第134話 農民、領主の本気におののく
「…………お嬢様、あいつら、寄せる?」
「ええ。ですが、ノーヴェルはそのままで問題ありませんよ? 貴方たちの役目は『倒し過ぎることなく、時間を稼ぐこと』でしたから。その役目は十分に果たしてくれました。セージュさんたちの手助けも、ですね。ええ、その仕事ぶりを、私は嬉しく思います」
「…………うれしい」
後は私に任せてください、とラルフリーダさんがねぎらいの言葉をかけて。
そして、俺たちの方も向いて。
「セージュさんたちには申し訳ございませんでした。私たちの事情に巻き込む形になってしまいましたが。ですが、やはり、大丈夫でしたね。『森の護り』相手でも、無事に切り抜けるだけの力を示して頂きました」
「あ、はい」
いや、話の流れがよくわからないんだが。
えーと?
もしかして、今回の事態ってのは、ラルフリーダさんたちにとっては、起こるべくして起こったってことか?
さっきのラルフリーダさんの言葉を聞く限りだと、ノーヴェルさんやクリシュナさんたちには、手加減して戦ってもらった、とそう聞こえたんだが。
「はい。現状の『森』の状況について、リーダーの方と直接お話がしたかったものですから。本当は、こちらへと招いたつもりでしたが、いきなりの総攻撃ですからね。ふふ………………」
「えーと……」
いや、最後の方は聞き取れなかったけど、雰囲気がすごく怖いぞ?
もしかして、ラルフリーダさん、少し怒ってないか?
「ですから、今回につきましては、私の力を示します――――『領域循環』」
へっ!?
ラルフリーダさんが、そうつぶやいた瞬間。
周囲の大気が、空の色が、そして、地面や、生えていた木々すらも揺らいで。
まるでSFとかであるようなワープする時の現象が起こって。
次の瞬間、今、俺たちが立っているちょうど真上。
少しだけ上の方に、遠くに飛んでいたはずの鳥たちが現れていた。
いや、何を言っているか、わからないだろ?
本当に凄すぎる現象を目の当たりにすると、どうしていいかわからなくなって、逆に落ち着いてしまうんだなあ、とは思った。
今のって、ラルフリーダさんがやったんだよな?
どういう能力なのか、どうやったのかはさっぱりだけど、はっきりしていることがひとつ。
俺たちに敵意を持っているモンスターの集団が、いきなり滅茶苦茶近いところに現れた、ということだ。
だが、それをやらかした張本人は、さっきからずっと微笑んだままで。
「あ、見つけました。では、こちらの群れで間違いないようですね」
では、移ります、とラルフリーダさんが口にすると。
その身体が別の存在へと変身した。
変身、だな。
普段のラルフリーダさんの姿が人間型だとすると、今のラルフリーダさんの姿は、どちらかと言えば、ビーナスのような状態に近いように思えた。
植物系の種族。
前に、ビーナスから、その可能性については聞いていたが、こうやって『変身』した姿を見ると、その憶測が正しかった、と感じられた。
背後にそびえたつのは一本の大きな樹、だ。
あれは、確か、ラルフリーダさんの家と同化していたはずの樹だろう。
不意に、あの『木のおうち』の正体が何であるかを悟る。
つまり、あの家自体が、ラルフリーダさんそのもの、ってことだったのか、と。
「では、覚悟はよろしいですか?――――いきますよ」
俺だけじゃなくて、その辺りに飛んでいる鳥モンスターたち全てが、訳も分からず、おどおどとしている中、ラルフリーダさんの能力が発動した。
と、俺が感じた瞬間。
俺自身、身体に力が入らなくなって、そのまま、地面へと倒れ込んでしまった。
横の方を見ると、ルーガとなっちゃん、それにビーナスまでもが脱力したままで、横たわった状態になっているのが見えた。
いや、ちょっと待て。
これ、どういう能力だよ!?
