第132話 農民、乱戦で抗う
「波状攻撃か! これが!」
「落ち着いて、マスター! まだ魔法の攻撃は少ないわ! そっちの方がスピードが速いから、そっちに集中! ルーガは投石で、風を起こしてる鳥を狙って!」
「うん! あっちのものすごく羽ばたいている鳥だね!?」
うわっ!?
さっきよりも攻撃が激しくなったぞ!?
向こうも必死というか。
これが、ノーヴェルさんが言っていた、鳥モンスターたちの本気ってことか。
敵味方関係なく、ハミングバードが風で動きを乱してくるので、小さい鳥のくちばし特攻みたいな攻撃も防ぎにくくなっているのだ。
『土魔法』の『土盾』などを発動させても、相手の飛んでくる軌跡がずれてしまうのだ。
正直、完全に攻撃のラッシュを防ぐのは無理!
なので、ビーナスが言っているように、全力で対処するのは、敵の使って来る魔法に関してとなる。
ガーネットクロウによる『火魔法』の攻撃。
ウェットウッディーの『水玉』みたいなもののラッシュについては、『土壁』を生み出して、俺となっちゃんで防ぐ。
だが、ずっと発動しておくと、それ自体が遮蔽物になってしまって邪魔なので、バルバル鳥が使ってくる『アースバインド』と一緒に、自分たちの『土魔法』もまとめて、地面へと返すようにして。
で、一番の問題は、ハミングバードが使って来る、無差別の『強風』だな。
威力というか、喰らうだけだとそれほどダメージはないが、その分、『土魔法』による防御がほとんど効かないのだ。
せめて、ビーナスと相対した時の『音魔法』みたいに、発動のタイミングが把握できればいいんだけど、距離が離れているのと、複数で入り乱れて放ってくるため、ちょっとした台風みたいになっているというか。
もっとも、それは飛んでいる他の鳥モンスターたちも同様らしくて、直撃しそうになった突進攻撃の方向が風でずれて、そのまま、地面に墜落したやつもいたし。
うーん、何だか、さっきよりも攻撃が乱れている気がするぞ?
統制がとれた動きではあるものの、味方もろとも敵を倒す、って感じだし。
一方で、矢がきれたルーガが続いて取り出したのが、パチンコを大きくしたような感じの両手で扱う投石器だったのだ。
弓矢以外にも、そういうものをルーガが持っていたことにも驚かされたけど、『山』で狩人として生きていく上では、当たり前の装備なのだそうだ。
弓矢より、近距離でも隙が少なく、かつ、弾がきれた場合でも、近くに落ちている石などを利用することもできるから、って。
まあ、きっちり構えて撃った場合は、弓矢の方が威力があるらしいので、普段はそっちに頼ることが多いらしいけどな。
飛距離も、弓矢の方が長いし。
なので、引き続き、ルーガは投石で、魔法を使ってくる鳥を中心に狙ってもらっている。
ビーナスはビーナスで、乱戦になってきたので、『つるの鞭』全開って感じで、飛んでくる鳥モンスターをあしらっているしな。
てか、ビーナスって、『狂化』状態じゃなかったら、こんなに強かったのか。
地下通路で、もし冷静に対処されていたら、俺に付け入る隙はなかったんじゃないのかね?
いや、今もそれなりに必死なようで、たまにこっちにも『つるの鞭』がしなったやつが飛んでくるんだけどな。
何気に、鳥モンスターの攻撃と同じぐらい痛いっての。
ただ、それでも、俺も周囲に気を配れる程度にはなってきた。
何とか、こっちが少数ではあるけれど、膠着状態へとは持ち込めてきたからだ。
後ろの方からやってくるモンスターに関しては、ノーヴェルさんが引き受けてくれたから、ってのも大きいな。
上空で魔法を使いながら、戦況をうかがっていた大型のモンスターたちもノーヴェルさんの存在に気付いて、そっちに抗戦を始めたし。
というか、ノーヴェルさん、やっぱり強いな。
一対多の状況にもかかわらず、持ち前のスピードか? ちょっとあんまり俺もそっちを見てる余裕がないんだけど、気が付けば、瞬間移動みたいな動きをしてるし。
武器らしい武器を持っていないかと思ったら、空中からナイフみたいなものを出して、それを投擲したりしてるし。
あれも、何かの魔法か?
