第139話 農民、畑へと戻ってくる
「さて、畑の方はどうなってるかな……うおぉい!?」
「きゅい――♪」
「あ、すごいね。だいぶ大きくなったね」
「いや、早すぎだろ……」
俺たちが元いた畑へと帰ってくると、そこに広がっていたのは種芋を植えたはずの場所から、にょきにょきと葉っぱや茎などが育っている光景だった。
思わず、目の前の芋畑に突っ込みつつ。
ただ、原因が何であるかははっきりしているので、驚きつつも頷く。
「たぶん、これが『魔境』の生長異常ってやつなんだろうなあ」
「うん、ラルさんの能力ってすごいんだね」
まさか種芋を植えてから数時間で、ここまで畑っぽくなるとは思わなかったけどな。
というか、だ。
アルガス芋を植えた場所だけじゃなくて、オルタン菜の種を植えた区画からもしっかりと芽が出て、育って、手のひらサイズの苗ができあがっていたのだ。
えーと。
何で、これでオルタン菜の栽培の方が難易度が高いんだ?
こっちに関しては、俺も取り立てて、特殊なことを試していなかったから、別に土地の持っている力ってことだろ?
これなら、誰がやっても、しっかりと育つような気がするんだが。
いや、そもそも、だ。
「何で、これだけの環境が整ってるのに、この町、農業が流行ってないんだ?」
それが一番謎だ。
ラルフリーダさん協力のもとだったら、いくらでも野菜なり芋なりを育てられるだろうに。
別に、わざわざ、周囲のモンスターを狩りに行く必要がないぐらいの収穫が見込めるはずだ。
まあ、もちろん、肉を食いたいという欲求はあるだろうから、全部を置き換える必要はないけど、少なくとも、これなら町の中でも自給自足が可能だと思うのだ。
あ、待てよ?
「ラルフリーダさんも、エルフと同じで樹人種だったもんな」
要するに、食事を取らなくても大丈夫な種族だ。
もしかすると、オレストの町……いや、『グリーンリーフ』の食文化が今ひとつな理由って、ドリアードさんたちが頂点にいるからじゃないのかね?
前に、ジェムニーさんも『森の人』が見向きもしない食材がどうとか言ってたし、そもそも、トップにいる人たちが食事に対する欲求に乏しいんじゃあ、料理が進歩するわけなんかないよな。
何となく、理由がわかった気がする。
そもそも、農業って、どうしてする必要があるの? って感じだろう。
一応、森の生態系とかは大切にしているみたいだけど、この成長度だったら、食べられる野草やら、果物やらも『森』の中では勝手に育つだろうし、それを食べる動物系のモンスターも増えるだろうから、それで勝手に食物連鎖は維持されるってわけだ。
必要な食べ物に困らない環境だったら、それ以上を目指す必要なんてないものな。
色んな人から聞いた、この町は自己完結している、って意味がよくわかるよ。
外部と交流して、物資を流通させる必要がほとんどないのだ。
まあ、それはそれとして。
少なくとも、俺みたいに畑で野菜とかを作ろうとしている者にとっては、ものすごく都合が良い環境だ、ってことだな。
作物の成長が早い。
もし何か失敗しても、また別の方法でやり直すことができる。
ということは、だ。
正直、時間がかかると思って、テスター期間中では諦めていた、野菜類の品種改良とかも狙うことができるってことだ。
もちろん、本当の意味で新しい品種を生み出す研究とかは難しいだろうけど、より大きな芋や、甘味のある美味しい野菜とかを目指すのも夢じゃないってことだろう。
おまけに、ちょっと棚上げになっていたけど、この町のごみ関係のチェックなどを踏まえたうえで、予備として買っておいた小さめのアイテム袋。
これらを組み合わせると、ちょっと面白いこともできるような気がするし。
アイテム袋を使った肥料作り、だ。
まあ、こっちはラルフリーダさんの能力次第では、ほとんど意味がなくなるかも知れないけど、それはそれとして、肥料を作るのに挑戦してみてもいいだろう。
何せ、このアイテム袋の効能を考えた場合、肥料を作る上での大きな問題点がいくつかあっさりと解決してしまうものな。
一応、実家が農家である以上は、試してみたい、ってもんさ。
いやあ、俺、なんかワクワクしてきたぞ!
「あ、セージュ、セージュ、ちょっと見て!」
「うん? 何だ? あっ……そうか、もう来てくれていたのか」
ルーガが指差した方に目を遣ると、さっき戦った時にも見たような小鳥サイズの鳥モンスターたちが、数羽、畑の周囲を飛んでいたのだ。
さすがに大型の鳥モンはいないようで、どれもこれも手のひらぐらいか、それよりもちょっと大きいぐらいでしかない。
確かにこのぐらいなら、町にいてもそれほど違和感はなさそうだ。
「この鳥さんが、畑のお手伝いをしてくれるの?」
『そうっす』
「えっ!?」
何だ、今の?
