第140話 農民、商業ギルドへ訪れる
「お、よく来たな、セージュ、それにお連れさんも。まあ、昨日も来てたか? 何はともあれ、商業ギルドへようこそ、というところだな」
「あ、ヴェニスさん。先程は『けいじばん』でありがとうございました」
俺たちがまずやってきたのは、商業ギルドの方だ。
冒険者ギルドの方が、クエストの統括をやっているけど、土木作業員とか、そっちの専門の人については、職人さんって形になるので、直接紹介したりするようなことなどは、商業ギルドの管轄になるらしいのだ。
だから、まず、商業ギルドで相談して、その上で冒険者ギルドへ、という手順を踏んだ方が、今回の件については無難らしい。
その辺は『けいじばん』でのラートゲルタさんからの受け売りだ。
で、商業ギルドの建物に入るなり、こっちに気付いて歓迎してくれたのが、『けいじばん』でも色々と助言などを吹き込んでくれていたヴェニスさんだ。
種族は熊の獣人さんで、見た感じは口元のひげが濃いめの気の良い親父さんタイプの人だな。
ちなみに、リアルの方でも商売をやっているらしく、そっちとの絡みでテスターとして採用されたそうだ。
詳しいことは教えてくれなかったけど、自営業の社長さんってところか?
その辺はよくわからない。
「はは、いやいや。それにしても、『けいじばん』で話をしていると、どうも初めて直接挨拶をするって感じがしないな。まあ、セージュに関しては、他の迷い人からも色々と話を聞いたしな」
たぶん、もう少し頻繁に『けいじばん』に顔を出せば、色々と注目されるぞ、と冗談交じりでヴェニスさんが笑う。
うーん。
おそらく、俺のことを話してるのって、テツロウさんとかだな?
あの人、割と情報がフルオープンだからなあ。
とは言え、『けいじばん』でも俺の畑の件とかはあがってきていないみたいだし、そういう部分では配慮してくれているみたいだけどな。
「あー、それはすみません。でも、俺、今やってるクエストの一部で情報制限がかけられているんですよ。下手に色々と質問されても答えられませんし。ですから、『けいじばん』の利用は最小限に控えているんです」
「いや、責めてるわけじゃないさ。その辺は個人の好き好きだ。ただまあ、一方的に『けいじばん』を利用するぐらいのずうずうしさはあってもいいんじゃないか、って俺は思っただけだよ。『秘密系』のクエストとかの情報については、お互い詮索しないってことで話がついてるし、雑談だけでも参加してくれれば、『けいじばん』ももっと賑やかになるだろう、ってな。はは、もっとも、お互いゲームを楽しめているなら、何でもいいけどな」
それが一番だ、ってヴェニスさんが破顔する。
その直後に、すぐに真面目な顔になって。
「それよりも、土木に関するクエストの相談だったよな?」
「はい。こちらもどうして受けることになったとかについては、詳しく説明できないんですけど……」
「だろうな。一応、俺からもギルドの上司に話をしたんだが、セージュの名前と、そのクエストの種類を聞いた途端に、こっちで話を聞く、ってことになってな。だから、俺がセージュを待っていたのもその一環だ。俺の上司兼元監督官の副マスターが待ってるから、応接室までご案内だな」
「えっ!? そうなんですか?」
あれ、随分と話が早いというか。
一応、ヴェニスさんからもおうかがいを立ててくれたんだな?
そのヴェニスさんの上司の人が、この町の商業ギルドの副マスターさんなのだそうだ。
「副マスターというか、ギルマスの補佐だな。ただ、商業ギルドの半分以上の業務はそのカガチさんが絡んでいるから、職員みんなからは敬意を持って、副長って扱いで呼ばれてはいるな」
「へえ、そうなんですか」
一応、実務の統括って感じらしい。
下手をすると、ギルマスよりも強いんじゃないか、っていうのが、元から働いている現場職員さんからの意見なのだそうだ。
えーと。
そんな人がわざわざ、俺を待ち構えているのか?
おい、やっぱり、町の各組織に、俺に関する変な情報が出回ってるだろ、これ。
いやいや、落ち着け。
ヴェニスさんの監督官でもあるって話だし、案外、迷い人関連のことは、そのカガチさんが担当しているってだけかも知れないよな?
あるいは、今は現場の方がいそがしくて、手の空いている人がいなかったとか。
そう自分を納得させつつ。
とりあえず、落ち着いたところでヴェニスさんに応接室まで案内してもらう。
商業ギルドも、平屋建ての建物で、中の事務所の部分に関しては、冒険者ギルドとも割と似ている作りにはなっていた。
商工会議所?
いや、俺としては、親父について行った農協の中っぽいというか。
ただ、冒険者ギルドと大きく違うのは、商業ギルドが管轄しているお店とかで売っているアイテム類とか、か?
それらが、あっちこっちに積まれていたり、木簡のようなものが山のようになっている区画なども見受けられた。
「あれ? ヴェニスさん。商業ギルドって、紙とかはあんまり使っていないんですか?」
「ああ、よく気付いたな、セージュ。俺も所属して驚いたんだが、このゲームの中の世界ではあまり紙に関しては発展していないらしいな。一応、魔道具って扱いになるらしくて、それなりに高価なものになるらしいぞ」
あ、そうなのか?
