第115話 農民、冒険者ギルドで種を買う
「グリゴレさんは、今日はお休みですよー」
「あ、そうなんですか?」
「はい。そもそも、グリゴレさん、ここの専業職員じゃありませんしねー」
ありゃ。
そういえば、グリゴレさんも一応は冒険者兼ギルド職員だったものな。
今日も今日とて冒険者ギルドに来てみたのだけど、受付のところにグリゴレさんの姿が見えなかったので、大分顔なじみになった受付嬢さんに聞いてみたところ、そんな返事が返ってきた。
ちなみに、その金髪でほわほわした感じの、間延びするしゃべり方をする受付嬢さんは、ラートゲルタさんという名前だそうだ。
ラートゲルタさんは、グリゴレさんと違って、きっちり資格を持った冒険者ギルドの職員さんらしい。
一口に、ギルド職員って言っても、半分以上は、冒険者がギルドからのクエストも兼ねて仕事をしているので、実はラートゲルタさんのような、資格持ちの職員さんってのはあんまり多くないのだとか。
おまけに、今は、この町担当のギルドマスターも不在だし、そっちの遠征にスタッフがついて行ったりしているので、なおさら、本職の人たちが少ないとのこと。
今は、けっこう仕事が集中して大変だと、苦笑されてしまった。
なので、俺の担当とか、重要ではあるけれどトラブルが少なそうなものに関しては、一部、信頼できる冒険者さんにも割り振ったりしていたらしい。
「セージュさんとルーガさん、なっちゃんさんにつきましてはー、わたしの方で担当を引き継いでますので、ご心配なくー。グリゴレさんが不在の時は、わたしが手続き等を処理しますのでー」
そう、笑顔で言われてしまった。
もっとも、ラートゲルタさんは、俺の他にも担当の迷い人さんをいっぱい抱えているので、応接室とかを使う必要がある場合は、ちょっと順番を待ってもらうこともあるので、ごめんなさい、とは言われたけどな。
あ、そういえば、『けいじばん』でも何か、その手のことは吹き込まれてたか?
受付嬢の人気度ランキングとか、そっち系のスレッドでも触れられていたというか。
ラートゲルタさんは、そのほわほわした雰囲気で、癒し系な感じが人気の受付嬢さん、って評価だったような気がする。
ただし、くだんのスレッドは、カミュとか、他のこの町の人とか、冒険者さんとかも降臨したせいで、喧々諤々になって、大変だったみたいだけど。
やっぱり、勝手に人気度とか、そっちでランキングとかやるのはやめろって話で落ち着いたような気がする。
俺は、途中で見るのをやめちゃったから、後はどうなったか知らないけど。
いや、テツロウさんが『カミュちゃんに蹴られたい』とか、冗談でも言うから、騒ぎになるんだと思うけどな。
あの人も後先考えずに、ネタに走るからなあ。
さておき。
「すみません、ラートゲルタさん。俺、今日から、畑を耕そうと思っているんですけど、グリゴレさんの話ですと、ここでアルガス芋の種芋とか、野菜の種とかも売っているって聞いたんですけど。今、それを購入できますか?」
「あ、はいー。もちろんですよー。ちょっとだけお待ちくださいねー」
そう言って、受付から、ギルドの奥の方へとラートゲルタさんが行ってしまった。
何でも、本来は畑作業のクエストとワンセットになっているらしくて、オレストの町の場合、種芋とかを直接購入する冒険者ってのはめずらしいのだとか。
一応、販売もしているけど、普段は保管庫の方に置いているのだそうだ。
というわけで、ラートゲルタさんが戻って来るまで少し待つ。
さすがにギルドがオープンしてから、朝一番という時間だけあって、周りの人とかもほどほどって感じみたいだな。
町の住人ぽい人は割と出入りしてるみたいだけど。
お店をやっている人とか、クエスト関連の話やらもあるようで、自分のお店を開ける前に、このぐらいの早朝に冒険者ギルドにやってくるケースも多いようだ。
待っている間に、ジェイドさんの姿も見かけたし。
町中を普通にゴーレムさんが歩いているのも、割と見慣れた光景になってるんだな?
