第129話 農民、鉱石類を受け取る
「はい、以上でお預かりしていたものは全てですね」
「ありがとうございました、ラルフリーダさん」
朝と違って、今度はきちんとラルフリーダさんと会うことができて、俺が置かせてもらっていた鉱石類を、無事回収することができた。
昼間はどうやら、この『木のおうち』も光ることはないようで、夜明け前にやってきた時のような幻想的な風景ではなくなってしまっていた。
たぶん、樹が光るのって、夜中だけの光景なんだろうな。
ちょっとだけ見れて得した、って感じだ。
今、訪問した時に出迎えてくれたのは、例によって、家の前で寝そべっているクリシュナさんと、ラルフリーダさん、それに、護衛をしているノーヴェルさんだ。
エルフのフィルさんは、別のお仕事もあるので、今は町の外へと行っているらしい。
どうやら、ラルフリーダさんの護衛って、常駐しているのはノーヴェルさんとクリシュナさんのふたりで、それプラス不定期で色々な人が護衛任務に訪れる、という感じになっているようだな。
「あ、そうだ。ノーヴェルさん」
「…………何?」
「俺がいない間に、ビーナスの面倒を見てくださったんですよね? ありがとうございます」
「…………別に、礼を言われるほどのことじゃない。お嬢様に危害を加えないかどうか、監視してただけだから」
ぷいっ、と不機嫌そうに横を向くノーヴェルさん。
相変わらず、俺とはほとんど目を合わせてくれないんだよな。
まあ、裏事情っぽいことをビーナスから聞いた感じだとしょうがないのかね?
たぶん、ラルフリーダさんを護るのが至上命題って感じだろうし。
そう考えると、この警戒心強めの対応も、SPさんみたいな風にも見える。
まあ、いいや。
理由はどうあれ、ビーナスの面倒を見てくれてるみたいだしな。
「ふふ、ノーヴェルはこう見えて、小さい子の相手をするのが好きですからね。おそらく、ビーナスさんもその中のひとりなのでしょう」
「…………毒されてない子は嫌いじゃない。邪心がないから」
だから好き、とノーヴェルさん。
あー、なるほどな。
一応、ビーナスも小さい子って範疇に入るのか。
そういえば、見た目はさておき、一応、五歳児だもんな。
魔樹種にとって、五歳ってのがどのぐらいの年を指すのかはわからないけど。
「そうですね。魔樹種は長命種に数えられますから、ビーナスさんぐらいですと、本当に赤ちゃんと言っても問題ないぐらいですね。もっとも、一定のところまでの成長は早いですから、全体的に、魔樹種の子はおませさんの子が多いのですよ」
「あ、そうなんですか?」
「はい。特にモンスター系統の種族の場合、野生に馴染むまでの期間が短いですから。この辺りの子たちも、生まれてそこそこで暮らしていけるようにはなりますし」
へえ、そういうものか。
モンスターの場合、幼児期ってのはほとんどない種族も多いそうだ。
まあ、それはそうかもな。
向こうでも、赤ちゃんの時期が長いのって、人間とか含めて、ほとんどいないし。
「きゅい――♪」
「あっ、そういえば、なっちゃんの子もひとり立ちしたんだっけ」
「きゅい!」
そうだよ、という感じでなっちゃんが頷く。
だから、俺と一緒についてきてくれるんだものな。
というか、なっちゃんってば、少しずつ、こっちの言ってることがはっきりとわかるようになってないか?
最初から、何となく、意思疎通みたいなものは取れたけど、そういう意味では、相手の感情とかを読み取るのは得意なのかね?
言葉もちょっとずつだけど理解してきてるような気もするし。
あ、そうだ。
それはそうと、ラルフリーダさんに確認したいことがあったんだよな。
畑に関しては、好きにしていいとは言われたから、そっちは俺のペースで頑張るとして、ルーガとビーナスのことについて、だ。
「ラルフリーダさん、ルーガたちが例の場所に飛ばされる前に、どこに住んでいたか、ご存知ありませんか?」
ルーガの故郷の『山』を目指すためのヒントについてだ。
一応、ラルフリーダさんはビーナスのことを調べたりもしていたので、ダメ元で知っていないか、聞いてみたかったのだ。
「そうですね……情報がまだ不足しているので、何とも、というところでしょうか。オレストの町の周辺ではない、ということは間違いありませんが」
「あー、やっぱりそうですよね」
「ですが、仮説と言いますか、住んでいた場所がどのような場所であったかは、何となく想像がつきます」
「えっ!? 本当ですか!?」
「はい。ビーナスさんの適応されていた魔素濃度を考慮した場合、それなりに周辺魔素の濃い環境であったはずです。中央大陸でしたら、そのような場所は、ある程度限られてくるはずですよ?」
あ、なるほど。
場所によって、魔素って濃い場所と薄い場所があるんだものな。
その濃い場所で、『山』であるところを探せばいいのか。
「グリゴレさんは、『霊峰』じゃないかって言ってましたね」
「可能性はありますね。ただ、ルーガさんのお話を聞く限りですと、『霊峰』だとすれば、雪が積もっていない場所で、かつ、人がほとんどやって来ないところ、ですよね? おまけに魔素濃度が濃い、と。少なくとも、私もそれらを満たす場所について、耳にしたことはありませんね」
もっとも、私もこの辺りからあまり離れたことはないですから、そちらは伝聞などですけどね、とラルフリーダさんが苦笑する。
ふうん?
