第120話 農民、厨房の中へと案内される
「よう、セージュ、ルーガ、なっちゃん、ちょうどいいところに来たな」
俺たちが店の奥の空いている席に着こうとしたら、ドランさんに呼び止められてしまった。
そのまま、ちょっとこっち来い、って感じで、厨房スペースの中まで連れてこられてしまう。
いや、一体どうしたんだよ?
訳も分からず、三人とも成すがままに、厨房の奥へと足を踏み入れると、そこにはユミナさんも待っていた。
「いらっしゃいませ、皆さん」
そう言って、笑顔を浮かべるユミナさんの横にはできあがったばかりの料理が並んでいた。
あ、どうやら新メニューのようだな?
それに関する話とか、あと、昨日、俺が送ったメールに書かれていた畑の件とかもあったので、厨房の中まで案内されたらしい。
一応、店の席みたいな大っぴらなところで話す内容じゃないから、って。
「見ましたよ、セージュさん。無事、畑を借りられたんですってね?」
「いや、俺もユミナからそのことを聞いて驚いたぞ。一体、どうやったんだ? いや、いい、詳しくは教えてくれなくても構わないぞ。おそらく、町の上層部の連中が絡んでるだろうしな。知ったらいけないことを知ると、後が怖い」
ユミナさんもドランさんも、俺が畑を借りれたってことを知って、ちょっと興奮気味らしい。
少なくとも、ドランさんの話だと、こんな短期間で『許可』をもぎ取るなんて、ちょっと普通じゃない、とは呆れられた。
何せ、商業ギルドが組織的に交渉しても、なかなか土地の開発関係については、話が進まないから、って。
ふむ。
どうやら、俺が思っていた以上に、このオレストの町で、個人が畑を借りるってことは、町の人に驚かれる話のようだな。
下手に注目されたくなかったら、あんまり自分から話さない方がいいかもな、とはドランさんから忠告されてしまった。
「まあ、それはそれとして、セージュ。畑を借りたってことは、野菜とかも自分で育てられるってことだよな?」
「そうですね。といいますか、もう今日から作り始めてますし」
ドランさんの問いに、頷く。
今日の午前中で、アルガス芋とか、オルタン菜の植え付けはやってきた、とは教えておいた。
オルタン菜は、まだ苗を育てる段階だけど、とも。
あと、ビーナス関係の話については、ドランさんたちといえども内緒だ。
何だかんだ言っても、ビーナス絡みの話とかも原因で、俺が畑を借りられるようになったわけだしな。
普通に、町に貢献しているだけだと、ラルフリーダさんが『許可』を与えてくれるまで、それなりに時間がかかるようだしなあ。
「あ、もう、作っているんですね? さすがセージュさん、やることが早いです」
「オルタン菜が今よりも出回ってくれると、ありがたいな。あれ、畑のクエストでも作れる者があまり多くないんだ。だから、どうしても品薄になりがちでな」
本当は、もっと料理に使いたいんだが、とドランさんが苦笑する。
あ、やっぱり、そんな感じなんだな?
商業ギルドでも、毎日販売しているわけじゃないし、ドランさんのお店は料理屋をしているので、個人で買うよりは優先的に卸してもらえるけど、それでもアルガス芋以外に関しては、品薄の状態が続いているのだそうだ。
なので、うさぎ肉とか蛇肉とか、そっち系のモンスター素材を軸とした料理ばっかりが目立つようになってしまっている、と。
「でも、ドランさんは頑張っている方ですよ。他のお店に比べますと、オルタン菜とか、メイン草を積極的に料理に取り入れてますし」
「はは、そのせいで、あんまり儲けはないがな」
そう言って、ドランさんが苦笑する。
「だが、俺の元いたところでは、モンスターの臓物と地面の中で育つ根っこみたいな野菜をいっぱい入れて、ごった煮にした物がごちそうだったんだよ。だから、なるべくだったら、野菜も使いたかったんだよ」
「へえ、ドランさん、それって、デザートデザートの料理ですか?」
根っこみたいな野菜、ってごぼうとか大根とかの根菜類だよな?
『砂の国』って聞いていたけど、そっちにもちゃんと野菜があるんだな。
俺がそう感心すると、ドランさんが苦笑して。
「そりゃあな。デザートデザートでは、それこそ、砂地深くまで根を張っているような野菜がほとんどだがな。一応、周辺各国とは交流があるから、そっちから野菜とかは回ってくるんだよ。だから、獣王都とかなら、それなりに他の国の野菜を使った料理とかも食べられるぞ」
「獣王都、ですか?」
おっ? 初めて聞く言葉だな?