俺とかが見ると、意外と目立つ気がするんだけど、町の人とかは普通にあいさつしたりとかしてるし。
俺たちも、一応、あいさつだけはしておいた。
ジェイドさんも何だかんだでいそがしそうだったしなあ。
手続きらしきものを終えると、すぐに帰って行ったしな。
うん。
こうやって、朝のギルドの風景をまったりと見ているのも悪くないなあ。
ここ数日は、色々とクエストをこなさないと、って躍起になってたから、こういうのんびりした時間ってのとはちょっと縁遠かったし。
やっぱり、効率重視の行動ばかりだと、ちょっと疲れても来るから、もう少し肩の力を抜いた方がいいのかな。
今日は、ルーガとなっちゃんも一緒だし、その辺は考慮しておこう。
「はい、お待たせしましたよー」
そうこうしていると、奥の部屋からラートゲルタさんが戻ってきた。
その両手には、小さな袋がいっぱい詰められた箱を抱えている。
大人の女性としては、割と小柄なラートゲルタさんが、両手いっぱい使って、箱を持ってますよ、って感じで。
その箱を床に置いて、中から袋をいくつか取り出す。
「こちらが、アルガス芋ですー。ここでの販売価格は一袋あたり、500Nですねー」
「あ、この袋がそれぞれ、500Nなんですね?」
「はい、そうですよー。個数ではなくて、重さで袋分けしてますねー。袋ごとに、芋の大きさとかはばらばらですけど、量としては変わらないのでご了承ください、ですねー」
こちらは、一昨日採れた分のアルガス芋の余り分です、とラートゲルタさん。
この町の他のお店とか、商業ギルドに卸した分以外の芋がこうやって、種芋として、冒険者ギルドで確保されているのだそうだ。
あ、そうなんだ?
どうやら、種芋というのは、お店とかで食べられる芋と同じものらしい。
それに、商業ギルドの方でも、ちゃんと芋は買えるようだな。
キャサリンさんのお店とか、後は、干し芋に加工して販売しているところもあるのだとか。
「ただ、畑のクエストをやって頂ける方が少ない日などは、芋の入荷が少なかったりもしますので、その辺りは日によって、ですねー。まあ、それなりに保管もしてますから、そうそう売り切れることはありませんけど、買占めとかはしないように注意してくださいね?」
「わかりました」
特に、昨日、商業ギルドとの会合で話があがったらしいのだが、町にやってきた迷い人がかつてない数になったので、食料品の動向に関しては、様子をうかがっているのだそうだ。
その辺は、昨日の『大地の恵み亭』の一件というか、ユミナさんの新作スープで大騒ぎになったことも無関係ではないらしい。
今までは、そこそこ、クエストを続けて行けば、芋が不足する事態にはならなかったそうなのだが、このペースで消費していくと、ちょっとまずいことになるかも、ってそういう感じらしい。
「さすがに、種芋となる分がなくなりますと、新しい芋が作れませんのでねー。そういう意味でも、セージュさんには期待が寄せられていますよー。この場ですと、どなたからということは大っぴらには言えませんけど」
なるほど。
要するに、領主のラルフリーダさんから、ってことだよな。
さすがに、ラートゲルタさんも本職のギルド職員だけあって、その辺りの事情については、十分に把握しているらしい。
聞くところによると、グリゴレさんが調べられないようなギルドの情報に関しても処理をしたりもできるようだし。
ただ、ちょっと大事になってきたのは否めないな。
こっちとしては、食糧事情の改善のために、どっちかと言えば、迷い人側の都合で、畑を借りたいって言っただけなんだけど、その結果として、町の食の問題に関しても、少し頼りにしてますよ、ってノリになってしまったようだ。
うーん……。
これ、もしかして、俺がひっそりと抱え込むより、他のテスターさんを巻き込んだ方が良くないか?
