第13話 農民、エルフと出会う
「着いたぞ。しっかし……随分とまあ、派手にやってくれちまって、まあ」
「はぁ! はぁ!……カミュ、早すぎるぞ……!」
「いや、これでも、あたしとしては、あんたに合わせて、かなり控えめなつもりなんだが」
体感にして、数分、いや二、三分、か?
森の中の道なき道を、生えてる木々を躱しつつ、一気に走り抜けた。
……というか、カミュも異常な速さだったが、それに何とかついて行けた俺もかなりおかしかったぞ?
身体に変な感じでブーストがかかって、うまく走れなかったような感じもするし。
速すぎて、その感覚についていけないのだ。
いや、スピードの方もそうだが、カミュについて行こうとすると、何となく、感覚で、木々の隙間というか、それに加えて、地面の凹凸とかの感覚が、足を着く前なのに反射的に感じたりもしていた気がする。
正直、訳が分からない。
たぶん、スピードに関しては、カミュが走り出す前にやった『何か』のせいだろうな、とは思うが。
一方で、だ。
何とか、肩で息をしつつもたどり着いた場所は、森の中でも、地面が見えていてそこだけポッカリと更地のようになっているところだった。
いや、森の中の木のない場所ではなくて。
今もなお、その更地が広がり続けているのは、はっきりとわかった。
なぜなら――――。
轟音と共に、大型のモンスターが暴れまわっていたからだ。
そして、そのモンスターの攻撃を避けつつ、その周囲を縦横無尽に動き回っている小さな人影も見える。
大型のモンスターは、蛇だ。
さっき、俺が戦ったノーマルボアなんて、ほんの子供程度にしか見えないくらいのその蛇は、全長にして、数十メートルは軽くありそうだ。
何せ、周囲に生えていたはずの木々をなぎ倒しながら、今もなお暴れ続けているのだから。
だが、なぜ、そんな巨大なモンスターが暴れているか。
その足元というか、蛇の胴体の下の部分を、あちこち至る所を斬りつけている男がいたからだ。
白くて長い髪を頭の後ろで束ね、服装は『森の人』というようなイメージの服で。
耳は長くて尖っていて、肌は色白で、身体は細身。
それでいて、俺が持っているショートソードよりも長い刀身の剣を両手で振るっているひとりの男。
「あれは……エルフか?」
「そうだな。おい、セージュ、緊急時だ。あのエルフ相手に『鑑定眼(モンスター)』を使ってみろ」
「えっ? マナー違反じゃないのか?」
「いいから」
相変わらず、状況がつかめていないんだが、カミュの口調が真剣そのものだったので、素直にその言葉に従う。
巨大な蛇モンスターと戦っているエルフの男に対して、『鑑定眼』を使った。
名前:十兵衛(ジューベエ)
年齢:84
種族:樹人種(エルフ)
職業:剣士
レベル:5
スキル:『剣術Lv.3』『体術Lv.2』『威圧Lv.3』『火の基礎魔法Lv.1』『水の基礎魔法Lv.1』『風の基礎魔法Lv.1』『土の基礎魔法Lv.1』『光の基礎魔法Lv.1』『闇の基礎魔法Lv.1』『光合成』『自動翻訳』
「へえ、やっぱりエルフなんだな」
「いや、驚くのはそこじゃないぞ」
よく見ろ、と少し呆れたようにカミュが言うので、もう少ししっかりと見てみる。
確かに、魔法系のスキルが基本の全属性揃っていて、すごいとは思うが、何となく、イメージ的にエルフって魔法が得意な感じがするし。
むしろ、気になったのは名前か?
十兵衛って、こっちのエルフって、和風の名前だったりするのか?
だとするとイメージが違うんだが。
後は、種族が樹人種になってるが、元々『森の人』ってイメージだから、そこまでは外していないとは思うのだ。
うーん、正直、どこが変なのかよくわからないぞ?
「え? 何かおかしなところでもあるのか?」
「ああ。年齢が84だろ? エルフは長命種だから、別にそのくらいのやつはめずらしくはないさ……普通のエルフだったらな」
「普通のエルフじゃないのか?」
「その年のエルフだとすれば、レベルが低すぎる。普通にこの世界で84年生きてきて、レベル5ってのはちょっとあり得ないんだよ。特に、この森の中までやって来ようって物好きなやつにはな」
だから、とカミュが続けて。
「あのエルフ、『迷い人』で確定だ」
「えっ!? そうなのか!?」
へえ、ようやく俺以外のテスターの巡り会えたってことか。
凄いな、あの人。
まだゲームが始まったばかりなのに、あんな大物相手にひとりで立ち回っているんだものな。
動きとかもいかにも『戦う人』って感じで、剣の振り方ひとつとっても、華があるというか、洗練された動きというか。
「俺なんか、ノーマルボア相手でもいっぱいいっぱいだったのにな。なあ、カミュ、あのモンスターがラージボアってやつなんだろ?」
「違う違う、てか、あたしに聞く前に自分で調べろ。せっかく、『鑑定眼』を持ってるんだろうが」
「あ、それもそうだな」
名前:ラースボア(狂化状態)
年齢:◆◆
種族:巨蛇種(モンスター)
職業:
レベル:◆◆
スキル:『◆◆◆』『◆◆』『◆◆◆』『◆◆◆』『◆◆◆』『◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆』
あー、ダメだな。
俺の『鑑定眼』だとほとんど読み取れないな。
辛うじて名前がラースボアってわかったぐらいだな。
うん?
