第136話 農民、鳥リーダーの話を聞く
「現状、レーゼ様、指示、ない。森の中、魔素、バランス、おかしい」
鳥のリーダーさんがとつとつと言葉を話し始めた。
ちなみに、リーダーさんの名前はチドリーさんというらしい。
見た感じは、あんまりリーダーって見た目じゃないけど、少なくとも『グリーンリーフ』の場合は、そういうことがよくあるのだそうだ。
戦闘能力が高いのと、誰かの上に立つ能力は別ってことらしい。
特に、彼ら『森の護り』の場合、一羽が強くてもあまり意味がないのだとか。
さっき、俺たちも肌で感じたけど、やっぱり鳥の群れがきっちりと連携をとって襲い掛かってくるってのは脅威なのだ。
もちろん、巨大な鳥モンスター一匹でも脅威だろうけど、さっきの場合も、ノーヴェルさんとかクリシュナさんが助けてくれなければ、あっさりと負けていただろうしな。
ラルフリーダさんに至っては一蹴してしまったけど、そういうことって、余程の力量差がないと難しいだろう。
というか、話題は、どうしてラルフリーダさん相手なのに襲い掛かって来たのか、って話らしい。
確かに、さっきの色々な説明を聞いた限りでは、彼らとラルフリーダさんたちって、別に敵対関係じゃないよな?
ラルフリーダさんも、最初は『千年樹』のお婆さんと連絡が取れなくなっているのがおかしいと感じて、そちらの近くの森を護っている鳥モンスターたちを、この『結界』内へと招いて、事情を聞きたかっただけなのだそうだ。
もし、『魔境』の中でも異変が起きているのであれば、それで何らかのアクションが返って来るだろう、って。
そして、その返事は、まさしく厄介な形となって現れた。
まさか、『グリーンリーフ』の直系眷属に対して敵対行動をとってくるとは、って。
『一応、予想はしておりましたよ? お婆様が枯れていないのは確認済みですが、『迷いの森』の内側との連絡が取れなくなっていましたからね。もし、この子たちを"招いた"場合、戦闘もあり得る、と』
『…………でも、本当にお嬢様相手に敵対してくるとは思わなかった。随分と身の程知らず』
一応は想定の範囲内、ってことだったらしい。
ただ、そのタイミングまではわからなかったので、結局、俺とかが巻き込まれてしまったみたいだけどな。
普通だったら、ラルフリーダさんに招かれた場合、鳥のリーダーさんとの話し合いだけで終わるのだそうだ。
なので、万が一、戦闘もあり得るとは思っていたけど、まさか本当に、そんな無謀なことをしてくるとは思わなかった、というのがノーヴェルさんの談だ。
まあ、幸いというか。
今日の場合、ビーナスも『結界』内に植え替えられたばかりだったし、そっちの対応が遅れた可能性もあったので、そういう意味では助かった気もする。
ラルフリーダさん、それなりにビーナスの能力は評価していたので、自分の戦闘準備ができるまでは耐えられる、って思っていたみたいだしな。
『それだったら、能力を解放しておいてよ、ラルさま!』
『いえいえ。かもしれない、のために、即死スキルの解放は認められませんよ? この家も町の中ですから、町長として許可できません』
『モンスターを招くのはいいの!?』
『外への影響は及びませんし、及ばせませんから。そこまで軟な作りにはなっておりませんよ』
『……せめて、音魔法は戻して欲しかったわ。あれがわたしにとって、一番慣れてるんだから』
『そうですね。では、そちらは封印解除しましょうか。無事、この子たちを退けてくれましたしね』
ぶぅぶぅ文句を言っているビーナスに苦笑しつつも、ラルフリーダさんが『音魔法』の封印を解いてくれたようだ。
一応、ビーナスに対するご褒美って形らしい。
どっちかと言えば、妙なことに巻き込んでしまったお詫びって気もするけどな。
要は、俺たちはラルフリーダさんの状況確認に巻き込まれた、ってことで間違いなさそうだ。
他でもない、ラルフリーダさん本人が『セージュさんたちでしたら、大丈夫だと思いましたから』とまったくもって、平然としているし。
ここまで堂々と、それが何か? という感じで対応されると仕方ないなって思ってしまうから、不思議だよな。
どう考えても、これって無茶振りの一種だと思うんだが。
カミュとかグリゴレさんが良い性格しているって言っていた理由がわかる気がする。
まあ、これもモンスター調査の一環として処理してくれるそうだけど。
それはさておき。
話を戻そう。
「現状、レーゼ様、指示、ない。森の中、魔素、バランス、おかしい」
「バランスがおかしいので、私の『領域』と知った上で暴れたのですか?」
「狂った、モンスター、複数確認。うち、一体、ドリアード、亜種」
「……それは本当ですか?」
「本当。だから、指示ない、以上、判別、できない。我々、森、護る。それ、ドリアード、でも、例外、ない」
そう考えた、とチドリーさんが答える。
目は真剣な目つきをしていて、嘘を言っているようには見えないな。
要するに、『グリーンリーフ』のトップである『千年樹』さんから指示がなくなってしまった上に、あっちこっちで変なモンスターも現れてしまったので、森を護るためには、予断を捨てて、自分たちの判断で戦うことにした、と。
そういうことのようだ。
それを聞いて、ラルフリーダさんも少し考え込んでいるな。
今の話だと、例の『狂化』モンスターには、ドリアードの人も含まれるようだし。
というか、ビーナスも『狂化』状態にされていたことを考えると、普段は穏やかであっても、狂った状態にされてしまうってのは十分ありえるようにも思える。
「なるほど……それでしたら、他の領域とも連絡を取り合う必要があるようですね。今は、お婆様の用意した連絡網が機能しておりませんし……さて」
「…………それで? お嬢様を襲撃して、それで済むと?」
「我々、麾下、入る。それ、森、護る、最適」
「そうですか? 貴方たちの護るべき区画はどうなりますか?」
「マークたち、いる。あと、変な、エルフ、巡回。必要、なら、半分、残す」
「変なエルフ、ですか?」
「そう。魔法、使わない。変な、エルフ」
……うん?
