第126話 農民、教会で相談をする
「それで? セージュの要件は何なんだ?」
「ああ。もしかしたら、カミュも聞いているかもしれないけど、俺、こっちのルーガの監督をやるクエストを受けたんだよ。それで、無事、クエストが達成されたから、もしかして、ルーガもカミュから『身体強化』の付与を受けられないかな? って、その相談に来たわけだな」
一応、『身体強化』については、クエストの達成だけじゃなくて、何らかの隠し条件もあるのかもしれないけど、まあ、ダメ元でも聞いてみるのは悪いことじゃないだろうし。
そう、カミュに伝える。
「なるほど、そういうことか。じゃあ、一応、監督官としてもセージュに確認な。ルーガは冒険者として務まりそうか? あんたの視点で答えてくれ」
「そうだな……町で暮らす知識は、これから覚えるとして、冒険者としては特に問題ない気がするぞ」
そもそも、元からモンスターとかが普通に生息している『山』で生活していたぐらいだし、身体のレベルについては、俺よりも高いしな。
店で買い物したりとかは、ちょっと不慣れなところがあるけど、ここまで俺の手伝いとかも色々してもらったけど、問題なく仕事できていたし。
『調合』では傷薬も作れていたし、畑仕事とかも問題なくこなしていたしな。
「ただ、戦闘能力に関しては、俺もまだよくわからないぞ? ルーガが戦っている姿ってのは見たことがないしな」
むしろ、なっちゃんがそれなりに強いってのは知っている。
少なくとも、ぷちラビットぐらいなら物ともしないしな。
ただ、ルーガの言葉を信じるなら、弓に関してはそれなりの距離だったら、目標に当てられるって話だから、狩人としては、相応の実力はあるような気がするのだ。
もちろん、あくまでも何となく、だけど。
その俺の言葉を聞いて、カミュも笑顔を浮かべて。
「よし、そういうことなら、特に問題ないぞ。『身体強化』の付与をしてやるよ」
「あっ、意外とあっさりなんだな?」
聞いておいてなんだけど、こんなに簡単に許可が下りるとは思わなかったぞ?
それも、冒険者ギルドとかに確認とかもないし。
『身体強化』の付与に関しては、カミュが基準になってるのか?
「まあ、前に言ったと思うが、こんなの孤児院のガキどもなら、全員に与えてやってるぐらいだからな。あたし的には特に問題はないんだよ。どっちかって言えば、人格とかそっちに問題がある場合のみ、ちょっと待った、って感じになるぐらいだな」
だから、とカミュが続けて。
「ついでだから、そっちのなっちゃんにも付与しておくぞ。セージュと仲の良いモンスターってことだから、セージュの責任の下なら、そういうこともできるからな」
「きゅい――♪」
あ、そうなのか?
なっちゃんもカミュが言っていることがわかったのか、うれしそうにしてるし。
「へえ、これがセージュくんのテイムモンスターちゃんね? ふふ、どこか愛嬌がある感じでかわいいわね」
「きゅいきゅい♪」
アスカさんもなっちゃんに興味を持っていたらしくて、俺が頭をなでると喜びますよ、と伝えると、そうしてくれた。
まあ、ふかふかの毛とかはないけど、なっちゃんも中々の触り心地なんだよな。
低反発というか、つんと触るとちょっとだけ弾力性があって、押し返してくるような頭をしているし。
もしかしたら、防御膜みたいなものがあるのかな?
なでているとこっちも気持ちよくなるので、俺だけじゃなくて、ルーガも時々なっちゃんをなでているし。
何となく、虫モンだけど、愛され型のモンスターだよな、なっちゃんって。
「まあ、モンスターだろうと、『身体強化』は普通に覚えられるからな。その点では、あたしも問題ないぞ。セージュの要件は、それでいいのか?」
「ちょっといいか、シスターカミュよ。セージュのやつもまた、うちで作っている乳製品に興味があるそうだぞ? 現状では、まだ、セージュのこの町での教会への奉仕活動が少ないのでな。すぐには許可が出せんとは思うが、一応、伝えておくぞ」
「あー、乳製品か……それってあれだろ、セージュ? テツロウとかが言ってたのとおんなじ件だろ? 料理で使うとか何とか」
あ、乳製品の件もタウラスさんからカミュへと伝えてくれたのな?
うん?
あれ、もしかして、カミュの方が権限が強いのか?
「ああ。ユミナさんがあったらうれしい、って言ってたしな。できれば、教会のどこかの支部で作っているハチミツも、だけど」
「いや、そもそも、ユミナにはドランの店で働くから、そっちの購入に関しては、少し緩めたぞ? もっとも、ホルスンの乳に関してはダメだがな。教会に来て、その場で飲む分には一応、許容範囲だが、それ以上ってことになると、他の町とかとの兼ね合いがあるからな」
商人とかにばれると、色々と面倒だから、とカミュが嘆息して。
「あと、ハチミツの話はどこから聞いた? あっちはエリの管轄だから、直接許可もらわないと、あたしでもどうこうできないぞ」
「エリさん? いや、ハチミツのこと自体は、リディアさんがそんなことを言ってたからなんだけど。あの人、実物も持ってたし」
「あー、リディアか。まあ、あいつなら何でもありだしな。案外、隙を見て、買いに行ったりとかしてたのかもしれないな」
そう、どこか納得したようにカミュが頷く。
うん?