何とか、ノーヴェルさんとクリシュナさんは起きているけど、その表情は、さっきまでと比べても、どこか必死に何かを抗っているようにも見えた。
「…………お嬢様。少し、ビーナスたちの周辺は弱めて。慣れてない者にとっては、これ、毒だから」
「あら、失礼いたしました。あ、そうですよね。うっかりしておりました。いえ、ノーヴェルやクリシュナは問題ないものでしたから、セージュさんたちなら、と思ったのですが」
「…………お嬢様、さすがに無茶。それなりの力がないと、お嬢様の能力には抵抗できない」
まだ、そっちの四人は弱い、とノーヴェルさんがたしなめる。
と、次の瞬間、少し脱力感が和らぐのを感じた。
少しずつではあるが、身体の力が戻って来たのを感じる。
「ノーヴェルさん……今の、ラルフリーダさんの力って何なんですか?」
当のラルフリーダさんが、鳥モンスターの方へと力を集中しているみたいなので、そちらではなくて、横にいるノーヴェルさんへと尋ねる。
たぶん、今だったら、そんなに嫌がられずに、答えてくれるような気もしたし。
「…………お嬢様が本気を出すと、領域内の生物から、体力と魔力を奪うことができる。それも無差別に。正直、さっきの魔法とかより、こっちを防ぐ方が大変」
「はっ!? そうなんですか!?」
要するに、吸収系のスキルってことらしい。
何でも、ラルフリーダさんの種族スキルの一種で、その威力については、人それぞれで大分違うらしいけど、今のラルフリーダさんの場合、ある準備をした上で、力を使えば、『領域』と定められた場所にいるすべての存在から、力を奪って、自分のものにすることができるのだそうだ。
ノーヴェルさんやクリシュナさんですら、それに関しては、完全に防ぐことはできないらしくて、少しずつではあるけど、体力と魔力を奪われた状態にある、と。
うん。
色んな人がラルフリーダさんが強い、って言っていた理由がわかった気がする。
何だよ、そのでたらめな能力は。
実際、さっきまで飛んでいたはずの鳥モンスターは一羽残らず、地面に落ちて、ほとんど動けなくなってるし。
いや、こんなスキルありかよ? とは思った。
この『PUO』の中のNPC、ちょっと強すぎだろ。
ただ、少なくとも、この辺りの領主を任される実力があることは痛感したな。
「…………男、一応、忠告。お前、お嬢様から気に入られているところがあるから。お嬢様はああ見えて、普通の感覚からずれてる」
「と言いますと?」
あれ、めずらしい。
ノーヴェルさんが、直接忠告してくれるなんてな。
どうやら、ラルフリーダさんに関してのことのようだな。
「…………お嬢様は、自分の力を基準にして、何でも判断する。気にいった相手が弱いなんてことは気にも留めない。さっきもそう」
えーと?
ノーヴェルさんが言うことを簡単にまとめると?
今見た通り、ラルフリーダさんはとても強いし、その能力も普通の種族よりもずっと高いのだそうだ。
そして、それを基準に『このぐらいできるよね?』という感じの判断で、色々と面倒事に巻き込んでくるのだそうだ。
ちなみに、俺の場合、今まで『狂化』モンスターに関するクエストをこなしたことで、評価が高くなっていたらしく。
今日の一件でも、セージュさんでしたら大丈夫ですよ、という感じで、巻き込んだこと自体は申し訳なく思っていても、『このぐらい問題ないよね?』という感覚で、そのまま、押し通してしまったのだとか。
おい。
ちょっとばかり、期待が重すぎないか? これって。
ノーヴェルさんからも、間が悪い、とため息をつかれてしまったし。
いや、どうやら、今回のはラルフリーダさんにとっては、確信犯に近い感じだったようだな。
もっとも、鳥モンスターがいつ襲って来るか、そもそも、ラルフリーダさんの領域に向けて、本当に襲って来るかどうかは、半信半疑だったらしく、それで『間が悪い』という評価になったのだそうだ。
「…………別にお嬢様も、意図して巻き込んだわけではない」
そう、ノーヴェルさんからフォローがあったぐらいだし。
だから悪く思わないでくれ、って。
そういう感覚の人だから、ということらしい。
いや、雰囲気がゆるふわな感じなので、油断してた。
少なくとも、ラルフリーダさんも、カミュが苦笑する程度には癖のある人だったんだものな。
悪気もないし、悪意もないけど、ただ純粋に、周りのみんなの力ってやつを信じてくれている人。
頑張ればできるよ、っていう時の頑張るハードルがものすごく高い人、ってことだ。
……今更ながら、畑の管理について不安に感じるのは俺だけか?
何か、ちょっとえらいことになってしまった気がする。
もうすでに、鳥モンスターとの戦闘はほとんどケリがついたというのに、今度は別の問題が浮上して、頭が痛くなってしまう俺なのだった。




