第123話 農民、教会に赴く
「シスターカミュか? 今ちょっと新しいシスターを連れて、町長殿のところに行っているぞ。それほど時間のかかる要件でもないので、じきに戻って来るだろう」
「あ、そうなんですか」
ありゃ。
ちょうど今はカミュはお留守だったのか。
俺たちが教会へと向かうと、ちょうど入り口のところに神父さんがいたので、カミュについて尋ねてみると、そういう答えが返ってきた。
何でも、新しく教会のシスターになった人がいて、その人を紹介するために、ラルフリーダさんの家まで向かったのだとか。
まあ、顔見せ程度なので、そんなに時間がかからないだろう、というのが、その神父さんの談だ。
ちなみに、神父さん、名前をタウラスさんって言うらしくて、一応、このオレストの町の教会の責任者の人だそうだ。
責任者と聞いて、ちょっと驚いた。
何せ、タウラスさんってば、教会の入り口のところを掃き掃除してたからなあ。
一番偉い人だけど、そういうことも率先してやるタイプのようだ。
うん。
何となく、親しみやすい感じの人だよな。
もっとも、最初のインパクトはすごかったけど。
見た目は立派な白い髪に、口元にも白いひげをたくわえている、お爺ちゃん的な年齢の感じを受けないでもないんだけど、それらをすべて否定するようなのがその身体つきだ。
いや……だってさ。
神父さんの服装をしているにも関わらず、それでは隠し切れないような筋肉ムキムキなマッチョボディなのだ。
どう見ても、お年を召した聖職者って感じの身体じゃないよなあ。
どっちかって言えば、長年エクソシストやってました、って感じの戦う神父さま、って感じの印象なんだもの。
これで、厳格でいかつい顔をしていたら、たぶん、モンスターでも逃げると思うぞ?
どこか人好きのする笑顔と、朗らかな雰囲気がなかったら、普通に迫力満点の風格だからなあ。
たぶん、この人が『死に戻り』した時に説教するんだろ?
うん。
絶対に『死に戻り』したくないな。
持ってる聖書で頭なぐられそうだ。
いやいや、もちろん手に聖書なんて持ってないし、別に狂信者って感じの人でもなさそうだから、そういうことはしないと思うけど。
ちなみに、タウラスさんは牛の獣人なのだそうだ。
だから、身体つきもがっしりとしてるのかね?
かぶっている帽子を取ると、そこに牛の耳とつのが見えたし。
たぶん、カミュも教会でホルスンっていう名前の牛系モンスターを飼っているって話してたから、そっちも関係しているんだろうな。
俺が『ホルスンの革鎧』を自分で購入したってことを知ると、教会にとって、ホルスンは大切な存在なので、大事に扱ってくれ、と笑顔で言ってきたし。
やはり、教会の人にとって、ホルスンってのはとっても特別な存在なんだろうな。
一応、裏手の畑に面している建物が、ホルスンの畜舎になっているとのこと。
そう考えると、教会って、けっこう広いんだよな。
町の中央を走っている大通りから見ると、正面にはいかにもな礼拝堂とか、講堂とかがあるんだけど、奥側には関係者が暮らすための建物とか、ホルスンの畜舎とかも併設されていて、実際、敷地的には、あっちの大きめの小学校ぐらいの広さがあるし。
ああ、そうそう。
礼拝堂の奥には、死体の安置所もあるそうだ。
十兵衛さんが前に死に戻った、棺桶がいっぱい並んでいる部屋だな。
いや、空の棺桶がずらりと並んでる光景って、何となく嫌なんだけど。
夜とか、あんまり見回りしたくない場所だよなあ。
怖い話の現場みたいだし。
まあ、もっとも、俺たちが今泊まっている『施設』の中にも、そういう場所があるらしいけどな。
今日、こっちに来る時、一色さんがそんなことを言ってたし。
とある『施設』でテスターに参加していたうちのひとりが老衰で亡くなってしまったのだそうだ。
だからイツキ様も気を付けてください、って言われてしまったし。
いや、それ、全部がゲームのせいで亡くなったわけじゃないだろ?
一応、ご高齢のテスターの人については、契約の段階で、その手の注意事項は盛り込まれているらしくて、この後で揉めるって感じでもなさそうだとは言ってたけどな。
ただ、カミュも言っていた『危険生物指定』か?
例の悪落ちプレイヤー認定のやつ。
それに指定されると、こっちで受けたダメージとかも元の身体にフィードバックするらしいから、それがちょっと心臓とかの負担になることもあるのだそうだ。
だから、こっちのでの犯罪行為はおすすめしない、って言われてしまった。
いや、色々と突っ込みどころがあるんだが。
てか、ゲーム内でのトラブル対策の側面があるのはわからないじゃないけど、それ実装したらかなり問題じゃないのか?
