第122話 農民、ぷちラビットのスープを飲む
「セージュ、このスープおいしいね」
「きゅい♪」
「ああ、俺もびっくりした。前評判通り、かなり美味いな、ユミナさんのスープ」
教会へと向かう道すがら、せっかく買ってきたスープが冷めてしまうので、途中にあった、緑地というか、公園のような場所で腰を下ろして、スープを味見してみたのだ。
ちなみに『大地の恵み亭』の帰り際に購入したのは、500Nのスープを三人分だ。
ジェムニーさん印の、魔素製のふた付き耐熱カップ。
その中に注がれていたのは、シンプルな具のないスープだった。
『ぷちラビットのブイヨンスープ』だな。
ユミナさんの話だと、調味料は塩のみ。
後は、ぷちラビットのお肉と骨から出たエキスによって、このスープは作られているのだそうだ。
一応、隠し味もあるらしくて、そっちに関しては詳しくは教えてもらえなかったんだけど、ヒントだけはもらえた。
ユミナさんが指差したのは、ぷちラビットの頭だった。
ということは、隠し味ってのは……。
うん。
何となく、わかったけど、あえて詳しく説明してくれない理由がわかる気がする。
そっちの情報も『けいじばん』に載せてしまうと、普通にうさぎを食べる以上に、このスープが飲めなくなってしまう迷い人が増えるだろうし。
割と、そっち系のメニューだとポピュラーな食材な気もするけどな。
『ブイヨンスープに加えず、後から、ワンスプーンでアクセントとして使ったりもしますね。もっとも、苦手な人は苦手でしょうけど』
ユミナさんがそう言っていたので、淡泊なうさぎの身の中でも、コクがある部位ってことは間違いないだろうな、うん。
その辺は、ご想像にお任せしますってやつだ。
ただ、少なくとも、その隠し味もかなりの威力を発揮しているのは間違いないだろう。
スープを一飲みした瞬間に、繊細な肉と骨の旨みが口の中に広がるのだ。
それでいて、どこかさわやかな香りも伴っているし。
野菜は使っていない。
にも関わらず、ハーブを入れたような、香草系の香りがするのは、うさぎの滋味が、その個体が育った環境に左右されるところにあるのだろう。
熊とかの場合、純粋に野性のエサだけで育ったものは、かなり獣臭くなるようだけど、うさぎの場合、さわやかな草の影響を受けて美味しくなることもある、と。
このユミナさんのスープも、それが味の深みとなって表れている。
今まで、『大地の恵み亭』で飲んだ蛇のスープは、やっぱり、のっぺりとした旨みというか、味に重なりがなかったからなあ。
肉の旨み、骨のエキス、何だかよくわからない素材のコク、それにさわやかな香り。
それらが連なって、美味しい一品料理になっているんだよな。
さすがは、本職の料理人さんだ。
シンプルではあるんだけど、どこかホッとする味というか。
一口飲んだら、また次々と飲みたくなる味なのだ。
案外、これをベースに、他の料理を作ることもできるかも、だな。
ユミナさんの目標としては、ロワイヤルって料理を作りたい、って言ってたな。
まだ、材料も調味料も足りないので、今のところは、小さいことからコツコツと積み重ねていくって感じらしいけど。
「でも、不思議だね。少し飲んだだけで、お腹がいっぱいになる気がするよ?」
「そうなんだよな。それは俺も感じたよ」
飲んだだけで、身体が満たされていくという感覚があるのだ。
空腹値の軽減だけじゃなくて、身体の疲れとかにも効果がある、というか。
もしかして、良い料理を食べると、補正みたいなのがかかるのかも知れないな。
ユミナさんが『料理』のスキルを持ってるかは知らないけど、ファン君の話だと、そっちのスキルもあるみたいだしな。
まあ、料理を食べて、一時的なステータス上昇効果とかは、ゲームならよくある話だしな。
案外、そっち系の作用なのかもしれないな。
スープ自体を鑑定しても、そっちの効能については、詳しくは記されていないようだし、料理関係の『鑑定眼』とかもあるのかね?