えーと……俺たちから見て、一番近くを飛んでいる赤い鳥が返事をしたように聞こえたんだが。
『だから、そうっすよ。今、しゃべってるのは僕っす』
「え!? 俺たちにわかるようにしゃべれるのか?」
『もちろんっす。だからこそ、一群の交渉担当にもなれるんすよ。あ、僕、ベニマルっていうっす』
どうぞよろしくっす、とそのベニマルくんが挨拶をしてきた。
何でも、詳しく話を聞いてみると、『森の護り』と呼ばれる鳥モンの集団には、一定数の『共通言語』を話せるものが存在するのだそうだ。
一応、『グリーンリーフ』の中にも人型の種族はいるので、どうしても鳥言語だけでは限界があるので、そっちに適性があるものは言葉を覚えたりもするらしい。
うーん。
何だか、話を聞いていると、この『魔境』ってちょっとした大会社っぽくなってないか?
環境は自然に近いけど、色々な役割分担ってやつが存在しているみたいだし。
「つまり、ベニマルくんがこの畑に派遣された責任者ってこと?」
『いえ、僕はあくまで渉外担当っす。簡単に言えば、この畑にいる間だけ、セージュさんとルーガさん、なっちゃんさんのお付きになるって感じっす』
「お付き?」
『そうっす。ラルさまからのご命令でもあるっす。基本は、草を食べに来る虫連中との交渉で、それが不成立なら、戦闘にて排除するのが僕らの仕事っす。でも、それ以外にも手伝えることがあるかもしれないっすよね? その時は、僕に言ってくれれば、その指示を他のみんなに伝えるって寸法っす』
ありゃま。
随分とありがたい話だな。
今も早速、畑に集まって来た虫モンたちを交渉などで除いてくれていたそうだ。
だから、オルタン菜の苗もすくすくと育っていたってことらしい。
あー、そっかそっか。
きちんと手入れしないと、苗になる途中で食べられちゃうのか。
どうも、虫モンたちにとっては、芋の茎よりもオルタン菜の新芽の方が美味しいということらしいし。
「あれ? ところで、コッコ……さん、だったっけ? そういう種類の鳥も派遣されるって話だったけど」
そもそも、そのコッコ種のために、家を作るんだよな?
どの鳥が、コッコなんだ?
言葉の響きから、何となく、白くてトサカがありそうなイメージがあるけど。
『はい、そっちが部隊長と副隊長っすね。部隊長のケイゾウさんと副隊長のヒナコさんっす。ふたりとも、飛ぶのがあんまり得意じゃないっすから、ゆっくりこっちに向かってるっす。本当は、家があれば、そのまま呼ぶことができるんすけど』
「ポイント、って?」
『コッコの家っす。信頼できるパートナーと契約を結ぶことで、家同士でコッコを呼ぶことができるんす』
だから、セージュさんも頑張ってほしいっす、とベニマルくんが笑う。
いや、鳥の顔でも笑ったのがわかるもんだな。
意外と表情豊かというか。
ただ、肝心のコッコの『家』の関する説明がよくわからないぞ?
何だよ、その呼ぶ、って。
ポイントって響きから考えると、ポイントを用意できれば、その複数あるポイントとポイントの間を移動できるってことか?
呼ぶ、ってのは召喚とかそっちの話なのかも知れないな。
えーと。
だから、『家』が重要になってくるってことか?
ラルフリーダさんが俺に家を作った方がいいってのも、その辺に理由があったんだろう。
信頼度をあげる。
パートナーとして認められる。
その結果、『家』がポイントになる。
で、コッコさんたちがポイント間を自由に行き来できるようになる。
そういう流れか?
いや、ベニマルくんの説明だけだとよくわからないから、後で他の人にも確認しておく必要はあるだろうけどな。
ただ、とにかく、やるべきことは決まったか。
ベニマルくんの話だと、そのコッコさんたちが畑まで来るのには少し時間がかかるみたいだし、その前に土木に関して、各ギルドに確認しておいた方が良いだろうな。
あ、そうだ。
「そう言えば、その家って、ベニマルくんたちも一緒に住める方がいいよね?」
『その辺はどっちでもいいっすよ。僕ら飛べる組は、ラルさまの家の森から通ってもそれほど手間じゃないっすから』
なるほど。
普段は森の中で寝たりしているから、そこまで家にこだわってないのか。
というか、コッコさんたちも家が重要なんじゃなくて、『家』があることが重要ってことらしいし。
まあ、何にせよ、どういう家がいいかは、コッコさんたちが到着してからだろ?
今は、手続き上、何が必要なのかを各ギルドに相談ってことでいいだろう。
畑の様子を見に来たけど、今日の分の残りの作業については、ベニマルくんたち、先遣隊が終わらせちゃったみたいだしな。
『僕らが監視してるっすから、セージュさんたちは別のことやってても大丈夫っすよ』
ということらしい。
よし。
そういうことなら、お言葉に甘えることにしよう。
畑についてはベニマルくんたちに任せて、俺たちはギルド巡りに向かうことにした。




