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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第4章 畑始めました編
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第130話 農民、ビーナス畑で異変に遭遇する

「マスター、来てくれたのは嬉しいけど、ちょっと様子が変よ」

「えっ? どういうことだ?」


 ビーナスのいる畑のところまで行くと、いきなりビーナスから、ちょっと周囲警戒! という風に促されてしまった。

 うん?

 でも、ここって、町の中だよな?

 一応、町自体には結界が張られていて、さらに、このラルフリーダさんの家の周囲には『結界』があるから、二重に結界が張られている状態だと思うんだが。


「ねえ、ビーナス、どういうこと? やっぱり、モンスターの気配?」

「ええ。やっぱり、ってことは、ルーガも感じるのね?」

「うん、『山』とかでも感じたびりびりするようなのがね」


 えっ!? ルーガもか?

 というか、俺が驚いている前で、ルーガがそのまま、自分のアイテム袋から武器を取り出した。

 昨日、冒険者ギルドで借りた『初心者の弓』に、つがえるための矢が入った入れ物を袋から出して、そのまま武装する。


 その姿を見て、ようやく俺も慌てて、武器を取り出す。


「ちょっと、マスター! その短い刃物じゃダメよ! それじゃあ、届かないもの!」

「えっ!? 届かない?」

「セージュ、気配が近づいているのは上の方だよ」


 そう言って、ルーガが空を指差した。

 って、おい!?

 そこを見て、ようやく、俺もモンスターの姿を確認する。

 まだ、豆粒みたいな大きさだけど、鳥だな。羽ばたいている鳥の群れが、ゆっくりと遠くから近づいてくるのが見えた。


 いや、ちょっと待て!?

 何だよ、あの数!?

 少なく見積もっても、十や二十やきかない数の鳥が――あれって、鳥モンスターだよな? それが、こっちの方に向かって飛んでくるのだ。


 確かに、上空から襲って来るってことは、短剣程度じゃどうしようもないな。

 え、でも、俺、飛び道具は持ってないぞ?

 攻撃範囲は狭いけど、土魔法に頼るしかなさそうだ。


 あ、待てよ?


「あ、マスターそっちの方がいいわ。少なくとも、さっきのちっちゃいのよりはマシね」

「でも、俺、こっちは使ったことがないぞ? ……まあ、無いよりマシか」


 俺が手に持ったのは、今朝買ったばかりの『鉄の鎌』だ。

 こんなの戦闘に使えるのか? って正直思ったばかりだけど、今、俺が持っている中では、この鎌が一番、間合いが遠いのだ。

 あとは、木でできたトライデントもどきもあるけど、あっちはそもそも、木だから、金属よりも耐久性に乏しいだろうし。

 だから、選択肢がほとんどない状態だ。


 というか、何でいきなり、モンスターが襲撃してくるんだよ?


「ここって、『結界』の中じゃないのか!?」

「知らないわよ!? 大体ね、マスター。安全地帯なんて、幻想を真に受けてるから、マスターたちみたいな種族って、危機感がなくなるのよ? 山で暮らしてたら、こんなことってよくあることだもの」


 現に、ルーガは気付いたじゃない、とビーナスが怒る。

 いや、それに関しては申し訳ないけど、今見ても、けっこう離れてるじゃないか、とは思う。

 あれだけの距離でモンスターの気配を感じろって言われても、普通の人間にはきついって。


 いや、ルーガは何なんだって話だが。

 スキルとかはないから、純粋に『山』で暮らしていたから得た能力だろうな。

 もしかして、向こうでも、プロの猟師さんとかはそういうことができるのかね?

