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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第4章 畑始めました編
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第135話 農民、魔境の話を聞く

「このくらいで良いですかね。ひとまず、貴方たちも正気に戻ったようですしね」


 そう言って、ラルフリーダさんが手に持っていた杖を下ろすと、周囲の空気全体に漂っていた圧力のようなものが収まった。

 詳細は不明だが、吸収系の能力を止めてくれたらしい。


 辺りを見渡すと、さっきまで飛んでいた鳥モンスターのほとんどが地面に寝そべったままの状態で、呼吸を荒げていたり、ぶるぶると痙攣していたり、何というか、テレビ番組とかの衝撃映像で流されるような光景が広がっていた。

 数十……いや、数百羽の鳥モンスターを一瞬で無力化してしまったよな。


 やはり、改めてラルフリーダさんの底しれなさを感じるぞ。

 何がすごいって、ここにいるモンスターのほとんどすべてが生きているのだ。

 命を奪わずとも、容易く無力化してしまう。

 むしろ、そっちの方がモンスターを倒しまくるよりも難しいと思うのだ。


「ええ。この子たちも、私たちにとっては大切な森の住人ですから。あくまでも、私はお痛をした子たちに、本来のあるべき姿を思い出してもらうためにしたことです」


 そのためのお仕置きです、とラルフリーダさんが微笑する。

 その言葉に、周囲の鳥たちがビクッと怯えを見せた。


 というか、だ。

 結局のところ、何がどうなっているのか、状況がわからないぞ?

 えーと?

 ラルフリーダさんやノーヴェルさんの言葉から推測するに、この鳥モンスターたちも、本来であれば、ラルフリーダさんたちの味方であるってことか?

 『グリーンリーフ』ってのは『魔境』の名前だよな?

 だから、この周囲で今も半分死んだような状態で、死屍累々となっているモンスターたちは、『魔境』に住んでいるってことだろう。


 『魔境』、か。

 前々から少し気になってはいたんだけど、やっぱり、このオレストの町って、『魔境』とも縁が深いのか?


「ラルフリーダさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「オレストの町も、『魔境』に含まれるんですか?」


 違和感は、いくつかあった。

 このオレストの町が『魔境』の近接の町であるということ。

 『自警団』の正式な名前が『森守』であるということ。そして、この鳥モンスターたちも『森の護り』、だ。

 後は、畑のクエストを始めて気付いたこともだな。

 カミュから聞いた話だと、『魔境』では植物などに関しての生長が異常なほど早いということ。

 その上で、この町の畑でも芋や野菜が採れるまで、それなりの早さで収穫ができてしまうという点だ。


 あ、そうだ。

 さっき、カミュと会った時に、他の町の農業についても聞いておくんだったな。

 そうすれば、この町が異常かどうかの判断もついたのにな。

 あー、うっかりだよ。


 ただ、やっぱり、この町自体の在り方が少しおかしい気はしたのだ。

 もちろん、ゲームのスタート地点ということも理由ではあるだろうし、カミュやナビさんたちの話だと、多少は俺たち迷い人(プレイヤー)が困らないように調整のようなことはしているのだろうけど、それとは別に、そもそも、この町がそれなりに変わっているってことは間違いないだろう。


 だからこそ、だ。

 この町、元から普通じゃないように設定されているんじゃないか、って。


 俺がそう尋ねると、ラルフリーダさんは、一瞬だけ含み笑いのような表情をしたかと思うと、また普段のような、どこか無邪気な笑顔へと戻って。


「ええ、そうです。ここも『グリーンリーフ』の一角です。やはり、私の存在を知っているかどうかが重要ですかね。普通に暮らしているだけですと、どうしても、ごくありふれた山奥の村、として過ごされている方も多いでしょうしね」

「やっぱり、そうなんですね?」

「はい。ですが、『オレストの町』が、ということに関しては、もう少し私の方でも考える時間を頂けますか? 少なくとも、この区画は間違いなく、『グリーンリーフ』に含まれるエリアです。ですが、『千年樹』……ああ、そうですね、セージュさん、貴方は第二段階の条件を満たしましたので、こちらをお話ししても大丈夫ですね」


 えーと?

 第二段階、ってのは?

 俺が首を捻っていると、どこか悪戯っぽい感じでラルフリーダさんが続ける。


「セージュさん、『グリーンリーフ』の中央には何があるかご存知ですよね?」

「あ、はい。カミュから聞きましたよ。大きな樹があるんですよね」


 聞いただけじゃなくて、直接目にもしてるしな。

 『グリーンリーフの千年樹』だったよな?