俺はそう思ったんだけど、一色さんの話だと、『PUO』内での犯罪行為に対しても、現実に準じて、犯罪として見なす方向で、立法関係とか、警察関係とかで動いているのだそうだ。
そもそも、このゲームの存在自体が、まだ噂レベルなので、どこまで話が進んでいるのかは知らないけど、やはり、このゲームは少しリアルすぎるから、というのが理由らしい。
ゲームの中だから好き勝手やっていい、という風にしてしまうと、そのうちにゲームとリアルの境目がゆるくなってしまって、結果、向こうでも馬鹿な行為に及んでしまう可能性もあるとかなんとか。
だから、その辺のシステムも組み込んでいるのだそうだ。
ちなみに、俺が突っ込んだら、最初の契約書のこちらの項目でも注意事項として記載がありますよ、とか言われてしまった。
いや、随分と文字が小さめのところに書いてるのな、この注意事項。
おい見落とすだろ、こんなの、って思ったのは内緒だ。
契約書をしっかりと読まないでサインする方が悪い、ってのは常識らしいし。
うん、怖いな、契約って。
まあ、それはそれとして。
まさか、本当にそれで亡くなった人が出たってのも驚きだけど、やっぱり、麻痺とかがある人だと、多少心臓に負担がかかっても、ゲームの中だけでも『生きている』って実感を味わいたい人が、意外に多いのだそうだ。
うーん、自分の意志なら仕方ないのかねえ?
というか、意外と冷静だな、運営、とは思った。
人が亡くなっている割には、落ち着いているというか。
案外、俺たちの知らないところでは色々とやっているのかも知れないけど。
閑話休題。
「あの、タウラスさん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「うむ、言ってみなさい。わしにも答えられることと答えられないことがあるがな。なるべくなら、迷い子たちの支えとなるのも教会の務めだからな」
「ありがとうございます。あの……こちらの教会では、ホルスンの乳から作る食品なども扱っているんですよね? そちらって、個人で購入するのは難しいですか?」
もうすでに、テツロウさんたちがダメ出しされたらしいから、難しいのは承知だけど、念のため、聞いてみないことには始まらないしな。
こういうのは、せっかく、責任者のタウラスさんに会った以上は、確認してみるのが基本だろうし。
もっとも、俺の予想通り、タウラスさんは豪快に笑いながら。
「はっはっは、お前もか、セージュ? 同じような質問を他の多くの迷い子たちからも聞いたぞ? それにわしが返せる言葉はひとつだけだなあ。残念ながら、勝手なことを許可できるだけの権限がわしにはない! 方針が変わらない限りは難しいと言っておこうか」
「えっ? 権限がないんですか?」
あれ? タウラスさんって、ここの教会の責任者なんだよな?
その人でもダメってことなのか?
「ああ、無論、ここの教会だけで解決できることについては、わしでもどうにかできるがな。乳製品の専売に関することは、一支部の神父ごときではどうにもできんのよ。どこぞの支部が勝手に販売とかしたら、他の支部に示しがつかんだろ?」
「あ、それもそうですね」
うわ。
ってことは、この乳製品問題って、教会本部に行かないとダメってことか?
えーと……確か東の巡礼路を道伝いに行けば、たどり着けるんだったよな?
それだといつになるのかわからないなあ。
「タウラスさん、どうにか、俺がバターを購入する方法ってありませんか? 代わりにできることなら頑張りますから」
「まあ、簡単な方法があるにはあるが」
「えっ!? 何ですか、それ?」
「さっき、新しくシスターになった者がおると言っただろう? 要は、お前も教会の所属になればいいのだ。そうすれば、内部であるから、条件付きで譲ることは難しくはないぞ?」
あ、なるほど。
そっかそっか、俺も教会の一員になればいいのか。
いや、ちょっと待て、それって簡単になってもいいのものなのか?
俺がそう考えていると、タウラスさんも少し困ったような顔で。
「だが、セージュよ、お前に関してはわしも少し話を聞かないわけでもないのだ。確か、町長殿からも仕事を請け負っておるのだろ? 教会で日課をこなしつつ、そちらもできるものなのか?」
「あ、やっぱり、日課とかってあるんですね?」
「当たり前だろう? 教会に属する以上はお勤めもきっちりしてもらうぞ。それを踏まえた上の話だな――――っと、ちょっと待て、セージュ。それに、一緒にいるふたりもな、少しわしから離れなさい。危ないから近づかんようにな」
「えっ……?」
そう忠告して、俺たち三人から距離をとるタウラスさん。
そのまま、玄関から教会の外へと出て行ってしまう。
一瞬、意味がわからずに、俺たちが呆気に取られていると、それは起こった。
建物の外へと踏み出したタウラスさんの身体に、勢いよく飛んできた物体がぶつかってきて。
辺りに硬いもの同士がぶつかったような、ものすごい衝撃音が響いた。




