第118話 農民、芋を植える
「よし、こんなもんだろ。ルーガ、なっちゃん、お疲れ様」
「きゅい――♪」
「セージュ、これでおしまい?」
「ああ。後は、水を撒いたら、ひとまず、初日のクエスト分の大半は終了みたいだ。休憩したり、ごはんを食べに行ったりしつつ、定期的に畑の様子を見に来て、トラブルに対応するって感じだろうな」
「うん、わかった」
一面、一通りの植え付け作業が完了した畑を見ながら、笑顔を浮かべるルーガ。
というか、俺もそうだけど。
もうちょっと時間がかかるかと思ったけど、土魔法とか、俺の『爪技』のスキルが農業には有効だったせいか、お昼の時間までには作業を終えることができた。
目の前に広がっているのは、区画ごとによって、色々と植え方を変えてみた芋畑と、オルタン菜の栽培用に確保された未使用の区画、それに、オルタン菜の苗を栽培するために、種を植えたエリアだ。
主に、ルーガとなっちゃんには、冒険者ギルドで発注しているクエストのまま、アルガス芋の種芋を普通に、そのまま一個、土に植えるやり方で畑を作ってもらった。
まあ、これは向こうでもやっているよな。
じゃがいもの『丸ごと植え』の技法とかもあるし。
こっちの場合、どっちかって言えば、『野良生え』に近いような気もするな。
ちなみに、『野良生え』ってのは、春植えの芋の掘り残しから、自然にじゃがいもが生えてくる現象のことな。
商品としての大きさとか、質を考えなければ、芋を増やすのってそんなに難しい話じゃない。残った芋から新しい芋が育ったりもするのだ。
『丸ごと植え』ってのは、それを意図的に行なう技法のことだ。
いや、『丸ごと植え』の場合、一応、浴光催芽ぐらいはやっておく必要があるから、やっぱり、オレストの町の芋づくりって、俺としては、かなり大雑把な印象を受けるんだが。
うーん。
まあ、冒険者ギルドで購入した種芋は、大きさのばらつきもけっこうひどかったから、そういう意味では、そこまで形とかはこだわっていないんだろうな。
向こうだと、大きさや形がしっかりしてないと、そもそも売り物にならないからなあ。
そういう意味では、農家に優しい世界だよな、うん。
さておき。
基本のやり方は、ある程度、ルーガとなっちゃんに任せて。
俺は、区画に合わせて、色々と植え方を変えてみた。
一応、基本のやり方で植えた区画も用意してはみたけどな。
それとは別に、ナイフで芋を真っ二つにして、それを『基本形』と『逆さ植え』でやってみたり、思いっきり芋を浅く植える『超浅植え』の区画を作ったりとか、逆に深く溝を掘って植えてみたりとか。
『高畝植え』とかも試してみた。
まあ、触った感じのこの土だと、そんなに湿害とかなさそうだけどな。
どれが、適切なやり方としてヒットするかわからないので、その辺は適当だ。
案外、どの方法でも、うまくいっちゃうかもしれないし。
その辺は、ゲーム内のシステムだから、何とも言えないしな。
で、それらとは別にちょっと試したかったこともあったので、少し端の方の区画は、実験的な植え付けもやってみた。
「ねえ、セージュ。あそこ、芋と一緒に草も植えてるけど、それでいいの?」
「ああ。ちょっと、ルロンチッカ草を使っての実験だな」
他の区画とは離して、きっちり分けた区画に、アルガス芋の種芋と野草のルロンチッカ草を混植してみたのだ。
ルロンチッカ草は、なっちゃんの好物だし、町の畑で増やせるなら、それに越したことがないしな。
一応、ルロンチッカ草の根っこには、球根みたいなものも付いてたので、そっちを植えたりとか、後は、採取したままのルロンチッカ草をそのまま植え付けてみたりとか、野草系統の植え付けとかも色々試してはある。
さすがに、こっちオリジナルの植物なんて、植え方知らないし。
その辺は試行錯誤だよな。
ただ、やっぱり、ルロンチッカ草の場合、毒が怖いので、それなりには他の区画とは離すようにしてるけど。
土壌汚染とか、作物が毒性持っちゃうとか、そういう風になったら怖いし。
芋と混植したら、そっちの方はどうなるのか、ちょっと興味がある。
「ルロンチッカ草は、なっちゃんのごはんにもなるからな。それに一応、サティ婆さんも欲しがる、『薬師』のための素材でもあるし」
「きゅい♪」
あ、それを聞いたなっちゃんが、ちょっと嬉しそうにしてる。
もちろん、この町の普通のごはんも食べられなくはないようだけど、なっちゃんにとっては、ルロンチッカ草の方がごちそうのようだ。
「これでうまく行ったら、それ以外の野草とかも試せるしな」
パクレト草とか、そっちの薬草系の栽培ができると便利だしな。
少なくとも、カミュに注意されたみたいな、採取量の調整とか、あんまり意識しなくても済むだろうし、それだけでも十分ありがたいし。
「でも、お芋と一緒に植えてもいいの?」
「いや、混植って、割と便利な技法なんだぞ? もちろん、組み合わせの問題もあるから、うまく行かないかもしれないけど、きっちり共栄関係まで持っていければ、収穫量があがったり、品質が良くなったりもするしな」
じゃがいもでも、雑草と混植させる技法があるのだ。
芋特有の流行り病対策というか。
