第121話 農民、新メニューを試食する
「おっ!? いももち、うまっ!」
早速、いももちの方から試食してみた。
うん、これは想像通りの味だな。
美味い!
揚げ焼きしているから、表面はカリッとしていてバターの風味が生きているし、何より、もっちりとした食感が心地いい。
ゆでただけのアルガス芋よりも、こっちの方が、芋の旨みが凝縮されているな。
食べる前から、香ばしい匂いがしていたけど、こっちのバターって、なかなか濃厚な感じのバターなのな。
で、このいももちを食べて思ったのは、やっぱり、ほくほくパッサリしている芋よりも、こっちのもちもち食感の方が、個人的には主食を食べてる、って感じがするのだ。
そういえば、『PUO』の世界で、日本人好みの炭水化物を食べたのって、これが初めてじゃないか?
ごはんもない。パンもない。
野菜はあるけど添える程度。
芋はあるけど、塩味のゆで芋。
モンスター肉は、うさぎと蛇の肉ばかり。
うん。
もちっぽい、ってだけでかなりの高評価だぞ。
シンプルだけど、その分、バターと組み合わせて問題のない味付けだったら、何にでも合うから、それが強みというか。
甘辛くしてもいいし、しょっぱくしてもいい。
あと、メリットとしては、アルガス芋の大きさにばらつきがあっても、いももちだったら、問題ないんだよな。
小ぶりの芋でも、こういう風に調理してしまえば、とっても美味しいのだ。
ルーガとなっちゃんを見てみると。
「初めて食べたけど、おいしいかも」
「きゅ……きゅ……」
「あ、ごめん、なっちゃん、ちょっとひとつひとつが大きいか」
なっちゃんがいももちにそのままパクリとかぶりついた状態で四苦八苦していたので、慌てて、そのお口の大きさへと切り分ける。
さすがに、食べ物をつかむのに土魔法の手はやめましょう、ってことで。
あと、ルーガも、興奮気味に美味しい! って感じではないけど、それなりには気に入ってくれたようだな。
まあ、もちもち食感がうれしいのって、俺たちみたいな米とかお餅に馴染みが深い民族ぐらいだろうから、純粋に味がいいってことだろうな。
何となく、海外から来た観光客に初めてお餅を食べさせる時みたいな感じもする。
「きゅい――♪」
あ、なっちゃんも気に入ってくれたか。
良かった良かった。
調子に乗って、千切ったいももちを次々と口へと投げ込んでいくと、そのペースでどんどん食べてくれた。
なっちゃん、虫だけど何でも食べるなあ。
俺としては、食事で悩まなくていいので助かるけど。
「どうやら、お気に召して頂けたようですね。良かったです」
「あ、ユミナさん、これ美味しいですよ。俺的にもほっとする味です」
「むにーって伸びる感じがおいしいよ」
「きゅい♪」
「ふふ、うれしいです。私もどうにかして、お米のごはんやパンの代わりになるものが作れないか悩みましたから。やはり、スープとローストしたお肉だけですと、それがずっと続くとなりますと、少しずつ辛くなってくるでしょうしね」
だから、何とかして主食になるものを作りたかった、とユミナさんが微笑む。
うん、そうだよな。
日本人なら、米の飯だし、欧米ならパンだよな。
芋がまずいとは言わないけど、何だろう、やっぱり、長期にわたって、それが続くとなると耐えられないかも知れない。
まあ、俺たちテスターの場合、向こうに戻れば、普通にごはんが食べられるから、そこまで切羽詰まってはいないけど、ゲームの中でもお腹が空く以上は、そこで食べる食事にがっかりイメージが付くのってマイナスだからなあ。
それなら、いよいよ、『お腹が膨れる水』でいい、ってことになっちゃうし。
このアルガス芋のでんぷんを使って作ったいももちなら、向こうの主食に近いから、俺たち日本人にとっては、うれしい味のはずだ。
こっちに元から住んでいる人がどこまで受け入れてくれるかは知らないけど。
「いや、俺も味見したが、美味かったぞ、セージュ。ゆでたアルガス芋にバターをつけて食べるよりも、ずっと深みがある味だしな」
あ、ドランさんもそう思うんだな?
だったら、こっちの人でも食べられる感じか?
「それにな、新メニューのスープともよく合いそうだしな」
「スープにいももちを入れて食べてもいいかも知れないですね」
なるほど。
バター焼きじゃなくて、いももちをゆでると、つるつるのもっちもちになるしな。
基本、何にでも合ういももち。
乳製品との相性もいいから、不定期でもチーズが手に入るなら、それを中に入れて焼いてもいいし。
うん、夢が膨らむな。
そういう意味では、何だかんだででんぷん粉ゲットが一番大きい気がする。
というか、スープがお持ち帰り限定メニューになったから、そっちを食べるのはちょっと後回しになっちゃってるけど。
まあ、それはそれとして。
新メニューの試食の続きだ。
蒲焼風に開いて、それをバター焼きしてみた蛇肉。
こっちも試食してみる。
「うーん……何というかムニエルっぽいか?」
「あっ! これ、おいしいよ!」
「きゅい――♪」
俺はちょっと首を傾げてしまったんだけど、ルーガとなっちゃんは気に入ったようだ。
というか、ルーガに至っては、むしろいももちより喜んでいるみたいだし。
なっちゃんはあんまり好き嫌いがないのかな?
