第124話 農民、教会前でのぶつかり合いを見る
「わわわっ!? なんかすごいね? こういうことってよくあるの、セージュ?」
「きゅいきゅい?」
「いや、俺も今日、タウラスさんと初めて会ったんだが……」
ほえぇ、という感じでびっくりしているルーガから、戸惑いの声があがったが、いや、俺自身も思わず、呆気にとられてしまったんだが。
いきなり、教会の前で何やってるんだ?
この人たちってば。
俺たちの目の前で繰り広げられているのは、一言でいうと、物凄い激しい感じの肉弾戦だ。
ちょっと前にタウラスさんが、俺たちから離れていったかと思うと、その直後に、タウラスさん目がけて、勢いよく突進してきた男の人がひとり。
いや、俺もルーガも昨日会ってるな?
肉屋に行った時、ぷちラビットの肉をミンチにしようとしていた人だ。
確か、リクオウさんって言ったっけか?
その、リクオウさんが全身に光をまとった状態で、タウラスさんに体当たりを決めたかと思ったら、そのまま、何やら、すごいスピードでの攻防というか、格闘戦へと移ってしまったというか。
リクオウさんの鍛え上げられた拳が唸る!
それを笑顔で受け止めるタウラスさん!
うん……。
なぜか、いきなり、教会の前が異空間になってしまったぞ?
舞台はないけど、何となく天下一を決める大会か何かが始まったような、そんな印象を受けるのだ。
というか、ふたりとも良い身体してるよなあ。
こっちの世界って、鋼の肉体同士で殴り合うと衝撃波が出るんだな?
どこか現実逃避っぽく、そんなことを考えてしまう。
まあ、ふたりの身体がかすかに光っているから、これも『身体強化』とかそっちのおかげでもあるんだろうけど。
いや、そもそも、この状況は何なんだよ?
「あー、でも、神父さん強いね」
「そうだな。ほとんど攻撃しないのに、リクオウさんの攻撃を受けきってるもんな」
見た目の動きはリクオウさんの方が派手だ。
というか、殴る蹴る体当たり、そっち系の打撃はことごとく、タウラスさんの両腕でいなされているし、組み技とかを狙おうとしても、それに気付いたタウラスさんに距離を取られてしまうようだし。
両手を組み合った状態での力比べでも、少しリクオウさんの方が分が悪いみたいだな。
いや、それはあくまでも外野の意見だけど。
実際、俺よりも一回りも二回りも大きな身体の人が、あれだけのスピードで殴りかかって来るかと思うと、ほんと恐ろしいものがあるし。
少なくとも、俺なんて眼じゃないほどには『身体強化』を使えているし、その攻撃の多彩さとか、技のレパートリーを見る限りは、ちょっと素人って感じじゃないよなあ。
その辺は、十兵衛さんに近い気がする。
タックルひとつ取ってみても、むしろよくタウラスさんが笑顔で対応できていると驚くほどだし。
そう。
いや、リクオウさんもすごいのだ。
すごいんだけども、だ。
その上を、あの神父さんが行っているというか。
リクオウさんは、テスターだってことは昨日確認済みだし、前々から『けいじばん』とかにも書き込みがあったから、俺もその名前ぐらいは知っていたけど、タウラスさんは、たぶん、こっちの中の人だよな?
うん。
さすがは、対魔族の組織の一員。
というか、カミュといい、タウラスさんといい、教会の人間って誰も彼もこんなに強いのかね?
さっきの話の流れで、乳製品のためなら教会に所属してもいいかな、って考えていたんだが、それはもうちょっと様子を見た方がいいのかもしれない。
何となく、お勤めの中に、地獄の戦闘修行とか混ざってそうだし。
「はっはっは、一昨日よりも、昨日よりもいいがな、まだまだだな、リクオウよ」
「ふむ、ダメか」
おっ?
とりあえず、ふたりの格闘戦が終わったようだな。
リクオウさんが、『闘気』……じゃなくて、『身体強化』を収めて全身の力を緩めたのがわかる。
それに伴って、表情もどこか笑っているような怒っているような鬼の表情から、笑顔が似合うおじさんという雰囲気へと変化した。
というか、昨日俺たちが会った時の、人の良さそうな感じの顔な。
ほんと、戦っている時の殺気をまき散らしているのと比べると別人だよな。
普段はにこにこしているけど、戦闘狂というか。
何で、十兵衛さんといい、その手の人ってこんな感じなんだよ。
「はっはっは、まだ甘いな。やはり、スキルが上乗せされた状態に、うまく馴染めていないようだな」
「む、確かにな。どうもうまく動けんのだ」
いやいや、傍から見たら、かなり鋭い動きでしたよ?