というか、何だか、聞き慣れない人の名前が出てきたな?
その、エリさん、って人が教会のハチミツ作りを取り仕切っているらしい。
少なくとも、ここからすぐ行ける場所じゃないから諦めろ、って言われてしまった。
「ハチミツに関しては、そのうち、あたしがエリのとこに相談に行ってやるから、それまでは諦めるんだな。そもそも、あたしの説得で許可が下りる保証もないしなあ。許可が出たら出たで、こっちの町でも受け入れとか、色々やらないといけないことも多いし、そう考えると、オレストの町の場合、ちょっと時間がかかるぞ。何せ、場所が悪いからな」
「そうなのか?」
「ああ。『魔境』の側だから、当然だろ? 勝手に下手なことをやると、すぐに森全部が敵に回るからな。さすがに教会と言えども、手順を踏まないことにはどうしようもないのさ」
そう言って、カミュが肩をすくめる。
ふうん?
詳しくはよくわからないけど、色々と事情があるんだな?
そもそも、『受け入れ』ってのもよくわからないし。
「そっか。ハチミツは無理か……残念だな。アーガス王国にはあるって聞いてたから、それなりに手に入れやすいかと思ってたよ」
「あん? ちょっと待て、セージュ。それ、どういうことだ? アーガス王国でハチミツだと? いや、まあ、流通自体はあり得るか……? 行商人がらみか?」
うん?
あれ? この情報って、カミュにとっては予想外だったのか?
まあ、確かに俺がそれを聞いたのも、向こうで、ラウラの話から、だから、冷静に考えると、オレストの町にいるキャラが知っているはずのない情報ではあるのか。
いや、フレンドコードを使ったメールなら、情報のやり取りぐらいはできるから、そうでもないのか?
「カミュ、それってそんなにおかしいのことなのか?」
「いや……ありえなくもないか。ただ、実のところ、神聖教会とアーガス王国って、あんまり仲が良くないんだよ。だから、エリもそれを嫌って、アーガスにある支部では、ハチミツは作っていないはずなんだ」
「え、でも、別に教会以外で養蜂が行なわれていてもおかしくはないよな?」
「まあ、それはそうなんだが……あ、そうそう、セージュたちにも一応説明しておくが、アーガス王国ってのは、人間種至上主義の国なんだよ。だから、獣人とかモンスターの手を借りたりするのを嫌うんだ」
「そうなのか?」
へえ、そういえば、詳しい実情とかは初めて聞いたな。
数ある人間種の国の中でも、一番、人間種が偉いって思い込んでいる国。
それがアーガス王国なのだそうだ。
「まあ、あそこは、更に階級至上主義だからな。王族とか貴族とかの権限がやたらと強い国でもある。それだけに揉め事も多いな。で、それはそれとして。ハチミツが出回っているとなると、相応の値段になってる可能性が高いな……」
仕方ない、とカミュが嘆息する。
そっちもそのうち確認しないといけないな、と。
「とにかく、ハチミツは諦めろってこった」
「いや、ハチミツはいいけど、バターだけでも売ってもらうことってできないか? ちょっと、『調合』とかで使わせてもらいたいんだが」
「バターか? そっちは、もうちょっとセージュが、教会のために何かを頑張ってくれたら、考えないでもないな」
おっ?
ちょっとは脈ありか?
教会への貢献度を高めれば、代わりに、バターも売ってくれるって話だな。
だったら。
「それなら、そっちに関しても相談があるんだが」
「何だ?」
「ホルスンって、牛系のモンスターだったよな? だったら、そのホルスンを育てるのにも食べ物がいるってことだろ? その飼料を俺が栽培するってのはどうだ?」
「うん? 飼料か?」
少し驚いたような表情を浮かべるカミュ。
たぶん、俺が畑を借りれるようになったことは知っているだろうけど、念のため、そっちについても説明しておく。
「ああ。酪農やってるってことはそっちも必要だろ? ここだけの話、俺、今、畑を耕したりしてるから、ホルスンのための牧草とかがあるなら、そっちも育ててもいいと思ってさ」
バターの元になっているのはホルスンの乳だし、そういう意味では、ホルスンのための作物を育てて、教会へと融通すれば、これが貢献ってことになるんじゃないか、って。
そんな俺の言葉を聞いて、カミュが真顔で頷く。
「ああ、そういうことなら悪い話じゃないな。まあ、実際のとこ、ホルスンって雑草とかも食べるから、あんまりそういうのを意識してる支部もなかったんだがな。真面目な話、品質の良いものがあるなら、そっちの方がいいんだよ。乳製品全般の品質にも、それなりには影響するしな」
うん、とカミュが頷いて。
「タウラス、試しにホルスンの件は、セージュに頼んでもいいか? 成功報酬はバターの販売権ってことで」
「まあ、わしは構わんぞ。お前さんが許している以上は、特に問題はなかろうよ」
「よし。じゃあ、そういうことで、セージュ頼むぞ。てか、頑張れ。うまく行けば、バターが買えるようになるぞ」
「ありがとう、カミュ」
うん。
ちょっと、話が前進したな。
大分、畑の重要性があがってきたなあ。
そんなことを考えながら、俺はカミュからクエストを受け取るのだった。