 少なくとも、スキルがすべてじゃないってのはわかった。

 さすがは狩人(ハンター)と言うべきか。


「でも、あれって敵なのか?」

「もう! だから、マスターは危機感がないっていうの! ただ、飛んでるだけだったら、わたしだってわかるわ……ああ、もう! しまったわね、ラルさまに封じられたままになってるじゃないの、わたし!」


 今、まっすぐな音波を出そうとして、『音魔法』が発動しないことを思い出したようだ。

 慌てて、ビーナスが自分の能力のチェックを始めた。


「……つるは伸ばせるわね。それに『土魔法』も使えるし。ああ、でも、使い慣れてるのが封じられてるのは痛いわね。仕方ないわ……せっかく育てた子たちをダメにするのは可哀想だけど、本体(わたし)が生き残らないと意味がないもの」


 そう言って、ビーナスが、辺りに生えていた苔に対して、何らかの能力を使う。

 苔が紫色の光で輝いているぞ?

 一体、何をやってるんだ?


「ビーナス、それは何をやってるんだ?」

「『眷属成長』のスキルよ。本当はね、伸び伸びと育ててあげるといいんだけど……こういう育て方をすると、ちょっと残念な活かし方しかできないから。あ、そうだ、マスター。ちょっとでいいから、この子たちをなでて」

「こうか?」


 時間がないから、ビーナスに言われるがままに、苔をなでる。


 ――――と、再び、なでた苔たちが紫色に光って、何やら、丸い実のようなものをつけた。


「はい、これで準備完了。あっちが近づいて来たら、これいっせいに投げるから、射線に入らないようにね、マスター」

「え? これ、何の実だ?」

「それはぶつけてみてのお楽しみよ。正直、わたしもマスターの力がどういう風に作用するか、ちょっと興味あるし」

「……おい、ビーナス。お前、ちょっと楽しんでないか?」

「そんなことないわ。まあ、死ぬかもしれないから、はっちゃけたいってのはあるけど」


 どこかおちゃらけた雰囲気のまま、そんなことをビーナスが言う。

 おい、ちょっと待て。

 いや……俺が思っている以上に、この状況ってまずいのか?

 何というか、ルーガと最初に会った時も思ったが、ビーナスはビーナスでどこか刹那的な感覚が強いよな。


 いや。


 もしかすると、こっちではこれが当たり前なのかも知れない。

 死と隣り合わせの日常に、ある程度慣れてしまっている、というか。

 それに気付いて、何となく、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 俺たち迷い人(プレイヤー)には、『死に戻り』という救済措置がある。

 だから、いわゆる死線って言っても、なんちゃって死線だから、まだこうやって、平静でいられるのだ。

 だが、ビーナスやルーガ、なっちゃんたちにはそれがない。


「きゅい――!」


 やる気に満ちているなっちゃんの姿を見ながら、その事実の凄さを改めて感じる。

 ああ。

 ここにいるみんなは強いな……俺以外は。

 身体のレベルとか、そういうことじゃなくて、生物としての強さを感じるのだ。


 たぶん、俺には覚悟が足りない。

 死んだら蘇られる、っていうイメージを削り落として。

 そうすることで、ルーガたちの強さへと追いつきたいと、そう思って。


 よし。

 気持ちの整理、完了。

 まずは、この状況から生き残ることを最善としよう。


 ビーナスは自由に移動できない。

 だから、その範囲を護ることが大前提となる。

 今度は、ルーガも弓を使って攻撃できるし、なっちゃんも『土魔法』で手伝ってくれる。

 正直、俺の鎌さばきが一番不安ではあるが、その辺は、『土魔法』とかと併用で粘るしかないだろうな。


 そうこうしてるうちにも、モンスターが近づいてきた。

 ――――来る!

 てか、近づいてくると大きいな! この鳥モンスター!


 いや、でも、大きな個体でも、俺と同じぐらいだから、今まで戦ってきたラースボアとかミスリルゴーレムほどじゃないよな。

 問題は、数だな。


 そう考えると、鎌を使うってのはそこまで悪い話じゃないのか?

 今思うのは『農具』のスキルをもうちょっと鍛えておけばよかった、という微かな後悔だ。

 とは言え、後悔なんて後でもできるよな!


「セージュ! この距離なら、届くからやるね!」

「ああ! ルーガの判断で攻撃してくれ!」

「うん、わかった!」


 俺の声に合わせて、ルーガが構えていた弓から矢を放った。

 それが、この戦闘の始まりの合図となった。

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