第141話 農民、商業ギルドに勧誘される
「セージュさん、単刀直入ですが、商業ギルドに所属しませんか?」
「所属ですか?」
商業ギルドに所属、か。
そういえば、俺たちはもう冒険者ギルドで登録されているんだけど、その場合でも大丈夫なのかね?
ギルドって、確か職工組合とか、そういうもののはずだから、それぞれのゲームによって、条件が異なると思うんだが。
『PUO』の場合は、複数のギルドに所属しても問題ないのだろうか?
「カガチさん、俺はすでに冒険者ギルドに属しているんですけど、その場合はどうなりますか?」
「はい、双方所属して頂いても構いません。冒険者ギルドはそういう意味では特殊な組織ですからね。冒険者ギルドに登録することと、己の存在を登録するのはほぼ同意です。簡単に言ってしまえば、冒険者ギルドへの登録によって、身分を証明する時の後ろ盾ができる、ということですから」
ですから、私も冒険者登録は済ませております、とカガチさん。
ふうん?
確かに、ギルドカードで身分証代わりになるとは聞いていたけど、それって俺たち迷い人だけの話じゃなかったのか。
カガチさんによると、冒険者ギルド及び神聖教会が身分保証の後ろ盾になってくれるので、そのふたつの組織が力を持っている地域なら全域で、身分を証明してもらえるようになるのだそうだ。
もちろん、国家が後ろ盾になるケースもあるし、教会の力が及ばない場所となれば、その身分証明は使えないらしいけど。
一応、北の『帝国』も冒険者ギルドと提携しているので、そっちでもギルドカードが身分証として使えるのだそうだ。
なるほどな。
その手の細かいことは、別の町や国まで行かないとあんまり関係ないから、詳しくは知らなかったよ。
中央大陸であれば、多くの人々が冒険者ギルドに所属している、と。
「ですから、冒険者ギルドと別のギルドに跨って所属することはおかしなことではありません。ごく普通のことです」
「わかりました。あの、ちなみに、肉屋さんのギルドとか、薬師ギルドなどもありましたよね? そちらと商業ギルドの間ではどうなりますか?」
今まで聞いた話だと、意外と細かいギルド区分があるみたいなんだよな。
冒険者ギルドは特殊として、それ以外の方はどうなんだろうか?
そう、俺が尋ねると、カガチさんが頷いて。
「はい、そちらの場合は自動的に商業ギルドの所属となりますね」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ。それら生産系のギルド及び、商業系のギルド全般の元締めとして機能しているのが商業ギルドですから。例外としましては魔法屋ギルドなどですが、そちらも町の中で商売をされる場合は、商業ギルドと提携するのが基本ですね」
へえ、各ギルドの上に商業ギルドがある、って図式で良いのかな?
一応、このオレストの町に関しては、そういう風になっているらしい。
「セージュさんにお声かけさせて頂いたのも、あなたのことについて、町長さんの方から連絡を頂いたからです。もちろん、事情は伏せられていましたが、『畑の管理の一部を委託することになりました』、と。畑では芋や野菜などを植えられるそうですね?」
「あ、はい。今も育てているところですね」
おー、やっぱり、ラルフリーダさんから連絡が来てたのか。
まあ、商業ギルドの話はラルフリーダさんも言ってたからなあ。
それだけ、この町で個人に畑を貸し出すってのはめずらしいことなのかもしれないし。
うーん?
となると、もしかして、俺、商業ギルドから警戒されてる?
どうやら、そう考えていた時の俺の表情から、察せられたらしく、真剣な表情ながらもカガチさんが苦笑して。
「いえ、別にセージュさんを責めているわけではありません。ただ、そちらで作った作物に関してはどうするつもりでしたか? 個人で消費するだけでしたら問題ありませんが、それらをどこかに販売するとなると少し話が違ってきます」
町で商売するのであれば、商業ギルドに所属して頂く必要があります、とカガチさん。
そうでなければ、他の商売をしている人たちに申し訳が立たない、と。
うん。
まあ、そういう理由なら仕方ないよな。
ただ、ひとつ疑問に思ったので、それについては確認しておく。
「あの、カガチさん。俺たち冒険者の場合って、冒険者ギルドに素材を買い取ってもらったりとかもしますよね? 今まで、そうやって売買をしたことがあるんですけど、その場合も商業ギルドに入っていないとまずかったんですか?」
素材買取は、冒険者ギルドでもやってるもんな。
収集系と討伐系、それぞれのクエスト絡みで俺も買い取ってもらったことがあるし。
少なくとも、その時点では商業ギルドには入ってないし、だとすれば、冒険者だったら、そのままで商売ができてしまうことにならないか?
そう、俺が尋ねると。
「それはクエストとして成立している場合ですね。前提条件として、冒険者ギルド、あるいは冒険者ギルドを経由して、その素材を必要とされる方が存在する場合に限ります。何でも自由に売り買いできるわけではありませんよ?」
あ、そうなのか?
