第133話 農民、護衛さんたちの力を見る
「…………クリシュナ、そっちも片付いた?」
あっ!
いつの間にか、クリシュナさんも近くまでやってきていたのか。
ノーヴェルさんの言葉で初めて気づいたよ。
その言葉にゆっくりと頷く銀狼のクリシュナさん。
どうやら、クリシュナさんの方も、ひとつかふたつの鳥モンスター集団を片付けてきたようだな。
ラルフリーダさんの家の側辺りが、地面に落ちた鳥たちで死屍累々の状態だし。
あれ? まだ動いてるモンスターが多いから、生きてはいるのか?
そういえば、この辺りで、地面で痙攣しているモンスターたちも、一応は死んではいないのが多いもんな。
傷を負っているとか、『麻痺』で動けなくなってるのは多いけど。
それにしても、ふたりとも、今の状況でも落ち着いているというか、貫禄があるよな。
ノーヴェルさんもさっきまで、かなり動き回っていたのに、息ひとつきれてないし。
ほとんど汗もかいてないし、服装もそれなりに綺麗なままなのだ。
この黒豹の獣人さん、やっぱりすごいな。
ぶっきら棒だけれど、単なる男嫌いの人じゃないよな。
「…………あんまりじろじろ見ない」
いつものように、こっちの視線にすぐ気付いて、睨まれてしまった。
そういうところが、お嬢様に近づけられない原因だ、って。
別に、いやらしい視線とかじゃないんだが、そこはそこ、素直に謝る。
わざわざ助けに来てくれたわけだし、その辺は、きちんと感謝しているんだけどな。
どうも、俺の気持ちとかはまっすぐ届かないんだよな。
たぶん、お互い相性が悪いんだろうけど。
「マスター! ちょっとまずいわよ!?」
「どうした!?」
「遠距離からの魔法攻撃――――!? それも一斉に!」
さっきと違って、今度は最初から全力みたい! とビーナスが叫ぶ。
うわっ!?
さすがに、これは遠目でもわかるな。
遠くの空が、様々な色の光で輝いているのが見えた。
おそらく、それぞれの鳥モンスターが、属性魔法を発動しようとしているのだろう。
どうする?
あんな、空が染まるくらいの規模で一斉に攻撃されたら、俺やなっちゃんの力じゃ防ぎようがないぞ?
どうも、敵さんもいよいよ本気だよな。
一斉の突撃とかならまだしも、遠距離からの一斉攻撃って、どう対処したらいいんだよ?
そう、俺とビーナスが焦っていると。
「…………クリシュナ、あれぐらいなら問題ない?」
「――――!」
ノーヴェルさんの問いに、問題ない、と言わんばかりに頷くクリシュナさん。
いや、まさか、あれをひとりでどうにかできるのかよ?
というか、そんなことを考えている間にも、一斉に魔法が飛んできたぞ!?
「…………お嬢様の話だと、まだ浅い場所の一群だから。中級はほとんどない。この程度なら、クリシュナでなくても、私でも防げる」
「そう、なんですか?」
「…………防ぐだけなら。でも、ここはクリシュナに任せる。その方が無駄がない」
そのノーヴェルさんの言葉に頷くクリシュナさん。
そして、俺たちの方をどこか優しい眼で見つめてきた。
心配しなくていい、という風に。
と、クリシュナさんがそのまま、前方へと駆けだした。
――――って!?
おい、ちょっと待て。
まさかそのまま突っ込む気かよ!?
俺だけではなく、ルーガやビーナスも目を見張る中、クリシュナさんは、その魔法攻撃の中心、密集しているポイントへと強行して。
――――そのまま、大きく口を開けた。
「ええっ!?」
「何あれ……魔法を食べてるの?」
クリシュナさんの身体が銀色に光ったかと思うと、こっちへ目がけて飛んできていた魔法の軌跡が、無理やりにねじ曲げられて。
クリシュナさんの前へと集められていく。
いや、それはそれで威力が集中して危ないと思ったんだが。
次の瞬間には、大きく開けた、その口で飛んできた魔法を一気に飲み込んでしまった。
いや、それだけに留まらず、一気に口の中の魔法を噛み砕いたかのような動きを見せた後、そのまま、再び、クリシュナさんが大きく口を開けると。
様々な色をした光の奔流が、そのまま口から吐き出されて、遠くの空へと解き放たれていくのが見えた。
すげえ。
思わず、呆気にとられてしまう。
あれだけあった、魔法の一斉攻撃をそのまま、相手へと返してしまった。
「…………あれがクリシュナの『魔喰い』。ほとんどの魔法攻撃はクリシュナには通用しない」
だからこそ、お嬢様の護りが務まる、とノーヴェルさんが淡々とつぶやく。
すごいな。
魔法を食べる能力ってことか?