何となく、今のチドリーさんの説明で、誰かの姿が浮かんだんだが。
そういえば、十兵衛さんって、今、北の森にいるんだよな?
「あの、もしかして、そのエルフって、十兵衛さんって名前じゃないですか?」
「そう。変、だけど、強い。狂って、ない」
……やっぱりか。
ここ最近、町でまったく見かけないと思ってたら、そんなところにいたのか。
俺は俺で変なことに巻き込まれているけど、十兵衛さんは十兵衛さんで、その手のことを引き寄せるよな?
そもそも、真っ先にラースボアと戦ってたのだって十兵衛さんだし。
「あ、そうですね。その方でしたら、冒険者ギルドの方から報告があがっておりますね。私はお会いしたことがありませんが、カミュさんからもご報告がありましたし」
ふふ、とラルフリーダさんが微笑を浮かべる。
「出会って早々に、カミュさんに戦いを挑まれたそうですね? そのお話を耳にしまして、随分と興味深いかただと思っておりましたしね。そうですか。そちらの十兵衛さんがマークたちと一緒に行動されておられるのですね?」
「肯定。単独、我々、退けた。あの、通路、使用許可。『迷いの森』、徘徊、可能」
「えっ!? さっきのを十兵衛さんひとりで!?」
「そう。現在、我々、弱体中。今、本領、発揮できず」
「…………ああ。道理で攻撃が緩いと思った」
てっきり手加減でもしてるんじゃないかと思った、とノーヴェルさんが頷く。
いや、ちょっと待て。
さっきの状況でも、俺たちだとかなりきつかったぞ?
四方八方から魔法は飛んでくるし、物理的な突進とかも色々あったし。
チドリーさんの話だと、こっちの想定とは全然違う動きとかされるわ、攻撃のたぐいはことごとく回避されるわ、相手をするのがものすごく大変だったらしい。
結局、半日近く粘られて、群れを引かせることになったそうだ。
ちなみに、俺の動きは、『想定内』って言われてしまった。
いや、ぐうの音も出ないけど。
戦い慣れしていない冒険者なら、よく見かける感じの対処だったらしい。
ビーナスの例の状態異常攻撃は高評価だったけど。
あれのおかげで、対応を上方修正した、って。
というか、こっちのモンスターってすごいな。
ビーナスもそうだけど、この手の連携とか普通に使って来るのか?
モンスターって、野生動物のイメージが強かったけど、個体によってはかなり頭の回るタイプのモンスターも多いってことかも知れないな。
まあ、そう考えると、なっちゃんとかもこっちの簡単な指示だけで、的確に動いてくれるし、案外そういうものなのかもしれない。
「つまり、貴方たちは狂ってはいない、ということでよろしいですか?」
「一部、狂った、見られた。但し、統制、有効。正気、戻した。我々、現在、指針、必要。貴女様、なら、是非、なし」
「わかりました。貴方たちの要望を受け入れます。現状は『迷いの森』の南側の入り口の護りを続けてください。『群』の一部は情報収集の任務へと移行してください。現状のお婆様の状態について。そして、他の領域の状況について、それらの情報を集めて、私のところへ持ち帰ってください」
「拝命。直ちに、動く」
私はこの領域から動けませんから、とラルフリーダさん。
あ、そうなんだ?
その辺りもドリアードの制約のひとつらしい。
『領域』内では強大な力を行使できる反面、条件付きでなければ、そのエリアを離れることができないのだとか。
そのために、他の領域を管理しているドリアードさんたちとも、ラルフリーダさんが直接会って情報を交換するのが難しいのだそうだ。
「そもそも、こちらの領主の役割も、お婆様の指示ですし……いえ、指示のはず、ですし。今のところ、私も領域を解除して、自ら動くわけにはまいりません。私も領主として、護るべきものがありますから」
そう言って、ラルフリーダさんが微笑んで。
チドリーさんたち鳥の『群』の一部も、ようやく、ふらふらではあるけれど、飛べるような状態になってきたようなので、そちらを『森』のあちこちへと派遣して。
そんなこんなで、ゆっくりと事態が収束へと向かって行くのだった。