傍から見ていると、たくさんのナイフを次々と錬成しているようにも見えるし。
ただ、そのおかげだろうな。
敵の連携がかなり乱れたのも事実だ。
今の状況こそが、本当の乱戦だな。
これに比べたら、最初のころはまだまだ、向こうも様子見だったことがよくわかる。
ビーナスの指示が的確じゃなかったら、俺もあたふたしてしまって、身動きが取れなくなっていたはずだ。
「――――っ!? マスター! 切り札を使うわ! すぐに周囲の土魔法を解除して!」
「わかった!」
「そのまま、三人とも、わたしの後ろに回って!」
「ああ!」「うん!」「きゅい!」
ビーナスの言葉と同時に、俺たちも動く。
それを見て、ビーナスが不敵な笑みを浮かべて。
「いいかげん頭にきてるのよね! そのまま、全弾喰らいなさいっ!」
ビーナスが後ろの空間に入った、俺たちを『つるの鞭』で包み込んで保護。
そのまま、周辺全域へと向けて――――。
「『眷属成長』――――暴走発動っ!」
ビーナスの『苔の実弾』が全方位に向けて放たれる。
速度はルーガの放った矢の速度と同じぐらい。
だが、その苔の実は、鳥モンスターに、落ちている岩に、木に、触れるのと同時に、予想外の変化を起こした。
「っ!? おい、ビーナス、これって、炸裂するのか!?」
「ええ! 本当は、軽く破裂する程度だと思ったんだけどね。ふふ、マスターに少しなでてもらったから、ちょっとだけ変異したみたいね」
マジか。
これも『緑の手』の効果ってことか?
実が炸裂して、その破片が辺り一面に散らばっていく。
一部の実は、破片ではなくて、まるで花粉のように飛散していくのがわかる。
そして、その苔の実の攻撃が直撃した鳥モンスターたちは。
「うわあ、鳥のモンスターがぼとぼとと落ちていくよ?」
「あ、そうそう。ルーガも、マスターも、なっちゃんも、今のうちに、こっちの白くてきれいな苔の実を食べて。あの、飛んでるのがこっちにも来るから。わたし以外は、そのままだと、実の作用を受けちゃうから」
「おい……もしかして、あれって、状態異常を引き起こす実か?」
「ええ。わたしのスキルが封じられたままだから、どこまで機能するかと思ったんだけど……うん、想像以上にうまくいったわね!」
うわ。
やっぱり、敵に回すと恐ろしいなマンドラゴラって。
要するに、あの実って、『直死の咆哮』とかの効果を乗せる形で、無理やり育てた実らしい。
一応、ビーナスに言わせると、こういうやり方って、子供を爆弾扱いするような感じなので、マンドラゴラの美学に反するらしいけど。
「死ぬよりはマシよ! どうせ死ぬなら、誰も彼も巻き添えにしてやるんだから!」
うん。
コミュニケーションを取れるようになったから、少し油断してたけど、その手のマンドラゴラとしての本質みたいなものは変わってないみたいだな。
『死なばもろとも』がマンドラゴラのモットーって感じか。
うん、やっぱり、仲良くやっていくのが一番な気がするぞ。
というか、だ。
今のビーナスの一撃で、周囲を飛んでいた鳥のほとんどが地面に落ちたぞ?
俺も何羽かに『鑑定眼』をかけてみたけど、どれもこれも『麻痺』とか『錯乱』とか『虚弱』のバッドステータスになっているようなのだ。
範囲内にいた、大型の鳥も落ちてるし。
俺やルーガとかは、ビーナスからもらった白い実を食べてるから、周囲を飛散している粉状のものとかに触れても大丈夫みたいだけどな。
「…………こういうことするなら、事前に言って!」
あれ?
あ! 離れたところの木の陰でノーヴェルさんが怒っているのが見えた。
慌てて、口元を何かの布で押さえてるし。
というか、あの人、大声も出せるんだな。
危うく巻き込まれるところだった、って睨まれてしまった。
いや、タイミングはビーナス任せだったので、俺も事前にはわからなかったんだよな。
ともあれ、味方を巻き込まなくて良かったよ。
でも何とか、周囲を飛んでいた鳥モンスターの集団は無力化できたよな。
ふぅ、と俺たちが肩をなでおろしている、その時だった。
「……えっ!? 嘘でしょ……!?」
何かに気付いて、絶句するビーナス。
と、俺もビーナスが見ている方の空を見ると。
「……今ので終わりじゃないのかよ」
遠くの空から飛んできているのは、今と同じぐらいの鳥モンスターの群れだった。
もうすでに、俺たちも消耗が激しい状態だ。
もう一度同じことをやれ、って言われるとかなり厳しい。
「…………これが、『森の護り』。ヒッチコックリーダーによる、波状攻撃」
「えっ!? さっきまでのが波状攻撃じゃなかったんですか!?」
ノーヴェルさんの言葉に、思わず俺も言葉を失う。
波状攻撃ってのは、一群が終わったら、そのまま次の一群をぶつけてくるってことだったのかよ!?
――――終わりが見えない。
消耗戦と言えるような戦いに巻き込まれたこと。
その事実は俺たちに重くのしかかってくるのだった。