何を食べても、うれしそうにしてるし。
見た目は蒲焼風だけど、バターで焼いているから、ムニエル風ではあるよな。
ただ、わずかに酸味とえぐみを感じるんだけど、これってもしかして。
「ユミナさん、こっちの蛇のバター焼き、もしかして、ミュゲの実を使ってます?」
「あ、わかりましたか、セージュさん? はい、レモンがないので、その代わりにならないかと、ちょっと使ってみました。ドランさんにミュゲの実のえぐみの取り方を教わりましたので、多少は緩和できていると思いますけど」
「あ、そう言えば、そのまま食べた時よりも、えぐみが弱まってますね」
ユミナさんの言葉に少し驚く。
確かに、ミュゲの実特有の酸味は残っているんだけど、えぐみはわずかに感じる程度か。
まあ、レモンとはちょっと違うけど、味のアクセントにはなってるかなあ。
ユミナさん自身も、俺と同じく微妙な感じに思っているらしいけど、この味がドランさんには受けたのだそうだ。
まあ、ルーガも喜んでるしな。
こっちの世界の人の味覚には合ってるってことか?
だったら、お店で出す分には問題ない気がする。
オレストの町の人も、迷い人よりも、他の住人の方が多いわけだしな。
一応、ミュゲの実は、蛇の臭みを消す効果もあるようで、そのまま焼くよりも、こっちの方が食べ良いらしい。
うん、確かに蛇の臭みは収まっているよな。
これなら、他の蛇料理よりも、迷い人向けかもしれない。
というか、だ。
「ミュゲの実のえぐみを取るのって、どうやるんですか?」
むしろ、そっちに興味があるぞ?
それがわかれば、『調合』の時の味の工夫になるしな。
今、俺が作っている傷薬って、『味の方は一切保証しない』だからなあ。
「水に小一時間さらすのと、後は沸騰しない程度のぬるめのお湯でゆっくりとゆでるとえぐみが弱まりますよ。もっとも、火を通すやり方ですので、生のままで使いたい時は、ゆでる方法は使えませんけど」
ユミナさんによると、本当は流水にさらすのがいいそうだが、この町の場合、水も井戸水を使ったりするので、水道の蛇口みたいな流水ってのは使いづらいらしい。
あー、そう言えばそうだったな。
きれいな水って、それなりに大切だもんな。
なので、水でさらすやり方になるんだけど、つけておくだけだと、どうしてもえぐみは完全には取れないそうだ。
うん、でも良いことを聞いたな。
『調合』の場合、どっちみち火を通すので、ゆでるやり方も試せるしな。
今後の『調合』の時に試してみるとしよう。
でも、新メニューの試食に関しては、美味しかったな。
特に、いももちはこっちで食べた中では一番だ。
俺がそう思っていると、例のぽーんが頭の中を響く。
『クエスト【日常系クエスト:ドランとユミナからの挑戦状】を達成しました』
『強制クエストが解除されます』
『ドランとユミナからの信頼を取り戻しました』
『新しいクエストが発生します』
『クエスト【収集系クエスト:料理の食材】が発生しました』
『注意:この場合の食材の条件は、オレストの町周辺で入手可能なもの限定となります』
あれっ?
てっきり、クエスト達成で終わりかと思ったら、続きがあるようだ。
というか、これって、畑の話の続きだよな?
詳細を見る限り、これで、畑で作った野菜とかを『大地の恵み亭』へと出荷できるようになったらしい。
クエストの発注者がドランさんになってるし。
「あ、クエストが達成されましたね。私の職業から『見習い』の文字が取れました」
そう言って、ユミナさんがうれしそうに笑う。
これで、晴れてゲームの中でも『料理人』を名乗れるようになった、って。
一方のドランさんの方は、特にぽーんとかないのかな?
ユミナさんを見ながら、うんうんと頷いているだけだし。
まあ、ドランさんにとっては、俺に挑戦状を叩きつけただけだしな。
このクエスト、報酬に関しても、『大地の恵み亭』を自由に使えるようになりました、ってだけだし、これって、毎日必ず来て食べないといけない、って縛りの解除だから、どっちかって言えば、俺が他の店にも行けるようになった、ってだけなんだよな。
今となっては、あんまり関係がない気がする。
たぶん、これって、町の住人とやらかした後の反省クエストみたいなものなんだろうな。
うまく達成すると、関係性が良くなりますよ、って感じの。
まあ、何はともあれ、無事達成できて良かったよ。
そう思って、ほっと胸を撫で下ろす俺なのだった。