あれ?
でも、冒険者ギルドでは、紙の用紙とかも使ってたよな?
あー、でも、サティ婆さんの家にある本も魔道具扱いだったか。
「はは、そういう意味では冒険者ギルドと教会は特別らしいぞ? 商業ギルドも同じく、『ギルド』って呼び名がついているが、実情は大きく異なるようだしな」
そう笑って、ヴェニスさんがそれぞれのギルドの違いについて教えてくれた。
冒険者ギルドの場合、元々が教会の下部組織なので、各地にある冒険者ギルド同士が横でしっかりと繋がっているのだそうだ。
一方の商業ギルドはと言えば、あくまでも各地……国とか町とか規模は地方によって異なるみたいだけど、その土地ごとに商人や職人が集まってできた『寄り合い』というか、『互助組織』というか、そういう感じになるのだそうだ。
要するに、商業ギルドは、その町の商売の元締めってことだな。
一応は、交流のある土地同士なら、横の繋がりもなくはないけど、このオレストの町の場合、余程の物好きな行商人ぐらいしかやって来ないので、実質、この町限定の組織って感じらしい。
へえ、なるほどな。
その辺で大分違いがあったんだな。
「だから、組織としては冒険者ギルドの方が強いぞ。ただ、こっちはこっちで、商人と職人の組織だからな。その土地の一次産業と二次産業などをまとめているから、ジャンルによっては、商業ギルドの権限が強い部分もあるんだ」
「なるほど、そういう意味では持ちつ持たれつの関係なんですね」
「ああ、そういうことらしいな……ほら、着いたぞ」
そんな話をしているうちに、応接室の方へと到着した。
ヴェニスさんに先導されて、俺たちが部屋の中へと入ると、ひとりの男の人が椅子に座って待ち構えていた。
その人の第一印象に思わず、驚く。
だって、その男の人の下半身って……。
「カガチさん、先程お話ししました、私の知人をお連れしましたよ」
「はい、ありがとうございます、ヴェニスさん。初めまして、この町の商業ギルドでマスターの補佐をしております、カガチと申します……ああ、これですか? 少し驚かれたようですね。では『人化』をしましょうか」
少し待ってください、とカガチさんが頷いて。
その途端に、その身体が一瞬光ったかと思うと、最初に目にした蛇のような半身が普通の人間のズボンをはいたような足へと変化する。
おー、すごい。
というか、カガチさんってもしかして、獣人さんか何かか?
やはり、最初の蛇の半身は衝撃だ。
おまけに、黒髪の短髪に、目つきも三白眼……というか、鋭いし。
こう言ってしまうとあれだけど、インテリなんちゃらさんみたいな印象だったぞ。
ラルフリーダさんと似たような感じで丁寧な言葉遣いなんだけど、それから受ける印象が真逆というか何というか。
うん。
ちょっと迫力あるよな。
「はは、セージュ、驚いたか? カガチさんは蛇人種のラミアだそうだ。一応、ギルド内では普段はあの姿をされているぞ」
「はい。この町の方々は慣れて頂けたのですがね。やはり、どうしても、新しく町へと訪れた方には驚かれてしまいまして。私、自分でも自覚しておりますが、顔つきが凶相っぽいですからね。どうも、初対面の方に怯えられてしまうのですよ」
気を付けてはいるのですが、とカガチさんが嘆息する。
あ、そっか。
この人も気にしてはいるのか。
それは失礼な反応をしてしまったな。ちょっと反省だ。
「そちらのお嬢さんがたも怖がらないでくださいね。これ、地顔ですから」
「え? 別に怖くないよ? お爺ちゃんの知り合いの人も、そういう人がいたし」
「あ、そうですか?」
きょとんとするルーガに少しだけ口元に笑みを浮かべるカガチさん。
「あ、すみません。俺も少し驚いただけで怯えてはいませんよ。そういう風に感じさせてしまったのでしたら、謝ります」
「いえ、お気になさらずに。今のは私の自虐的なネタのようなものですから」
そう言って、俺の謝罪を受け入れてくれるカガチさん。
やっぱり、印象とは違って、別に悪い人ではなさそうだな。
ヴェニスさんもそういう意味では、カガチさんのことを信頼しているみたいだし。
「それじゃあ、俺は案内だけだから失礼するぞ。秘密の話もあるんだろ? カガチさん、では退室しますね」
「はい、ヴェニスさん、ありがとうございます」
そのまま、ヴェニスさんが部屋から出て行ってしまった。
なので、俺たちはカガチさんに促されるままに、用意されていた椅子へと腰を下ろした。
なっちゃんは俺の肩のところに止まっているけどな。
で、俺がどういう風に話を切り出そうか考えていると、真剣そうな表情をしたカガチさんの口から言葉が発せられた。
「セージュさん、単刀直入ですが、商業ギルドに所属しませんか?」