ちょっと後で、テツロウさんやクラウドさんに相談してみよう。
何となく、『農民』だし、畑を借りれたらいいなあ、ぐらいに気楽に考えていただけに、こっちはこっちで、重要なクエストに発展しそうだし。
何で、ちょっと思いつきで行動すると、大事になるんだろうな?
本当に謎だ。
まあ、とにもかくにも、畑作業はするので、ラートゲルタさんから、種芋を買い占めない程度に購入させてもらった。
幸いというか、今は懐具合も温かいしな。
「たくさんのお買い上げありがとうございまーす。あと、セージュさん、アルガス芋だけではなくて、野菜の種も所望されているんですよねー?」
「はい、そうですね。購入できる種にはどういうものがありますか?」
「冒険者ギルドで扱っているのは、オルタン菜の種だけですね。こちらは、先程のアルガス芋の種芋とは異なり、少しお高くなってますー。一袋で1,500Nですねー」
アルガス芋はぶっちゃけ、売っている芋をそのまま植えれば増えるので、そちらの価格とそうは変わらないらしい。
だが、オルタン菜の場合、野菜ではなく、種の扱いになるので、芋よりもちょっと値が張ってしまうそうだ。
まあ、高いって言っても、そこまでって感じの価格ではないけどな。
いや?
駆け出しの冒険者だと、けっこう高価なのか?
芋と違って、手のひらサイズの普通の袋に種が入って、それが一袋1,500Nか。
三袋で大体一日分の生活費か。
最初から、農業やろうって思っている迷い人じゃないと、あんまり買わなそうだよな。
せめて、薬草とかそっちが栽培できるなら別だろうけど。
それなら、『薬師』とかを始め、素材が欲しい人が興味を持つだろうし。
とりあえず、そっちも買い占めないように、そこそこの数を購入する。
うん。
数を確保するとなると、それなりにお金がかかるな。
畑の広さを考慮して、そこに作物を作っていくのをイメージすると、それなりの数が必要になってくるからな。
あの畑、大規模農地ってほどじゃないけど、それなりに広いし。
あ、そうだ。
ちょっと聞きたいことがあったので、ラートゲルタさんに尋ねてみる。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、畑で野草とかの栽培ってできるんですか?」
「野草ですかー? 種などがあれば可能じゃないですか? でも、この辺りって、『魔境』の恩恵がありますから、わざわざ育てなくても、町の外まで採取しに行けば、またすぐに生えていると思いますけど?」
あ、育てられないわけじゃないのか。
どっちかと言えば、採取の手間と栽培の手間を天秤にかけて、今のところ、それほど困っていないので、栽培とかはしていないって感じなのかな?
うん?
俺としては、わざわざ採りに行く方が面倒くさい気がするんだけど、普通の冒険者の考え方だと、わざわざ育てる方が面倒くさいって感覚なのかもしれないな。
カミュも言ってたっけか。
この辺りは、植物の成長が早いから、再ポップまでも早いって。
まあ、慌てて、いっぱい採っても、鮮度が下がったりするから、必要量だけって考えると、畑で栽培する必要性とかもあんまりなかったのかも知れないけどな。
その辺は色々と考えてみようか。
俺としては、素材が畑で確保できるようになると、『薬師』の修行でも便利だろうから、そっちは狙ってみようと思うし。
後は……。
「きゅい――?」
なっちゃんの方を見る。
収集系のクエストとして、冒険者ギルドでは発注がない素材に関して、だな。
なっちゃんの好物は確保できるといいな、って。
まあ、その辺は色々と試してみようか。
そんなことを考えつつ。
購入したものをアイテム袋に入れて、ラートゲルタさんにお礼を言って。
「アイテム袋に長時間入れるのは注意してくださいね。品質が落ちますから、輸送の時のみと考えた方がいいですよー」
「わかりました。ありがとうございます」
俺たちは、冒険者ギルドを後にした。