ラルフリーダさんの感触だと、『霊峰』の可能性は低いってことか?
まあ、確信はないってことだから、意見のひとつと考えればいいか。
あ、待てよ?
『魔境』の方も、魔素濃度が濃いんだよな?
「あの、『魔境』の奥には『山』みたいな場所はないんですか?」
「ありますが……先程もお伝えしましたが、この周辺ではありませんよ。もし、そうでしたら、私やお婆様が知らないはずがありませんから」
その可能性はありません、とピシャリとやられてしまった。
どうやら、『魔境』ではないらしい。
「ラルフリーダさんのお婆様もいるんですか?」
まあ、親族がいるのは当たり前だろうから、そうなんだろうけど。
今はラルフリーダさんが、この町の町長をやってるから、その前の町長さんとかなんだろうか?
俺がそう考えていると、ラルフリーダさんが少し憂いのある表情を浮かべて。
「はい。そうですね……それで今、そのことも踏まえまして、ちょっと確認作業を行なっているのです」
「確認作業ですか?」
「ごめんなさい。これ以上は、異変に関連したことも含まれますので、現時点ではお答えすることができません。確証が持てるようになりましたら、改めて、冒険者ギルドでの情報公開も含めまして、ご報告させて頂きますね」
ですから、詳細についてはお待ちください、とのこと。
あ、なるほど。
例の『モンスターの調査』に関連しているのか。
うん?
ラルフリーダさんのお婆さんが、か?
「…………それ以上は禁止。お嬢様が困ってる」
「あ、すみません」
ノーヴェルさんから、警告が飛んできた。
まあ、そうだよな。
領主さまってことは、仮に知っていても、あんまり言っちゃいけないことも多いだろうし。
たぶん、ラルフリーダさんのお婆さんも、そっちに含まれるのだろうな。
相変わらず、ラルフリーダさん本人の種族とかも秘密っぽいし。
「そうですね、ルーガさんたちの故郷については、こちらでも調べてみますね」
「ありがとうございます、お願いします」
「うん、ありがとう、ラルさん」
「ふふ、どういたしまして」
ふむ。
とりあえず、これで要件は済んだかな。
後は、またビーナスのところに顔を出してから、畑に戻るとしよう。
そう伝えて、ラルフリーダさんの家から辞去する。
「畑に関しては、私も報告を楽しみにしておりますね」
「はい。お忙しいところありがとうございました」
そのまま、俺たちは、ビーナスのところへと向かうのだった。
《セージュたちが家を出てからしばらく後、『町長の家の中』にて》
不意に、ラルフリーダは頭の中に響いた警告音に気付いて、表情を変えた。
「…………お嬢様!?」
その姿に驚きつつ、慌てて、ノーヴェルが駆け寄る。
それと同時に、家の外からも、狼の唸り声が響く。
「クリシュナも気付いたようですね……ちょっと予想外でした。せめて、セージュさんたちが『結界』の外に出るまでは問題ないとは思っていたのですが」
「…………お嬢様、もしかして!?」
「はい。嫌な予感が当たってしまいましたね。『グリーンリーフ』の免疫機能が異常を来たしているようです。いえ、お婆様と連絡が取れなくなっていたので、おかしいとは思っていたのですが」
「…………つまり、最近のモンスターの異変は」
「ええ。お婆様の身に何かあったか、それとも……いえ、そちらについては、考えないでおきましょう。それよりも、ノーヴェル、命令です。急いで、セージュさんたちの元へ向かってください。もしかすると、もう戦闘に入っている可能性があります」
有無を言わせない言葉に、ややあって、ノーヴェルが頷いて。
だが、その顔にはわずかに心配をにじませる。
「…………お嬢様は?」
「準備ができ次第、私も動きます。ええ、これは私の見込みの甘さのせいですから。私たちだけでしたら、それほど問題ありませんでしたけどね」
「…………まったく、間が悪い。あの男ときたら」
「ですから、それも含めて、私の責任ですよ? ノーヴェル、貴方の役目を果たしなさい」
「…………畏まった」
ラルフリーダの言葉に頷いて。
すぐに、その場から、ノーヴェルの気配が消える。
そのまま、セージュたちの元へと向かってくれたことに、ホッとして、一方、自分も外へ出るための準備に取り掛かるラルフリーダ。
「私も領主として、護るべきものがありますから」
そのまま、今起こっている『異変』へと対応するために、ラルフリーダは動き始めた。