 山と見紛うばかりの大きく成長した『魔境』の象徴。


「ええ。その『千年樹』が私のお婆様です」

「はい? ……え? ラルフリーダさんの、ですか?」

「ふふ、内緒ですよ? こちらをお教えするのも町長としての信頼の証ですから」


 そう言って、ラルフリーダさんが持っていた杖を、俺に向かって見せた。


「こちらの杖も、お婆様の身体の一部で作られたものです。見ての通り、まだ生きていますよ。こちらがグリーンリーフの眷属の証でもあります。私もその家族の一員です。ラルフリーダ・グリーンリーフ。ふふ、正式に名乗るのがこれが初めてですね。種族は樹人種のドリアードです。そして、私が管理を任されている区画が、こちらのオレストの町を含みました、森の南側ですね。『サウスリーフ』の領主担当というわけです」


 以後お見知りおきを、とラルフリーダさんが笑う。

 秘密を話すのが楽しいのか、どこか冗談交じりというか、好奇心旺盛という感じの眼でこっちを見ているけど。


 そっかそっか。

 いや、確かに驚きもしたけど、むしろ、さっきの異常な能力についても納得できる話ではあった。

 ラルフリーダさんの話によれば、ドリアードもエルフと同様に樹人種に含まれるのだけれど、その在り方は大きく異なるのだという。

 どちらかと言えば、エルフは人寄りの種族で、ドリアードは植物寄りの種族ってことらしく、その能力の多くも、自分の存在そのものでもある樹の大きさによって、それに比例する形で強大になっていくのだとか。


 さっき、ラルフリーダさんがチラッと言ったけど、ドリアードは『領域系』の能力に長けているらしく、自分の領域(テリトリー)の中を支配するような力の使い方が得意とのこと。

 周辺環境を整えたり、管理したり、調節したり。

 あくまでも、自分たちにとって、住み心地の良い生態系を作り出す、というのがドリアードの真骨頂なのだそうだ。


「もっとも、私もまだまだ若輩ですので、お婆様の力には遠く及びませんがね。ノーヴェルやクリシュナも元々はお婆様のお世話などをしておりましたから、どうしても、私のことはお嬢様扱いが抜けませんし」

「…………それは呼びやすいから。それに、今はレーゼ様の命ではなく、わたしの意志でお嬢様に仕えている」


 だから、あまりそういうことは言わないで、とノーヴェルさん。

 あ、なるほど。

 色々と事情があったのか。

 もしかして、ノーヴェルさんがラルフリーダさんにも言葉遣いを変えないのも、その辺の理由があったのか?


「いえ、ノーヴェルはそういう言葉遣いが苦手なだけですね。そもそも、話すこと自体がそこまで得意ではないですし」

「…………クリシュナよりはまし。クリシュナ、共通言語もしゃべれるのに、ほとんど身振りばっかり」

「ふふ、クリシュナも無口ですからね。そもそも、私の丁寧な言葉遣いも、お婆様から教わったものですから。もっとも、お婆様も仰ってましたよ? 『大切なのは言葉そのものではなくて、そこに相手への敬意を込められるかどうか』だそうです」

「そうなんですね」

「ふふ、そのお婆様もどなたがお相手でも言葉遣いを崩しませんけどね。その割に、ご自分への丁寧な言葉は程々でとおっしゃられてます。慇懃な言葉は壁を作るので、あまり好みではないそうですね。その辺りはお婆様らしいです」


 なるほどな。

 そもそも、『グリーンリーフ』の場合、属する種に植物やモンスターも多いので、言葉遣いとかは律したりはしないそうだ。

 話すこと自体が苦手な種族とかも多いみたいだし。


 あ、そうだ。


「あの、ラルフリーダさん。先程、言いかけていたことは何ですか?」

「あ、そうでしたね、すみません。セージュさんへの情報開示を優先してしまいました。先程、私が言いかけたのは、この『オレストの町』につきましては、私が記憶していた認識と少し異なるので、もう少し情報が整理されるまでお待ちいただきたい、ということに関してです」

「記憶、ですか?」

「はい。カミュさんとお話しして、気付いたことがあります。そちらにつきましても、この度の異変に関与している可能性がありますので、複数の情報を確認する必要があるわけですね……さて、少し落ち着きましたか?」


 と、話の途中で、ラルフリーダさんが一羽の鳥モンスターの方へと目を向けた。

 多少よろけつつも、ゆっくりとした足取りでラルフリーダさんの足元へと近づいてくる小さな鳥。

 大きさは、本当に手のひらサイズって感じだよな。

 あれっ?

 この鳥モンスター、見た目はハチドリみたいな姿をしているんだけど、俺も一目見て気になったのが、首のところだ。

 首のところに、草で編んだような輪っかを付けていたのだ。

 首輪をはめた鳥、か?


 というか、さっきまで飛んでいた中でも、小さな鳥って感じのモンスターだよな。

 そっちの方は、あんまり脅威じゃなかったので『鑑定』していなかったんだが。


 まさか、こいつが――?


「貴方が、あちらの区画のリーダーで間違いないですね?」

「CHICHI、CHICHICHI――!」

「あ、ちょっと待ってくださいね? 今でしたら、私も『空間系』の術式が使えますので、他の皆さんにも理解できるように、言葉を訳しますので」


 そう言って、また例の『千年樹』でできた杖をかざすラルフリーダさん。

 というか、言葉の『翻訳』か?

 そういえば、ラルフリーダさんって、前にビーナスとも『モンスター言語』で話をしていたから、他の言葉とかもある程度は精通しているんだろうな。

 それでも、『翻訳』というか『通訳』の能力も持っているってのはびっくりしたけど。


 そのまま、周囲が淡い光で包まれて。

 その光が落ち着くと、辺りのあちこちから、ざわざわという感じで声のざわめきのようなものが聞こえてきた。

 いや、周囲の鳥モンスターが人間の言葉をしゃべってるのか?

 何というか、本当に動物アニメみたいな感じになってきたなあ。


 そのまま、その鳥のリーダーへの詰問を始めるラルフリーダさんの姿を見ながら。

 俺はそんなことを考えるのだった。

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