺たちは迷い人だものな。
俺たちの中に、精霊種になれた人っていないのかな?
確か、妖怪種の町も、割と排他的だって話だったけど、それでも、その町スタートになった迷い人さんもいたもんな。
『例えば、精霊種などは、人間に不信感を持ってるから、人間種などがいる村とか町にはいないの。迷い人と言えど、そういう環境に精霊種がいるのはおかしいから、よっぽど特殊な条件を満たしていない限りは『精霊の森』がスタート地点になるわね』
確か、そんなことをハイネは言っていたよな?
裏を返せば、精霊種としてスタートする可能性もゼロじゃないってことだ。
うーん。
ただ、『けいじばん』とかでもそのような話は聞かないよな。
でも、その可能性も考慮しておこう。
他のテスターさん経由だったら、ノームの人を紹介してもらえるきっかけになるかも知れないしな。
よし!
ここは前向きに考えていくことにしよう。
とりあえず、冒険者ギルドには、改めて、どういう家が良いのかがわかってから、クエストなり何なりの話をしに来よう。
というか、別にこの要件がなくても、毎日のように冒険者ギルドには顔を出しているしな。
ひとまず、今日のところはラートゲルタさんにお礼を言って。
追加で植物の種を購入したりして。
俺たちは再び、畑へと戻るのだった。