なので、話を詳しく聞いてみると、どうやら、デザートデザートってのは『砂の国』ってだけじゃなくて、獣人種が多く住んでいる国なのだそうだ。
『獣王都』ってのは、そのデザートデザートの首都の通称とのこと。
「ああ。『獣王都』ブレイビーストだな。いわゆる、『不屈の獣の都』ってやつだ。それだけに獣人の権限が強いところでもある。まあ、その辺は色々あるんだが、俺みたいな、元々出身の『土の民』でそれなりに評価を得ている場合は別だが、外から、獣人種以外のやつが入ろうとすると、けっこう揉めるな」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ、ユミナにも言ってなかったっけな? 過去、長きに渡って、人間種と獣人種の揉め事が続いてなあ。そのせいで、今の獣人の多くは、人間に対して、かなり頑なになっている連中が多いんだよ」
「うん、そうだねー。今の情勢はそんな感じだねー」
「あ、ジェムニーさん」
気が付くと、後ろにジェムニーさんが立っていた。
どうやら、スープのお客さんをさばきつつ、店内のお客さんの料理を取りに来たらしい。
「一応、中央大陸で、獣人種が栄えているのって、西のデザートデザートと、東のアニマルヴィレッジだね。デザートデザートの方は、外敵と戦い続けた歴史があるから、他種族に対してはちょっと融通が利かないかなー? 特に、人間種に対してはね。アーガス王国と揉めに揉めた過去があるから。もう一方のアニマルヴィレッジの方は、教会本部があって、教会が護ってくれたってのと、対魔族で種族とかそれどころじゃなくなったって経緯があるから、デザートデザートと比べると、そういう偏見は少ないねー」
それじゃあ、こっちの料理持っていくねー、とジェムニーさんが笑う。
どうやら、料理を取りに来たついでに、簡単に情勢について教えに来てくれたらしい。
去り際に、『話に夢中になるのはいいけど、お客さんが待ってるから、手を動かしてね、ふたりとも』、って釘をさして行ったけど。
その言葉で、慌てて、ドランさんとユミナさんが動き出す。
そうだよな。
俺とゆっくり話してる場合じゃないよな。
「悪い悪い、セージュ。話を戻すとな。もし、野菜の栽培が順調だったら、うちの店にも野菜を売ってくれないか? って話だったんだよ。何せ、オルタン菜が定期的に確保できれば、もうちょっと別のメニューも試せるだろうからな」
「あ、はい、わかりました」
そう俺に頼みながら、料理を作るのを再開するドランさん。
うん。
元々、『大地の恵み亭』には採れた野菜を持ってくるつもりだったしな。
ここ、テスターとしてユミナさんも働いてるし、ナビとしてジェムニーさんもいるし、俺も最初に食べに来たって縁があるから、それは当然だと思ってたし。
あ、そういえば、野菜の販売って、決まりとかあるのかな?
一応、冒険者ギルドとか商業ギルドで話を聞いた方がいいかもしれないな。
あと、ラルフリーダさんにも。
「あの、セージュさん、ちょっと新メニューの味見をお願いしていいですか? 本当は、そのために、こっちの内側に入ってもらったんですよ」
そう言って、ユミナさんがいくつかの料理を厨房のテーブルに並べてくれた。
おっ?
もしかして、スープとは別の新メニューかな?
それの試作もやっていたので、ちょうど俺が来たから味見してほしいって、そういうことらしい。
並べられた料理は……と。
「ルーガさんとなっちゃんさんも試食をお願いします。お三方のお口に合うかどうかを見て、メニューに並べて見ようと思いますので」
「うん、わかったよ」
「きゅい――♪」
「俺も大丈夫です。……あの、ユミナさん、これって、いももちですか?」
「はい、そうですよ。昨日の続きの、ジェムニーさんご協力メニューその壱です」
ユミナさんがにっこりと微笑んで、料理の説明をしてくれた。
アルガス芋にでんぷん粉を加えて、それをバターで揚げ焼きをしたのだそうだ。
いや、ちょっとびっくりした。
まさか、実家でもおなじみのいももちが出てくるとはなあ。
これ、北海道とかだと割とポピュラーな料理だよな。
というか、だ。
「ユミナさん、でんぷん粉なんて、どこから手に入れたんですか?」
「ですから、昨日の続きですよ。ジェムニーさんがアルガス芋に『粘粉生成』ですか? そのスキルを使ってくださって、それで芋からでんぷん粉を生み出してくれたんですよ」
すげえ、スライム!
いや、自分の身体からゼラチンを溶かしたのもすごいけどさ。
芋からでんぷん粉って、そっちの方がすごいって。
「いももちと、こっちは蛇肉を蒲焼風にして、バター焼きですね。これで少しでも蛇の食感が変わってくれるといいんですが」
蛇料理に関しては、自分でもあんまりしっくり来ていないようで苦笑気味のユミナさんだ。
でも、このできあがった料理を食べて、ドランは面白いって言ってくれたらしいので、こっちの人向けとしてはありかも、ということらしい。
もちろん、俺とかが食べて問題なければ、『けいじばん』にも情報を吹き込むらしいけどな。
「すみません、私も調理に戻りますので、ちょっとせわしないですけど、ゆっくり召し上がってください。よろしければ、そちらの方の椅子を使ってください」
「わかりました」
「ごはんだね」
「きゅい――♪」
ちょっと責任重大だけど、目の前の料理には興味あるしな。
喜んで食べさせて頂こう。
少し慌ただしくなった厨房の端のスペースに移って。
俺たちは、用意された新メニューの試食を始めるのだった。