それでも、リクオウさん的には、まだ満足ができないらしい。
というか、だ。
スキルが上乗せされると、うまく動けなくなるのか?
あー、そういえば、俺も、最初にカミュに『身体強化』をかけられた時はそんな感じだったなあ。
何というか、身体の中から力が溢れ出てくるんだけど、それを乗りこなせないというか。
暴れ馬に乗った状態でロデオしているような、そんな感じだろうか。
「いっそのこと、慣れるまではスキルを封印するのも手だぞ? 少しずつ封印を解いて、身体を慣らしていくやり方だな」
そう言って、タウラスさんが笑って。
「いくら、元の経験があっても、迷い人の場合は、レベルが1からやり直しになることもあるようだしな。経験は生きるし、感覚も残る。だが、レベルの変化と、それによるスキルの補助だな。そっちに身体がついていかないことも多いのだ。リクオウよ、お前の場合は、強いがゆえに、その能力に振り回されている状態だな」
「なるほど……うむ、勉強になるな、タウラス殿」
その言葉に、改めて、リクオウさんが一礼する。
あ、やっぱり、いきなり勝手に襲い掛かったってわけじゃないのか。
どうやら、事前に組手の許可をもらっていたらしい。
だから、タウラスさんも俺たちに離れていろ、って言ったんだろうな。
案外、これも修行系のクエストのひとつなのかもしれない。
「はっはっは、わしも先が楽しみな者の相手はうれしいのよ。昔の血が騒ぐわ」
「いや、騒ぐなよ、タウラス」
と、上機嫌で呵々と笑うタウラスさんに、どこか呆れたような感じの声がかけられた。
あ、カミュだ。
声のした方を振り返ると、こっちへ向かって歩いてくるカミュと、そして、あれ? シスター姿をした、アスカさん、か?
そのふたりの姿が確認できた。
へえ、新しいシスターさんって、アスカさんのことだったのか。
それは知らなかったなあ。
「おお、シスターカミュ、それにシスターアスカ、帰ったか」
「いや、帰ったか、じゃねえよ。なに、教会の前で暴れてんだ。しかも、教会にやってきた客の前で」
「うん? シスターカミュよ、お前さんも不信心なことは散々やっておるだろ?」
「そりゃあ、あたしだって、教会とか神とかクソみたいに思ってるがな。そういうことじゃなくてだな、町の中で暴れるな、って言ってるんだよ」
あっちこっちから苦情が来るだろ、とカミュが嘆息する。
相談を受ける教会が、それでどうすんだ、って。
「すまない。俺がタウラス殿に頼んだことだ。次からは気を付ける」
「あー、いいんだいいんだ、あんたは気にするな。どうせ、この格闘狂いが自分から言い出したんだろうしな。迷い人なのに、こいつのストレス発散に巻き込んじまったんだから、むしろこっちが謝らないといけないことだ」
そう、笑顔でカミュがリクオウさんに言う。
何でも、タウラスさんって、その手のことに前科があるのだそうだ。
常在戦場。
隙あらば、かかってくるがいい。
もし、わしに一撃を通せたら、色々と格闘について教えてやろう。
とか何とか。
「あたしは慣れてるからいいが、他のシスターがびびるだろうが」
「はっはっは、安心せい。わしもいい年だ」
「嘘つけ。てか、やめるつもりないな、この親父」
やれやれ、と嘆息するカミュ。
そんな彼女に、思い出したように、タウラスさんが声をかけて。
「ああ、そうだ、シスターカミュ。お前さんにお客さんが来ているぞ。話を聞いてやってくれ」
「うん……? ああ、やっぱりセージュか。それにそっちは確か……」
「はじめまして、ルーガだよ、じゃなかった……ルーガです」
「きゅい――♪」
「色々あって、俺とパーティーを組んでいるルーガとなっちゃんだよ。カミュとは会ったことがなかったから、あいさつがてら教会に連れてきたんだ」
「ああ、なるほどなるほど……そういうことなら、ちょっと待ってな。いくらあたしでもいっぺんにあれもこれもできないからな」
こっちのアスカの件が終わったら、相手してやるよ、と口元に笑みを浮かべるカミュ。
うん。
久しぶりに会ったけど、カミュの雰囲気って変わらないな。
一応、好き勝手言ってるようで、どこかホッとする雰囲気を持っているのだ。
その辺は、さすがは教会のシスターだよな。
とりあえず、俺たちも簡単にアスカさんとのあいさつを済ませて。
そのまま、カミュたちの仕事が終わるのを待たせてもらうことになった。