何となく、美食家とか、そっち系の職業とかが持ってそうだなあ。
さておき。
ちょっと話を戻そう。
結局、俺たちが試食した料理に関しては、そのまま、新メニューとして振舞われることが決まったそうだ。
今からだと、また騒動になって、商業ギルドから怒られるので、一応、事前に通達したうえで、明日から新メニューを提供するらしい。
『揚げ焼きしたいももちでしたら、テイクアウトでもいいかもしれませんね』
『いっそ、スープといももちでセットにしてみるか?』
そんなことをユミナさんとドランさんが話していた。
後は、ぷちラビットの串焼きとかもセットにして、とか。
そうすれば、お店も混まないし、持ち帰りメニューとしても、お店の料理って体裁を保てるし、という思惑もあるらしい。
まあ、それができるのもジェムニーさんのおかげだけどな。
使い捨ての食器なんて、魔素製のものでもなければ、存在しないみたいだし。
うん。
意外とユミナさんって、料理のためなら使える手段は何でも使うって感じの人だったらしい。
お助けキャラって立ち位置のジェムニーさんにも容赦がないというか、立ってる者は親でも使え、の精神だな。
そういう感覚は、俺も嫌いじゃないし。
ナビさんも、面白い行動には協力してくれるんだろ?
だったら、俺も色々試してみたい、って思っちゃうし。
というわけで、それも踏まえたうえで、教会へと向かっているわけだな。
元々、ルーガのクエストの件もあったから、カミュに会いに、教会には顔を出すつもりだったけど、それに加えて、ちょっと思いついたこともあるので、真面目な話、この町の教会の人と話がしたかったのだ。
バターなどの乳製品を得るための交渉、だな。
まだまだ、掲示できる条件が少ないから、もうちょっと色々と話も聞いておきたいけど、少なくとも、『死に戻り』の際は、お世話になるわけだし、きちんと顔つなぎをしておいた方がいいだろうしな。
たしか、『けいじばん』での発言では、カミュは今日の昼頃は、この町の教会にいるようだし。
なるべくなら、会えるといいな。
「ねえ、セージュ。教会って、傷とか癒してくれる家だよね?」
「家って……まあ、そんな感じだよな」
ルーガが受けたグリゴレさんの『講座』ではそう言ってたしな。
俺たちみたいな迷い人の場合、『死に戻り』の際の復活の場所、っていう、もっと重要な役割があるんだけど、こっちの普通の住人にとっては、そんなイメージだろうしな。
傷ついたり、毒を受けたら、それを治療してくれる。
食料などの供給も担っている。
何か困りごとがあったら、神父さまやシスターが相談に乗ってくれる。
あ、そうだ。一応、神に祈る場所、ってのも聞いたな。
その情報が後回しになってたのも、俺が信心深くないからだろうけど。
そう考えてみると、教会の支部は大体どの町にもあるらしいから、教会ってのは、こっちの世界だと、病院でもあり、生産者でもあり、カウンセラーでもあるってことだな。
まあ、それは、あっちでも変わらないか。
後は、冒険者ギルドを作った組織でもある、と。
教会の本質は、対魔族、対モンスターの組織ってのも間違いじゃないとか、そういう話も聞いたけど。
ジェムニーさんとリディアさんの情報だから、それなりに正しいのだろうな、そっちも。
「少なくとも、町の中では、一番目立つ建物だよな。一番高いし」
もっとも、樹の大きさを含めると、ラルフリーダさんの家の方が大きいけど。
普通に歩き回れる場所だったら、教会が一番高い建物だ。
それに、町に中にいると気付くのだが、時間で、鐘が鳴ったりもするのだ。
一応、ステータス画面でも、正確な時刻は確認できるので、あんまり気にしてなかったけど、農作業に夢中になっていると、あの教会の鐘って、けっこうありがたかったりする。
今日も、それで休憩したりもしたしな。
鐘が鳴るのは、昼間の一時間に一回ずつみたいだな。
何時0分ジャストで、鐘が鳴るようになっているらしい。
ステータスの時計の話は聞いていたけど、鐘の話については、あまり聞かされていなかったから、迷い人にとっては、あんまり重要な情報じゃないのかもな。
知っていると便利、くらいの扱いの気がする。
「よし。じゃあ、スープも飲み終わったし、そろそろ向かうか」
「その、カミュさんって人に会えば、わたしもスキルをもらえるのかな?」
「だといいよな」
正直、俺にもわからないので、希望的観測だよな。
『身体強化』を授かる条件については、監督のクエスト内容を呼んでもよくわからないし。
それこそ、カミュに聞いてみないことには話が始まらないのだ。
「きゅいきゅい?」
「あー、なっちゃんもどうだろうな?」
いや、そっちはもっとわからないぞ?
まあ、ダメ元で聞いてみるぐらいはいいかも知れない。
そんなことを話しながら、俺たちは教会へと向けて歩き出した。