ラースボア?
「なあ、カミュ。さっき話してた大型の蛇って、ラージボアって名前だったよな?」
「ああ、そうだ。だから、あたしも驚いてる。ラージボアの特殊進化タイプの珍しいモンスターだな、これ。さっき、辺りの木が倒されるような音も聞こえたから嫌な予感がしてたんだよな。ったく、厄介な……」
おお。
この蛇モンスターって、その、ラージボアよりも格上なのか。
そりゃそうだよな。
普通は、こんなでかいの、ゲームを始めたばかりで戦えるわけがないし。
……いや、ていうかさ。
目の前で普通に戦っているテスターさんがいるんだが、あれはどうなんだ?
「カミュは様子を見に来たのか? 誰かが襲われてるから、助けに来たんじゃないのか?」
「ああ、その両方だな。だから、危なそうだったら、割って入るつもりなんだが……」
少しだけ困ったような表情で、成り行きを見守っているカミュ。
実際、その十兵衛さん、その巨大な蛇相手になかなか互角に渡り合ってるんだよな。
そのせいで、ちょっと手を出しかねているのだそうだ。
「実際、オレストの町のやつだったら、慌てて対応したんだが、『迷い人』の場合は救済措置があるだろ? なら、もうちょっと様子を見ててもいいや、ってな」
「それにしても強いな……もしかしてエルフだからか?」
少なくとも、俺の場合、エルフは初期では選べなかったしな。
それなりに、レアな条件の種族だろうし、だったら、それ相応の恩恵もあるだろう。
ただ、そんな俺の言葉にカミュが首をひねって。
「いや……てか、エルフだとするとむしろおかしいんだが? 何だよ、『職業:剣士』って。それに『剣』や『剣技』じゃなくて、『剣術Lv.3』だと? かと思えば、どの魔法もLV.1のままだし。何というか、エルフとしてはちぐはぐだぞ?」
「エルフで『剣士』だとめずらしいのか?」
「まあな。そもそも、魔法特化の種族だからな。いや、あの十兵衛ってやつも、魔法スキルに関しては、エルフの種族特性っぽいが、魔法アイテムがらみの生産系スキルがひとつもないエルフなんて、あたしも初めて会ったぞ」
ここまで、近接戦闘特化型なんてお目にかかったことがない、とカミュ。
「まあ、その辺は『迷い人』だからじゃないのか?」
俺のようにテスターの仕事を請け負ってるなら、普通じゃないスキル構成を試したりとかもするだろうしな。
そう考えると、肉弾戦で戦うエルフってのは挑戦する価値はあり、だろうし。
「まあ、セージュが言うなら、そうなんだろうな。あたしにゃよくわからんってこった。ただ、まあ、あの男が使ってる武器は、冒険者ギルドの貸し出したロングソードだな? だったら、そろそろまずいな」
「どういうことだ?」
「武器がもたない。かなり上手に使ってはいるが、ラースボアは、猛毒の水弾だけじゃなく、酸の水弾も吐くようだ。鉄製の武器は腐食が進むぞ」
「え!? まずいじゃないか!?」
「せめて、首を飛ばせればいいんだがな……頑張ってるようだが、跳躍のレベルが足りないな」
全長がかなり巨大な蛇だけに、屹立すると頭の高さが周囲の木よりも高くなってしまうのだ。
おまけにそこから、毒液やら、酸の水弾などを吐いてくるから性質が悪い。
あー、おしいな!
せっかく、あの十兵衛さんが頑張ってるのに、このままだとジリ貧かよ。
せめて、蛇の首が、剣の届くところまで下がってくれば――――。
「十兵衛さんが飛べないなら、蛇の方を落とすしかないな……なあ、カミュ、俺たちも手助けに行かないか?」
「あたしは最初からそのつもりだよ。あのエルフ剣士の武器が危うくなったら、その時は、あたしがあの蛇を倒してやるよ」
そっか。
いざっていう時は、カミュが何とかしてくれるか。
だったら。
「その前に俺が動いてもいいか? ちょっと試してみたいことがある」
「別にそれは構わないが……今のあんただと、尻尾でも、水弾でも、一撃食らったら、そのまま『死に戻り』だぞ?」
「その時はその時だよ。まあ、可能だったら、その前に助けてくれると嬉しいな」
「甘ったれるな……まあいい、わかった。やれる範囲で補助してやる。好きにしな」
「ありがとう、カミュ」
よし、それじゃあ、巨大蛇に挑戦してみるとしようか。




