第128話 農民、再び町長の家へと向かう
「牛乳おいしかったね」
「きゅい――♪」
「ああ、そうだな」
ホルスンの乳って、けっこう濃厚でコクがあって美味しかったな。
やっぱり、搾りたての牛乳っていうか、加熱処理をしていない生の乳って感じで。
俺は実家とかで飲み慣れてるから、おっ!? 美味い! って感想だったけど、アスカさんとかはちょっとびっくりしてたな。
リクオウさんは、今日飲むのが初めてじゃなかったけど、やっぱり、最初に口にした時は驚いた、って言ってたし。
うん。
まあ、向こうだと法律の壁があるから、酪農でもやってないと飲めないもんな。
加熱殺菌一切なしの搾りたて牛乳なんて。
そう!
本当は牛乳って美味いんだよ。
教会のホルスンの乳だってさ、冷所保存が可能だったら、本当は販売した方がいいと思うんだけどな。
いや、いざ売るとなると、どうしても最低限の加熱殺菌は必要だけどさ。
教会まで飲みに来れるようになったら、たぶん、人気が出ると思うんだけど。
まあ、その辺は、カミュとタウラスさんから、あっさりと却下されちゃったけどさ。
『いや、だから、別に教会は金儲けの集団じゃないぞ。現状だとメリットとデメリットをきちんと考慮したうえで取りやめてるんだから、そういうのは状況が許すようになってからだっての』
『そもそも、すでに人手が足らんからなあ。これでも乳製品作りに関しては、それなりに無理をしておるのだぞ?』
うん、残念だ。
とは言え、タウラスさんの話だと、万が一、ホルスンの乳が人気になったら、それはそれでここの教会で飼っているホルスンだけでは足りなくなる可能性が高いので、そうなると、乳が売れる代わりに、バター用とかの分が不足してしまって、結局、本末転倒な感じになりかねないのだとか。
それが嫌なら、お前も頑張れ、って言われちゃったしな。
まあ、それはそれとして。
牛乳を飲んで、少しはルーガの機嫌が良くなったので、そっちに関しては良かったよ。
まさか、『身体強化』の付与はしてもらえるけど、その付与自体に効果がないなんて思わなかったからなあ。
カミュが驚いていたところも見るに、ルーガみたいなケースってかなり稀なんだろうな。
一応、魔法屋さんにお金を払ってかけてもらう、属性魔法の付与の場合、どうしても、個人の資質とか、適性が影響してしまうらしいけど、『身体強化』の場合は、その適性がないってことはまずあり得ないらしいし。
とはいえ、まったくゼロかっていうとそういうわけじゃないみたいだけど。
ただまあ、タウラス神父も言ってたけど、取り柄ってのは人それぞれだから、あんまり気にしない方が良いってことらしいけどな。
スキルのあるなしが、本人の評価にはならないから、って。
『裏を返せば、スキルに頼り過ぎない、という資質でもあるだろうな』
『ああ、今、タウラス、良いこと言ったぞ。あたしもそれは同感だ。前に、セージュには話したかも知れないが、身体のレベルが必ずしも強さの指針にならないのと同様に、スキルの構成が強さを示しているわけでもない、ってな。ぶっちゃけ、全てのスキルにはプラスとマイナスの面がある。一見、どれほど凄そうなスキルであっても、どこかに穴というか、付け入る隙がある、というかな。だから、自分の能力に関しては、他人に知られないようにするのは基本だ。まあ、しつこいようだが、ちょっと前に、馬鹿なやつと会ったもんでな。再度警告しておくぞ』
だから、ルーガも元気だせ、って、タウラスさんもカミュも言っていたな。
あと、スキルには相性があるから、どれほど万能に見えるスキルでも、必ずそれを覆す能力が存在する、って。
そう、想定していた方が無難だと、カミュから忠告された。
けっこう、大事な話みたいだから、俺とか、一緒にいたアスカさんやリクオウさんも、その言葉には真剣に頷いていたけどな。
ただ、カミュが言ってることはわからないでもないんだが、敵が『鑑定眼』を持っていたら、スキル構成がばれるのって、どうしようもないと思うんだけどな。
俺はそう思っていたんだけど。
『所持スキルは、な。だが、本当の意味で重要なのは、そのスキルの使い方、だ。ほんと、これに尽きるんだよ。そのスキルを生かすも殺すも、本人の使い方次第だからな』
ということらしい。