そのまま、上手に調整すると、芋自体も美味しくなるし。
まあ、この場合は失敗するかも、だけどな。
ルロンチッカ草の毒で、芋が毒芋になっちゃったりとか。
いや、農家としては、それで失敗だろうけど、今の俺の場合、『薬師』の修行もしているので、それはそれでちょっと美味しかったりするし。
毒芋ができたら、サティ婆さんのところに持っていけばいいや、ぐらいの感じで。
「へえー、そうなの?」
畑作業ってよくわからないから、知らなかったよ、とルーガ。
山で自給自足はしてたみたいだけど、ルーガの家では、あんまり植物とか育てたりはしていなかったようだな。
もっとも、お爺ちゃんがこっそりやってたら知らない、とは言われたけど。
あ、そうそう。
この植え付けの作業中に、ハヤベルさんがちょっとだけ見学に来たのだ。
そのおかげで初めてわかったんだけど、この町の畑って、クエストを受けているか、許可を得ていないと、畑の中に自由に入れないのな。
ルーガとなっちゃんは、普通に入ってたから、俺も気付かなかったんだけど、畑の外のところから、ハヤベルさんに助けを呼ばれて、初めて、それに気付いたのだ。
『畑のあるところに入ろうとしたら、突然、気持ちが悪くなってしまったんです』
少し驚いた様子で、ハヤベルさんがそう言っていた。
その後で、俺が『招いた』ら、普通に、気分が悪くなることもなく、畑の敷地へと踏み入ることができたので、おそらく、条件があるのだろうな。
畑の借り主に同行するか、その許可を得るか。
そうしないと、そのままでは、畑の中に入れないように、処置がされている、というか。
たぶん、ラルフリーダさんか誰かが何かをしているのだろう。
地下通路の話をした時も、相手の行動や言動を縛るようなことはできるって言っていたから、たぶん、魔法とかそっちの能力だろうな。
サティ婆さんの『本』も、『制約』で家の外へは持ち出しができなくなっていたから、その手の『制約』の魔法とかもあるのだろう。
まあ、畑に関しては、それでありがたいとは思ったけどな。
農家にとって、野菜泥棒が入れないってのはもの凄くありがたい話なのだ。
さすがにうちの実家の場合、親父どのが色々と対策をしてるので、最近ではあんまりその手の話はなくなったけど、俺自身も何度か、罠にかかったりして、動けなくなっている野菜泥棒を警察に突き出したり、自然に返してやったりしたしな。
野菜泥棒、死すべし。
それが、人間であれ、動物であれ、その報いを受けるがいい。
なんちゃって。
冗談はさておき、休憩時間とかは、畑をちょっと離れても大丈夫、って理由がよくわかったよ。
誰か見張ってなくても、畑が荒らされないってのはありがたいよな。
結局、ハヤベルさんは、少しだけルーガの作業を手伝ってくれて、その後で、町の外へと素材の採取に行ってしまった。
『大変なお仕事でしょうけど、頑張ってください』
そんな感じでエールを送ってくれた。
一応、薬草関係の野草の栽培については、話をした際に、興味を持ってくれたようで、今後も、時々お手伝いに来てくれるとは言ってたけどな。
もちろん、そうなったら、きっちりとクエスト報酬を出すけどな。
やっぱり、人手が多いとうれしいし。
それに、今日は何だかんだ言っても、持ってきた種芋が切れてしまったので、畑の全面には作付けができなかったのだ。
まだ、オルタン菜のための空き地とは別に、耕しただけの畑がけっこう残っているし。
さすがに、この広さの畑を俺とルーガとなっちゃんの三人だけだと大変なのだ。
今日もかなり無理した感じになっちゃったしな。
文句ひとつ言わないで、一生懸命働いてくれたけど、ルーガに関しては、ちょっと体力的に辛そうだし。
いや、俺もなっちゃんも、土魔法を使い通しだったので、魔力的な意味で、今、けっこうきついんだけどな。
一応、俺は農作業は慣れてるから、体力的には問題ないけど、もう、すっかり土魔法の精度が低くなっているのだ。
今日は、五連とか使ってないから、純粋に使用量だけでへばってる感じだよな。
これに加えて、『トラブル』というか、虫モンの相手も、となると、ちょっと厳しいかもしれないし。
これは、早いところ、助っ人を増やした方がいいかも知れないな。
あれ?
そういえば、畑の『制約』って、虫モンには効果ないのな?
もしかすると、そっちは、畑の要素として組み込まれているのかもしれないな。
実際、向こうでも、土の中の生き物って、害虫になることもあるけど、それらのおかげで土の質が良くなったりもするから、なくてはならないものであるし。
まあ、考えるのはそのくらいにして。
「ルーガもなっちゃんも、もう疲れただろ? お腹も空いてきたことだし、そろそろ、ごはんでも食べに行こうか」
「きゅい――♪」
「うん、大分お腹空いたね。ねえ、セージュ。昨日のスープのお店に行くの?」
「ああ。今日はあんまり混んでないといいけどなあ」
たぶん、無理だろうけど。
昨日の話を聞く限りだと、むしろスープ目当てのお客さんが増えてるんじゃないのかね?
そんなことを考えながら。
水遣りなどの残りの作業を済ませてから、『大地の恵み亭』へと向かう俺たちなのだった。