要するに、冒険者ギルドでは一部の素材しか買い取ってもらえない。
というか、素材買取に関しても、商業ギルドがある程度絡んでいるので、冒険者ギルドに売った場合も、結局、商業ギルドに手数料を支払っているのとほとんど変わらないのだとか。
商売として定期的に物を売りたいなら、商業ギルドに所属が前提ってことらしい。
となると、まあ、断る理由はないかな。
後は、確認することは細かい部分での条件とかだよな。
「わかりました、カガチさん。それでしたら、商業ギルドに所属した場合の細かい条件などを教えてもらえますか?」
「はい、では簡単に説明しますね」
そこから、俺とカガチさんは商業ギルドに関する細かい話へと移った。
三十分後。
「はい、それでは以上で、セージュさんはこの町の商業ギルドの所属となりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、詳しい説明ありがとうございました。俺も大分知らないことがありましたので、助かりました」
とりあえず、商談成立。
……じゃなくて、俺の商業ギルドへの所属が決定した。
一応、ざっくりと、いや、かなり細かい部分まで商業ギルドについて、カガチさんから説明があって、それらを一通り聞いた上で、俺も了解したという感じで収まったのだ。
細かい説明については、また追々だな。
横で聞いていたルーガとなっちゃんが少し眠くなっているところからもわかるけど、長々と説明しても、別に面白いところじゃないし。
まあ、簡単な部分を説明すると、これで俺は町で商売ができるようになったわけだな。
今、商業ギルドのギルドカードと旗を用意してもらっているのだが、それを提示することで、販売許可という風に見成すのだそうだ。
誰かのお店に行って、物を売る場合はカードを掲示。
自分の店舗や露店などで商売をする場合は、その旗を掲げることで商業ギルド関連のお店です、ってことになるのだとか。
それを聞いて、あー、そういえば、『大地の恵み亭』とかキャサリンさんの道具屋さんとかの横にも旗があったなあ、と思い出した。
あれ、単なる飾りじゃなかったんだな。
向こうだと特にめずらしくもなかったから、ほとんど気にも留めなかったよ。
あとは、販売したものについての定期的な報告だな。
それによって、ギルドへの上納金というか、商売の手数料が変わって来るらしい。
まあ、少なくともカガチさんから聞いたところだと、特に暴利って感じでもなかったので、その金額の基準については納得した。
少なくとも、俺たちが納める手数料とかで、何か困った時は対応してくれるみたいだしな。
そういう意味では互助のためのお金を回収している、というか。
いよいよ、納得できない場合は辞めても問題ない、って話だし。
ただし、一度辞めると、次に所属した場合、ギルドへの貢献度などは一からやり直しになるので気を付けて欲しいとは言われた。
要は、ブラックじゃなければ、そのままで問題ないってことだ。
まずは、やってみてからの話だな。
そもそも、今回、俺が商業ギルドにやって来たのも、困りごとの相談みたいなものだし、そういう意味では、どう転がってもギルドに所属するしかなかったのだ。
ただ、少なくとも、最低限の説明は受けておかないと怖かった、ってだけで。
「それにしても、セージュさんはきちんと交渉のテーブルにつきましたね。他の迷い人の方の中には、ほとんどこちらの説明を聞かずに、すぐに了承して頂ける方もいましたので、そういう意味では、こちらとしても信頼できますよ」
そう言って、口元に笑みを浮かべるカガチさん。
いや、やっぱり、この人の笑顔って少し迫力があるけど。
「え? そうですか?」
「はい。部下が対応したケースもありましたが、私が担当した中でも何人かはそうでしたね。素直すぎて逆にこちらが心配になるくらいでしたし」
流れとしては、『商売がしたいです』『では商業ギルドに所属してください』『わかりました』『そのまま契約』、という感じだったらしい。
自分たちは騙したりはしないけど、さすがにこれで商人として大丈夫か? という不安を覚えはしたそうだ。
あー、確かに。
というか、この『PUO』を他のゲームと同じように考えてただけのような気もするけどな。
普通は、最初の町で所属できるギルドがいきなり騙してくるとか考えないだろうし。
生産職に就きたい、と考えれば、どうしても商業ギルドに属することも必要だろうから、ここで入らないって選択肢がないのだ。
ぶっちゃけ、俺にしても、今朝の一色さんとのやりとりで、契約って怖いなあ、って実感してなかったら、いちいち内容を確認したりとかはしなかっただろう。
今朝の一件のおかげで、どうも、ここの運営って、少し意地が悪そうだって思ったからこその、ちょっとした警戒という感じだしなあ。
というか、だ。
そもそも、ギルドに入るためだけに来たんじゃないよな?
改めて、カガチさんの方へと向き直る。
「あの、カガチさん、改めて、ご相談したいことがあるんですが」
「はい、土木系のクエストの件ですね? では、お伺いしましょうか」
そんなこんなで、ようやく本題の話へと移る俺たちなのだった。