もちろん、隠せるなら、カミュみたいに隠した方が確実って話だけどな。
さておき。
教会での要件が済んだので、俺たちはそのまま、ラルフリーダさんの家へと向かっていた。
一応、牛乳を飲んだあと、教会に関しても簡単に説明してもらったんだよな。
教会でやっている『癒し』について、とか。
まだどっちも俺には縁がなかったんだけど、まず『癒し』ってのは、基本の癒しが第一段階で、そっちは、ここだけの話、サティ婆さんが卸している薬だけでどうにかなる処置のことを指すらしい。
薬だけで解決するパターンな。
一応、今のところは迷い人に関しては、スタート直後の出血大サービスってやつらしくて、一律500Nだそうだ。
それに関しては、カミュが前に教えてくれたよな。
普通に薬買ったら、もっとするから、これはこれで割に合わない形らしい。
まあ、それに関しては、ナビさんとかから補助とかも出てるみたいだけどな。
運営のテコ入れってやつか?
詳しく突っ込むと、こっちで暮らしている人たちの矛盾点を指摘してしまいそうだったから、そのまま聞き流したけど。
そして、『癒し』にはもうひとつ方法があって、そっちのやり方が教会にとっても特別な方法なのだそうだ。
カミュが『普通の支部ならあり得ない』って揶揄している方な。
その説明の際に初めて知ったんだが、この教会にも、『大地の恵み亭』のジェムニーさんみたいなナビさんがいたのだそうだ。
シスターのひとりで、『癒し』に関すること担当のグースリーズさん。
重病とか、重傷で、普通に薬だけでは処置できない場合は、そのグースリーズさんに頼んで、というか、手続きをして、『癒し』の手順を踏んでもらうのだそうだ。
その、具体的な『癒し』ってのが、だ。
『遠くにいる聖女を一瞬だけ呼び出す方法だな。ったく、こんなもん反則技もいいとこなんだが、まあ、仕方ない。エヌのやつの判断だ。あたしがどうこう言うことじゃないしな』
とか何とか、カミュがぶつぶつと文句を言っていたけど。
とにかく、その『聖女』と呼ばれる人を呼び出して、『癒し』を授かるってのが、もうひとつのやり方なのだそうだ。
現に、リクオウさんは、その現場を目にしたことがあるらしいし。
『ああ、さすがは聖女と呼ばれるだけの静謐な雰囲気の女だったぞ』
その神聖な雰囲気には、少し感動した、とのこと。
ちなみに、その『聖女』さまの『癒し』も500Nなのだとか。
うん。
そりゃあ、カミュが色々と愚痴るのもわかるような気がする。
値段が値段だから、俺もケガをしたら会ってみたい気もしたけど、それはそれで簡単に呼び出すのもまずい気がするから、その辺は、我慢だろうな。
少なくとも、そのリクオウさんが目にした時も、癒された迷い人が、その後、延々とお説教と無料奉仕だったみたいだし。
とはいえ、本物の『聖女』がいるってことは驚いた。
さすがは神聖教会っていうだけのことはある、って。
もっとも、カミュに言わせると。
『まあ、"聖女さま"としては頑張ってはいるよな。夢壊すのも悪いから、あたしの口からはこれ以上は言えないけど』
ということらしくて、どうやら、その人もそれなりに癖のある人のようだ。
ただ、タウラスさんなどは、それなりに敬意を払っているらしく、ここの教会でも、その『聖女』さまの壁画を描いている最中なのだとか。
いや、というか、それもテスターがやっているクエストだって聞いて驚いたけど。
何せ、壁画を描いているのって、写る楽さんっていう人だったからな。
俺も『けいじばん』で時々発言を見たことがあったけど、こんなところでクエストをしているとは知らなかったので驚いた。
いや、実際、俺が遭遇していないだけで、会っていない迷い人さんってけっこう多いはずだし。
ちなみに、写る楽さんは絵師さんとして、このテスターのお仕事を受けたそうだ。
ヴェルフェンさんが漫画家さんだから、そっちの業種の人もけっこう声をかけられているのかも知れないな。
今日は、下絵の途中で簡単に挨拶しただけだったけど、やっぱり、プロだけあって、俺が一目見ただけでも上手いと感じる絵だったし。
それにしても、教会の壁画を描くクエストかあ、とは思った。
いや、俺が知らないだけで、かなり色々なクエストが隠されているようだな?