詳しいことは内緒みたいだけど、さっきのを見た感じだと、食べた分の魔法はそのまま、放つこともできるようだよな?
いや、本当にすごい!
ちょっと前までの、少し諦めムードが一気に吹き飛んでしまったぞ。
そんなことをしたにもかかわらず、クリシュナさんはと言えば、いつもと同じように穏やかに佇んでいるし。
無口だけど頼りになるよなあ。
かっこいい、銀狼さんだよ、ほんと。
いや、もちろん、ノーヴェルさんも強かったけど。
とにかく、速度が速いし、跳躍というか、ジャンプ力もすごいから、何だかんだで、空中を駆けているような感じで戦っていたし。
次から次へとナイフを取り出して、投げたり、背中から貫いたり。
何というか、忍者っぽい動きもしてたしな。
やっぱり、領主を護る人たちって、かなりの力量ってことだ。
今、クリシュナさんが返した魔法で、けっこうな数の鳥モンスターが巻き込まれて、落ちて行ったし。
それでも、次々と遠くから鳥が飛んでくるなあ。
あれ、どのぐらいの数がいるんだ?
というか、気付くのが遅れたけど、これって、ラルフリーダさんの家周辺の『結界』の内部のはずだよな?
そういえば、家の周囲しか意識してなかったけど、奥の方の空間って、どこまで続いているんだ?
どう考えても、オレストの町の大きさよりも遠くから、鳥が飛んできてるようにしか見えないんだが。
いや、そういうのは後回しか。
「それにしても、その……ヒッチコックリーダーですか? それって、何者なんですか?」
「…………その区画の『鳥の王』。それに与えられる称号。『統制型』のスキル持ちがなることが多い」
おっ!? ノーヴェルさんが少しだけ答えてくれた。
要するに、この辺りの森には、それぞれ区画があって、その区画の『王』が『ヒッチコックリーダー』と呼ばれる存在らしい。
ただし、地域によって、どの鳥が『王』になっているかはわかりにくいそうだ。
いつの間にか、代替わりすることもあるらしい。
「つまり、この集団の中にいる『王』を倒せばいい、ってことですか?」
「…………正確には屈服させる。倒すだけだと、次の『王』が立つようになってる」
うわ。
けっこう、面倒なシステムになっているんだな。
「ですが、そもそも、本来の役割はお婆様のもとで、森の護り手として任せられたはずなのですよ。今はそのシステムが少しおかしくなってしまっているようですね」
「ラルフリーダさん!」
いつの間に!?
不意に、何の気配もなく、ラルフリーダさんが、緑色のドレスのような衣装に着替えた姿で現れたのだ。
手には、ねじれた古木のような杖を持っている。
いや……新芽のようなものが生えているので、その杖に見えるものは生きているのか?
そして、正装をまとった感じで、いつものゆるふわな雰囲気が消えて、一本筋が通ったような威圧を伴っている、というか。
口調は変わらないのに、ちょっと気を抜くと、ひれ伏してしまいそうな迫力があるのだ。
「お待たせしました。少し準備に時間がかかってしまい、申し訳ありません」
ふふ、と微笑を浮かべるラルフリーダさん。
その表情だけは、普段とまったく変わらない気がする。
「では、ここから先は私にお任せください。できれば、嫌な予感が当たらなければ良かったのですが……ええ、それはそれとしまして、理由はどうあれ、私の領域を犯したものには、お仕置きをしなくてはいけませんね」
そう言って。
ラルフリーダさんが微笑む。
うわ。
やっぱり、この人、ただ優しいだけの人じゃない。
これから何が起こるのかはわからないが、その場の異様な雰囲気に飲まれて、ただただ、俺たちはラルフリーダさんが、行動することを見つめることしかできなかった。