そういうところには力を入れてるよな、運営ってば。
さておき。
そんなこんなで、今に至る、と。
というか、ラルフリーダさんの家に向かっているのも、カミュから『そういえば、セージュ。ラルのとこにミスリルとか置きっぱなしなんだろ? なるべく早く取りに行くようにな』って言われたからなんだが。
どうやら、アスカさんを連れて行った際に、そのことを聞かされたらしい。
あ、そういえば、と思ったのは内緒だ。
全部預けてるわけじゃないから、一応、俺のアイテム袋の中にも、ミスリルの鉱石とか、魔晶石は残ってたし、ちょっとうっかりという感じだな。
とは言え、町長さんの家を倉庫代わりにするのも、さすがにまずいので、畑に戻る前にちょっと寄って行こうと考えたわけだ。
朝うかがった時は、さすがに時間帯が早すぎて、面会って感じでもなかったしなあ。
クリシュナさんにも止められたし。
そんなことを思いながら、ラルフリーダさんの家へと向かう俺たちなのだった。
《同時刻、『神聖教会オレスト支部』にて》
「……なあ、タウラス。ルーガに関して、どう思った?」
「うむ? 『身体強化』の付与失敗についてか?」
「ああ。おまけにスキルなし、と来たもんだ」
そう言って、カミュが考え込むのを見て、タウラスも首を捻る。
「可能性はいくつかあるのではないか?」
「まあな。現状だと何とも言えないがな。まあ、一番可能性があるとしたら、ルーガが『統制型』のスキル持ちってことなんだが」
「ならば、それで良いのではないのか? シスターカミュよ」
「適当だな、おい……てか、やっぱりか。タウラス、あんたやっぱり、前よりも、考え方が大雑把になってるぞ」
「そうかの?」
タウラスの態度に対して、不機嫌そうに舌打ちをしつつ、カミュが言葉を続ける。
「まあいい。そっちの問題は後だ。それよりも、ルーガだ。『統制型』の場合、あたしなら、そっちのスキルに関しては気付けるはずだ。だから、『スキルなし』ってのはあり得ないんだがな」
「ふむ……『あり得ないということはあり得ない』。確か、お前さんの言葉だったと思うのだがな、シスターカミュよ」
「そっちは覚えてるのかよ……ふふん、確かにその通りだ。やれやれ、あたしも焼きが回ったようだな。まあ、そっちの可能性を考えた方が無難か。あたしの『解析』を騙せるだけのスキルか、あるいは、本当に『スキルなし』の資質持ちか。どっちにせよ、少しばかり、妙な話ではあるな」
まあ、もっとも、とカミュが苦笑する。
「現段階では、まだ様子見で良さそうだがな。話をした感じだと、特に何かを演技しているって感じでもなかったし。自覚がないうちは放っておいてもいいだろう」
「無自覚ということかの?」
「たぶんな。それだけに困ったもんではあるんだが。本当は、そっちを知ってるやつを問いただす方が手っ取り早いんだが、それはルール違反だしなあ」
あー、面倒くせえ、とカミュが嘆息する。
「まあいいや。今のところは放置で。あたしにしたところで、ちょっと気になったってだけだしな。まあ、お気楽に楽しめるうちは、そっちの方がいいだろ。今はこっちの世界ってやつを楽しんでもらおうか」
目の前のタウラスに言うでもなく、どこか自分に言い聞かせるようにつぶやきつつ、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
「……今は、な」




